160話:行ってみよう
金羊毛の頭であるエックハルトの呟きに、元の持ち主であるエノメナを見る。
「え、その商人ってエフェンデルラントに行ったの?」
「私も何処へ逃げたかまでは知りません」
エノメナも首を横に振ってエックハルトを見る。
「森から離れてるのは確かだが、どの国に持ち出されたかまでは俺もわからねぇ」
アルフが言うと、エックハルトは自分の考えを説明してくれた。
「国外に逃げた、その上借金取りにも追われていた。だったら、オイセンの人間が近寄りたくない国に逃げるんじゃねぇかって思って」
「あぁ! 俺たちみたいにっすか?」
空気を読まないエルマーの声に、エックハルトは渋い顔をしながら頷いた。
「ふーん、ありえなくないな」
アルフは真面目な顔をして考え始める。
僕はちょっと気になることがあってエノメナに声をかけた。
「エノメナ、商人が逃げたのはどれくらい前のこと?」
「三十年ほど前でしょうか」
「アルフ、三十年前にエフェンデルラントで魔王石が持ち込まれたっぽい変化はなかった?」
「待て待て、俺が人間の国に疎いの知ってるだろ?」
「じゃあ、この森の中ならエフェンデルラントに詳しそうな獣人に聞かなきゃいけないんだね。わかりやすい変化があったらエフェンデルラントに持ち込まれたと思っていいんじゃないかって考えたんだけど」
「それなぁ、獣人の国は夜襲受けたんだからルイユも当分来ないと思うぜ」
肩を竦めるアルフに危機感はないようだ。
「アルフ、三十年前に持ち込まれてまだエフェンデルラントにあるなら、今回の獣人との戦争に魔王石関わってるかもしれないんだよ?」
「あるか? 少なくとも森の中には持ち込まれてないんだし大丈夫だろ」
「僕も聞きかじりだけど、なんだか例年の小競り合いより獣人が押されてるんでしょ?」
「確かにそうだけど、人間や獣人は短い期間で入れ替わるからやり方が変わるなんてよくあることだぜ?」
それ何十年単位のよくあることなの?
とは思ったけど、アルフが考える姿勢になってくれたから言わないでおこう。
僕はアルフの思考を邪魔しないように金羊毛へ話を振った。
「エフェンデルラントでオパールの噂とか知らない?」
エックハルトが首を横に振り、仲間に目を向ける。
仲間たちも順に首を振って知らないことをアピールした。
「ってか、オパールってどんな宝石っすか?」
好奇心を隠そうともしないエルマーが声を弾ませる。
そんなエルマーを軽く叩いてウラが教えた。
「乳白色に七色の光沢を持つ宝石だよ。確かエイアーナから来た商人は貝殻の内側に似てるとかわけのわからないことを言ってたね」
僕はわかるけど、内陸育ちのウラは商人の例えがわからないかったらしい。
オパールは確かにウラが言うような宝石だ。
けど僕にあるアルフの知識では、魔王石のオパールはちょっと違うようだ。
「えーと、乳白色部分のない、全面七色の宝石が魔王石のオパールらしいよ」
「それだけ目立つなら噂を聞くはず…………」
ジモンがもっともなことを言う。
噂に聞かないなら、エフェンデルラントにはないのかな?
「おいおい、ジモン。国王の宝石箱の中身が噂になることはあっても、貴族の宝石箱を知る者は少ないはずだぜ」
「まぁ、そうよね。魔王石と知られずとなると、好事家や商人が秘蔵してるって可能性もありだわ」
「そうなんだ。その誰かが今回の戦争に関わったから、獣人が不利になってるってないのかな?」
僕の推測にアルフが考えるのをやめたように答えた。
「ないとは言えないぜ。噂で絞るなら、オパールは持ち主の幸運を吸って若さを保つ力がある。歳の割に若い奴いたらあるかもしれない程度だな」
そんなアルフの説明に、みんながエノメナを見る。
歳の割に老けてるエノメナ見る限り逆じゃないの?
