198話:有神論
僕はブラウウェルと姫騎士にエフェンデルラントと獣人の戦争のその後を話して聞かせた。
グライフはいるけど僕の後ろで寝そべってるだけだ。
「エフェンデルラントは作物の収穫をし始めたって。その報せを聞いて、獣人も冬備えを始めたらしいよ」
「収穫が終われば冬ですし、春までは安心ということですか。それで勝敗はどうなったのでしょう?」
「うーん、アルフの一人勝ち? 獣人は手を引いたし、人間は逃げたし」
「再軍備のために退いた可能性はないの、フォーレン?」
「エフェンデルラントの貴族からの情報だと、アルフが森に入れないよう結界を張ったら諦めたって」
僕は獣人が拒否していた結界を受け入れたことを姫騎士に話す。
アルフに聞いてみたけど、結界は命を奪うようなものじゃなく、奥に進めないような幻覚を見るだけらしい。
進んでるつもりでその場で足踏みし続ける幻覚で、振り返ればすぐに幻覚は解けるそうだ。
けれど無理に解いて進もうとすると五回も同じ幻覚に悩まされる仕様という、なんかアルフらしいいじわるが仕込まれている。
「流浪の民はどうしたんだ?」
ブラウウェルが姫騎士の質問が終わるのを待って、真剣に聞いてきた。
「エフェンデルラントにいた流浪の民は逃げたよ。潜伏の可能性はあるけど、エフェンデルラントに戦争を嗾けることはもうできないだろうって」
トラウエンが砲台型を使ってエフェンデルラントに被害を出してる。
兵たちは生きて帰ってるから報告が上がり、流浪の民は追われる身となったそうだ。
僕の答えにブラウウェルは硬い表情で黙り込んでしまった。
これはこっちから水向けるかな?
「ヴァシリッサの行方はわからないよ」
「く…………だが、流浪の民を助けに現れたのだろう? 流浪の民の下にいるのでは?」
「そこは僕よりまず、姫騎士団に聞いたほうがいいんじゃないかな」
わからない顔のブランカとシアナスに、僕は基本的なことから聞く。
「ヴァシリッサって知ってる?」
「エルフの国でブラウウェルさんに近づいたダムピールと聞いています」
「酷いですよね。騙して近づいてご友人の体を乗っ取らせていたなんて」
シアナスは警戒しながら、ブランカは純粋にやり口の卑怯さに怒りを覚えたようだ。
「そのヴァシリッサ、修道服着てるんだ。だから神殿の関係者かもしれないけど、もしかしたら偽物かもしれない」
もぐりの聖騎士がオイセンにはいた。
だったらもぐりの修道女がいてもおかしくはない。
「絶対に偽物です。我々聖職者たる者が他人を陥れるなんてありえません」
「でもね、シアナス。ビーンセイズ、エルフの国、森の三回とも修道服を着てたんだ」
「あ、確かに。エルフの国と森で修道服を着て聖職者を偽る意味がないよね」
僕の指摘にブランカは悩む。
一度は否定したシアナスも考え込んで黙ってしまった。
「ヴァシリッサさえ捕まえられれば…………」
ブラウウェルは悔しそうに呟く。
流浪の民は作戦に関わる者以外、同じ流浪の民でも詳しい情報を持ってない。
ブラウウェルの友達のエルフを換魂した相手は今もわからず、確実なのはヴァシリッサを捕まえて聞くことだった。
ブラウウェルは友達を助けるためにヴァシリッサを捕まえたいんだろう。
「ブラウウェル、一人で捜しに行っちゃ駄目だからね」
「…………お前を前に二度も逃げ果せているんだ。僕だけで追ったところで逃げられるだけだということくらいわかってる」
不満そうだけど、思ったより冷静みたい。
ブラウウェルは森の生活で知性や文化で覆せない力量差が存在することがわかったようだ。
僕も自分が戦闘系だって自覚してきてるし、元が頭がいいらしいブラウウェルなら色々自覚と自重をするんだろう。
「悪魔召喚のほうはどうなったのでしょう?」
シアナスが頃合いを見て別の質問を投げかけた。
「それもアルフが対処したよ。戦場になってた獣人の王都周辺を浄化してる」
悪魔を召喚するのに必要な怨嗟を、一気に浄化するのはアルフにも負担が大きいらしい。
なので複数の魔法陣を作って囲み、浄化結界を作ったそうだ。
数日すれば浄化完了だと聞いてる。
そしてすでに悪魔を呼び出せるほどの穢れはなくなっているそうだ。
「念のために悪魔に頼んで上書きしてもらったって言ってたよ」
「上書きって何、フォーレン?」
「えーと、場を自分の縄張りにする? とかなんとか…………。まぁ、あそこでもし悪魔召喚されたとしても、アシュトルの手下しか呼び出せないようにしたんだって」
アシュトルは悪魔でも上位でその分、下につく悪魔も多い。
軍団四十個持ってるって言ってたけど、スケールが大きすぎてすごいのかどうかわからないくらいだ。
「それに呼び出せても受肉するための死体は処理したから、大した悪魔は出てこないらしいよ」
何故か僕の言葉に姫騎士団が頭を抱えた。
「…………私、昇進できないかも」
「で、でも、私たち何もしてませんよ、先輩」
「戦争に首を突っ込む時点でおかしいし、できることがないのは当たり前だ。…………が、悪魔と対立する組織の者として面目が立たないのは理解する」
シアナスの苦悩をブラウウェルはわかったらしい。
そうか、悪魔が好き勝手動いてるなんて報告に困るね。
「報告書になんて書けば…………」
「そこは妖精王さま主導として、直接話のわかる相手に話せ」
「そうですよ、先輩。ランシェリスさまならわかってくれます!」
ブラウウェルは心から助言をしているようだ。
本当に仲良しだなぁ。
「だがあまり長く秘匿するのは余計な嫌疑を生むから気をつけろ」
ブラウウェルってそう言えば二百歳だ。
ユウェルが関わらなかったらできるひとなのかな?
