180話:同じ手は通じない
シアナスには相手が食いつく餌を用意するよう助言された。
乗り気じゃないわりに真剣に考える様子で答えてくれる。
「罠とわかっていても無視できない手を団長方は用意していると思います」
「あ、確かに! まず相手を呼び出すためとか、そこから思うとおりに動いてもらうためなんかにまず情報収集で相手の望むものを調べるよ」
ブランカも思い当たる行動があったらしくそう教えてくれる。
エイアーナでは教会の司祭を味方につけ、ビーンセイズでは交流なる貴族を足掛かりにグリフォンという餌で国王を誘き出した。
「相手の出方によりますが、逃がさないために網となる弱みを調べる交渉方法もあります。ただあくまで交渉が前提の策。あなたを相手にエフェンデルラントが何処までそうした姿勢になるかは未知数だと言っておきましょう」
「そう言えばそうだね。エフェンデルラントの偉い人って幻象種相手に話し合いしてくれるかな?」
経験の浅い僕が思いつくのはオイセン軍の司令官。
ランシェリスがお膳立てしてくれたから話し合いの場は作ってくれたけど、最初から恫喝姿勢であまり話を聞いてくれるというイメージがない。
真面目なシアナスが考えてる間に、アルフが気軽に手を振った。
「介入するならあれだな。肩でもぶつけて何処に目をつけてんだ! 治療費寄越せ! って相手を悪者にしてぐいぐい行くやり方」
何その古典的なチンピラ?
この世界、そんなのいるの?
アルフの発想に引いていると、シアナスは頷いた。
「たまに使う手ですね。少々乱暴ですが、たぶん使う相手によっては効果的なのだと思います」
「相手に先に手を出させて喧嘩を売らせるんだって、以前ランシェリスさまが言ってたよ」
姫騎士まで肯定してしまった。
え、そんなチンピラみたいなことして怒られないの?
ちゃんと話聞いてくれるようになる?
「フォーレン、俺たち獣人やエフェンデルラント軍からすれば全く関係のない奴らなんだぜ。まずは関わる口実ってのが必要になるんだよ」
うーん、確かに僕たちは今起きてる戦争に関しては全くの第三者だ。
考えてみれば相手から介入のきっかけを作らせるのはありかもしれない。
片方から喧嘩を売られたから買ったと言えば当事者になれる。
「うん、わかった。それで行こう」
「はい? 何がわかったと言うのですか?」
「フォーレン? 何処へ行くの?」
立ち上がる僕に、シアナスとブランカはびっくりしている。
「やってみるのが一番だと思うんだよね」
僕の心を読んだアルフは気楽に手を振った。
「いってらっしゃーい」
「ど、何処へ行くんですか!」
「フォーレン、何するのー!」
姫騎士の声が遠ざかる。
仔馬の館から出てユニコーン姿になると、入ろうとしてたブラウウェルと行き合った。
「一応聞いておくが何処へ?」
「えーと、エフェンデルラントの軍がいそうなところ?」
「わからないが、碌でもないことをしに行くのはわかった。僕は何も聞いていない」
「自分で聞いたのに…………」
知らないふりをするブラウウェルは、どうやらここに来て下手な口出しは悪手と学んだようだ。
主に短気な幻象種たちを怒らせたお蔭で。
グライフもそうだけど、アーディとか人狼とかまぁ、面倒な相手に目をつけられている。
「そう言えば、マーリエを怒らせた時にはシュティフィーが出て来たよねぇ。クローテリア」
「あたしを乗せたままなのわかってたなのよ?」
「うん、降りないなと思ったからそのままでいいかと思って」
「ふん、相手が人間なら恐れる必要もないのよ」
それって人間以外の所へ行くなら逃げてたの?
