155話:獣人三将軍
僕の出現で逃走を諦めてしまった金羊毛の背後から、獣人たちが襲いかかる。
金羊毛の頭上を飛び越えた。
僕はそのまま正面に角を振って前足を蹴り上げ、獣人たちを牽制する。
「ユ、ユニコーン!?」
僕の乱入に狼狽えた獣人たちは一人の獣人に視線を向ける。
月光に輝くような銀色の豊かな毛並みに、月のように光る金色の瞳。
どうやら皮鎧を着た獣人たちの中で一番偉いのは、銀狼の獣人らしい。
ちなみに、匂いで女性だとわかる。
「ユニコーンどの!? どうしてここに!?」
「あ、ルイユ」
木の上から姿を現したルイユは、殺気立つ仲間の獣人に慌てて言った。
「この方は妖精の守護者です! 敵対してはなりません!」
「ならば何故我々の邪魔をするのかを問い質せ、ルイユ」
低い声で獣の唸りを交えるのは、隊長格らしい狼の獣人。
激しい殺気や敵意はない。
けれどいつでも噛み殺すという冷徹な殺意を感じる。
正直、今まで出会った女性の中で一番怖いかもしれない。
「ルイユ、あの人は誰?」
「あの方は我が国ディロブディア三将軍のお一人、ヴォルフィ・グラウリーさま。つきしたがうは夜業兵団の方々です」
「夜業兵団って?」
「夜闇に特化した獣人たちで編成された兵団です」
「ルイユは何してるの?」
「あの人間たちを発見追跡していたのが僕なので、成り行きで…………」
「お喋りは済んだか?」
どうやら獣人の女将軍は短気なようだ。
「お待ちください! ユニコーンどの、何故人間を庇われるのですか? お知り合いであるようには見えませんが?」
後ろを振り返ると、金羊毛は完全に僕に対して恐怖の目を向けている。
「いや、知ってはいるよ? 彼らオイセンの有名な冒険者の金羊毛って言って、ユニコーン狩りのために僕を追って来たから」
「え、あ…………それは、なんというか」
「水路を泥で埋めたのは知ってる? あれの時に泥と一緒に押し流したんだ」
ルイユは理解した様子で、僕を恐れる金羊毛たちを見た。
今喋ってるのはユニコーンの言葉だけど、どうも獣人にはこれで通じる。
けれど震えてる金羊毛たちを見ると、こっちの会話はわかってないみたいだ。
「つまり、己を獲物と見誤った愚物を自ら処しに来たと?」
怖。
このヴォルフィ、考え方が怖い。
「違うよ。変な臭いがしたから人狼が起きてこない内にどうにかしようと思っただけ」
「ちぃ! ここはあいつのねぐらの近くか!」
なんか今までで一番ヴォルフィが激しい反応したんだけど。
あの人狼、この女将軍にも喧嘩売ったのかな? 売ったんだろうなぁ。
「将軍、問題はそこではありません。ユニコーンどのはこの者たちをオイセンの冒険者だと言いましたよ」
「あ、そう言えばもっと仲間がいるはずだけど、そっちは殺しちゃったの?」
ヴォルフィからは血の臭いがする。
怖いなって思ったのも、たぶんそのせいだ。
「仲間が…………? いいえ、僕が見つけた時にはこの四人だけでした。他の人間たちとは全く別行動をしていましたし、恰好が他とは違いましたから」
獣人たちは獣人たちの言葉で喋ってるんだけど、どうやら金羊毛は獣人の言語ならわかるようだ。
「やっぱり」とか「あの時の」とか言ってる。
「ルイユが見つけてここまで追って来たってことは、もしかしてこの金羊毛たち獣人の国にいたの?」
「お喋りに興じるつもりはない。用がないのならば去れ」
質問する僕を遮るように、ヴォルフィは牙を剥いた。
本当に短気だなぁ。
「事情を知らなきゃ譲ることもできないよ。それにここはすでに妖精王の領域だ。無闇に血の臭いを振り撒かれても困る」
言ってようやくヴォルフィたち獣人は、自分たちが返り血を受けていることに気づいたようだ。
金羊毛が逃げるために撒いた異臭で鼻が麻痺していたんだろう。
「まぁ、まず僕の用事は一つ済まさせてもらうよ」
僕は金羊毛の女性に近づき角を降ろす。
アーディと切り合った金羊毛の頭が腕を伸ばして助けようとするけど、別に傷つけはしないよ。
「この袋が臭いの元だね。クローテリア、これ以上臭いがしないように埋めるか焼くかしてくれる?」
「腐敗臭に近いから焼いたほうがすっきりするなのよ」
クローテリアは僕が角の先にぶら下げた袋にドラゴンのブレスを吹きかける。
バーナーのような青から赤に変わる炎を受け、袋は瞬く間に焼け落ちた。
「ド、ラ、ゴン…………?」
金羊毛は僕の背中で大人しくしていたクローテリアに今さら気づいたようだ。
