171話:撒かれる毒
エフェンデルラントのお城に忍び込んで、僕は部屋の隅に座り人間の話を聞いた。
要約すると、どうやら流浪の民は獣人対策を売り込んでいるらしい。
「どうでしょう? 我々がご用意できる最大の火力を誇る兵器でして」
「工兵として貴様らを軍に組み込むのは時間がかかる」
「奇を衒うような場面ではないからな。もっと最低限の手間で効果を発揮する手はないのか?」
エフェンデルラントのお偉いさんはやる気満々だ。
どうやら収穫期の今も退きたがらない理由は、初めて獣人の国深くへと押し込めたからだそうだ。
妖精王が獣人に対しては出てこないことを知っていて、隣国のオイセンが弱っている現状もエフェンデルラントにとっては好都合。
「しかし、相手を苦しめるのならばやはり恐怖を与えるほうが」
「獣人の卑劣な行いは許されるものではない。だが、今は早期の勝利が必要なのだ」
「獣王の首が欲しいところだが、王都の占拠が今一番の目標である」
エフェンデルラントからすれば、戦争で獣人を負かしたい一番の理由は、獣人に人間の子供が殺されたことによる国民感情らしい。
(アルフ、獣人に子供が殺されたって本当?)
(知らないなぁ。心を読む限り嘘を言ってはいないみたいだぜ?)
(森に迷った子供の死体は、獣人の爪で裂かれて森に転がってたって言ってるけど。森で死んだ子供はいたの?)
(いや、獣人の縄張りの中じゃ妖精も少ないし、俺の耳には入ってないぜ)
森での出来事なのにアルフは把握してない。
そう言えばアルフと一緒に森に戻った時点で戦争は始まっていた。
アルフがダイヤを探しに行ってる間にあったことなんだ。
(それにしても長いなぁ)
(もっとすっぱり言いたいことだけ言えばいいのになぁ)
僕が要約したのは流浪の民はおべっかや、貴族が自分の正統性を語る美辞麗句という面倒なやり取り。
今も飽きずに話を無駄に長くしている。
「もちろんですとも。エフェンデルラントの正統性は神も見ておいでです」
「正義は我にあり。退くなどと宣う弱腰もいるが、ここで折れては犠牲の出た民にも顔向けできん!」
好戦的な将軍の熱弁に、アルフは暇そうに僕に寄りかかって来る。
僕の上で寛がないでよ。
「となりますと、これです。本当はもっと素晴らしい兵器をお求めいただきたかったのですが。えぇ、もちろんそちらさまの深謀遠慮はわかっておりますとも」
流浪の民が差し出す小瓶には、濁った光を通さない液体が入っていた。
「土に染みさせれば水は穢れ、飲めば毒に侵される。蛮勇を誇る獣人でも、内から侵す毒には無防備です」
「奴らは森の湖から飲み水を得ている。その量で足りるのか?」
あ、これはヤバい話になって来た。
(ここで湖の人魚にまで喧嘩売るの? オイセンがどうなったかわかってるんだよね?)
(アーディの奴、湖そのものを汚すなら今度こそ殺しに行くな)
うーん、これ以上ややこしくはしたくないんだけど。
いっそ第三勢力が入り込めば戦争どころじゃなくなるのかな?
僕がそんなことを考えていると、流浪の民は首を横に振った。
「獣人は湖で汲んだ水を保管する大きな貯水槽を持っているとか」
「だがそこは壁の中だ。容易くは混入できんぞ」
「いえ、公爵。そこは壁から遠いのです。壁のほうで攻撃を行い目を逸らせば少数を侵入させて毒を入れることも可能」
「例の荷車のことか? しかしすでにことは動いているぞ」
「いえいえあくまで貯水槽は一例。土を侵せば草に至り妖精に至りと連なって行くのですよ」
「ほう? わかりやすく飲食に混ぜる必要はないと?」
やり方を相談し始めちゃったよ。
土に染みるから井戸があれば土を通って毒が入るとか、なんか怖いこと言ってるし。
(まずいな。あの毒、本当に森の妖精にも効くぜ。金属から作った毒だ)
(え、それは持ち込んでほしくないね)
(流浪の民が売り込む本当の目的は森に毒を運び込ませるためか?)
