192話:予言の縁
他視点入り
「ト、トラウエンさま!」
悲鳴染みた射手の呼び声に僕は信じられない光景のせいで、すぐには答えられなかった。
「怪物が、庇った?」
その後もまた信じられない光景が続いた。
怪物を攻撃したことで、ユニコーンが怒りを見せている。
エフェンデルラント軍を形作る民兵は瓦解し、獣人も毛を逆立てて逃げた。
青かった瞳が赤くなりかけている姿に、少しでもユニコーンを知る者なら戦くだろう。
ましてや、その目がこちらを見据えていたのなら。
「ほ、砲台を用意しろ!」
「は、はい!」
僕たちはあらかじめ対策として護符で身を守っていたため動くことができた。
精神を守る作用があり、恐怖の中でも動ける。
「すぐに撤退だ!」
「は、え、砲台は!?」
「起動してユニコーンの相手をさせる!」
「まさか捨てるのですか!?」
他に手があるというのか?
貴重な魔王の遺産だけれど相手はあのユニコーンだ。
すでにエルフの国とビーンセイズで僕たちの計画を邪魔した上でこうして生きてまた立ちはだかっている。
何より砲台を森に持ち込んだのは、矢が失敗した時の保険のため。
エフェンデルラントが窮地になれば売り込む予定でもあったけれど。
同朋はそちらを主に考えていたようだ。
「追撃をしましょう! 一塊になってます! 今なら!」
「やめろ!」
矢を受けたゴーゴンの周囲には、残りのゴーゴンと妖精王、暴れるのをやめたユニコーンが集まっていた。
今攻撃を仕掛けても半端な威力にしかならない。
それこそ砲台を打ち込むくらい、一撃で確実に追って来られなくさせる必要がある。
無駄なことはしない。
僕はここで死ぬわけにはいかないんだ。
ヴェラットを残してはいくわけにはいかない。
「無駄なことはするな。砲台の準備と撤退だ。時間がない! 触媒を優先させろ! ただし砲台の発射を見定めてからだ!」
そうだ、僕がここにいる理由は危険を冒すことじゃない。
ユニコーンはあくまで族長のついででしかない。
本当の目的は悪魔召喚のための贄を用意すること。
そのためには死者を量産しなければならない。
死者数を増やすためには砲台は有効だ。
ユニコーンが森の者の死を見過ごせないのなら、弱点として獣人を狙うことも有効だろう。
「…………砲台はまだか!?」
「魔力充填に今しばらく!」
ユニコーンが無防備になった好機に逸って準備不足だったか。
確実に殺せたと思ったのに、何故あそこでゴーゴンが。
神の罰で醜い怪物になり果て、その姿を見た者へ怒りを向け石化させる。
ユニコーンを守るなんて性質聞いたこともない。
「確か首を切り離せば…………」
怪物は心臓から消える。
切り離せば石化の力を保持した首だけが残ると伝承にある。
「考えてもしかたないな」
他のゴーゴンに囲まれた今、回収の手はない。
ユニコーンの死体は消えないので、角の回収の仕方は考えていたけれど、怪物の部位を持ち帰る方法は考えていなかった。
「トラウエンさま!?」
ほとんど悲鳴の呼びかけに、僕は無駄な考えをしていたことを知った。
いつの間にかユニコーンがこっちに向き直っている。
青い瞳には明らかな敵意が滾っていた。
「早い!?」
人間では及びもつかない走りを見せる。
すぐさま目の前に来たような錯覚と共に、僕に叫んだ同朋は蹴り潰された。
身構える僕たちを前に、ユニコーンは一度止まる。
「君は…………」
ユニコーンから聞こえたのは人間の言葉。
このユニコーンには知性がある。
それはエルフの国で知っていた。
あの時は角を隠しエルフの相の子と思われていたけれど、こうして見るとあんな人化よりもよほどさまになっている。
穢れのない白い体に金色の鬣。天を突く真っ直ぐな角が恐ろしくも美しかった。
「そうか、君か…………」
神々しさすらあるユニコーンが、僕を見据えてそう呟いた。
待ち構えるような流浪の民の中に、少年がいた。
その子には見覚えがある。
エルフの国のヴァラの所で少女といた少年だ。
そしてケンタウロスの賢者の予言を思い出す。
もしかして、縁が連なるのはこの子なの?
