18話:人化成功?
「魔力、それくらい溜めればいいだろ。術は俺が制御するから」
どうして一緒に行けないのかを聞こうとしたけど、アルフは蝶の翅を動かして距離を取ると話題を変えてしまった。
「やっぱ一緒なら美少女がいいけど、フォーレンはどんな姿になりたいとかあるか?」
「特にはない、かな? あんまり人間の姿見たことないし」
前世の顔は相変わらず思い出せない。ただ、この周辺で東洋風な人がいないのは想像がつく。
あと、明らかにさっき見た盗賊崩れと姫騎士団の人たちの顔つきが違う。それが生活様式から来る後天的な理由か、生まれた国による先天的な理由かはわからない。
だから、外見はアルフ任せになる。
「瞳の色はそのまま、髪は鬣と同じでいいだろう。仔馬に術を維持する力がないのなら、変に弄るよりも、人間の姿を維持することに注力すべきだ」
グライフがそうアルフに忠告する。
「じゃ、顔つきは俺の好みってことで。やっぱフォーレンなら色白かなぁ」
「それ、アルフが前言ってた好みの女の子の条件じゃん」
「はは、ばれたか」
「僕、男だから」
軽口を叩きながら、アルフが繋いだ精神を通して術を送ってくるのがわかる。
頭の中で知識が開くように、幾重にも円が連なった魔法陣が脳裏に浮かんだ。
なんか、前世の知識にある時計の組み立てに似てる。全て噛み合う部品の一つ一つに、大きさの違う歯車、繊細で膨大なネジ。
それらを一つに組み上げるのに、道具を使わないとか、人間には無理だ。というか、部品作るところからが魔法の構築だ。
どうやらこの世界では、人間にとって魔法はお手軽な技術ではないらしい。だから学校でわざわざ習うんだよね、考えてみれば。
「フォーレン、魔力切らさないように集中してくれ」
「う、うん」
魔素を変換した魔力を注ぐイメージをすると、魔法陣が焼き付くように光り出す。
あくまで頭の中の想像なのかもしれないけど、直視していられず思わず目を瞑った。
「…………やはり、魔法は専門か。どうりでドラゴンから魔法の主導権を奪えるわけだ」
グライフの低い声に、アルフはふっと笑うだけで答えた。
その間に、僕は人化の術が発動したことを感じ取る。
流れるように意識していた魔力が、まるで水路を伝う水のように勝手に術へと注がれ始めた。
同時に、自分の体の境を認識できなくなる。
皮膚感覚が全てなくなったような不安に、目を瞠った。けど、見えるのは金色に煌めく光の粒子だけ。
「…………え?」
「お、成功か?」
「何やら声がしたな」
光が弱まり始めると、光の向こうにアルフとグライフが見えた。
けど、見え方が、違う?
ユニコーンと人間は目の位置が違う。
そして、グライフが声と言っていた。僕は何も考えずに手で口元に触れた。
あ、手! 手があるし、この柔らかいの、唇だ!
歓喜の声を上げようと息を吸った途端、バランスを崩して僕はへたり込んだ。
膝にこすれる地面の感触も、体毛に覆われていたユニコーンとは全く違った感触。
「え…………? うわ、な、なんか変…………。た、立てない?」
「落ち着け。体の形そのものが変わったのだ。感覚が馴染むまで無理に動くな、仔馬」
そう言えば、ユニコーンに転生したと気づいた時も、頭と体が噛み合わずに立ち上がれなかったことを思い出す。
「…………しかしこれは、ぷ」
「あー、えっと、フォーレン?」
「何? あ、声が、なんだろこれ? 聞いたことない声!」
僕、喉使って喋ってる!
本当に人間に成れたみたいだ。
人間の目で見ることにも慣れて来て、目の前に両手を翳してみる。
うん、白い!
日本人とは色素自体が違う白さ。やっぱり西洋人っぽい人間になったみたいだ。
手を地面について思い切って立ってみる。
けど、やっぱり慣れないのか、すっごく震えた。
「う、生まれてすぐ立つこともできたはずなのにぃ」
「くく、馬ならそれが当たり前であろうが、人間は生まれてすぐは立てん」
「っていうか、フォーレンつま先立ちしてるから立てないんだと思うぜ?」
「あ、そうか。踵つければいいんだ」
っていうか、今まで僕、指で立ってた!
ユニコーンっていうか、馬ってあれ、足じゃなくて指なんだ!
考えてみれば一本の足に爪一つだよ! 蹄も足に一つしかなかった!
「う…………、膝に力入れる、加減が」
よろよろと立ち上がった僕は、近くのせせらぎになんとか辿り着き、座り込むと水面を覗き込んだ。
「あれ、これって…………? なんで角あるの?」
揺れる水面に映る姿ははっきりしないけど、思わず目を奪われる。
「尻尾もあるぜ、フォーレン」
「うわ、本当だ! あ、でもこれは思うとおりに動かせる」
「ふ、幻象種は人化しても、本来の姿の特徴を消せはしない。ふふ、ユニコーンである限り、ぷ、その角はどんな術をもってしても消せぬと思え、く、ふふ」
先に言ってよ、グライフ。っていうか、さっきから変な息の吐き方してる?
