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199話:ワンマン妖精王

他視点入り

 私は天幕で深々と頭を下げていた。


「お怒りは重々承知しておりますがどうか、悪魔召喚にお力をお貸しください」

「ヴェラットの言うとおり、贄の数を揃えられなくなった今、質によって高位の悪魔を呼ばなければなりません」

「しかし私では族長ほどの気高さはなく、大悪魔を召喚したらしいブラオンほどの魔法使いとしての才覚もなく」

「失敗できないからこそ族長に臨席いただき、その志、その才、その尊き血をもって悪魔への呼びかけに助力いただきたいのです」


 私たちは必死に心にもないおべっかを並べ立てた。

 私の案に乗ったトラウエンも隣で頭を下げている。


 あまりの思いつきに私自身も怖気づきそうだった。それをトラウエンはわかっているからこうして自ら私の隣で同じ苦汁を舐める選択をしてくれた。

 トラウエンが必死になってくれるからこそ、私も挫けそうになる気持ちを奮い立てる。


「失敗しておいてなお求めるとは浅ましい」

「申し訳ございません」

「非才を恥じ入るばかりです」


 あのユニコーンの厄介さは知ってたはずなのに、トラウエンに任せきりにした卑怯さを恥じるつもりはないらしい。

 この人は自分が失敗したくないだけで失敗しそうなことは他人に押しつけ、族長として完璧だと思い込むのだ。

 そしてその思い込みを壊さないよう全て他人のせいと言い訳できる状況を作る。浅ましいのはいったいどちらか。


 結果として同朋を動かす組織作りと運用は評価する。

 けれどその人間性は決して褒められたものではないことを実感した。


「族長、お客さまがお待ちなのですが」


 同朋の呼びかけに族長はうるさそうに手を振る。


「致し方ない。だが今度の悪魔召喚は失敗するな。その時には跡継ぎの座からも落ちることを覚えておけ」

「はい」


 族長が言葉をかけるのはトラウエンのみ。

 私は贄になるので、もういないも同じ扱いのようだ。


 それでもトラウエンの対として、客を招く場に同席を許された。

 いや、いないも同じだから特に指示されずその場に残ったと言うほうが合っているのかもしれない。


「何やらお忙しい様子。こちらの都合に合わせていただき感謝いたします」


 やって来たのはヴァシリッサ。

 トラウエンをユニコーンから助けてくれたそうだけど、族長の指示じゃないらしい。


 どうやらこちらへ来る道中の上司が、トラウエンの作戦行動を知ってヴァシリッサを派遣していたそうだ。


「ご紹介いたします。ジッテルライヒ副都東教区を管轄する教区長にしてヘイリンペリアムにおいては司祭として勤められた、シェーン・ヴィス・ヴァーンジーン」


 ヴァシリッサが手を差し伸べて示すのは青年のような若々しい風貌の司祭だった。


「お初にお目にかかります。今日はこのような場を設けてくださったこと、心より感謝いたします」


 修道服の男は細身で優しげ。

 けれどヴァシリッサが従うなら何かある人物なのだろう。


 ジッテルライヒは国土が狭く、小国の部類だけど魔法学園という付加価値がある。

 その魔法学園がある副都を任されているのなら、三十前後でそれなりの権力者と言えた。


「何故その服装かを聞こうか」

「我々が奉じる神が遣わす使徒を信奉すればこそ」


 簡単な答え故に族長にもわかりやすい解答だ。

 長々話すことを嫌がることをヴァシリッサが教えたのかもしれない。


「いらぬ阿りだな。神殿の教義に反するつもりか」

「まさか。神殿は魔王より前に東の地に神の教えを広げるために建てられたもの。なのに今では使途を教義に反して禁忌にしている。間違っているのは今の神殿です」

「我らが魔王さまを善であったと認めるのか」

「大陸の東と西。国の安定と発展を比べれば答えは出ているでしょう」


 西は魔王との戦いで疲弊し、力を失くして今では東が発展していると聞く。

 魔王が広げた国土の中、隣国同士の戦争はあるものの安定していると言えた。


「五百年。この年月が視野の狭い人間にも使徒の偉大さを物語っています。今ならば腐るばかりの神殿も立て直せるのではないかと思うのです」


 ヴァーンジーン司祭の目的は神殿の改革。

 そして魔王の使徒への回帰であると語る。


「私は魔王復活に賛成です。長く使徒の現われなくなった今、信仰を今一度励起させるには使徒の復活こそが望ましい」

「なるほど。そちらにも益があると言うのか。だが、我々は魔王さま以外に与せぬ」

「もちろん。使徒たる方を奉戴し、神の教えを正すのが目的であります。あなた方の信仰のあり方に口出しはいたしません。根本は同じなのですから」


 魔王は神の使徒であり、本来は神を信奉する神殿と反発はしないと語る。

 反発させたのは今の神殿の魔王を悪とする教義だと。


 私たちも神殿勢力から魔王石を奪取するため有益な話ではあるけれど。

