164話:怪しい歓待
他視点入り
「戻ったよ、ヴェラット」
「お帰りなさい、トラウエン」
暮らす天幕で、暗い表情の双子の兄に優しく答えた。
私たちが暮らすこの辺りは木の生えない、強風止まない地。西の水の多い地の人間は不毛の台地と呼ぶ場所だ。
「疲れているのね」
私がトラウエンに腕を伸ばすと、誘われるように近寄って来る。
そして私たちはただ無言で抱き合った。
それだけで通うものがある。それは目に見えない思い、感情、記憶の全て。
私たちは双子で、同じ胎に宿った記憶がある。
言葉を喋る前からこうして意思疎通をしていた。
「またあの女…………」
どうやらヴァシリッサからの接触があったようだ。
「正直信用できない相手の訪問は喜ぶべきではない。けれど族長は応諾してしまったんだ」
「また悪い癖ね。感情に振り回されるしょうがない人。その上その感情も自分本位で」
そして決して族への情愛はない人だ。
私は流浪の民の族長の娘という続柄だけれど、娘扱いなんてされたことがない。
いつでもトラウエンの付属品。トラウエンと一緒でなければ私の言葉も耳に入りはしないくらいに。
「飛竜は勿体ないことをしたね。あんな有用な生き物を犠牲にして逃げるなんて」
「飛竜がいなければあの女は使えないわ。けれど、そう思うのは私たちだけなのね」
トラウエンの記憶で見た族長は楽観的な対応だった。
そのくせ自分の思い通りにならないと怒るのだから本当に嫌になる。
「齢五十を数えて焦っているんだよ。自分の代で悲願を達したいんだ」
「悲願なんて言って族のためじゃないのに。所詮は達成のために生まれ育てられた自分のためよ」
だから族長は私たちを達成の犠牲にしようとしてる。
そうとわかっていても、今の私たちに反対は許されない。
「どうする、トラウエン?」
「前倒ししたい気分はわかるよ、ヴェラット」
でも駄目だと、言われなくてもわかる。
「妖精王が予想以上の難題になっていそうだ。なのにこれから僕らは外部勢力を招き入れる。問題しかないだろう?」
「問題しかないわね。あのヴァシリッサの上司と会うなんて、きっと碌な相手ではないわ」
「けれど手土産を族長は受け取ってしまった」
我が族では手土産を受け取ることは、持ちかけられた謀への応諾の印だ。
「どうしてまたあんな化け物を…………。あれは、南にもいないほどの、確か西?」
「飛竜と違って統制下ではない。それでも設置はできると言っていた」
どれだけ信用できるかわからない。トラウエンがそう思っているのは肌から伝わった。
あの女ただの人間ではないと思っていたけれど、何か特別な力があるということ?
幻象種との相の子とエルフの国では名乗っていたそうだけど。
それも偽装である可能性が捨てられないから、本当に面倒だ。
「派手に動けば何かしらの勢力に目をつけられる。覚悟はしていただろう」
「けれどこんなに早くは予定外よ。エイアーナの動乱もそうだけど、一番はビーンセイズね」
「神殿勢力が出張って北へは近づけない。尼僧の地位は使えると思っておこう」
魔王石の内二つは神殿に封印されている。
気づかれない内に手を回しておきたかったけれど、こうなれば内部に勢力を作るくらいの動きに転じたほうがいいかもしれない。
「ビーンセイズに注意が向いている内に入り込めただけ良しね。今動けなくなっている神殿の者たちと繋ぎを取らせましょうか」
「そこまで早急に動くのは危ない。不安はわかるけれど今は目の前の問題に注意を払おう」
「そうね。ヴァシリッサの上司に会う前にエフェンデルラントのほうをどうにかしないと」
族長からの命令は焼け落ちたる矢でのユニコーンの抹殺。
当たりさえすれば可能な命令だけれど、所在のわからないユニコーンを狙わなければいけないことが問題だ。
「ユニコーンは妖精王に従ってる。孤高の幻想種が何故かはわからないけれど」
「今はわからない答えを探すだけ無駄ね。ユニコーンの動きを捉えましょう」
私は成功しなければ処分される。
そんな考えが通じたトラウエンが不安そうに見つめて来た。
「わかっていたことでしょう? 族長にとって私は不要だもの」
「だからって君を進んで生贄にするなんて、どうしてわからないのかな。同じ人間だと思えない」
「そういう風に生まれついているのよ。わかるわけがないわ、他人が必要だなんて」
「…………ヴェラット、君は殺させない」
「私もよ、トラウエン」
私たちは改めて抱き合う。
母を殺した父の下で生きるために。今はただ互いが生きている音を聞いていた。
金羊毛を呼び出したサンデル=ファザスは、この国での金羊毛のパトロンらしい。
屋敷に連れて来られて、全員がまず違う部屋で聴取を受けることになった。
「念の入ったことだ。あれだけの早さで金羊毛を回収したなら、軍より先に情報が欲しかったってことかな」
暇なアルフが僕の肩で好きに喋る。
僕の聴取が終わって通された部屋には、全員が揃っていた。
どうやら僕が最後だったらしい。
(途中で聴取する人が変わったからかな?)
