20話:妖精と追いかけっこ
「幻術なら妖精のほうが得意なはずだが」
「まぁ、フォーレンに幻術被せるのはできるけど」
「それって、俺も結局アルフから見たら全裸なんでしょ?」
「うん。それがフォーレンは嫌なんだろ?」
そりゃね。
僕は相変わらず全裸で仁王立ちしてるグライフを見る。
いや、ホント、僕がこうなると思うと羞恥プレイってやつだと思う。
恥ずかしがらないグライフは無問題なんだろうけどさ。
「ってことは、服を用立てなきゃな」
「ちょっと聞いていい? さっき見えたグライフの服って、見たことない形してたけど。あれって、何処の服装?」
アラビアンな服って、つまりは暑い所の服装でしょ。
で、確か西洋って日照時間短くて寒いから、色素がうんぬんで肌が白いって、前世の知識的に思い浮かぶ。
ってことは、西洋人っぽい人間が住むこの辺りって、そんなに暑くないよね?
「俺も見たことないや。あれって南の服か?」
「うむ、俺が知る中で一番動きやすいものにした」
「あー、今の人間たちの服の流行って、体に密着する形だもんな」
聞いてみたところ、やっぱりこの辺りの人間の服は、前世の中世辺りに近いようだ。
ルネサンス期のような服装で、コルセットはないけど高貴な女性はドレスを着て、高貴な男性はタイツを履く…………。
え、本当?
タイツは僕子供だからまだ許容、かな? いや、男性用レギンスとかあった記憶あるし、そういう…………駄目だ。僕、絶対お洒落男子じゃなかった!
前世の知識による拒否感と戦っていると、グライフがいきなり僕の顎を掴み上げた。
「しかしこの顔、いったい何処の人間を参考にした?」
「顔、何か変?」
「あぁ、仔馬にはわからぬか。見たところ、周辺の人間とは違う顔つきをしている。俺もそうだが、俺のこの顔は南の者だと認識できる範囲だ。だが、貴様のこれは…………」
僕には西洋人っぽいくらいしかわからなかったけど、どうやらグライフから見て俺は国籍不明な顔つきらしい。
アルフは僕の肩に座って髪の毛を触る。
「俺もそれ思ったんだけど、子供だから特徴はっきりしないだけかなーって。…………っていうか、髪質も違うな。しっかりしてる割に滑らかで癖がない」
「特徴なら、この目など特徴的な流線型だ。形が明らかに周辺の人間とは違うぞ」
「顔が小さくて丸いわりに、肉付き薄いのもそうだな。てか、体痩せすぎてないか?」
「まず骨が細いな。鼻も低く、彫りも浅い。体の大きさからして、顔つきはこれ以上変わらない程度であろう?」
なんか二人にこねくり回されて、ちょっと心当たりが浮かんだ。
うん、きっと日本人顔なんだ。
言われてみれば、なんか僕、アイドルに居そうな顔してるもんね。
前世知識だから、日本人のアイドル基準で。
「えーと、それは服が必要なことと、何か関係あるの?」
「「ある」」
おっと、予想外に断言されちゃった。
けど、なんで?
「フォーレン、この顔だとたぶん、この辺りの服着ても似合わないぜ?」
「いや、他から見て変に思われないならなんでもいいよ」
「であるなら、やはり周辺の服は違和感しか生まんだろうな」
どうやら、明らかな異国人顔の僕が地元民の服を着ても悪目立ちするだけだという話らしい。
外人さんが着物来て歩いてるイメージかな。
国際社会を謳った前世の感覚だと、観光だろうなってくらいだけど、こっちは地元の服着て観光はしない。
だから、生まれた場所の服を着ているほうが所属を明確にすることになり、好奇心には晒されても警戒はされないようだ。
「つまり、アルフの着てるそれも、妖精が着る服ってこと?」
古代ローマ風な膝上ワンピース。
確かにこれを今のグライフが着ると考えると、全裸よりもきついものを感じる。
「あ、そっか。これ着りゃいいじゃん」
「なるほど、そう考えるとエルフに近い顔にも見えるな」
「エルフってこんな可愛い顔してるの?」
「いや、仔馬は丸いが、エルフは面長で目元がもっとはっきりしている。が、全体的に若さが際立つ顔つきだ」
「へー」
アルフの着ている服は、昔、種族に関係なく着ていた物らしい。
歴史の古い西の国々では、祭礼用の衣装として今も着られているとか。
エルフも伝統的な職業に就く者は着ているそうだ。
「角さえ隠せれば、エルフで通じるかもな、フォーレン」
「…………隠せるの、これ?」
手から肘くらいまでの長さのある角って、そう簡単に隠せないと思うんだけど。
「そこは幻術でいいだろ。フォーレンが触らせてくれるなら、だけど」
「角を? いいよ、別に」
「あー、うん。フォーレンならそう言うと思ったけど」
「あんまり強く触らないならって、条件くらいはつけるよ? なんかくすぐったくてさ」
グライフが呆れたように見てるから、たぶん、ユニコーンって普通角なんて触らせないんだろうなぁ。
「よし、俺と同じ服でいいなら、ちょっと心当たりがあるぜ」
なんか機嫌よくアルフが親指を立てた。
そういうジェスチャーは同じ意味のようだ。
「ちょうどそこに妖精の通り道があるんだ。こういうのは妖精に頼むのが手っ取り早い」
「それは貴様だけだろう」
グライフと僕は、人化の術を解いてアルフが指し示す地点を覗き込む。
パッと見は、獣道。
なんだけど、先が見えないし、うっかりすると妖精の通り道と言われた場所を見失ってしまう。
「何か、魔法がかけられてる?」
「そう。妖精の通り道は妖精の避難場所でもあるんだ。幻象種でもそう簡単に看破できないぜ」
「これは、幻術ではないな。時空自体を歪ませているのか。…………頭が緩いわりに、どうしてこうも難度の高い魔法を容易く扱う?」
「お前さ、その妖精馬鹿にするのやめろよ。その内、地面に降りたら馬糞踏む呪いかけられるぜ」
何その嫌がらせ? アルフ真剣だし。本当にあるんだ、そんな呪い?
