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174話:水瓶エンドレス

 ルイユの要請でまたディロブディアへやって来た。数日前に来た時から大して変わってない印象を受ける。


「あ、見るからに兵士が辛そうだね。お腹抱えてたり、頭重そうにしてる」

「あの仮面被ってるの医者だな。あっちこっちにいるぜ」


 確かに忙しそうに走り回る仮面の獣人がいる。

 仮面はペストマスク的なものなのかな?

 見た感じ狐面なんだけど。


「こちらです! お早く」


 ルイユが声を潜めて先導する。

 背中では身長ほどの大きな尻尾が焦りを抑えられない様子で揺れていた。


「グライフ、音立てないでよ」

「そうだぜ。フォーレンみたいに器用じゃないんだからな」

「器用さに甘んじて取り返しのつかない失敗を繰り返す羽虫が何を言う」


 ひそひそ言い合いながら、僕たちはディロブディアの王都に侵入を果たした。

 建物の陰に隠れて向かうのは上へ。

 木々のような建物でもちゃんと足場があるから、壁にかじりつく必要はなかった。


「どうぞ、こちらへ」


 ルイユが言いながら向かう先はただの壁。

 かと思ったら装飾を足場にできる梯子があり、登った先には隠し扉があった。

 ちょっとかっこいいな。


「お待たせしました」


 ルイユを先頭に入った中には、数人の獣人が待っていた。


「ベルント将軍、妖精王さまとユニコーンどの、そしてグリフォンどのをお連れしました」

「これはこれは」


 ルイユに答える熊の獣人は困ったように笑う。

 大きいっていうか分厚い体に見合う太い手足が、ちょっと凶悪だ。


「妖精王さままで来られるとは。おもてなしはできませんがご容赦を」

「俺よりこっちの役に立たないグリフォンのほうが面倒な相手だぜ?」

「何をしでかすかわからぬ羽虫を招くほうがよほど不安材料だ」

「いやぁ、戦場に乱入して敵味方なく暴れるあなたは妖精王さまと同じくらい不安材料だからねぇ。その姿なら当分大丈夫そうだけど」


 このベルント、無害そうな口調ではっきりものを言うようだ。

 コカトリスの怪我が残るグライフもそう言えばって顔でいる。

 戦場に乱入したんだから少しは悪びれてよ。


「まずはお呼び立てして申し訳ない。けれど我々には時間がないんだ。来たと言うことは了承したとみても? 妖精の守護者くん」


 ベルントは僕を見て確認する。

 頷くと、他の獣人たちに合図を送った。


「ではまずこちらで用意した水瓶に」

「角入れればいいんだね?」


 水瓶の大きさ的に小さいままだと無理そうだ。

 元の大きさに戻ったけど、狭いなここ。

 獣人たちも体格がいいから余計に圧迫感がある。


「ベルント、なんの毒かはわかってるのか?」


 僕の背中から飛んだアルフは、ベルントの視線の高さに上がった。


「それが、症状が一定ではないのです。念のため、こちらに毒が仕込まれたらしき食料を確保していますよ。どうぞ、検分を」

「準備がいいな」

「守護者くんと精神で繋がってるのは聞いてたんで」


 僕だけ来てもアルフに聞く可能性を考えて用意していたらしい。

 でもなんの毒かなんて見てわかるもの?


「詳しく毒に中った経過を教えてくれ」


 僕はその間、水瓶に角をつけておく。


「まず昼に件の蛇を入手し、箱を解体して余計な者が入っていないことを調べ、夕方には住民へと配布しました。ほとんどがその晩に食べたようです」

「お前らが平気なのは食ってないからか?」

「はい。森のほうの巡回にこの者たちと。晩は自分で調達しましたから。そして朝戻ったらこの騒ぎです」

「朝か。そうなると食物を消化してからの毒の作用であろうな」


 壁で見てるだけのグライフが口を挟む。


「我々は遅効性の毒が仕込まれていたと見ているよ」

「ねぇ、アルフ。エフェンデルラントで流浪の民が売り込んでた鉱物毒じゃないの?」

「いや、時間的に仕込むの早すぎるだろ。それに水に混ぜるって話だったし」


 それもそうか。

 だったら別口で毒仕込む作戦があったとか?