(フォーレンがエルフだと思ってエルフについて知ってる奴に変わったんだろ)
(そう言えばニーオストのこと色々聞かれたね)
(森にいついた時期とかは適当に忘れたって通したから長引いた可能性もあるけどな)
本当のこと言ってもエルフっぽくないし、そこはしょうがないって。
「フォーさん、こっちだ。好きに食っていいそうだぜ」
「エックハルト、その前にニコルの紹介よ」
手を上げるエックハルトに、ウラが知らない顔の少年を僕のほうに押し出した。
ニコルと呼ばれたそばかすの少年は、緊張した様子で僕を見る。
「ニ、ニコルです! お頭たちを助けてくれてあ、ありがとうございます!」
声を上ずらせるニコルは、頬が赤い。
「ぶふっ、こいつもしかして」
「…………僕、男だからね?」
面白がるアルフが余計なことをする前に、僕はニコルに真実を伝えておく。
ニコルは何を言ってるのかわからない顔をする。…………わかって。
金羊毛は爆笑し始めたので、睨んだら全員が目を逸らした。
「えーと、俺らが帰ってこないってんでここで帰ってくるの待ってたそうで」
「これはこれは! 勇士たちよ!」
突然部屋に入って来て大声を上げた貴族は、たぶんサンデル=ファザス。
愛想よく振る舞うというか、上機嫌っていうか。
「食べ物は足りているか? 飲みたい酒は? すぐに軍の呼び出しがある。それまで英気を養ってくれ」
あれ、いい人なの?
そう思って金羊毛を見ると答えが顔に書いてあるようだった。
「胡散くせえって顔に書いてあるな」
アルフが言うとおりの顔の金羊毛の様子から、想像はついた。
まぁ、獣人の国にトロイアさせられに行ったのこの人のせいだったはずだしね。
「あぁ、ニコルを屋敷に置いていたのは金羊毛が逃げないようにか」
僕が思いついて言うと、サンデル=ファザスは心外と言いたげに胸に手を当てる。
「おやおや、エルフはずいぶんと疑り深い。私はこの勇士たちの噂をオイセンにいる時から聞いていたんですよ。我が国に来たと聞いていち早く招いたのもその勇気溢れる行いに胸打たれたからこそ」
うん、胡散臭い。
そんなサンデル=ファザスが上機嫌で喋り続ける内に、金羊毛へ軍からの呼び出しやって来た。
「じゃ、行ってくるけどファザスさんよ、フォーさんとエノメナに無体なことしないでくれよ」
「そのフォーさん、確実にあたしたちより強いんですからね?」
「疑り深いのは冒険者として優秀な証拠だろう。もちろん心得ているとも」
「これで怒らないって、うへぇ…………」
「何を企んでいる…………?」
金羊毛たちの疑いの目に、サンデル=ファザスはにっこり愛想良く笑った。
「早く戻ってきてくれたまえ。次の仕事が待っているからな」
「「「「「くそったれ!」」」」」
金羊毛たちの声が揃った。
命がけで森から帰って来て、軍に呼び出された後には仕事?
蛇に潜んで獣人の所に送り込まれたのも仕事だよね?
なんだかすごく碌でもない予感がする。
「ニコルは行かないの?」
「俺たちだけだよ。どうせここで聞かれたのと同じこと聞かれるだけだぜ、フォーさん」
「僕たちは?」
「軍属じゃない人間呼び出せやしないよ」
ウラは蓮っ葉に言い捨てて僕たちに手を振ると部屋の外へと出て行った。
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