グライフは…………、嫌そうな顔してる。笑ってあしらわないってことは、呪われる可能性あるんだ?
また妖精の危険性の一端を知ったかもしれない。
「じゃ、適当に林の周辺にいる妖精追い駆け回してくれ」
「「は?」」
笑顔でアルフがとんでもないことを言い放った。
「近くにいる気配あるから、ユニコーンとグリフォンなんて危険生物見つけたら、きっとここに逃げ込んでくるからさ」
「普通に呼んだりできないの?」
「近くにいるのはコボルトだから、向こうから出てきてもらわないといけないんだよ」
コボルトって、前世の知識だとゲームに良くいる犬の? って考えたら、知識が開いた。
どうやら違うみたいだ。
人間に悪戯を仕かけたり、手を貸したりする小人の妖精らしい。
ミルクを置いておくと、代わりに仕事を引き受けてくれるって、なかなかお伽噺な妖精。
ただ、犬の妖精っていうのもちょっと捨てがたかった。
顔の作りはともかく、手があるなら犬も撫でられるのになぁ。
なんてことを考えながら、僕はアルフに言われたとおり林の中を適当に歩く。
グライフは上から妖精を捜してたんだけど、僕の頭上で大きく羽音がした。
「ふん! 俺の目を誤魔化せると思ったか!」
「きゃー! グリフォンー!?」
甲高い叫びと共に、枯葉を被っていた小人が飛び上がって走り出す。
アルフよりも一回り小さな小人は、黒髪でとんがり帽子にワンピースという本当に絵本に出てきそうな出で立ちだった。
「うわ、本当にいた」
「はっ」
一度上空に戻ったグライフに代わって追おうとした僕は、息を呑む音を聞いて梢を見上げる。
するとそこには、吊り上がったギョロ目の小人がもう一人いることに気づいた。恰好は同じだけど、銀髪だから別の小人だ。
「ユニコーンなんか見てませーん!」
「あ、ちょっと!」
大慌てで叫んだ銀髪の小人は、木に絡まる蔦を握って、ターザンよろしく逃げ出した。
「ふっははは! 中々に楽しませてくれるではないか!」
グライフは何が面白いのか、小人との追いかけっこに案外乗り気。
僕はターザンで逃げまくる小人を追って、林の中を右往左往することになった。
「はぁ…………結局、妖精の通り道とか関係なかったね」
「まさか、ここまで徹底的に追い詰めるとは思わなかったぜ」
僕たちが最初に腰を据えたせせらぎの側。
石を背にして決死の顔をしているのは、僕が追いかけていた銀髪の小人。
その小人の視線の先には、グライフの嘴に咥えられたもう一人の黒髪の小人がいた。
「ラスバブ!」
「うぇーん、ガウナ助けてー」
地団太を踏む銀髪のガウナに、黒髪のラスバブは涙を零しながら助けを求める。
僕の背中で苦笑いしてたアルフは、飛び立つとガウナが背にした石の上に降りた。
「怖がる必要ないぞ。そっちのユニコーンは俺の友達で、そっちのグリフォンは俺の友達にやられた奴だから」
「羽虫が偉そうに」
咥えていたラスバブを吐き捨てて、グライフはアルフを睨む。
うん、口開けなきゃ喋れないからね。
「ラスバブなんて心配してませんけどね!」
「ガウナー! って、あ!」
「あ? …………あ!」
コボルト二人は手を取り合ってアルフを見上げる。
何かに気づいた様子で居住まいを正す姿は、やっぱりアルフのほうが目上扱いみたいだ。
「手荒な真似して悪いな。ちょっと相談があるんだ。手を貸してくれ」
「悪戯していいならいいですよ!」
「忙しいから嫌だけど、しょうがないです」
うーん? どうもまた癖の強い存在な予感がする。
素直に頷く気のないコボルトに、僕は今から不安しかなかった。
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