2話:ユニコーンと妖精
僕が返事をしたことで気を良くしたのか、妖精はひらひらと近づいて来た。
「間の抜けた返事なんて、おかしな奴だな。仔馬だからか? ユニコーンは気性が荒いのに、お前危険そうじゃないな」
「そうなの?」
「そうなの。見つけたら即逃亡が鉄則の、憤怒の化身だよ」
「へー?」
正直実感が湧かない。
妖精にも伝わってるみたいで、じっと僕の瞳を覗き込んでくる。
「幼くて本能に目覚めてないせいか、それとも特殊個体か? 紺色の瞳は平静な時のユニコーンの特徴ではあるけど…………」
人の目を見ながら独り言とかやめてほしいな。
「えーと、君は? なんの妖精、とかあるの?」
「うーん、俺はアルフ。なんの…………そうだなぁ。…………繁栄?」
「ねぇ、それ今考えなかった?」
「お子様向けの解答を考えてやったんだよ」
それってつまり、繁栄を大人向けにするものの妖精ってこと?
繁栄って、前世の知識だと子孫繁栄とか言葉が…………あー! あーねー!
「お、すごいな。わかったのか? そうそう、色欲とかもうちょっと柔らかく言うと、恋愛の妖精なんだ」
「え、それ纏めて繁栄? いいの、それで?」
「いいんだよ。…………で、これだけ話してて母馬来ないって、はぐれたのか?」
「いや、実は…………」
あれかな? 繁栄ってやっぱり子孫繁栄も入ってるから、子供の僕を気にかけてるとか?
僕は他に手もなく、母馬が殺された経緯をアルフに話した。
「…………そりゃ、なんていうか…………大変だったな。辛かったろ」
「辛いって、僕みたいな幻象種って奴でも感じるもの?」
「あー、どうだろ? 俺、獣型の幻象種には深く関わったことないから。けど、知能は高いし感情の理解くらいはするんじゃないか?」
母馬、動物っぽかったけどなぁ。一定の情はあったと思う。けど、それだけ。
感情の交流があったかは、わからない。わからない内に、別れることになったんだから。
「アルフに比べると、母馬はもっと澄ました感じだったよ。黙ってついてらっしゃいって、背中で語る感じの」
「あー、幻象種って気位高い奴も多いし。ユニコーンもそうだな。親子でもそんなもんなんだぁ」
アルフは僕の目の高さの葉の上に座ると、手招きをした。
本当に精神体という実体のない存在らしく、葉はアルフが乗っても揺れてるかなくらいだった。
「あんまり親に生き方教えられてないみたいだから言っておくけどな。ユニコーンの角は、万病薬なんだよ。ユニコーンの強さも気位の高さもわかってて、それでも欲しがるほど他にない薬なんだ」
「そうなんだ…………。だから人間たちも命がけで…………」
あの覚悟を決めた女の子の顔がちらつく。彼女も、命がけで病から救いたい人がいたんだろうか?
「で、憤怒の化身なんて言われる荒々しいユニコーンは、唯一生娘の匂いに心奪われる。そうなると、普段の強さも何もなくなって膝を屈する。これはユニコーンの習性だ。お前も気をつけろよ」
「あ、やっぱり本能みたいなものなんだね…………。気を付けてどうにかできるかな?」
僕の言葉に、アルフはそれまでの子供っぽい軽さがなくなって黙り込んでしまった。
よく考えると、ユニコーンはヤバいって言ってる割に、色々教えてくれるいいひとだよね。角のことも気をつけろって言ってくれてるし。
「なぁ、敵討ちとかは、考えないのか? 母馬が殺されて、怒りで腹が煮えくり返るとかっていう感情は?」
「え、無理無理! 大人のユニコーンがあれだけ暴れて殺されたのに、敵討ちなんて。…………普通に、怖いよ」
「怖い!? 獰猛、傲岸、恐れ知らずで飼いならされるくらいなら自死を選ぶプライドの塊が、人間を怖い!?」
「えー、ユニコーンってそんなに怖い生き物なの!?」
母馬は素っ気なかったけど、そこまで恐ろしい生き物じゃなかったと思うんだけどなぁ。
それともこれって、僕が前世思い出したからユニコーンとしての感覚おかしくなってるの?
「お前、少なくともすごく頭がいいぜ?」
「へ?」
「知能が高いって言っても、四足の幻象種の考え方はシンプルだ。話し合えば通じるけど、そこに持って行くまでに屈服させなきゃいけない」
なんか、ゲームのイベント戦闘みたいなこと言い出した。
「だから幻象種の心って読みやすいはずなのに、お前はひたすら物考えてて、思考が複雑だ。読みにくい。母馬殺されて怯えてるだけじゃないな」
それは、人間だった頃の感覚で…………。転生って説明したほうがいいのかな?
けど異世界から生まれ変わりましたー、なんて、信じてくれる? 前世の記憶って言っても、自分が誰だか思い出せないくらいなのに?
