179話:姫騎士に相談する
仔馬の館に戻ると、姫騎士たちが帰りを待っていた。
「何があったのですか?」
「獣人の国で何かあったって妖精たちが」
妖精の守護者をする僕の手伝いで妖精たちに認知されたブランカとシアナスは、ルイユの様子を妖精から聞いたそうだ。
「エフェンデルラントに毒を盛られて獣人が大変だったよ。けど僕の角が効いたみたいで回復した人は元気そうだった」
「良かったぁ。あ、ダークエルフが椅子を持ってきてくれてたよ。いつの間にか庭園を眺めるように置かれてたけど、妖精かな?」
「ありがとう、ブランカ。メディサたちかもね。さっそく座ってみよう」
列柱廊の屋根の下には、円を二つに割って上下に重ねたような面白い形の椅子が五つ置いてあった。
「それにしても、なんて野蛮なことをするのか。毒殺は戦場での礼儀に反します」
シアナスがいうには人間同士の戦いにはそういう決まりがあるらしい。
他にも宣戦布告をするとか、戦場と決めた範囲以外での略奪はしないとかあるんだって。
「けどそういう決まりって獣人にも適用されるの? 人間は獣人を同族とは思ってないんでしょう?」
「あるぜ。エフェンデルラントとは、まず宣戦布告をするかされるかで話し合いもするし。いつ始めるかを申し合わせてやってたはずだ。ま、これはお互いのためだな」
こういう試合みたいな形でやってないと国民生活が成り立たなくなるものらしい。
「先手を打つほうが賢いだろうに」
「グリフォンにはわからないだろうがな、負けても生き続けることを考えるもんなんだよ。泥沼にしないための決まりだったんだ。けどここに来て毒を使うなら、何が何でも勝つ以外に退く気はないんだろう」
すでに泥沼の上、エフェンデルラントは毒を使うという掟破りをしている。
「エフェンデルラントは停戦しないのですか?」
「獣人もやる気だったし、人間も退く気はないみたいだよ、シアナス」
「ふん、つまりは仲良く滅ぶつもりか」
グライフが酷いことを言うけど、そうなるかもしれないとも思う。
「獣人は人間が退けば森から出ないけどな。あいつらは五百年前森に追われた側だ。森の外で生きにくいことはよくわかってる」
「となると第三勢力として妖精王も関わるのですか?」
「犠牲者が増えるなら止めたほうがいいですよね」
シアナスは不審そうに小さなアルフを見る。
ブランカは小さくても姫騎士団を魔法で翻弄したことを知っているから純粋に頷いた。
「あまり人間の戦争に深く関わることはお勧めいたしません。ここは第三国を通じて神殿への調停を申し立ててはどうでしょう?」
「それだと流浪の民が野放しになるんだよなぁ。それに、神殿が獣人に対してどう出るかわからなさすぎる」
「しかし、妖精王ともあろう方が、片方に肩入れするのも問題ではありませんか?」
シアナスは無実の獣人を殺してしまった罪悪感からか、どちらかに肩入れするのが不安なのかもしれない。
「選ばねば出遅れるぞ」
グライフは半円の椅子に足を組んで座りからかうように言う。
あ、この椅子の形、翼があっても座れるように工夫されてるんだ。
そんなことを頭の隅で考えながら、僕はグライフの言葉を吟味する。
確かに今ならどちらも滅びはしない。止めるなら今じゃないのかな?
「ねぇ、穏便な戦争への介入の仕方を教えてくれない?」
「「はい!?」」
「どうした仔馬」
声を裏返らせるブランカとシアナスを眺めて、グライフが面白そうに聞いて来た。
「ランシェリスはオイセンでも軍に同行してたのに僕たち側についても文句言われてなかったから、何かコツがあるのかなって」
「そう言えばそうだな。ビーンセイズでも簡単に王城へ出入したし、檻を調達してたし」
「ふむ、エイアーナでは秘密の通路に通されていたな」
ね、考えてみると姫騎士ってすごくない?
