185話:悪魔に相談してみる
広大な暗踞の森の南。
暗く光の差さない森の深い場所に、切れ込みのような割れ目があった。
地下へと下る急斜面から、洞窟へと繋がる不穏な入り口。
僕は足元が岩のため、人化して入る。
光を背にしているためか、闇に呑まれるような錯覚を覚えた。
「いらっしゃーい!」
陰鬱な雰囲気と反対の明るい歓迎の声が壁面に反響する。
「アシュトル、また女の人の姿なの?」
「あらん、本体の私を見た感想がそれなのぉ?」
本当に男女で性格が違うようだ。
ぐいぐいくるし、色気の圧がすごい。
「…………大きいね」
アシュトルは巨人より小さいけど人間より明らかに大きい姿で洞窟の奥に立っていた。
「視線を合わせたほうが話しやすいわね、うふ」
「待って。なんで寝そべって僕の下に入り込もうとするの?」
なんだか危ない体勢を取られそうになり、僕は奥へと逃げる。
すると暗い洞窟と一体化していたもう一体の悪魔にぶつかってしまった。
「悪魔の住処に単身乗り込むとはな」
「ペオルもいたんだ。あー、アシュトルも大きいけど、やっぱりペオルのほうが大きいんだね」
いっそ悪魔らしい姿のペオルのほうが、らしくて安心すると言ったら怒られるかな?
「あれ? もしかしてペオルよりアシュトルのほうが強い?」
「わかるー? フォーレンの察しの良さ好きよ」
「悪魔にも格がある。こやつは上から数えたほうが早い」
あ、そうなの?
「その割に雑だね、ペオル」
「頭が固いのよ、こいつ。私のやり方に文句があるから敬わないの。それと私より序列が上の悪魔が上司だからでしょうね」
「ちなみにコーニッシュはわしと同じ頭をいただいている」
「悪魔にもそういうのがあるんだね」
僕は悪魔二人によって奥へと案内される。
普通の洞窟だったのは最初の日の差す所まで。
奥に行くと岩窟の大聖堂があった。
「…………何これ? 大聖堂、じゃなくて大魔堂とでも言えばいいのかな?」
「かつて森に逃げ込んだ人間の中に悪魔崇拝者がいてな」
そんなのいたの?
大魔堂は世界遺産にあるような教会に似た造りで、奥に大きな祭壇がある。
ただし燭台の明かりは怪しい紫色で、飾ってある像は明らかに悪魔だ。
「ここが完成した時には悪魔が十三柱いてね、それぞれの専用礼拝室があるの」
そう言ってアシュトルが指すのは、祭壇までの壁に連なる十三個の扉。
悪魔を示す紋章が扉に掲げられていて、その内三つだけが光っていた。
うん、これダンジョンだ。
「あの時は暇でな。扉の向こうに異空間を作ってずいぶん遊んだものだ」
「みんなで決まりを作ってね。必ず最奥に行ける道順は用意すること、一番奥には自らを召喚する秘儀を隠しておくこととか」
「誰だったか、最奥に辿り着けば立派な狂信者になっているような精神汚染を張っている者がいたな」
「制限時間以内に謎が解けないと死ぬ罠は、興奮するけれど長く楽しめないのよね」
なんだか僕の頭上で悪魔的な会話が繰り広げられる。
…………うん、悪魔だった。
「僕は入らないからね」
「あらそう? 面白いのよ」
「それって見てるほうがでしょ」
「わしの仕掛けはこやつほど性格は悪くないぞ」
「行かないって。僕だって用事があって来たんだよ。命をかけに来たわけじゃない」
ダンジョン攻略なんてしないからね。
大魔堂には石造りの椅子があった。
僕は動かないことを示すために、そこに座って用事について話す。
「獣人の国での戦争で悪魔って召喚できる?」
「悪魔に条件の提示もせず聞くなと言っただろう」
「妖精の守護者として聞いてるんだよ」
「ずるい。妖精王からそのことは言いつけられているわ」
悪魔も森に暮らすのなら僕に協力するようにとアルフからお達しが来ているそうだ。
僕を誘惑できないことに不満を漏らしながら、アシュトルはしどけなく座った。
説明はペオルに投げるように、手をひらひらしている。
良きに計らえと言ってるのが聞こえるみたいだ。
「はぁ…………。簡潔に言えばその可能性は高い。できるかできないかで言えばできる」
「そうなんだ。可能性が高いってどうしてわかるの?」
「悪魔を召喚する目的で無駄に戦争を泥沼化しようとしている悪意を感じる」
「え!?」
聞けば悪魔は悪意や作為に敏感らしく、悪いことをする者を悪魔は感じ取れるんだとか。
獣人の戦争にはその悪意があるらしい。
「アシュトル、それはビーンセイズのブラオンがしたみたいに特定の日に呼び出すやり方?」
「違うわ。戦場に相応の怨嗟と憎悪、血が流れればいいのよ」
「もしかして今、危ない?」
「まだ足りないんじゃないかしら?」
答えてはくれるけどアシュトルにやる気はなくあやふやな返答だった。
足りないってどれくらいだろう?