アルフは渋い顔で流浪の民が持つ小瓶を睨んだ。
「毒で死にぞこなった者はどうなる? どれだけ被害を出せるかが今後の戦局に影響する」
「心配には及びません。死なずとも手足に癒えない痺れを残す毒でございます。摂取させれば必ずや戦力外に置けましょう」
「…………すぐ効くのか?」
「いえ、一定量の摂取が必要です。ただし必要量は一滴でいい」
流浪の民の売り込みに、公爵も将軍も乗り気になってるのがわかる。
強力な毒だけど、水に溶かして一杯だけ飲んでも効かない。
けれど日常生活で口に入れ続ければ着実に毒が溜まって弱るという物らしい。
(気づかない内に効いてくるなんて、怖い毒だね)
(あぁ、気づいた時にはすでに毒に侵されてる上に、症状が遅いからどれだけ広まるか)
(濁ってるけど大きな貯水槽に入れればあんな濁りわからないよ)
(…………フォーレンの角でも解毒できないかもな。混ぜれば紛れるが水溶性じゃない)
僕の角の解毒作用は、たぶん水を媒介にしている。
水に溶けてないと解毒できない可能性は確かにあった。
毒の回った内臓を角で刺すわけにもいかないしなぁ。
あれ? でも人間の体ってミネラルがあるよね。
そんな人間の体に角を浸した水が効くなら、鉱物由来の毒でも平気じゃない?
(えーと、銅のカップでお酒飲む人っている? そういう人にも効く?)
(いるな。そして効くな。そうか、フォーレンの角でも解毒できるかもな)
銅のカップは前世でも有名な金属中毒の話だ。
銅という金属による中毒が治せるなら、たぶんいけるんじゃない?
(体の六割水分の人間に効く毒なら、水に溶けなくてもいいんじゃないかな?)
(なるほどなぁ。フォーレン、人間に興味ありすぎて人間の水分量なんてディープな知識にまで手だしてたんだな)
あ、そういう納得の仕方なんだ。
自前の知識だけど、納得してくれたならいいか。
(けど森に持ち込まれたくないならあの薬ここで奪う?)
(いや、ここで奪っても毒があれだけとは限らないだろ。他も持ってるなら大本を断ちたいな)
(そうだね。売る相手もわかってるし、あの人が買ったぶんだけ破棄して行けば)
(まぁまぁ金取るみたいだしな)
何度も買う気はなくなりそうな金額だ。
「全く、この量でずいぶんと高いな」
「製法の譲渡でもいいくらいだと思うがな」
「いえいえ。これはとても貴重な毒なのです。もっと確実な方法をお望みならば、同じ料金で兵器のほうに今から変更なさっても」
なんだか流浪の民としては毒並みに危ない兵器を売りつけたいらしい。
やめてよ。流浪の民が持ってる兵器って、あの将軍型とかいるやつでしょ。
それこそ森には持ち込んでほしくないよ。
(さっさと終わらせよう。狙いはあの貴族と将軍だね。一度サンデル=ファザスの所に戻る?)
(いや、せっかく流浪の民がいるんだ。ちょっと頭の中を見たい)
(え? 捕虜にしたみたいなこと? 捕まえてなくても大丈夫なの?)
(ちょっと危ないけど、あいつらがなんて指令を受けてるかわかればエルフの国の時のように先手打てるかもしれないだろ)
あれって先手だったのかな?
流浪の民にはだいぶ前から入り込まれてたし、ヴァシリッサも僕より先にエルフの国にいたし。
僕の考えが伝わったアルフは気楽に手を振った。
(細かいことはいいんだよ)
(いや、ちゃんと考えようよ)
(俺が珍しくやる気になってるのに)
珍しいって自称するのどうなの?
短絡じゃなくて?
(ちょっと見るだけだから大丈夫! 俺ならできる!)
(待ってよアルフ!)
僕が止めた時には遅かった。
アルフは魔法を発動し、主導で話していた流浪の民へ術をかける。
瞬間、魔法をかけられた流浪の民の装身具が光った。
何かが弾かれるような空気の震動が起きて、アルフの魔法が失敗したことは僕にも感じられる。
その上、流浪の民がこっちを見た。
(ブラオンだって色々な道具身につけたんだから!)
(うわー! やっちまった!?)
姿を隠してるのに、流浪の民の敵意の浮かんだ視線から完全にばれたことがわかる。
「妖精が紛れている! 今攻撃をされた!」
「なんだと!?」
「フォーレン、逃げるぜ!」
アルフが僕に跨って足でお腹を締め付ける。
僕は座り込んでいた場所から立ち上がって扉にダッシュした。
アルフが背中で扉を開けの魔法を使うと、ノブが勝手に回る。
開く扉に体当たりで廊下へと駆け出した。
「な、なんだ今の出て行った影は!? 扉が勝手に!?」
「魔法を見破られた妖精です! 見えるのは今の内だけ! すぐに捕まえなければ!」
「森に知らされるということか!?」
流浪の民の忠告に、将軍が反応していち早く廊下へ追ってくる。
手には笛が握られ、仲間を呼ぶことが想像できた。
吹くかに思えた瞬間、外から別の警笛が響いて来る。
「なんの音ですか!? いったい何が!?」
「緊急事態だ! 城へ侵入者だ!」
困惑する流浪の民に、将軍が叫ぶ。
そんな騒ぐ人間たちの声を断ち切るように、咆哮が城の中響き渡った。
「いるのはわかっているのだ! 出て来い仔馬ー!」
名指しの叫び。
僕はつい足を止めてアルフと顔を見合わせた。
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