ユニコーンになってる時点で転移じゃないんだから、説明しても元の世界に帰る方法なんて捜したいわけじゃないし。今は余計なことを言わず、この世界を知ることから始めたほうが良さそうだ。
「お前、この先不安じゃない? 母馬もなしに生きていくのさ。頭良くても、いや、いいからこそ俺の話聞いて危険性把握したろ?」
「うん、それはね。人間に見つからないっていうのもこの真っ白な体だと難しいだろうし」
「ふふん、話が早くていいな。…………そこで俺から提案。俺もちょっと困った状態なんだ。どうだ、お互い助け合わないか?」
「助け合い? うん、いいよ」
「え、即答? ちょっとは疑えよ」
「いや、他に頼れる相手もいないし、僕から提示できる条件も思いつかないし。だったら乗っかるべきじゃない?」
アルフは額を押さえたかと思うと、突然足をばたつかせて笑い始めた。
「あははははは! お前、嘘がなくていいな! 妖精好みの性格してる!」
「へー、ありがとう。まぁ、嘘吐く必要があるほど生きてないしね」
「穢れにばっかり触れてたのに、久しぶりに気分がいいや。ついでに名前も付けてやるよ」
上機嫌でそんなことを言うアルフ。
アルフが言うには、名前があると人間に捕まりにくくなるらしい。
「魔法使いなんかに名前つけられると隷属させられるからな。あ、もちろん俺はお前を隷属させるつもりはないぜ。子供の内はできるだろうけど、成獣になってからよくもあの時! なんて復讐されるの目に見えてるからな」
軽そうに見えて、アルフは意外と手堅いところもあるようだ。
「そういうことなら名前つけてもらおうかな。それで、助け合うって何をするの?」
「簡単に言うと契約を結ぶ。ま、その前に俺の状況説明させてくれ」
アルフは、ここから東にある大きな森から来たんだと言った。
「人間が森を荒らして、大切な物を盗んで行ったんだ。俺はそれを取り戻すために森を離れたんだけど、実は、力尽きそうでヤバい」
「え、大丈夫? 大切な物は取り戻せたの?」
「それがまだなんだよ。しかもここから森に帰るにも、もつかどうかわからないくらいでさ」
それなりに不味い状態だろうに、アルフは気楽に笑う。
なんだか楽天的な性格みたいだ。
「ヤバいって、力尽きたら死ぬってことじゃないの?」
「あ、妖精ってそういうんじゃねぇから。俺が今ここで消えても、俺と同じ妖精が新しく生まれるんだよ」
「それって、アルフなの?」
「いや、違う奴。けど記憶は受け継がれるし、魂も同じ。だからここで俺が消えても、新しく生まれる奴は変わったユニコーンの子供に会ったことを覚えてる」
「でも、アルフじゃないんでしょ?」
「おう。その時代に影響されて性格に変化出るしな。名前も違うものになるし」
「じゃあ、やっぱりアルフは死ぬんじゃないか。もっと危機感持ちなよ」
「はは、だったらお前が助けてくれよ。俺に必要なのは、精力だ。生きるための活動力、気力と言ってもいいけど、俺の場合、ピンポイントで欲に傾いた精力でいい」
「え、それってつまり…………性欲ってこと?」
「まぁな。なんせ俺、繁栄を司ってるからな! そんなに引くなよ。これ、お前にもいい話だと思ったから持ちかけてるんだぜ?」
アルフが言うには、ユニコーンは乙女の匂いで精力を乱されて前後不覚に陥るらしい。
つまり、僕の精力をアルフに提供することで、余分な精力を失くせば、乙女の誘惑から逃れられるかもしれないそうだ。
「ま、これは確定じゃないから話半分でいい。俺から提供する条件は、精力の見返りに俺の知識を分けてやるよ。精力を俺に流すバイパス作るついでに、俺の持つ知識から情報を引き出すバイパスも作る。これでも俺って長生きだからな。相当役立つと思うぜ?」
「なんか、僕にばっかり有利じゃない?」
「そうか? 俺と契約してる間は子作りできないし、恋の遊びもできないってことになるんだけど?」
「いや、母馬があんな死に方した後じゃ、そんな気になれないし」
つまり、母馬は性欲に負けて罠にはまったんでしょ? え、怖くない? 命の危険が伴う性欲とか、いらなくない?
それによく考えたら半端に人間の感覚持ってる今、ユニコーン相手に恋なんてできる気がしない。
なんて考えてると、アルフからすっごい憐みの目を向けられた。
「…………子供だからいいかなって思ったけど、なんか、すごく生涯を損させる気がする」
「いや、そんな大げさな。僕のことは気にしなくていいから。っていうか、そんなちんちくりんなのに、子作りとか恋の遊びとかアルフに経験あるの?」
「は、はぁ…………!? ばっか、お前! これは森を離れるために、極力力抑えた結果だよ! 俺だって本当の姿はすっごいんだからな!」
はい、嘘乙。
って前世の知識が飛び出してくるくらい、アルフがテンパってる。
うーん、必死になって否定する姿って、こんなに嘘を誤魔化すようにしか見えないんだな。僕も注意しておこう。
ユニコーンは憤怒の化身って言われるくらい怒りっぽいみたいだし。
冷静に、注意深く…………そう、クールにいこう!
「自分で振っといて無視するなよ」
あ、アルフが臍曲げた。
妖精に臍あるのか知らないけど。
「あーもー! お前がいいならもう言わない! さっさと契約するぞ!」
「アルフが気にしすぎだよ。契約してる間ってことは、永続じゃないんでしょ? だったら、その気になりそうなことがあったら言うし」
「その気にもならないから忠告してやってんだよ」
「だったら余計に気にしなくていいって。最初からないなら、惜しいとも思わないよ」
「まぁ、成獣くらいになったら一回様子見るさ」
あ、そう言えばユニコーンってどれくらいで大人になるんだろう?
そう聞こうとした時、アルフは鼻先に小さな手を伸ばしてきた。
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