177話:獣人の力試し
現われた獅子の獣人はベルントより小さいけれどヴォルフィより大きい。
何より肉食獣の覇気が、その存在を一回り大きく見せた。
僕は手近なルイユに確認を取る。
「えっと、ルイユ。この人もしかして?」
「我々の王です」
窓から飛び込んで来たのは獣人の王さま。
だからアルフから獣王という単語が伝わって来たらしい。
窓を蹴破った獣王は、騒ぐ将軍たちの言葉を気にせず室内を見渡す。
するとやる気なく寄りかかったままのグライフに目を止めた。
「がははは! そこにいるのは噂のグリフォンか! 我が国の飛行連隊を掻い潜る貴殿がいったいどんな強敵と相対したのだ?」
傷だらけのグライフにそう声をかける獣王に、ヴォルフィは吠えるように声を上げる。
「獣王さま! そんなことよりも単独でこのようなところにいらっしゃるとは、何を考えていらっしゃるのですか!」
ヴォルフィがグライフとの盾になるように動いて獣王を責めた。
どうやら手負いとは言えグライフと関わらせるのは危険と思ったようだ。
好戦的なヴォルフィにまでそんな扱いって、グライフ何やってるんだか。
「皆看病に回したからな。誰もいないなら城に籠っているのと変わらんだろう! がははは!」
「それ、目付け全て追い払ったんじゃないですか」
ベルントが獣王の自由さにがっくりしてる。
ルイユは見ないふりなのか、水瓶を替える作業を黙々と続けていた。
「ふむ…………」
耳をプルプル振りながら、鼻も尻尾もよく動く獣王。
ヴォルフィはじっと耳を向けるだけだから、余計に落ち着きのなさが際立つ。
そして視線がうるさいな、この獣王。
見た目ライオンなんだけど動きは猫っぽい。
僕はユニコーン姿のまま角を浸す作業を続ける。
アルフは隠れたまま様子を窺ってるから、僕も様子見をしていたんだけど。
「よし、貴様にするぞユニコーン! いや、妖精の守護者よ!」
「え? 何が?」
あ、答えちゃった。
そして獣王の発言に、この場の獣人みんな驚く。
嫌な予感しかしないんだけど?
「妖精王の臭いは明らかに小さい。グリフォンは負傷。ならば密入国の代償を守護者が払え!」
「お、お待ちを! 私の独断で迎え入れたのです! 代償とおっしゃるなら私が!」
「いえ、進言したのは僕です!」
ベルントとルイユが獣王の前に進み出て膝を突いた。
「うむ、良き働きである。がははは!」
あれ? 褒められた?
「ベルントが配り出した薬で解毒が進んでいると聞いた。その働きがなければ子供と老いた者はもたなかっただろう」
「では…………」
「だからお前たちのことは不問にする。だが密入国をしたその者たちは別だ!」
「獣王さま、さすがにそれは道理が通りません」
ヴォルフィも止めるけど、なんだか敵意を感じる目を向けられた。
「この守護者には代償を与えるべきかと」
あ、良かった。ヴォルフィ助けられた自覚はあるみたい。
「ただし、勝手について来た羽虫は別で」
「ひでー!」
あ、アルフが声出しちゃった。
まぁ、すでにばれてたみたいだからいいか。
「がははは! では連れて来たのは誰だ? まさかルイユが妖精王を名指しで呼び寄せたわけではあるまい」
アルフもグライフも勝手について来て密入国してる。
解毒に必要なのは僕で、おまけの二人はこれといった助けにはなってない。
「つまり、全員不問にしてやるから僕一人が何かするってこと? いいよ」
「ほう、どういう風の吹き回しだ、仔馬?」
「え、なんかグライフにそう言われると不安なんだけど? 戦争中なんだしそんな無茶なことは言わないよね?」
僕が引け腰になると、獣王は豪快に笑った。
「がははは! 何、我ら獣人は幻象種ほど乱暴ではないぞ!」
「ユニコーンどの、獣王さまは力試しを所望していらっしゃるんです」
「何をするの、ルイユ?」
「命をかけよとは言わないはずだけどねぇ」
ルイユとベルントも不安そうに自分たちの王を見た。
するとグライフは鼻で笑う。
なんかニヒルな感じで悪役っぽいなぁ。
「うん、幻象種のほうが猛獣だっていうのはわかった」
「貴様が言うな、仔馬」
「お前よりフォーレンはいい子だっての」
「確かに貴様のほうが迷惑な存在だな、羽虫」
「ちょっとここで喧嘩しないで。ややこしくなるから」
っていうか狭さが増してる。
獣王も厚みがあるから、視覚的な狭さが際立つ。
力試しって何処でやるんだろう?