「トラウエンさま、如何しますか!?」
「騒ぐな。準備は?」
「い、未だ…………」
トラウエンというらしい。
大人が窺う姿を見ると、どうやら流浪の民の中でも偉い人のようだ。
「僕はユニコーンのフォーレン。妖精の守護者と呼ばれてる」
名乗るとトラウエンは驚きに目を見開いた。
次いで胸に手を当てて真っ直ぐに立つ。
「フィシアーレ・ウーフの子、トラウエン・グランディーコ」
名乗ったトラウエンは、少し迷って続けた。
「君たちが流浪の民と呼ぶ一族の族長を父に持つ」
族長の子供だった。
名乗ったのは礼儀だけだとは思えない。
いきなり矢で狙った相手だ。
腹蔵を読まなくちゃ。
「…………そう、時間稼ぎか」
トラウエンは無反応だけど、逆にその抑制の姿勢が答えになってる。
流浪の民は横並び。
その陣形は奥に行かせないためなんだろう。
「奥から魔力反応がある。何かまた碌でもない物を用意してるんだね」
大人の流浪の民が怒りを見せた。
その反応はビーンセイズで対峙した流浪の民のブラオンに似ている。
つまり、どうやら彼らの奥にあるのは魔王の遺産ということらしい。
僕が一歩近づくと、流浪の民は決死の表情で身構える。
「君たちがこの戦争で悪魔を呼ぶつもりでもいい」
僕の言葉にトラウエンの表情が動く。
知られていたことが予想外だったみたいだ。
「人間を煽って戦争させるのもいい」
近づいて行くと流浪の民は剣を構える。
その中でトラウエンは腰に手を添えるだけ。
敵対行動を自重するのはトラウエンの賢さなのか臆病さなのか。
「ダイヤを狙ってアルフを困らせるのもいい」
まぁ、もう遅いけど。
「何をしようと僕は君たちの邪魔をする」
宣言した途端、トラウエンは杖を抜いた。
今さら自重の意味がないことを悟ったようだ。
「後方へ撤退! 遅滞に努めろ!」
トラウエンの命令に、流浪の民は二人一組になると行動を開始した。
「君たちは、僕の敵だ。何をしようと全て潰して回るよ」
敵意を明確にした途端、トラウエンから魔法が放たれ煙幕のようなものが広がる。
僕は気にせず魔法で煙幕を払ってまた歩を進めた。
「魔法!?」
流浪の民が驚くけど、トラウエンは次の魔法を放って檄を飛ばす。
「妖精避けで当分妖精は来ない! 各自魔法防御を最大出力!」
どうやら煙幕は妖精避けだったらしい。
広げちゃった。
駄目だな。
今回、僕の余計な手出しのせいでこんなことになった。
やるならちゃんと考えなきゃいけなかったのに。
「間違わないようにしないと」
僕はさらに風を吹かせて煙幕をより遠くへと吹き飛ばした。
その間に流浪の民はトラウエンを中心に魔法攻撃を放つ。
火の壁ができ、土が逆茂木となり、毒が漂って木々が動きだす。
僕は全てを蹴倒して前進した。
「魔法がその程度ならいいか」
メディサは戻って来る。
けれど戻ってこれない誰かが攻撃されたら?
「考えたくもないけど…………」
もう母馬の時のようなことはごめんだ。
だから僕は戦う。
そう、決めた。
「各個撃破だ」
確実に倒す。
彼らの魔法は気にしない。
どうやらアルフが何かしたみたいで、流浪の民も戸惑うほど威力が出なくなっているらしい。
「妖精の悪戯が起きているのか!?」
「しかし周囲に妖精はいません!」
「ともかく足を止めろ!」
今度は何かを投げて来た。
首や腰に下げていた飾りだ。
当たるつもりもなく避ける。
すると背後から縄が飛んで来た。
けれど僕の視界は広いからそんな動きも見えている。
跳躍して避ければ、姫騎士の持つ縄のようにひとりでにその辺りを勝手に縛って動かなくなった。
他にも沼を生じる物や、油を撒き散らす物、犬ほども大きな蛇を放り出す物を投げつけてくる。
「…………もう手の内はおしまい? だったら今度は僕だ」
強く蹄を蹴って、僕は一番手前にいた流浪の民二人組を角の一閃で薙ぎ払った。
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