 ヴァーンジーン司祭は主張をするものの、終始下手に出ているので怪しむ理由は見つけられない。

 その姿勢のせいで、族長は容易く頷いてしまった。


「予言を信じているから自らが間違うなんて思ってないんだよ」


 面会が終わり天幕を出て、私はトラウエンと手を繋ぐ。

 私の苛立ちを察してトラウエンが耳打ちをした。


「そうね…………。もう戻って。あなたは族長のお側に」

「そうだね。ゆっくり休んで、ヴェラット」


 名残惜しく手を離すと、客をもてなすためトラウエンは天幕に戻る。

 私は主食の準備をする裏方へと回された。指示役なので気を張る役割でもない。

 何よりあの族長の側から離れられるだけでましだった。


「おや、お一人ですか?」


 振り返ると天幕の主客であるはずのヴァーンジーン司祭がいた。


「そう警戒しないで。そうだ、娘さんがいると聞いて土産を用意しておいたのです。私はすぐにジッテルライヒへ戻らねばならないので、ここで渡しておきましょう。どうぞ、上手く使ってください」


 私に包みを押しつけて、ヴァーンジーン司祭は天幕に戻ろうとする。

 返すために追おうとして私は何を渡されたのかに気づいた。


「そうそう。一つ手助けになるだろう手は打っておきましたので、森の動静に気をつけて」


 そう言って姿を消すヴァーンジーン司祭。

 私の手の中には美しい水のような宝石があった。






 獣人の戦争が終わって初めて、ルイユが傷物の館に姿を見せた。

 その話が広まるやティーナとアングロスが駆けつけて討論が始まる。

 僕は進行をアルフに任されたんだけど、気づいたら傷物の館の広い食堂にひとが集まっていた。


「空の防衛なら塔だ! 森の木々より高くすれば全方位を見張れるのだぞ!」

「森の中でならまず敵に所在を知られないことが肝要! 目立つ塔など言語道断!」

「敵に与する者がいる可能性があるなら、城内の守りも留意すべきだと思うのだが」


 喧嘩するような言い合いをやってるのは、ルイユとティーナ、アングロスじゃない。

 何故か来た獣王とフクロウ姿のオーリア、そしてスヴァルトが喧々囂々とやっている。


 射手はまだ見つかっていないけど、逆に存在が知られて潜伏しているんだろうと言うのが大方の予想だ。

 それなら、城を作るのは今の内ということをルイユに話したら、ティーナたちが来てそのまま会議に雪崩込んでいる。


「みんな一回黙って。今はルイユの番なんだから。特に偉い人は委縮させるような強い発言は自重して」


 獣王が喋り出してからルイユ何も言えなくなってるじゃないか。


「やっぱりフォーレンいるといいなぁ」

「他人ごとじゃないよ。やろうって言い出したのアルフなのに」


 集まって討論だけなら良かったのに、アルフがこのまま城作りしようぜって言ってしまった。

 そんな思いつきだけで決定事項になってしまっているから困る。

 しかも地盤工事や資材調達なんかは妖精任せなのに、妖精はいきなりの発注にも二つ返事だ。


 …………この妖精王が一番ワンマンかもしれない。


「何故そんな地味で簡素な形しか思い浮かばないのだ!? 王の住まいは他者へ威を示す重要な役割が!」

「実用的なんです! 見てくれだけ立派にしても、攻め落とされたら意味がないでしょう!」


 結局噛みつくティーナにルイユが受けて立つ。


「仔馬、貴様に考えはないのか?」

「暇だからって適当に振らないでよ、グライフ」


 それに今出てる意見ってどれも一理あるんだよね。

 上空は確かに警戒しなきゃいけないし、でも森の利点も生かしたい。

 城の内部に入り込まれることも想定しなきゃいけないし、見た目も大事なのはエルフの城を見たから想像もできる。


 僕の前世でのお城ってその辺りどうだったんだろう?

 そう言えば日本のお城って中に攻め込まれてもくるわごとに防衛するような造りだって聞いたことあるな。

 中にはファンタジーな形の観光地、五稜郭なんかもあった。


「お、なんだこれ? あぁ、あったなこんな砦」

「アルフ、わかるの? っていうか、僕が思い浮かべただけで見えるの?」

「いや、フォーレンのイメージだけだから同じかわかんないけど。陵堡とか言う奴だろ?」

「わからないけど、土台を段々重ねにして登らせれば高さと防御は稼げるかなって」

「はは、知らないからこそかな? 俺が知ってるのより面白い形だ。しかもこれなら魔法を土台に組み込める」


 アルフが乗り気になってその場に土の魔法でジオラマを作る。

 僕が思い浮かべた五稜郭より立派な物なってるよ。

 中身はなんだかお城って言うより街みたい…………なんかモンサンミシェル混じってない?


 話し合いというより言い合いをしていたひとたちも、アルフが作り出すジオラマに興味を引かれ始める。

 そしていつの間にか僕の発案として叩き台にされ、五稜郭風城郭が森の城として採用されていた。


毎日更新

次回:思い出の少女

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