「がははは! なんだ負傷している割にやる気があるのなら貴殿でも良いぞ」
「ふん、ただの爪の見せ合いなどに興味はない」
グライフは何をするのかわかっているのかやる気がないようだ。
どうやら本当に乱暴なことではないみたいだった。
「守護者よ、我が威嚇で怯えたならば負けを認め我に降れ!」
「そんなのでいいの?」
「がははは! 言うではないか」
正直、妙に濃い経験をしてるから今さらライオン相手でも怯えるとは思えない。
というかバンシーの加護が発動しない獣王相手なら、ケルベロスほど理不尽な強さはないはず。
「ではやるぞ。何、殺す気はない。とは言えやるからには本気だ」
念押しをした獣王が前に出ると、ベルントとヴォルフィは不安そうにしながらも譲る。
うーん、やっぱり危ないのかな?
「フォーレンなら大丈夫だって」
アルフの軽さが逆に不安になるなぁ。
(僕、負けたらこの部屋飛び出して逃げるね)
(密入国で叱られるのも嫌だしな。わかった)
(グライフはどうしよう?)
(勝手についてくるんじゃないか?)
(置いて行ったら怒るって。グライフ逃がす手でも考えておいて)
(しょうがねぇなぁ)
アルフとこっそり打ち合わせをする間に、ルイユたちが水瓶をどかす。
僕と獣王の間に邪魔な物はなくなった。
「では行くぞ」
「おい、いきなりそれは!」
アルフが止めようとする中、獣王の雰囲気が変わる。
今まで猫っぽかったのに、いきなり野性が前面に出た。
僕が反応するより早く獣王は咆哮を轟かせる。
「ひ…………!?」
ルイユが引き攣った声を漏らす中、僕は体を殴りつけられたような衝撃を全身に受けた。
感情的には竦み上がる。
けれど僕の中で冷徹に何かが切り替わる感覚があった。
死ぬ、何かしなきゃって。
「フォーレン…………!」
角を構えた途端アルフが叫ぶ。
何をしようとしてるのかわからない無意識の僕より早くアルフが動いた。
瞬間、体が動かなくなる。
やろうとする意識と体に齟齬が生まれて、誰かに強制されている不快感が強くなった。
たぶん状況からアルフだ。
繋げた精神による干渉を今受けている。そんな確信が湧いた。
「落ち着け、フォーレン…………」
精神から強制的な力が僕を抑え込む。
抗えずにいると、狭くなってた視界が広がるような感覚がした。
獣王の前にはベルントとヴォルフィが決死の表情で立ち、獣王も構えてる。
構えからして、片腕を犠牲に僕の角からの致命傷を避けようとしたんだろう。
うん、無意識に殺しにかかってた。
「ふん、つまらん」
一人獣王の威嚇前と変わらない様子でグライフが言う。
その余裕にアルフが食ってかかった。
「お前、こうなるってわかってたのかよ!」
「そいつも言っていたであろう? 幻象種は違うと。命もかけぬ児戯につき合う謂れなどない」
「フォーレンが殺しに行くってわかってたなら止めろ!」
「仔馬にも経験となる」
僕の体は動かないけど目は動く。
だから非難を込めてグライフを見た。
「赤くはならんか。本当につまらんな」
「目のこと? 別に怒ってはいないよ。アルフ、もう大丈夫だから動けるようにして」
「おう、悪いな」
アルフは僕の様子を確かめるように、少しずつ強制力を解除していく。
その感覚を確かめながら、僕はグライフと出会った頃を思い出していた。
「うーん、僕がアルフと精神繋いだってグライフが怒ってた理由はわかったかな」
「遅い!」
グライフに怒られた。
いや、経験しなきゃわからないってこれは。
ただ確かにこれは、グライフや今まで会って来た幻象種が同じ影響を受けたら怒りそうだとは思う。
まぁ、今はそれよりやらなきゃいけないことがあった。
「驚かせてごめんね。僕もこんなことしちゃうなんて思わなかったんだ」
「かはは、こちらこそ御見それした。全くそれで本領ではないとなると憤怒の化身の本気など見たくもないな…………。ともあれ、今回限りは歓迎しよう」
逆立った鬣を撫でつけながら、獣王は密入国を不問にしてくれた。
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