170話:エフェンデルラントの城
僕たちは石造りの城門を潜って、灰色のお城の中へと進む。
エルフの城も白くて色味はなかったけど、このお城はもっと色味というか装飾自体が少ない印象だ。
「エルフの城に比べて飾りっ気がないね」
「形からして元は砦の城塞だろうな」
「そのとおりです。音に聞くエルフの城に敵うとは思いませんが、優美さならこちらよりも離宮が勝ります。ただあの、もう少し静かに」
僕たちの会話に入りつつ、サンデル=ファザスが注意を促した。
今僕たちは馬車に乗って、お城の車止めに入って行っているところだ。
「段取りの確認をよろしいでしょうか」
「うん、僕たちは姿を消して君について行く。小さくなってるから合図は君の足を叩くことで伝える」
「離れる時に二回叩く。戻ってきたら三回。逃げろは五回な」
「に、逃げろですか」
サンデル=ファザスは不安そうに繰り返した。
アルフは姿を見えるようにして笑いかける。
「念のためだよ。俺たちもヤバかったら叩く暇ないし」
「え!?」
「アルフ、余計に心配にさせてどうするの。えっと本当にまずいことになったら君と合流せずに逃げたほうが白切れるでしょ?」
「あ、はぁ。なるほど。考えてくださっているのですね」
サンデル=ファザスはちょっと冷静になった様子で考え込んだ。
「屋敷でも言いましたとおり、今日私は回収されたコカトリスの死体の検分資料の閲覧で登城します。一時間はいても二時間は留まりません」
「うん。その間に僕たちは城にいる流浪の民を探す」
この城、すでに流浪の民がいるらしい。
コカトリスの目撃情報が、実は流浪の民から回って来たのだそうだ。
地元民は防備を固めるために手が空いてないって理由で、たまたま近くにいた流浪の民が報せに走ったとか。
「流浪の民はコカトリスの退治方法チラつかせたんだよな?」
「はい。コカトリスはその身を突いた槍を伝って毒を及ぼすことが有名ですから、その毒が及ばない槍を売り込んで来ていたと聞きます」
武器を売ろうとした流浪の民に、サンデル=ファザスは待ったをかけた。
実際に圧力をかけたのはサンデル=ファザスの意見を入れたもっと偉い貴族らしいけど。
「私以外も胡散臭いとは思っていましたがね。しかし私が後援する金羊毛なら対処を知っていると言って止めていたのです」
「賢いなお前。金羊毛が死んでるかもしれないし、生きてても呼び戻す口実にできる」
「いえいえ、まさか」
アルフに謙遜するサンデル=ファザスだけど、目には警戒が垣間見える。
変な薬かけられそうになったしね。
「ただ私は流浪の民がコカトリスを操ったという推論にも懐疑的です。コカトリスは人間が操れるような魔物ではありませんし、いくら古代の技術を以てしてもそこまでは」
「そうなんだ。幻象種ってことは言葉通じるはずだよね? それだけ凶暴ってこと?」
「フォーレン、お前も本来はそういう種類だからな」
「凶暴とは言いませんが、フォーどのはエルフの割に親しみやすい方ですね」
食い違ってるけど、たぶん僕が普通じゃないって言いたいことは同じだろうな。
「幻象種としての矜持がないって怒られるくらいにはね」
「なるほど、森に住むにも理由があるのですね」
サンデル=ファザスが勝手に同情の目を向けてくる。
実害ないしいいけど。
「で、流浪の民はコカトリスが死んだ今もまだいるの?」
「武器として毒の及ばない槍は興味深いので、買いたいと言う者が一部おりました」
コカトリス対策のため城に留め置かれていた流浪の民は、死んだとわかってもまだ東の台地に帰ってないらしい。
そして商談したい者がいたので今日はそういう貴族と会う予定であるという情報をサンデル=ファザスが入手した。
「よく知ってるね。実は偉い人なの?」
「貴族社会では中の下ですね。家は古くとも権勢からは遠くなってしまっています。それと城は公の場ですから、出入りが許される程度の身分の者なら何処で誰が何をやるかという一日の予定くらいは情報が得られます」
どうやらサンデル=ファザスは権勢に近づこうとしている貴族で、要職についてるわけではない。
権勢に食い込むために金羊毛に無茶させたんだろうな。
「まぁ、君には金羊毛やエノメナがこの国にいる間お世話になるし、危険にならないよう気を付けるよ。って、アルフ?」
「うん? あぁ、この城からも魔王石の気配はしないなって」
話を聞いていなかったアルフだけど、魔王石を探していたらしい。
近くに行けばわかるのはビーンセイズ王国でも言ってた。
「森から王都、城も外れかぁ」
「エノメナどのに聞いた限り、オイセンから持ち込まれたそうで。でしたら北のほうで止まっている可能性もあります」
「そうだな。また平民にばっかり回ってる可能性もあるか」
「そちらには商人を通じて手の者を派遣いたしましたので、わかり次第ご報告いたしましょう」
どうやらサンデル=ファザスも独自に調べる気らしい。
エイアーナやビーンセイズの騒動を教えた成果かな?
