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191話:覚醒の訳

他視点入り

「メディサ!?」


 背後でフォーレンの切迫した声が聞こえた。

 けれど私は振り返ることはできない。

 腹には黒く燃える禍々しい矢。これが私の命を燃やし尽くそうとしていた。


 上から見てわかったのは、金羊毛が危険を報せようとしていたこと。

 指す方向には弓を引き絞る者がいて、狙いはフォーレンだった。


「メディサ! あぁ、メディサ!」

「なんてこと!? なんということを!」


 姉さまたちも激しく羽ばたいて降りてくる。

 上を見ようとした私は堪らず倒れ、二人の姉に抱き止められた。


 こんなことになってきっと怒られる。

 けれど心の底から今、私は良かったと思っていた。


 これは呪いの矢だ。

 私が受けなければ、この炎が広がるように呪いが浸食する苦痛をフォーレンが受けることになっていただろう。


「フォーレン!? 嘘だろ! おい、しっかりしろフォーレン!」


 妖精王さまのあまりの焦りように意識を向けようとした次の瞬間、意識を攫うような咆哮が辺りに轟いた。

 先ほどの獣人の将軍の比ではない。怪物の私さえ余波で身が縮んだ。


 そんな咆哮を上げたのは、姉さまの向こうで暴れるフォーレンだった。

 抑え込む妖精王さまを振り払おうと荒々しく跳ねている。


「落ち着け! 理性を捨てるな!」


 フォーレンは妖精王さまの声も聞こえないくらいに取り乱していた。

 それは私のせい?


「フォ、レ…………」


 声が上手く出ない。

 それでも妖精王さまには届いたようで、すぐに私を見た。


「フォーレン! メディサが呼んでる! わかるか? メディサがお前を呼んでんだよ!」


 妖精王さまが繰り返してようやく、フォーレンは荒い息を吐きながら私に向きを変えた。


 驚いた。

 その目は三色に変わっている。

 瞳の中、上が青、下が赤。そして混じり合った部分が紫に淀んでいるのだ。


「怪我、は…………?」

「メディサ…………」


 愕然とするフォーレンは、私に刺さった矢が助からない呪いだとわかったみたいだ。

 手を伸ばすと、怯えるような慎重さで顔を寄せてくれた。


「ごめ、…………さい、私の、せいで…………」


 夜空のように美しい瞳を、私が穢してしまった。

 なんて罪深いのだろう。


 決して揺るがなかったフォーレンの理性が私のせいで均衡を失ってしまっている。

 なのにそんな変化を喜んでしまっているなんて、本当に私は罪深い。


「謝るのは、僕だ…………」


 そうフォーレンが答えた途端、目の赤が広がる。


 そんな様子に私は、惜しいと思った。

 あの青が好きだった。

 私たちに許された時間、満月が照らす雲一つない夜空のような色が。

 どうすれば、フォーレンの怒りを鎮められるだろう?