「他にもエフェンデルラントは毒を用意していると?」

「それは後でな。今はこれだ」


 アルフ目の前の肉をバラバラにし始める。


「食い方はそれぞれだよな? 草食の奴はどうだ?」

「それが、草食も全員中っているんです」

「毒症状の違いは? 種類や年齢で」

「そう言われれば草食が比較的軽傷かもしれませんね。発熱や腹痛、手足の痺れや呼吸に異変を訴える者など。命が危ういのは子供と老人」


 アルフ伝いに吸収率とか体積がとか考えていることの断片が伝わってくる。

 僕はユニコーンに生まれて解毒できるけど、毒がどう作用するかなんてかわからない。


「僕いつまでつけとけばいいの?」

「自分でわからぬのか、仔馬」

「わからないよ。いつも一刺しでだいたいどうにかなってたし」

「ではもういいだろう。次の水瓶を持ってこい」


 グライフが当たり前のように指示するから、ベルントの部下だろう獣人たちも従う。

 僕が角入れてた水瓶は運びだされていった。


「どうやって飲ませるの? 僕たちここにいること知られちゃまずいんでしょ?」

「ただの飲料水と言って回すつもりさ」

「あ、それならこれやるよ。魔女の所の薬とでも言って飲ませとけ。整腸剤だ」


 アルフが取り出す白い粉に、ベルントは礼を言って受け取る。

 なので僕は注意を促した。


「アルフが面白がってるから無毒でも無害ではないと思うよ」

「では味を見てみましょう」


 指につけて一舐めしたベルントが怖い形相になった。


「妖精王さま…………」

「酸っぱいだけだって!」

「こんな時まで悪戯するから…………」

「水飲んで治ったとか、フォーレンのこと知ってる奴にはもろバレだろ!」


 確かにそうなのでベルントも頷くけど、顔がまだ酸っぱそう。

 それでも白い粉は少しずつ梱包して水と一緒に配布することになった。


「肉食も草食も関係なく中ってるなら、もう複数の毒を仕込んでたんだろうな。フォーレン呼んで正解だぜ」


 そう言いながらアルフは首を捻る。

 アルフでも特定不可の毒なのかな。

 そんな話の間にまた水瓶が変わる。


 早くも欠伸をしたグライフは、人化すると適当な窓桟に腰を掛けて楽な姿勢を取った。


「暇ならついてこなければいいのに。それか一緒に考えてよ」

「ふむ、所詮は暇潰しだ。良かろう。熊の獣人よ、無事であった者は他にいないのか?」

「陛下や城の者は城の貯蔵分で足るからと民へのみ食料を配布された。そうか、食べた中で中っていない者を調べれば手がかりになるかもしれないな」

「それはことが収束してからでも良いだろう。その蛇というものは人間どもが常に使っているのか?」

「そうだな。この戦争が始まってからだが。今も輸送に使っている」

「であるなら、人間どもも毒入りの食事をとるわけだ」


 僕はグライフが言いたいことがわかって水瓶から角を上げた。


「あー、そういうこと。肉でも野菜でも中ったなら全てに毒を含ませていた。その上で今も輸送に使ってるなら人間も襲われる前提だったわけだよね」

「なるほどな。人間も食べるなら無毒化する手立てを持ってる。ってことはそう難しい解毒法でもないか?」


 アルフは肉を解体した後、野菜にも取り掛かるけど首を傾げる。


「肉も野菜も強い毒性はないな。なのに肉食と草食同時に毒を食べさせるなんてどうやったんだ?」

「一回の食事量で言えば草食のほうが長く多く食べますが、だからと言って重症者が草食に偏ってるわけでもなく」

「ふむ、エルフ王に毒を飲ませた時のように食器に毒を盛ることもできぬとなると…………」


 うーん、聞いてて思ったけどこれって。


「お酒って肉食や草食で飲んだり飲まなかったりするの?」

「「「あ!」」」

「ふむ、この国は子供も飲酒が許されるのか?」

「人間の国と違い年齢で制限はない。ただよく飲むのは蜜酒で人間たちの作った酒は珍しい物だな」


 ベルントが言うには、珍しさに子供も飲んだ可能性は高いらしい。


「効きが遅かったのって飲んだ量に関係あるかもしれない?」

「ありえるぜ、フォーレン。その蛇は細いんだろ? だったら酒の量はそう多くない。分配したなら一人が飲む量は多くないはずだ」

「ふむ、そう考えると本来毒を盛ろうと考えた相手はこの国の権力者なのではないか?」

「なるほど。珍しい酒なら獣王さまに献上されるはずだ。だが今回は獣王さまから民に回すようお達しがあった」


 つまり獣人の戦力を減らすために毒を盛ったんじゃなくて、獣王暗殺のために毒は仕込まれていた。

 エフェンデルラント側は日常的に蛇を使ってもお酒を避ければいいだけだから、大した手間じゃない。

 最悪の事態を避けたと言えばいいのか、被害を無闇に広げてしまったと嘆けばいいのか。


 微妙な沈黙が広がる中、水瓶を持って行った獣人が戻る。


「どうやらユニコーンの角が効くようです!」

「おぉ! 守護者くん、引き続き頼む」

「うん、それはいいんだけど」

「どうした、フォーレン?」


 言っていいのかな?


「勿体ぶるな、仔馬」

「勿体ぶるわけじゃないんだけど。…………この態勢でずっといるの、きつい」


 正直ユニコーン姿で狭い所にじっとしてるのが辛い。走り続けるほうが楽なくらいだ。

 けど人化すると頭を下げ続けるのがきついという状況で。

 どうしたらいいんだろう?


 僕の発言で空気が弛緩した。

 その時、外から激しい足音がこっちに向かっているのが聞こえる。

 ベルントは何かに気づいてドアを押さえようと動いたけど、それより早く外から蹴り開けられてしまった。


「ここかぁ!?」


 そう怒声を放って飛び込んで来たのは、三将軍の一人ヴォルフィだった。


毎日更新

次回:開戦の齟齬

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