「正しく使えばな。いや、幸運吸う時点で呪われてるから正しくなんてことはないんだけど。使用に値しない者が持つと別の誰かの幸運が吸われるんだ。純粋無垢な者ほど不幸になる」
アルフの知識からは、オパールの被害として謂れのない抑圧を受けることや、他人の糧にされるなどの不幸に見舞われるとあった。
あんまりな魔王石に、やっぱりエノメナに視線が集まる。
すると耐え切れないようにエノメナは泣き出してしまった。
「えーと、それでだ。もしエフェンデルラントにオパールがあった場合、誰かが幸運を吸われてたり、糧にされてる場合がある。今回の戦争の推移はもしかしたら、魔王石の呪いが持ち主ではなく獣人に降りかかってる可能性もあるって、言いたかった、んだけど…………」
慰めるように背中を撫でるウラにエノメナは任せて、僕はアルフに向き直った。
「その魔王石の呪いにかかってるかどうかって、見てわかるものなの?」
「幸運っていうのは何も降って湧くもんじゃない。そうなるよう道筋がある。そこに干渉してる力があるなら俺がわかる」
「よし」
僕は頷いて立ち上がる。
「ちょっと獣人の国に行こう」
「へ?」
「見たらわかるんでしょ? それに当分獣人は来ない。なら見に行ったほうが早い」
「いや、そうだけど。俺、出禁で」
「ちょっとなら大丈夫だって」
「待って待って! 前俺もそう思って近づいたら酷い目に遭ったんだって!」
「大丈夫だよ」
引っ張ると抵抗される。体格差のせいでびくともしない。
「やだ! ロバ怖い!」
えー? 何があったんだか。
って、精神の繋がりから荒ぶるロバの群れが歯を剥き出しにして襲ってくる映像が流れて来た。
やだ怖い! やめてよ!
あ、けど馬っぽいからなんとかなりそうな予感がする。
そんな僕の心持がアルフにも通じたみたいでちょっと落ち着く。
「…………魔王石関連なら放っても置けないし、獣人に加勢する理由にもなる。わかったよ、行くよ。けどちょっと待ってくれ」
「何するの?」
「ちょうど月齢がいい感じだし、変装でもしようかなって」
そうして僕はユニコーン姿で小さくなって、アルフと一緒ん獣人の国へ行くことになった。
本当に連れてるのはアルフだ。小妖精の。
存在を変える魔法だから、すぐには気づかれないだろうって変化したんだけど、これすごい技じゃないの? そんなに見つかるの怖いんだ?
「うわぁ…………あれは、木?」
初めて訪れたディロブディアは巨大な木々の集合体に見えた。
「いや、木に見せかけた建造物だ。屋上から木が生えてるからそう見える。で、屋上は基本畑」
森の木々の中、木に似た巨大な円筒形の建物が林立してるのを隠れながら眺める。
よく見ると確かに窓や扉がついてて、枝葉に見える部分は通路だ。
円筒形の建物を空中で縦横無尽に繋いでいる。
「防壁茸は焼けてるところ以外にも、あれは枯らされてるな」
アルフが言うのは円筒形の街を守る外周の壁。
壁に見えるほど巨大な茸のかさが並んで、返しみたいになっていた。
そんな茸は枯れて黒く縮んでいる以外にも焼け跡が見える。
そして焼け跡は町の中にも広がっていて、通路が焼け落ちてる所もあった。
「怪我人は多そうだね。あと、なんだか変な臭いがする」
「獣人を攻撃するために火に激臭のする薬品混ぜたのかもな」
火や臭いに驚いて出てき他ところを切り殺す。
そして街を出ればエフェンデルラントの軍が待ってたわけだ。
「そう言えばエフェンデルラント軍いないね」
「見える範囲にはいないだろう。見えるってことは獣人の攻撃範囲内ってことだ」
包囲戦をしていても軍は退いたり攻めたりが基本らしい。
戦争を知らない僕よりその辺りはアルフのほうが知ってるみたいだ。
「防壁にくっついてるのは兵士?」
「そうだろうな。数が少ないのはやられた奴が多いからだろう」
「夜襲があって今なら、人間は休憩中?」
「かもな。フォーレン臭いで怪我人の数とかわからないか?」
「臭いが強すぎて無理だよ」
血の臭いばかりでユニコーンが好きな乙女の匂いさえ掻き消しそうな勢いなのに。
なんて思いながらも、念のため空気を嗅いでみる。
すると知った匂いが伝わって来た。
「…………あ、これまずい!」
「げ…………!?」
精神の繋がりで僕が何を嗅ぎ分けたかわかったアルフが身構える。
僕も逃走を重視して元の大きさに戻った。
瞬間、木々の向こうから金の目を光らせて走って来る狼が見える。
「銀牙だー!」
「貴様、そこで何をしている!? 命が惜しくないようだな!」
「う、うわー! なんで昨日の夜より怒ってるの!?」
「うるさい! 八つ当たりだ!」
それって自分で言う!?
牙を剥くヴォルフィに、僕は避けて走り出そうと踏み込んだ。
瞬間、頭上から声が振って来る。
「ユニコーンどの! いったいどうして?」
「あ、ルイユちょうど良かった!」
「へ?」
僕は木の上のルイユを角で引っ掛けた。
「ちょっとルイユ借りてくね!」
「あ、あーれー!?」
「ル、ルイユー!?」
僕の行動に八つ当たりのために牙を剥いていたヴォルフィも驚く。
その隙に僕は全速力で逃げ出した。
毎日更新
次回:ばれなきゃ大丈夫