167話:魔獣殺し
金羊毛が辺りをくまなく探索し、ようやく一息を入れることになった。
「どうやらコカトリスはこの一匹らしい。足跡も単一だ」
「マンティコアのような群れじゃなくて良かったわよ」
「死を覚悟する…………」
「フォーさんがいれば余裕っしょ!」
エルマー、過信しないで。
と思ったらニコルが窘めた。
「エルマー、頼りきりなんて失礼ですよ。ただでさえ命の恩人なんですから」
「ありがとう、ニコル。僕だってさすがに初見の相手じゃ必勝はできないだろうし」
「余裕だろ? 毒効かないし、石化は対策あるし、部分的に鱗生えてるけどそれ以外は鶏と変わらないから角通るし」
エルマー以上にアルフが楽観的に笑った。
けどグライフがそれなりに戦ってる相手なんだよ。
死体じゃわからないけどそれなりに強かったんじゃないかと思う。
「…………にしても見るほどに見事な死体だな。素材になるもん根こそぎとは」
「腑分けが綺麗よね。あ、肋骨も一番大きい物が抜かれてるわよ」
「外傷は多いがな…………」
「まさかコカトリス解体する気の狂った奴がいるとは思わなかったっすからね」
「血の臭いでそれどころじゃなかったですけど、改めて見ると本当に」
金羊毛はコボルトの手際を褒めてるのか貶してるのか。
見事らしい解体の結果、コカトリスからは腹膜に包まれた内臓が零れ落ちているんだけど。
「腹を割ってガウナとラスバブは骨だけを持って行ったのかな?」
「心臓と肋骨だな。左の胸覗き込めばぽっかり空いてるのがわかるぜ」
「うわぁ…………。他の内臓には興味なかったの? 作るものは決まってるのかな」
「腹膜の中は毒袋があるから危険すぎて手を出さなかったんだろう」
そんなアルフの声に、金羊毛は目を光らせた。
「そうか。今なら安全に毒袋回収できるんだよな」
「コカトリスの毒なんていったいいくらになるのよ?」
「丸々残っている…………」
「正直怖いっすけど、これは放っておく理由ないっすね」
「冒険者組合引き取ってくれますかね?」
わかりやすく欲に走る金羊毛にも呆れるけど、売れるってことは誰か買うってこと?
まぁ、今はそんなこと考えなくていいか。
「アルフ、毒袋ってどれかわかる」
「そこの青黒いやつだぜ」
アルフに聞きながら内臓近くに膝を突く。
僕は青黒い色をした内臓に顔を近づけた。
瞬間アルフが魔法を使った気配がするけど、僕に害はないようなのでそのまま頭を下ろす。
「えい」
「「「「「え!?」」」」」
角を刺した途端、腹膜が破れて毒袋に穴が開く。
毒袋の中からは真っ赤な毒がドロリと流れ出した。
「うわ、気持ち悪い。けどこれで無毒になったはず」
僕が角を水で流していると、エックハルトが大股で近づいて来た。
「な、何してるんだよ、フォーさん!」
「こんなのあってもしょうがないし危ないでしょ」
「危険だけど、その分希少価値があってだな!」
「…………つまり、解毒方法も珍しくてそう簡単に手に入らないんだよね?」
僕の指摘に何か言おうとするエルマーをウラとジモンが口を塞いで止めた。
さらにエルマーが何か言おうとすると、ニコルが脛を蹴って止める。
そこまでするとちょっとエルマーが何を言うのか気になるんだけど。
「ま、売るのはやめたほうがいいと俺も思うぜ」
「珍しいね。アルフがそう言うってことはやっぱり危険すぎるってこと?」
「フォーレン、俺だって考えるぜ。この毒が流通したとして、誰かに盛られるだろ? そうなったら殺された奴の関係者はなんの毒か調べるわけだ」
アルフの並べる予想に僕は頷く。
「コカトリスの毒とわかれば、それを持ち帰った金羊毛が怨まれるってことだね」
「その可能性は、確かにあるわね。はぁ、危険の伴わない宝はないとは言うけど」
「危険を冒すべきか否か…………」
「うへぇ。使う奴が悪いんじゃないっすかそれ」
「実行犯を怨んだ上で共犯扱いになるって話ですよ。特にここではまだ新参者ですし」
金羊毛は無害化した毒を惜しむことはやめたようだ。
まぁ、碌なことに使われないと思ったから僕も無毒化したんだけど。
「ちなみに俺はコカトリスの毒を持ち帰るぜ」
どうやら僕が角を刺す前に、無毒化されることに気づいて魔法で回収したらしい。
「これ薬に使えるんだよ。あとこっちの肉も」
「肉も薬に使うの?」
「そう。肉は薬草と一緒に漬けておくことで、傷口が腐れ落ちる呪いを打ち消すんだ。ただし、使い方に気をつけないと肉に染みたコカトリスの毒で死ぬことになるけどな」
「毒を毒として使わないならいいか。薬にするってことはコカトリスの毒への対処もアルフは知ってるんだろうし」