獣人は蛇で怒ってるし、人間も子供を殺されたと怒りで動いてる。
憎しみは十分? 足りないのは血?
「うーん、なんにしても止めないと」
「最悪すでに呼び出されているかもしれんぞ」
「そうなの?」
「そこの大公を呼ぶには足りぬ。だが、コーニッシュのように一芸にのみ秀でる悪魔なら現状でも呼べるだろう」
ペオルは雑に指差しながらも、アシュトルを大公と呼んだ。
「ペオルは?」
「足りんな」
今呼び出せる悪魔なら何とかできそうかな?
けど獣人や人間は無理そうな気がする。
コーニッシュの誘惑って、三大欲求の一つだから案外簡単に引っかかるんだよね。
「流浪の民は悪魔を呼び出して何をすると思う?」
アシュトルの時は時間稼ぎだった。
この戦争自体が悪魔を呼ぶためだとしたら、最終目的はなんなんだろう?
アシュトルとペオルは顔を見合わせて思いつくままに喋る。
「まず呼ばれた悪魔は戦場にいる命を全て刈り取るだろうな」
「上手くいけば受肉できるかもしれないものね」
「そうじゃなくてって、え? 命全てって獣人も人間も関係なく?」
「どちらも物質体だからな。わしらにとっては変わらぬ」
「呼ばれた悪魔の性質にもよるわぁ。けれど、流浪の民も気にしないと思うわよ」
確かにアシュトルなら適当に殺しそうだし、流浪の民も拘らないだろう。
「今の時点で召喚されてたら、流浪の民はどうしてその悪魔を召喚したと思う?」
「そんなもの、妖精王が狙いだろう」
ペオルは迷わず答え、アシュトルは面白そうに僕を見つめた。
「私を呼び出したブラオン。あれは狂信の熱量が私を呼び寄せたと言ってもいい」
ちょっと口調が男の時に似て来た。
「魔術の才はあったが、私に通じる資質はなかった。あれは享楽を知らない。しかれど狂喜を求める者。そして魔王石というかつての主人に通じる手段を持っていた。故に私を呼び出せる可能性が生じた。生じたならば、この安閑に瞬きの変化をと思い応えた」
つまりアシュトルからすれば暇だったから召喚されてみたと。
正直迷惑だよ。
「じゃ、お願い。アルフを狙う悪魔が召喚された時は、アルフを守って」
「それは言われるまでもないわ、フォーレン」
アシュトルはウィンクをしながら気軽に応じてくれた。
「妖精王の治める森を荒らす悪魔がいればわしらが対処をする。それは以前から決まっていたことだ。重ねて命じるならば他の文言にせよ」
「命じないよ。けど良かった。格上とは戦わないとか言われるかと思ったんだ」
ペオルがアシュトルを指すと、アシュトルは唇を突き出して教えてくれる。
「妖精王との約束だから戦闘を放棄したりはしないわ。でも私より上を呼び出したら、もうどうしようもないわよぉ」
「悪魔の能力には向き不向きがある。悪魔相手ではわしらの得意とする誘惑は効かん。戦闘においては大公がどうにもできぬなら並みの悪魔では対処できんだろう」
「あら。ペオルの場合、自分の王さまを呼ばれるほうが困るんじゃなぁい?」
どうやらペオルは悪魔の王さまに仕えてるらしい。
悪魔って格とか地位とか、組織立ってるみたいだ。
流浪の民が悪魔を嗾けてくるなら、少しは悪魔について学んだほうがいいのかな?
「あの方の下にわし一人おらずとも配下はいくらでもいる」
「とか言って、実は戻るのが面倒なんじゃないのぉ? 同盟関係にあった時、ちょっと乱暴すぎて相手にするのが面倒だったわぁ」
「その武勇を誇る王に劣らぬ苛烈な妻がいるにも関わらず、あの方の妾に収まった大公の豪胆さには呆れる」
えっと、なんだか複雑な事情があるみたい?
それからもぺオルの上司に当たる悪魔の王の列伝が漏れ聞こえる。
どうやら倒した相手は必ずばらばらにして撒く悪魔のようだ。
うん、怖い。
「その悪魔の王が呼ばれたら、アルフを守れる?」
「請け負ったからには契約。王がいらっしゃってもお帰り願おう」
「大丈夫よぉ。あなたも見たでしょう? ブラオンに呼び出された私を。召喚条件によって本領を発揮できるかどうかが決まるものよ」
「魔王が七十二柱もの悪魔を使役できたのはこの東の土地全てを支配して得た、潤沢な資源と人材があってこそだ。わしらと同じ条件を整えるのは難しかろう」
良かった。
どうやらペオルの上司ならこの二人は対処できるらしい。
「けれど、悪魔にも相性があるのよね。よほど召喚者と気の合う悪魔だと本領を引き出せてしまうから見極めは大事よぉ」
「まぁ、気が合うならばその分その悪魔も召喚者を取り込もうと無茶をさせることがある。その場合は正面からではなく、悪魔との交渉も視野に入れるべきだろう」
なんだかそのまま、悪魔召喚について僕は悪魔から学ぶことになってしまった。
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