僕は気を取り直して水面を見直した。
そこには、じっと見返す美少女がいる。
小づくりな白い顔に、白金の髪が繊細に広がってた。
紺色だろう瞳は長い睫毛の陰で黒っぽくなってるけど、くりくりとした目元の愛らしさが際立つようだ。
そして額には、歯と同じくらい白い角が一本。尖った耳が髪の間から覗いていた。
「…………アールーフー?」
僕が呼びかけて首を巡らせると、アルフは眉を顰めて笑った。
「すまん、フォーレン! つい!」
「ついってなんだよ! 顔が笑ってるじゃん!」
なんでこんな美少女に変身させた!?
顔つきや声の高さ考えると、二次性徴前だよね?
中性的とかじゃなくて、なんでガチの美少女にしてんだよ! しかも顔だけ!
動いた時点でわかってるけど、足の間にはブツがあるのに!
良く見たら、グライフは猫のごめん寝状態になってる。
「笑ってるの!? それは笑ってるんでしょ、グライフー!」
「ふっははははは!」
「笑うなー!」
「羽虫! 貴様、顔の趣味だけはいいようだな!」
「褒めるなー!」
グライフは鳥顔なのに、滅茶苦茶面白がっているのがわかる目をして僕を眺める。
「アルフ! これどうやったら術解けるの!?」
「お、おう。ちゃんとやり直すよ。一回、術に魔力流すの止めてみてくれ」
言われて目を閉じる。
脳裏に浮かぶ魔法陣に注ぐ魔力。
止める、止める、えーと?
僕は魔力を止めるイメージで息と止めてみた。すると、魔法陣に注いでいた魔力が止まる。途端に、また金色の光の粒子に包まれた。
「よし、戻ったな。ちょっと術を組み直すから、また魔力溜めながら待ってくれ」
「どうせなら、恰好良くしてよ」
また視界が馬特有のものに戻る。
一瞬体の感覚を失いそうになるけど、なんとか耐えて四つの足でしっかりと立った。
「ふはは、俺が人化の術に興味を覚える程度には面白かったぞ」
「グライフも美少女になってしまえばいいのに」
「他人に術を制御してもらうほど情けない幻象種ではないのでな」
「く…………、妖精の悪戯好きを舐めてたのは、認めるよ」
何を言い返しても打ち返されるのはわかってる。だってこれは僕が楽しようとしたつけだし。
あと、アルフにしてやられた感はある。
ここで文句を言っても、僕が阿呆だったとグライフは言うだろう。
「…………あれ?」
「アルフ? …………魔法陣送られて来たけど、なんか、消えるよ?」
「あれ、おっかしいな? フォーレン何もしてないよな?」
「どうした、羽虫?」
精神を通して送られて来た新しい魔法陣が、最初に焼き付いた人化の術に重なる。
と同時に、透過するように消えた。もう一度、アルフが魔法陣を送ってくるけど、やっぱり最初の術しか残らない。
「あれ…………。なんか、術の上書きが、できない…………?」
「つまり、仔馬は…………くっ」
アルフの言葉に、グライフが顔を横に向けて噴き出す。
つまり僕は、人化したら美少女にしかなれないってこと!?
「アールーフー!?」
「わー、ごめーん! まさかこんなことになるなんて思わなかったんだよ!」
「もう一回術送って! 魔力流して新しい術のほう使えないかやるから!」
「わ、わかった!」
で、また金色の光に包まれたんだけど…………。
「ぷ、さっきと同じ美しい少女、の顔をした男だな」
「誰得だよ! アルフ趣味悪すぎ!」
「いや、冗談だったんだよ!」
「あーもー! アルフ、調子乗って失敗するタイプだって知ってたのにぃ!」
「ふは、くっははははは!」
グライフだけ楽しそうに笑うなー!
僕は本気で腹が立ってるんだけど、アルフもグライフもなんか軽い。
目か! 目の色が赤くなってないからか!
殺すところまではいかないけど、これでも怒ってるのに!
僕は無言の抗議を乗せて真剣に睨んだ。
「怒っても頬を染めていては、ぷ、愛らしくしか映らんぞ」
「いやー、それより可愛いのは、あれじゃね?」
「あぁ、そう言えば先ほどから目の端に…………くく」
「笑ってやるなよ。まだ子供なんだから」
なんかグライフ窘めてるふりして、アルフも顔がすっごい笑ってる。
馬鹿にしてるのはわかるぞ、この野郎。
僕は、二人の視線を追って下を見る。
そこには、確かに子供を象徴するものが、僕の動きに合わせて足の間で揺れていた。
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