「仔馬よ、森の中から貴様に射かけられた矢については何かないのか?」
今まで黙ってたのに突然話に入って来るグライフ。
「矢を調べたら、獣人のものだってわかったらしいよ」
「獣人がフォーレンを射たの!?」
「違うよ、ブランカ。えっと、獣人の矢って投げ矢? って言うものらしくて」
僕は初めて見たけど、他は知ってるらしく頷いてる。
見た目は短い矢なんだけど、太くて重いから普通の弓にはつがえることもできない武器だ。
「飛距離的に王都を前にした獣人たちからじゃないし、アルフより前に射手が居たら気づくはずなんだって。もしアルフより後ろから射たならなら、投げ矢に耐える強弓と短い矢をどうにかする仕掛けが必要なはずって」
「ふむ、この森で腕のいい射手と言えばダークエルフか」
「違うよ、グライフ」
ブランカと違ってわざと言ってるでしょ。
「もしこの森のダークエルフが皆、あのスヴァルトと同等の技術を持つなら、投げ矢など使わず自前の矢で確実に当てるだろうな」
ブラウウェルがちょっと悔しそうに言った。
「うん、僕もそう思う。わざわざ獣人の投げ矢を使ったのは、僕を退かせるためだ」
背後に敵がいるぞと教えるだけなら当てなくていい。
逆に当てるだけの力量はない。でも投げ矢という飛ばしにくい矢を射るだけの力量はある相手だと思う。
問題は、その射手が見つかってないことだ。
「なるべく一人行動は控えてってアルフが言ってたよ」
「何故それを俺に言う、仔馬」
「一応怪我してるんだから大人しくしててよ」
グライフはそっぽを向く。
これ、絶対気が向いたら飛んでいくつもりだ。
「は! 僧形を印象づけることで、逃亡の際に脱ぎ捨て追跡を掻い潜るつもりでは?」
「シアナス、まだヴァシリッサのこと考えてたの?」
でもそれ、陰に隠れられるヴァシリッサにはあんまり意味なくない?
「シアナス先輩、見ていないから本物の修道服かもわかりませんよ」
「修道服である理由を上げるなら、人間社会での信用だろうが、我が国や森でもとなると別の意味を考えるべきではあるな」
「いっそ、神さま嫌いだから修道服を着て悪いことするとか?」
思いつきで言ってみたら、みんな絶句してしまった。
グライフまでって、そんなすごいこと言った僕?
「…………貴様は本当に恐れを知らぬな」
「あー、えっと、神さまの悪口言うと燃やされるんだっけ?」
五千年前とか白い槍とかそういう?
被害に遭ってるからその辺りは幻象種も信じて恐れているんだろうけど、僕は科学の発達した世界知ってるからいまいち神さまって信じられないんだよね。
「ねぇ、神さまっていつからいるの?」
「何故それを、この場で異教の私に聞くんだ!?」
答えてくれそうなブラウウェルを見ながら聞いたら怒られた。
「じゃあ、グライフ知ってる?」
「知らぬな。俺ではなく、そこの小娘どもに聞け」
目を向けるとブランカとシアナス揃って首を横に振る。
「そんな不信心なこと語れるわけがないでしょう!」
「そんなの恐れ多いよ!」
どうやら宗教的な禁忌だったらしい。
異文化は難しいなぁ。
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