どうやらコカトリスは死肉でも毒がある相当な危険物らしい。
「この死体どうする? 結局は毒の塊なんでしょう?」
「どうもこうも、俺たちじゃ解体した途端毒で死ぬしかねぇよ。ま、毒袋に比べれば毒性は低いし、国に回収してもらうほうがいいだろう」
エックハルトの言葉に従って、僕たちは一度報告に戻って回収係を編成してもらうことにした。
「冒険者ってどーんと冒険しないんだね。思ったより手堅い」
「そりゃ、冒険者なんて村で暮らせないはみ出し者の集まりみたいなものだし命は大事よ」
「人間の分を越えはしない…………」
「けどやっぱり冒険者やるからには一発でかい山当てたいっしょ」
「エルフは身体能力高いですから、どうしても見劣りしてしまうところはあるでしょうけど。これでも危険に踏み込んでいくほうなんですよ、金羊毛は」
あ、ニコルって…………。
思わずみんなで顔見合わせると、エックハルトが首を横に振った。
どうやらニコルには僕の正体言わないことにするようだ。
そして馬車の所まで戻って王都に戻ると、冒険者組合へ報告という流れになった。
「金羊毛にかんぱーい!」
何故かそこから酒盛りが始まる。
「コカトリス探索からまで生きて帰ってくるとは! 音に聞く勇猛さじゃねぇか!」
「全くだぜ! 本当にオイセンは惜しい奴らを失くしたな!」
「死んだみたいな言い方するな!」
興奮する冒険者たちから振る舞い酒を貰いつつ、金羊毛も大声で騒ぐ。
そんな中に、一緒に行かなかったエノメナもいた。
「サンデル=ファザスさんは大変喜んでいました。振る舞い酒を断ることもないと、このまま酒宴に参加して、報告は後日でいいとのことです」
エノメナはサンデル=ファザスの伝言を運び、そのまま僕たちと酒盛りに参加することになった。
ちなみにコカトリスの死体の回収班は、すでに出てる。
素材になる物は何も残ってないって報告したんだけど、やっぱり放置してはおけないらしい。
「こんな美人増やして! もしかしてリャナン・シーじゃないのか?」
「羨ましいぜ! 美少女でもエルフなら合法なのか?」
「馬鹿だね、あのエルフは人狼殺しだよ! 機嫌を損ねちゃ、あんた股の下の粗末なもん、二度と使い物にならなくさせられるよ!」
「殺してないよ!」
酔って大袈裟に言うウラに訂正するけどほとんどの人が聞いてない。
アルフも僕の肩の上で騒ぐ人間たちを見て笑ってる。
まぁ、楽しそうだからいいけど。人狼殺しのエルフで定着するのはちょっとなぁ。
「び、美人だなんて…………私、こんな歳になって、また…………」
懐かしそうにエノメナは頬を赤くしている。
金羊毛の美人ってことで、見るからに子供の僕よりちやほやされていた。
「おいおい、うちの大事なお嬢さんっすよ。気安く触るんじゃねぇって」
「口説くなら酒臭い口を濯け…………」
エルマーが目敏く見つけ、ジモンが低い声で脅すように言ってエノメナを守っている。
僕の側にはニコルが着いててくれてるんだけど、うん、あんまり寄ってこないね。
いや、いいんだけどさ。僕男だし。
酔って舌が回らなくなってきたエノメナを考えて、金羊毛はほどほどで酒盛りから退き
宿屋に落ち着いた。
「…………解せない」
寝る準備をする中、僕は思わず呟いた。
部屋割りは僕、ウラ、エノメナついでにアルフになっている。
残りの金羊毛は隣なんだ。
「この割り振り方、男部屋と女部屋だよね?」
「フォーさんを軽んじてるわけじゃないわよ。まだ子供ってことで、ね? あたしにとっては嬉しい限りなんだよ」
声からも上機嫌とわかるウラが声をかけて来た。
僕が背中を向けてる向こうで、エノメナとウラは寝るために着替えをしているからだ。
「どうして嬉しいの?」
「あたし一人だと男どもと雑魚寝なのさ。いびきはうるさいし、寝方は汚いしでね」
お金の都合上、ウラ一人のために別の部屋を用意してくれることはなかったらしい。
「エン婆! これからは二人で一部屋取るようあいつらに言おうね!」
「い、いいのかしら? 私はもう歳だし」
「何言ってんだい! 今じゃあたしより若返ってんだよ。今までできなかったことしてやる! くらいの意気込みでやんなきゃ」
「そう、そうかしら。いいのかしらねぇ?」
「いいのいいの。まず手始めにうちの男ども篭絡してやろうじゃないのさ」
ぐいぐい押すウラに、どうやらエノメナは頷いたらしい。
大丈夫かな?
知った仲だしウラは味方になってくれそうだからいいかな?
この割り振りの女扱いは受け入れられないけど、金羊毛にエノメナを任せられそうだった。
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