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175話:開戦の齟齬

「ヴォルフィ、どうどう。君、骨にひびが入ってるのに無茶するね」

「離せ、ベルント! この馬鹿力め!」


 飛び込んで来たヴォルフィは、ベルントが片手で止めていた。

 同じ将軍職なのに腕力差がすごい。


「貴様! 法を犯したとわかっているのか!?」

「それだけ元気なら効いたみたいだね。良かった良かった」


 呑気なベルントの言葉に、ヴォルフィは苦い顔をしている。

 どうやらヴォルフィも毒を受けていたらしい。

 劇的な回復に怪しんでベルントの部下の後を追って来たそうだ。


 そう言えば以前は皮鎧を着ていたのに今はシャツっぽい簡素な服装。

 もしかして本当に寝起きで飛び出していたの?


「前会った時より息上がってるね。大丈夫?」

「黙れ、誰のせいで…………!」

「あぁ、不用意にフォーレンの角触った時のか。ほら、治してやるよ」

「何をする、妖精王!? あ、痛みが…………もういい。離せ、ベルント」


 アルフが小さな手で腕や肋骨を触って治療したことで、ヴォルフィは完全に勢いを失った。

 ベルントは苦笑しながら素直に手を離す。

 僕は相変わらず水瓶に角を入れたままだ。

 人化してやってみたけど、やっぱり頭を下げるならユニコーンのほうがやりやすい。


「おい、仔馬。いつこの獣人と会った?」

「あ、しまった…………」

「貴様、俺がいない間にどれだけ面白いことをしたのだ、言え!」


 人化を解いたところでグライフに絡まれた。

 今は邪魔しないでよ。


「暇人は引っ込んでろー」

「お前に言われたくないわ、羽虫」


 僕の背中を挟んで喧嘩もやめて。


「へへーん、俺はちゃんとやることあるもんね」


 ボリス並みに子供っぽく胸を張ったアルフは、新しく酸っぱい薬を取り出した。


 それもやめてあげてよ。

 ヴォルフィが酸っぱそうな顔してるじゃん。


「見てのとおりだよ、ヴォルフィ」

「ち、今回だけだ、ベルント」


 僕たちが獣人の解毒のために働いていることを確かめて、ヴォルフィはそっぽを向く。

 ヴォルフィの死角で余裕を取り繕っていたベルントが胸を撫で下ろしていた。


 温和な熊と気性の荒い狼。

 こうなると三人目の将軍ってどんな人なんだろ?


「方々はエフェンデルラントに行っていたそうで、有益な話も聞けたよ」


 椅子を勧めるベルントに、やっぱり病み上がりで疲れてるらしいヴォルフィが座る。

 そのままコカトリスや流浪の民の鉱物毒について話すことになった。


「なおも飽き足らず策を弄すか、卑怯者共め!」

「今後あちらからの食糧の奪取はやめたほうがいいだろうね、ヴォルフィ」

「だがこのままでは冬に向けての備蓄が難しくなる。お前も冬を越す準備が必要だろう、ベルント」

「いいよ。今年は冬眠しない。こんな状態で寝ていられないからね」

「馬鹿者! 備蓄が心もとない状況で、お前のような大食いに起きていられるほうが迷惑だ!」

「ちゃんと少なく抑えるって」

「春が来て奴らが再侵攻をした時に、お前が飢餓で死ぬ寸前など笑えもしないぞ!」


 なんか今度は獣人同士で喧嘩が始まってしまった。

 いつものことなのか部下は黙々と水瓶を変えてる。


「なぁ、そもそもなんでお前ら森に迷った人間の子供を殺して捨てるなんてことしたんだ?」


 国を思うからこその真剣なやり取りに、空気を読まずアルフが口を挟んだ。

 エフェンデルラントで聞いた戦争の理由。…………のはずなのに、獣人たちに変な顔をされる。


「そんなことするはずないでしょう」

「妖精王、耄碌したか」

「いや、俺じゃねぇよ! エフェンデルラントでそんなことされたって話聞いたの!」

「僕たちお城のほうまで行ったんだけど、偉い人も将軍って呼ばれてた人もそれで怒ってたよ」


 僕がアルフの話を保証すると、ベルントは難しい顔で考え込む。

 対照的にヴォルフィは鼻で笑った。


「とんだ欺瞞工作だな」

「なんだ、獣人は子供も殺せぬのか?」

「グライフ…………」


 暇だからって挑発しないで。ヴォルフィも乗ろうとしないで、病み上がりなのに。

 考えていたベルントが、今度は真剣にやっていないことを説明した。


「子供を殺したとなれば人間が感情のまま暴走することは知っているんだ。だからこそ怪我を追わせて二度と関わりたくないと恐怖させることはあっても、殺すなんて意味がない」