ドラゴンがそれでいいのかな? 子供だしいいのか。
「それで、何する気なのよ?」
「餌って僕用意できないからさ、手持ちのでいいかと思って」
途端に背中のクローテリアが騒ぐ。
「あたしを餌にする気なのよ!?」
「違うよ、僕の角だって」
「…………狙う馬鹿いないのよ」
「それが意外と多いんだよね」
憤怒の化身と恐れる割に、ユニコーンの角を狙う人間は後を絶たない。
まず母馬のいない僕が一人なのが狙い目らしいんだけど。
「適当に走って、追いかけて来た兵士を怖がらせればいいかなって」
「本当に適当なのよ」
「喧嘩売られたって理由にはなるでしょ?」
「そういうのを自作自演っていうのよ」
「そうだね」
否定はしないよ。
「このままじゃどちらかが滅びるまで戦うとか言いそうでさ。ちょっと乱暴でも止められるならいいと思うんだ」
「人間は臆病なのよ。滅びを前にそこまでするのよ?」
「感情で始めた戦争だから、感情が落ち着かないと退かないと思うよ」
「それは泥沼の戦いになるのよ。介入するなんて馬鹿なのよ」
「そうだね」
それも否定しないよ。
知らない人の争いなら無視できた。また聞きなら同情だけで済んだ。
けど戦場を見てしまった。苦しむ人を見てしまった。
暗躍する人間を知った上に、知り合いが関わってるとわかった。
「このまま見ないふりはできないんだ」
「身勝手な幻象種なのよ」
「そうだね。全く関係もないのに首を突っ込むんだし」
「わかってるならましなのよ」
適当に走って獣人の国の境辺りに辿り着いた僕は、エフェンデルラントのほうに走ってみる。
「あ、人の足音がする」
「ついでに金属の匂いもするなのよ」
人間の気配を察知して、僕たちは動きを止めた。
人と獣人は足音が違う。
獣人は基本裸足で、あまり大きな金属は身につけてない。
「よし、行こう」
方向を確かめて、僕は足音に向かって走る。
声も聞こえる距離に近づくと、足を緩めてさらに接近した。
木陰から見ると兵士の一団がいる。
「何してるんだろう?」
「何か探してるのよ?」
辺りをうろうろするばかりの二十人くらいの兵士だ。
意味もなくいるわけではないみたいだけど、その動きは迷いに溢れていた。
「おい、これじゃないか?」
「草の見分けはつかん」
「もう適当にとって持って行こうぜ」
「やめろ。摘み方が悪いって怒鳴られた奴がいるんだ」
「面倒だな。じゃあ、呼んでくるか」
どうやら薬草を採集しようとしてたみたいで、不慣れな兵士は誰か詳しい人を呼んでくるつもりのようだ。
その場に暇な兵士たちが残る。
やる気がないのか詳しい人が来るまで思い思いに手を止めるようだ。
これはチャンス!
「よし、ちょっと音立てるよ」
「本当に適当なのよ」
僕は角で枝を打ってわざと音を立てた。
気づいた兵士は警戒に剣へと手をかける。
「なんだあれ、角? 何か白い奴がいるぞ」
「おいおい、あれってもしかして…………」
「ユ、ユニコーンだ! 小さい…………? よ、よし! 逃げられないように囲め!」
驚きの中に隠せない喜色が混じる。
リーダーらしき人間が指示を出すと、動きが兵士のものに変わる。
どうやらやる気はなくても規律はあるらしい。
「すぐに囲むために動き出したのは褒めてやるのよ」
「けど縄も何も持ってないのは不用心だね」
「欲に弱すぎていっそ憐れなのよ」
「こんなものだよ、人間って」
僕の角見ると大体の人間はこうなる。
釣れたからいいけど、この後はどうしよう?
攻撃されてから軍のほうに追い立てようかな?
そう思ってたら兵士ではない恰好の新手が現われた。
「おい! 何してんだ!?」
「ユニコーンだ! 仔馬が一匹でいやがる、こんな好機逃せるか!」
「仔馬の、ユニコーンって…………」
あ、知ってる顔だ。
「やめろぉ…………!」
普段静かな人物の怒鳴り声に、僕も兵士と一緒に驚く。
「駄目っす駄目っす! 絶対駄目っす!」
さらに普段緊張感のない若者の真剣な顔が、兵士たちに危機感を呼んだようだ。
「最後の警告だ。命が惜しけりゃやめろ」
「あたしらはあんたたちの独断を報せるために今から走ってもいいんだ」
殺気さえ放ちそうな警告に、兵士は動きを止めて剣を降ろす。
完全に戦意を失ってしまったようだ。
やって来たのは金羊毛。
うん、自分たちが大変な目に遭ったもんね。
そりゃ止めるよね。
大変な目に合わせたの、僕だしね。
「あちゃー…………」
「失敗なのよ。妖精王じゃないけど、どんな星の下に生まれてるのよ、あいつら」
僕とクローテリアは、大人しく踵を返してその場を離れた。
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