「…………戻って、くるわ…………」

「メディサ?」


 姉さまが咎めるように呼ぶけれど、今だけはこの嘘を見逃してほしい。


「怪物は、世界に、生まれ…………直す、から…………」

「本当? メディサ、また会える?」


 私が頷くと、フォーレンの瞳の赤が褪せるように薄らぎ始める。


 この場で真実を知らないのはフォーレンだけ。

 けれど姉さまも妖精王さまも何も言わないでいてくれた。


「ごめん、痛いでしょ? ごめんね、メディサ」

「いい、の。守れて、良かった…………。悔いは、ないわ…………」


 最後の言葉は、睨みつけるエウリアに向けた。

 私が殺されることを嫌う、優しいけれど素直じゃない姉に。


「本当に、悔いはないのね」


 涙を堪えて微笑むスティナは、おっとりしていても私をよく見ている。


「ひとつ、だけ…………。花瓶を、もらったのに、花、を…………」


 二度と活けられないのがとても悔しい。

 そう言おうとして、私はやめた。


 言ってはいけない。

 悔いは残るけれど今は嬉しい、誇らしい。

 私の死に対するはなむけは、それだけで十分だ。


「僕が花を飾るよ。メディサが戻ってくるまで。だから、だから…………」


 フォーレンの気遣いに、答える声がもう出ない。

 私は答えの代わりに微笑んだ。

 …………つもりだけれど、上手くできたかわからない。


 声も出ない。

 目も霞む。

 耳鳴りが酷くて良く聞こえない。


 けれど、こんなに喜びに満ちた死なら身を任せてもいい。

 こんなに生きたいと思ったのは初めてじゃないかとさえ思う。

 こんなに満足に死ぬのは初めてじゃないかとさえ。


 わからない。

 私は知らない。

 けれど確かに…………。






「こんな笑顔で逝くのは初めてね、メディサ」


 スティナがそう呟いて、もう動かないメディサの頬を撫でた。

 エウリアは歯が軋むほど力を込めてから、矢が放たれた方角を睨む。


「メディサが戻ってくる前にあのごみを片付けるわ」


 僕はじっと今まで喋っていたメディサを見下ろした。

 死の臭いがする。

 血の臭いがする。

 …………メディサは、死んだ。


 僕は顔を上げてエウリアと同じ方向を見た。


「…………エウリア、それ、僕に任せてほしい」

「フォーレン」

「お願い」


 思いを込めて言うと、エウリアは頷いてくれた。


 僕はどうして間違ったんだろう。

 ユニコーンだ、幻象種だ、今までのやり方は回りくどかったんだって。

 だからってどうして僕が前世を思い出したかを忘れるなんて馬鹿げてる。

 その意味を忘れるなんて、それこそ意味がないじゃないか。


「アルフ、もう大丈夫だよ」


 ずっと鬣を握ってたアルフは、精神の繋がり使って僕を抑えつけようともしていた。

 声をかけると少しずつ緩むのがわかる。


 普段楽観的なアルフをこんなに警戒させたと思えば、それだけ頭に血が上っていたんだとわかった。


「さっきまでは誰でもいいから蹴散らすつもりだったけど、ちゃんとわかってるよ」

「色も戻ったみたいだし、わかった」


 アルフは頷いて僕を解放する。


 射手のいるほうへ向き直ると、すでに逃亡を開始しているようだった。

 けれどこの距離ならないも同じだ。


「今度は間違えない」


 前世を思い出したのは人間を知るためだった。

 訳のわからない状況を打開するためだった。

 そして僕は人間の感覚を手に入れて、知った。

 それで上手くいくこともあったんだ。


 ユニコーンだからって軽んじるべきじゃない。

 人間の卑怯さを読むには必要なことだったのに。


 だから、考えろ。

 次は何をしてくる?


「二射がないならもう呪いの矢はない」

「あぁ、俺もそう思う」


 アルフも辺りを警戒して魔法を展開し始めた。


「でも、逃げ道は用意してるはずだ。エルフの国でもそうだった」

「奥の高い魔力の反応にも気を付けろ」


 アルフは精神の繋がりを使って正確な魔力の位置を教えてくれた。


「うん、奥の手だろうね。あんな風に置いておいてもいいと思えるくらいに強力な。目的を果たすためか逃げるためか、なんにしても使わせないほうがいいはずだ」

「使われても魔法関係なら俺が受け持つ。フォーレンは自分が一番力を生かせる方法で動いたほうがいい」

「わかった」


 だったら迷わず一気に走る。

 まだ追いつける距離だ。


「姿も見せず、名乗りもせずに命を奪うだけの臆病者め」


 エウリアはメディサを抱えて吐き捨てる。

 スティナはメディサの青銅の手を握って、優しささえ感じる声で言った。


「フォーレン、逃がしてもいいのよ。その時は、私が行くわ」

「姉さま、私を置いて行くのは許さないわよ」


 エウリアの言葉に、僕はもう一度だけメディサを見る。


 目は眼帯に隠されていて見えない。

 口元も大きく上に伸びる牙で隠れている。

 それでもその顔が穏やかに見えるのは気のせいではないらしい。


「また、会えるよね」


 その時には何を思ったか聞いてもいいかな?

 どうして笑っているのか、聞いても…………。


「でも今は…………」


 後悔を振り切るように僕は地面を蹴る。

 アルフの補助で森の木々は道を譲るように動いた。


 行く先には浅黒い肌で飾りを幾つもつけている人たちがいる。

 走り出した僕の姿に、流浪の民は逃げることをやめて身構えていた。


隔日更新

次回:予言の縁

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