「ふん、子供など私たちの姿を見ただけで泣いて逃げ出すんだ。抵抗して襲ってくるわけでもなし、殺す必要などない」


 好戦的なはずのヴォルフィも、殺していないと言う。


「うーん、でもベルントは何か思い当たることあるんじゃないの?」

「それは妖精王さまにお聞きになったのかな?」

「え…………?」


 アルフがわからない顔しないでよ。


「実は我々のほうでも人間の情報収集をしていたんだ。その中でも発端は子供の無残な死だと聞いている」

「馬鹿馬鹿しい。無駄な戦いを続けるために民心を煽る虚偽ではないか」


 ヴォルフィが一蹴する姿に、わかっていたとでも言うようにベルントは頷く。

 どうやらルイユの管轄らしく、眼鏡を直しながら一歩前に出た。


「銀牙将軍、問題は民と貴族で見解が一致していることです」

「あちらは怨恨で戦争をしてる。これは今までの争いとはわけが違うんだよ、ヴォルフィ」

「…………だから妙な手を使ってしつこく戦い続けようとするわけか」


 ベルントたちもいつもと様子が違うと思って調べていたそうだ。

 ヴォルフィはいつもの戦争と思って戦っていたけれど、それでもやり方に変化が見えることはわかっていた。


「あ? ちょっと待て。迷った人間の子供が殺されたというのは、開戦前のどれくらいの時期だ?」


 何か思いついたらしいヴォルフィにルイユが答える。


「調べたところ一月ほど前ですね。森に入った理由は確か、腹を下して不調に陥った両親のためだったかと」


 親だけが食べた苦い野菜が傷んでいたと思われるとルイユは調査内容を告げる。

 子供は腹痛に効く薬草が森にあると聞いて取りに行き迷ったらしい。


「それだ!」


 ヴォルフィは爪の目立つ指でルイユを指す。


「その子供は森の端まで連れて行ったぞ」

「え? 子供襲った獣人ってヴォルフィだったの?」


 僕の驚きにヴォルフィは牙を剥いて不機嫌を表した。


「襲っていない。巡回中に見つけ、追い払ったがちょろちょろしていてな。何処かでこけて怪我をしていた」

「他に外傷はなかったの?」


 ベルントの確認にヴォルフィははっきりと断言する。


「すぐさま死ぬ怪我はなかった。薬草を見つけるまで帰らないとうるさいので、薬草をやって帰した」


 どうやらヴォルフィも非情ではないようだ。

 ただ、だったらどうして子供は死んだのか?


「子供の遺体には獣人の爪と思しき傷が背中にあったそうですが」

「馬鹿な。あの付近には私の部下しかいなかった」

「そうだねぇ。ヴォルフィが逃がした人間を追って行くこともないだろうし、そんな勝手を君が見過ごすとも思えない」


 すぐに信じるベルントに、そう言うものかなと思うと、アルフの知識が開いた。


 狼の獣人は狼と同じで群れを作るそうだ。

 序列もはっきりしていて言うことを聞かない者は最初から仲間にはしない。そのためヴォルフィの部下も群れのボスであるヴォルフィに逆らうことはないらしい。

 なるほど。


「そんなことを知って今さらどうした。やることは変わらないぞ、ルイユ」

「落ち着いて、ヴォルフィ。これは相手を防いで終わりにはならないんじゃないか」

「お前は臆病すぎるんだ、ベルント。どんな思い違いだろうと叩き潰して二度と戦争を仕かけないよう教え込めばいい」

「もう、君は一度怒るとしつこいんだから」

「なんだと!?」


 えー、また喧嘩し始めちゃった。

 これってどうすればいいの?


「おーい、ことは俺が絡む話かもしれないんだぞー」


 アルフの一言でヴォルフィが嫌な顔をして動きを止める。


「エフェンデルラントに行ったのは、あそこに魔王石のオパールがあるかもしれないからだ。最近俺のこれが奪われたのは知ってるだろ? 持ち込まれた国がどうなったかは?」


 アルフがダイヤを指すと、グライフは意地悪な笑みを浮かべた。


「くく、実質滅んでいるな。さて、ここと人間の国、今度はどちらが滅ぶのだろうな」

「グライフ!」


 変なこと言うからヴォルフィが牙を向いて威嚇し始めたじゃないか。

 威嚇を気にしないアルフは小さな姿でヴォルフィを指す。


「魔王石があれば俺が対処してやる。だからまずは獣人たちの解毒をしつつ、情報交換と行こうぜ」


 あ、意外と考えてたんだ?

 ヴォルフィも現状を理解して話してくれる雰囲気になる。

 これで酸っぱい薬なんて変な悪戯してなきゃいいのに。


 なんて思ったら、アルフに伝わって渋い顔をされた。


毎日更新

次回:飛び込むのがデフォ

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