「そっちの話は決まった?」
僕が袋を処理する間に、ルイユがヴォルフィを説得していた。
「はい、どうせ明日になれば妖精王さまの耳にも届きますので、まずこちらの事情をご説明します。…………我がディロブディアは、人間に襲撃されました」
「戦争してたなら夜襲を受けたってことなのよ?」
「夜襲と呼ぶにはあまりに卑劣な手で人間たちは我が国を襲いました。人間たちが収穫期のため撤退の動きを見せていたことは知っていますか?」
ルイユが言うには、アルフと同じく収穫期を迎えた今、もはや人間は戦争を継続させる気はないと獣人も考えていたそうだ。
「ですが森深くにまで押し込まれるようなことは今までなかった。ですから人間もそう素直に撤退するとは私たちも思ってはいなかったのです」
油断しているつもりはなかった。
そして予想したとおり、エフェンデルラントは撤退前に最後の猛攻を仕掛けて来たらしい。
森の中では木の上さえ足場になる獣人のほうが優位に立てる。それでもしのぐしかないほどの猛攻を受け、耐え、エフェンデルラントも夕暮れまで粘った。
「夜の森で人間は戦闘を継続できない。そのため攻めきれなかったエフェンデルラント軍は大慌てで撤退していきました」
エフェンデルラント軍の陣地のあった場所には、天幕や武器などが回収されずに残されていたらしい。
「中でも目を引いたのは、森を進むため細長い蛇を模して造られた食糧輸送用の手押し車でした」
箱を幾つも繋いで車輪をつけ、森の隘路に適応させた物らしい。
匂いですぐに食べ物が詰まっているとわかった獣人たちは、勇んで蛇の手押し車を国へと運び込んだ。
…………なんかこの話聞いたことがある?
いや、気のせいだよね。
「入っていたのは保存の効く発酵食品や塩蔵の魚など臭いの強い物ばかりでした。中には酒の壷が詰まっている蛇もあり、勝利と安堵で皆喜んで敵の遺留品に手を付けました」
「わかったのよ! その食料に毒が入ってたのよ!」
勇んで答えるクローテリアに、ルイユは眼鏡を押し上げて即座に否定した。
「さすがにそれは確かめます。飲食に問題はありませんでした。あったのは、蛇の手押し車のほうです」
「クローテリア、あっちの人が睨んでるから口挟まないで」
「うぅ、なのよ」
さっさと終われと言わんばかりにヴォルフィが睨んでる。
そしてやっぱり聞いたことあるような気がするなぁ、この話。
「蛇の手押し車は二重底になっていて、下に人間たちが隠れていたのです。我々が疲れて寝静まるのを、彼らは丸一日二重底の下で待っていました」
猛攻を凌いで戦利品手に入れて、丸一日騒いだの?
獣人って恐ろしく元気だね。
「出て来たエフェンデルラントの人間たちは次々に放火を始め、火に追われる者たちを切り殺して行ったのです」
「…………もしかしてそれ、放火が目的じゃなくて、夜でもわかるように火を焚いて仲間に合図した、とか?」
「よくおわかりで。我々が放火犯の処置と鎮火に走り回る間に、撤退したように見せかけていたエフェンデルラント軍が襲って来たのです」
そこまでされてると、定石としてはあれだよね。
「門を開かれたり?」
「そこまでの暴挙は許していない。しようとした動きはあったが、その前に我ら三将軍が息の根を止めた」
僕の予想にヴォルフィが苛立たしげに答えた。
確かに敵に襲撃されたままならわざわざ将軍を名乗るヴォルフィが、冒険者なんて追って来ないよね。
「この金羊毛も放火したの?」
「いいえ、彼らは蛇から出ると同時に逃走を始め、私が追跡を行いました。特に我が国の地理に詳しいようでもないですし、なんの目的があったのかを聞き出すのもここまで追って来た理由です」
ルイユは他の獣人たちより冷静だけど、やっぱり故郷に放火された怒りはあるみたいだ。
眼鏡の奥の瞳がヴォルフィに似た冷徹さが宿っていた。
「気持ちはわからなくもないけど…………」
明らかにエフェンデルラントは獣人たちを殺す気でやってるし。
そして撤退したふりをして動物を模した戦利品を残し、その中に潜んで反撃に出るって…………それなんてトロイア?
上手くいってたら今夜獣人の国が滅んでたかもしれないんだなぁ。
木馬のように大きな物作って門を壊させなかった分、獣人からすればラッキーだね。
なんてちょっと血なまぐさい話から逃避して、僕はそんなことを考えていた。
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