まぁ、見つけてアルフへ押しつけたいんだろうけど。
その伝言係はエノメナと金羊毛ってことになるなら、大事にはしてくれるだろう。
「今は目の前のことに注意しよう。僕たちは流浪の民の様子を窺う」
「魔王石探しが目的じゃねぇしな。ま、ただの売り込みならいいけど」
「私はコカトリスの報告を。その後に、一時間ほど知人を回って獣人との争いの落としどころを探ってみましょう」
サンデル=ファザスは王に近くないので、知り合い伝いに情報収集をしてくれる。
「どうかくれぐれも我が国との敵対はお控えいただければ」
「そっちの出方次第だって」
「森や妖精を攻撃されたらこっちも自衛くらいするよ」
僕たちの返答に、サンデル=ファザスは決意の顔で頷く。
「では参りましょう」
アルフの魔法で姿を消し、僕は馬車から降りてすぐ人化を解く。
そのまま小型化してサンデル=ファザスの足元に沿って歩き出した。
「蹄の音を消すついでに声も聞こえないようにするか」
アルフが僕の背中で魔法を使う。
ビーンセイズ王国と違って魔法的な守りが薄かったらしく簡単に侵入が成功した。
サンデル=ファザスは案内と共に一つの部屋の前で足を止める。
「今日他に検分資料を見る者は?」
「ただ今のお時間はお一人先に」
「そうかい」
そんな会話でここがサンデル=ファザスの目的地であることを教えてくれる。
というわけでここでお別れだ。僕は角で軽く足を二回叩いた。
「よし、行こう」
僕はアルフを背中に乗せて廊下を疾走する。
格によって貴族が使える部屋は決まっているそうで、サンデル=ファザスに流浪の民がいるらしい部屋は教えてもらっていた。
「この並びの部屋の何処かって話だが、お、ここの部屋だけ中に誰かいるぜ」
アルフの指す部屋からは人の声が聞こえる。
「扉閉まってるね。窓のほうに回って中の様子を見る?」
「造りからして窓はないと思うぜ。ちょっと俺が先に入って様子見てくる」
精神体の妖精は招かれないと人工物の中へは入れない。
けれど妖精王のアルフなら空気が通る隙間さえあれば平気なんだとか。
うーん、盗み聞きし放題。
(ちょうど人が出てくるぜ、フォーレン。隙を見て入れ)
アルフが精神を伝ってそう教えてくれた途端、扉が内側から開く。
誰かを呼びに行く従者らしい人が出て行き、僕は部屋へと滑り込んだ。
入るとアルフが背中に飛んで来て座る。
室内には偉そうな貴族が一人だけ椅子に座っていた。
身なりのいい従者が二人背後に立っていて、すごく威圧的。
そんな人たちの前に流浪の民が四人立っていた。
「全くあの獣どもは手を焼かせてくれる」
「そうでしょうとも」
文句を言う貴族に追従する流浪の民。
獣って獣人のことかな。
「陛下も収穫を気にして及び腰になっておられる。この問題は軽々に扱うべきではないが」
「いえいえ、収穫は大事。問題は罪を認めぬ獣人どもにあるのです」
「うむ。とは言え、この辺りで成果を上げなければ越冬を視野に入れた戦略の変更を考えねばなるまい」
どうやらエフェンデルラントの偉い人も、流浪の民のおべっかに乗せられてるってわけではなさそうだ。
貴族の目は冷静に愛想笑いをする流浪の民を見据えていた。
話が進まないなと思っていたら、一度出て行った従者が戻って来た。
その背後には勲章みたいなものを飾った人が続く。
「将軍、呼び立てて悪いな」
「いえ、公爵さま。いったいどうされました?」
どうやら偉い人らしく、将軍と呼ばれた勲章の人は椅子に座る。
動くだけで金属の臭いがするって、そうとう武器を握り慣れてるってことかな?
下から見上げた手の皮は分厚くて力強そうだった。
なんとなく警戒心が刺激されて、僕は心の中でアルフに喋りかける。
(将軍って軍の偉い人なんだよね? なんでお城にいるの? 獣人と戦ってるんじゃないの?)
(えーとなんだったかな? 国によって将軍が戦時の臨時職か、常設の名誉職かあった気がする)
うーん、国に対しては安定のあやふや。
たぶんあの手は名誉職ではないよ?
(ま、聞いていればわかるだろ。どうやら運よく獣人関係の話らしいしさ)
アルフが言うように、公爵と将軍は獣人を攻めきれない現状について話し合いを始めていた。
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