166話:マンティコアは逃げ出した
仲間の痴態を横目に、残った一人は聞けば素直に答えてくれた。
どうやらサンデル=ファザスと同じ派閥の貴族に雇われた傭兵らしい。
サンデル=ファザスとは地位を争う相手なので、僕たちの邪魔、もしくは手柄の横取りを命じられて追っていたそうだ。
「横取りって、つまりコカトリスの情報を自分たちが持ち帰るってことだよね? それって僕たちの口封じ込みなの? まだやる?」
「すみませんでした! 浅はかな企みに加担した己の愚かさは重々承知しております! どうか今一度悔い改める機会をいただきたくぅ!」
震えながら大声で命乞いをするので、残った一人はおかしくなった仲間と一緒に置いて行くことにした。
「あの、フォーさん? さっきの何してんですかって聞いても?」
「アルフが改心の薬を盛ったらしいんだけど」
「改心、あれが?」
エックハルトに続いてウラも見えないアルフを警戒するように身構える。
そんな反応をされたアルフは、僕の肩に座って首を捻っていた。
「森に逃げ込んだ連続殺人犯はこれで改心して自首したんだけどなー」
なんて言ってるので、僕はアルフの言い分をそのまま伝える。
「自尊心を削られての自首か…………」
「もはや人間的に殺されての自首っすかね。あれは酷かったっす」
ジモンとエルマーからも散々な評価だ。
さすがにアルフも真面目な顔をした。
「…………人間には強すぎたか」
「人間にはって誰向けの薬だったの?」
「連続殺人犯以外に、最近だと人狼に使ったな」
そう言われると逆に効果が薄すぎる気がしちゃうな。
改心薬使われた後のはずなのに、襲いかかって来たよ?
「ところでまだ着かないの?」
「そろそろです。少し開けた場所があるので近づけばわかるはずなんですが…………あ! たぶんこの先です」
ニコルが指す方向は、木々の先が開けてるらしく、太陽光の入り方が違っていた。
そこへ向かうと、僕たちの前には石像が現われる。
「なるほど、いい目印だ」
エックハルトは苦笑いで二つの石像に近づいた。
石像が二体あったというのは、足が四本あることからの推測でしかない。
足から上は粉々に砕かれ、当たりに残骸らしい石が散らばっていた。
「これ、石化解除したらどうなるの?」
「肉片にしかならないわよ、フォーさん」
ウラの答えにエルマーが嫌がって話を変える。
「ここからどう捜すっすか!?」
「ちょっと、叫ばないでください。すでに一度周辺は探索されていてですね」
ニコルは手元の資料を見て捜索に向かう方向を示そうとする。
その間に僕は不審な音に気づいた。
「静かに…………。何か近づいて来てる」
「…………わからん。大きさはわかるか、フォーさん?」
「足音が複数だからコカトリスじゃない、はず」
群れとは聞いてないし。
僕はエックハルトに情報を求められてさらに耳を澄ました。
「たぶん四足だけど、それなりに重いから人間と同じかそれ以上の大きさがあるよ」
僕の言葉に全員が動けるように距離を取った。
そして金羊毛にも葉擦れの音が聞こえるようになると、睨む茂みからは人の顔が覗いた。
うん、おじさんの顔だ。
「マンティコアだ!」
アルフはおじさんの顔だけで相手を識別して警戒の声を上げた。
低すぎる位置から出てきた顔は、そのまま茂みを抜けて赤毛の獅子の体を露わにする。
アルフの知識が開いて出て来たマンティコアの情報は、人面赤獅子。
人を食う幻象種で、四足の幻象種の中でも知能が高めだとか。群れで狩りをする中で罠を仕かけることもあるんだって。
「ひひひ…………」
僕たちを見てマンティコアは笑う。
人間っぽい表情からは侮りが窺えた。
「くそ、何匹の群れだ?」
エックハルトは侮られたことを怒ることもなく焦りを浮かべている。
マンティコアはそんな言葉の意味がわかったように、全員が姿を現した。
マンティコアは六頭の群れだ。
鬣のある雄、四匹は雌で一匹は子供らしく小さいけどおっさん顔をしている。