僕たちの視線を受けて、ブランカは困っていた。
「私、貴族方のやり取りはよく理解ができなくて」
「ブランカは従者だからランシェリスの近くにいたんじゃないの?」
「その、はっきりおっしゃらないこともあるのに、何故か会話が成立していたり、私たちが使わないような難解な言い回しを多用していて…………」
シアナスも同じようなものらしく、気まずそうに視線を下げている。
「元より私たちとは教養が違う方ですから、団長や副団長だからできたとしか」
「貴族には貴族の繋がりがあると聞くな。そこを上手く使っているのかもしれん」
グライフが言うと、アルフも半円の椅子のひじ掛けに座って頷く。
「そうだな。後は姫騎士として神殿からその土地の情報を聞けるとかあるんだろう」
「それはありますね。ですが、こちらではあまり役に立たないと聞いています」
「そうなんです! オイセンでは教会も迷信のほうが上で!」
いきなりブランカが怒り出した。そして語るのは魔女やドライアドと争った村のこと。
あそこの教会の司祭もそう言えば変なこと言ってたな。
「じゃ、エフェンデルラントも?」
「そうだと思います。オイセンと同じ文化圏だと仲間が言っていました」
「シアナスはこっちに来るの初めてじゃないの? それにランシェリスも初めてって」
「フォーレン、私たちは旅をするから、団員の誰かが必ず一つ専門知識を持ってるんだよ」
どうやらシェーリエ姫騎士団は言語も違う地域を行くために、それぞれが担当をもって知識を分担するらしい。
詳しくはないけれど森の東をざっくり学んだ姫騎士がおり、ここに来る前にシアナスは予習としてその仲間から話を聞いたらしい。
「シアナスってしっかりしてるね」
「アルフよりって心の中で思わないでくれよ、フォーレン」
「自業自得だな、羽虫」
アルフが落ち込むと、ここぞとばかりにからかうグライフ。
そんな軽口を交わす僕たちに、シアナスは居住まいを正して告げた。
「すでに始まっている戦争への介入は危険です。上手く収まればいいのですが、三者で泥沼化も懸念されます」
「うーん、そうなんだよなぁ。人間は負けを喫しないと退きそうにないし、獣人は俺が介入したら絶対怒るだろうし」
アルフも難しい状況を思って唸ると、シアナスは退いてほしそうな顔で見守っていた。
「面倒だ。両方とも滅ぼせ」
「グライフ…………」
あまりの暴論にシアナスは絶句しちゃってる。
一緒に旅をして慣れたブランカは何も言わず聞き流した。
正義感の強い姫騎士は旅の間のグライフの口の悪さに物申したんだけど、黙らせたいなら力尽くでこいと喧嘩を売られるんだ。
もちろん僕は止めるんだけど、そうしたらグライフは僕に狙いをつけて攻撃してくるようになる。
さすがにだしに使われてると気づいた姫騎士たちは、グライフへの文句を自重してくれるようになった。
「お前は怪我人だろ。大人しくしてろよ。傷痛くねぇのか、元気か」
「致命傷はないからな。痛みで動けない程度で生き残れるか、たわけ」
やだ怖い。
機動力の要の羽根を無事に残してるのもやる気を感じる。
グライフみたいな相手に襲われたら一撃必殺が必要なんだなぁ。
余計にもう二度とグライフとは戦いたくなくなったよ。
「なんだ仔馬? 俺に言いたいことがあるならば言え」
「お前のヤバさに引いてるんだよ、フォーレンは」
「危険という意味なら貴様にだけは言われたくないぞ」
「どういう意味だこら!」
「ふん、今度の犠牲者は獣人になるか人間になるか、どちらだろうな?」
不吉なことを言うグライフに、ブランカは両手で頬を押さえた。
「や、やめてください! あんな姿は、もう!」
「待て待て! 誰のことだ!?」
「すぐに思いつかない時点で駄目だと思うよ、アルフ」
ブランカは怯えてるから、たぶん魔女を助ける時に撒いた恋の秘薬じゃないね。
シアナスも疑いの目を向けて来たので、僕は言葉を選ぶ。
「えーと、なんとか穏便に終わらせたいんだよ。第三者だからこそ、泥沼の状況に左右されず全体の被害を小さくできると思うんだ。ねぇ、ブランカ。一緒に考えてくれない?」
「うん、フォーレンが言うなら。ちょっと待って。ランシェリスさまがオイセンでなんと言っていたかを思い出すから」
「ブランカ、大丈夫なの?」
まだ不安そうなシアナスが後輩を止める。
そこで黙らないでよ、ブランカ。
「…………たぶん」
「ブランカ…………」
「いえ、きっとフォーレンならなるべく殺さずに解決してくれるんです、先輩!」
「なぁ、なんでそこでフォーレンだけなんだよ」
アルフから目をそっと逸らすブランカに、グライフが鼻で笑う。
「日頃の行いだ、羽虫」
「お前も勘定に入ってないからな!」
「ふはは、いらんわ!」
グライフ、そこ偉ぶるところじゃないから。
そんなグライフの笑い声に非難の声が向けられた。
「何してるのよ? うるさくて昼寝もできないのよ」
二階で寝ていたらしいクローテリアが上空から現れた。
もちろんグライフを避けて僕のほうに飛んでくる。
「戦争への介入の仕方を教えてもらおうと思って」
「…………このユニコーンの気狂いは何処まで深まるなのよ?」
「ひどいなぁ、本心なのに。流浪の民は止めたいし、獣人にも人間にもこれ以上の被害は出てほしくないんだよ」
「戦争なんて個人でどうにかできるもんじゃないのよ」
「そうだろうけど、それでも何かできることはないかなって」
「やっぱり気が知れないのよ」
そんな僕とクローテリアのやり取りに、シアナス諦めた風に息を吐いていた。
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