「これは…………まずいわね」
「そうなの?」
「動きは向こうが早い…………」
「一人になると集中攻撃されるっすよ」
「あと怪我人を狙います」
金羊毛はアルフの知識より詳しく注意点を教えてくれた。
僕の考えを読んだアルフが不服そうに僕の髪を引っ張る中、鬣のあるマンティコアと目が合う。
「ひひ…………けひ?」
馬鹿にするように笑っていたマンティコアは、突然変な声を上げると僕に向かって首を伸ばして臭う。
見ていると、他のマンティコアにも声をかけ、全員で僕に鼻を向けた。
「なんか僕臭うの? っていうか何か用? 襲ってくるなら相手するよ」
そんな全員ですんすん臭われると、あんまりいい感じがしないんだけど。
僕が不機嫌に聞くとマンティコアはあからさまにビクッとした。
「ひぇ…………」
「え?」
「ユニ、ユニ…………!」
「「「「ひぇ」」」」
揃って変な声を上げたマンティコアは、突然お尻を向けると揃って逃げ出す。
「ねぇ、アルフ。あのマンティコア今、僕のことわかってた?」
「みたいだな」
「うわ!?」
アルフが金羊毛にもわかるように声を出すと、ニコルが新手を疑って挙動不審になる。
「確かマンティコアはユニコーンと同じ生息域のはずだぜ。南のほうの月の川辺とか呼ばれる場所だったか?」
「へぇ、そうなんだ。行ってみたいなぁ」
「えっと、フォーさんはどちらのご出身で?」
「出身? 生まれた場所ならエイアーナかな」
「なんでエイアーナに?」
エックハルトに聞かれても、僕は答えを持っていない。
母馬は月の川辺の出身なのかな? だったらどうしてエイアーナにいたんだろう?
「あれ、そう言えばマンティコアもどうしてこんな所にいるんだろう?」
「山脈越えてきたんっすかね?」
僕もエルマーと同じ疑問を持っているとわかるアルフは、知っていることを答える。
「うーん、たまに東回りで台地からやってくる珍しい幻象種はいるぜ」
母馬やマンティコアもその類ってこと?
「だったらコカトリスも?」
「いや、コカトリスは西の幻象種だから南周りでもこっちには来れねぇよ」
あ、全然違った。
本当になんでエフェンデルラントにいるんだろう?
「あれ?」
「どうしたフォーレン?」
「さっきのマンティコアの来たほうから血の臭いがする」
「「「「「うげ!?」」」」」
金羊毛は嫌な想像に揃って声を上げた。
けどこの臭いは違う気がする。
「たぶん人間じゃない。行ってみよう」
僕が臭いを辿って先頭を行く。
金羊毛は注意しながら後に続いた。
進むと辺りは木々が薙ぎ倒されて荒れていた。
そして荒れた中心には巨大な鶏の魔物が血まみれで横たわっている。
「もしかしてこれ、コカトリスの死体?」
「しかも解体されてるな。見事に羽根は抜かれ、爪は落とされ、嘴も削がれてるぜ」
もはや猟奇的な死体に見えるんだけど。
「…………ちょっと待って。すごく見覚えのある傷がついてる」
「あぁ、ご丁寧に目も突かれてるな」
僕とアルフは心当たりに気づいて顔を見合わせた。
訳のわからない金羊毛は説明を求めて視線を向けてくる。
「たぶんこれやったの、グライフだ」
「無駄のない剥ぎ取りはコボルトたちだな」
そう言えば鉱山って言ってたしここに来てたのか。
「フォーさん、森のグリフォンはコカトリスの毒が平気なのか?」
「これだけ血が散ってるって相当よね?」
「たぶん館に戻れば僕がどうにかできると思ったんじゃないかな?」
エックハルトとウラに答えると、ジモンは空中に鼻を向けた。
「まだ腐臭はしていない…………」
「ってことはさっきまでグリフォンがここに? そりゃマンティコアも逃げ出すっすよ」
毒を浴びてても、館には僕が角をつけた水がいくらでもあるんだけど、問題は…………。
「これもう、グライフに不在ばれてるよ」
「あー、面倒だなぁ」
僕の予測にアルフは頭を抱えてぼやいた。
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