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154話:散歩帰りの逃走者

他視点入り

 重い羽根の音に、姉のエウリアが窓辺へとやって来た。


「メディサ、今日の花は何色を摘んだのかしら?」

「赤よ、姉さま。八分咲きの花枝を見つけたの」

「あら、綺麗。スティナ姉さまは青い小花を摘んで来たから、混ぜて飾るより分けたほうがいいわね」


 そんな話をしながら、私たちの怪物としての朝が始まる。

 私たちに睡眠の必要はない。

 夜は本来の姿に戻って妖精王さまの住まいの管理をする。

 日中は人目につかない場所を移動して、妖精王さまの手伝いや新たにできた館の管理を行っていた。


「スティナ姉さまはどこにいるの?」

「もう地下から仔馬の館へ行ったわ」


 妖精たちが整地した館の地下には、広大な空間が存在している。

 ダークエルフのティーナが設計した古い建造物としては、奴隷が起居する場所。

 ここでは闇を好む妖精の住処と、私たち専用の通路として機能していた。


「メディサの花はフォーレンの部屋に飾りなさいとのことよ」


 姉に見透かされて気恥ずかしくなる。

 そこに、話の当人が階下に続く階段から顔を出した。


「あ、メディサ。おはよう」

「フォーレン? どうしてこちらへ?」


 現れたのは額に真っ直ぐな角を生やした少女と見紛う少年。

 理性を物語る青い瞳で、恐ろしい姿であるはずの私に笑いかけた。


「ちょっと相談があるんだけど、今忙しい?」

「えぇ、このところ人間が増えて仕事が増えましたから。私は忙しいですので、朝の散歩帰りの妹を置いて行きますね」

「ね、姉さま!」


 憎まれ口を置いて、エウリアは青銅の手を振って窓から下へと降りて行った。


「やっぱり羽根があると階段より窓のほうが移動しやすいんだね」

「はい。その、相談というのは?」


 妖精王の住処の二階には、私たちゴーゴンが私室とは別に居間として使わせていただいている場所がある。

 そこの椅子を勧めると、フォーレンは少し迷う様子で切り出した。


「えっとね、姫騎士二人来たでしょ? その一人のシアナスのことなんだけど」


 最近増えた人間の一人で、私たちを魔物と言って狩る側に回ることの多い聖騎士の見習いだという。

 敵対行動をとられていないため特に気にも留めていなかったけれど、何かフォーレンを困らせるようなことをしたのだろうか?


「獣人を殺したことを気に病んで落ち込んでるんだけど、その状況が、刃物を持っていた三人の人間と、素手の獣人一人って状況だったらしいんだ」


 フォーレンが見習いに聞き出したところ、三人は盗賊で旅人に扮した獣人を襲い返り討ちにあったところで見習いが加勢したらしい。

 見習いは迷わず人間に加勢し、獣人を退治。盗賊と知って三人を捕まえたものの、後味の悪い思いを抱えていたそうだ。


「悩むのはいいんだ。どんな慰めを言っても、結局は自分が納得しなきゃ飲み込めないだろうし。そのために悩むならいくらでも悩んでていいと思うんだけど」

「そう言えば、昨日は一食しか食べていませんでしたね」

「そうなんだよ。シアナスは真面目だから、悩みすぎて食欲なくなってるみたいだってブランカが言うんだ」

「食事に関してでしたら、私ではなく食の悪魔に相談なさったほうがよろしいのでは?」

「それがね、ここに来た初日にコーニッシュの料理食べて一時的に悩みを忘れたことが、余計罪悪感になってるらしくてさ」


 なるほど。だからこそ自責の念で食が細くなってしまったと。


「僕なら走って忘れるとかするんだけど、たぶん女の子ってそうじゃないでしょ? だからメディサならどうやって気持ちを軽くするか参考に聞きたくて」

「気を紛らわせるために行動をさせるというのはいいことだと思います。私は美しいものを見たり楽しいことをさせたりするのも手だとは思いますが」

「美しいもの…………。傷物の館でお風呂入って眺めた月は綺麗だったなぁ」

「…………女性に露天の風呂は合わないでしょうね。ですが、夜であれば私が風呂の世話をしますので協力できますよ」

「風呂の世話って、垢擦りとか按摩をするの? 夜に来たティーナとロミーがやってもらったって」

「はい。魔女の里に薔薇水などもありますから、好きな香りを選んで浴槽に入れてもいいかもしれませんね。…………ただ、真面目で食への喜びにさえ罪悪感を抱くのなら、一度試練を与えるのもいかもしれません」

「試練? そうか、何かしてもらったお礼とかじゃないと、また落ち込む材料にしちゃいそうだもんね」


 フォーレンは私の言わんとしているところを察して考え込む。

 他人の、しかも他種族のためにここまで心を砕くその純粋さが眩しく見えた。


「フォーレン、妖精の守護者の仕事を手伝わせるのはどうでしょう? 私が見る限り、あの人間は後輩であるもう一人の姫騎士の前では気丈に振る舞おうとしています」

「なるほど、それなら自発的に頑張ってお礼も受け入れてくれそう…………。ありがとう! ブランカにも相談して、その時にはお願いするね。メディサに相談して良かった」


 元気に立ち上がったフォーレンは、子供特有の身軽さで階段を駆け下りて行く。

 無邪気な様子に笑いを漏らすと、窓辺からいないはずの声が聞こえた。


「フォーレンに頼りにされて嬉しそうな顔しちゃって」

「あらまぁ、メディサもお姉さんになった気分かしら?」

「エウリア姉さまに、スティナ姉さまも!?」


 いつからいたのか、二人は牙の生えた口で楽しそうに話し合う。


「これでまたメディサの日記が長くなるわよ、スティナ姉さま」

「あのブラウウェルが来て全て文章で報告するよう言って来た時には、魔王軍にいた時のようで面倒だとぼやいていたのにねぇ」

「わ、私は、次の私のための記録を残そうと思って」


 口を滑らせた。

 そう思った時には楽しそうにしていた姉さまたちの表情は曇ってしまっていた。


「次だなんて言わないで、メディサ。ずっとあなたのままでいいのよ」

「わざわざ残さなくても私たちがいくらでも語ってあげるわ」


 姉さまたちの気遣いに、私は今の私の幸せを噛み締める。


「私は、次になってもまたここに戻れると思うことが嬉しいのよ。その喜びを、今、書き残したいと思っているの。大丈夫、私は幸せよ」


 たとえ神罰を与えられた忌むべき身でも。

 優しい姉たちがいて、庇護してくださる妖精王さまがいる。

 そして帰ってきていい場所があって、頼りにしてくれるひとがいる。

 それだけで、私のこの命は報われる。そんな気がした。






 ケルベロスの夜の散歩の帰り、僕は不審な音を聞いた気がして足を止めた。

 ユニコーン姿の背中には、相変わらず自分で歩かないクローテリアが乗っている。


「どうしたのよ? 何か見つけたなのよ?」

「金属音がしたように聞こえたんだけど…………」


 後ろからついて来てるメディサたちを振り返っても首を横に振られた。


「私たちは耳目に優れると言うことはないですから」

「怪物の姿でも獣ほどではないのですよ」

「手が使いにくく羽根が邪魔になるばかりで」


 肩を竦めたエウリアは、ケルベロスの鎖を軽く引く。


「ニンゲン、ニオウ、ジュウジン」


 右の方向に三つの顔を向けてケルベロスが言った。


「人間と獣人ってどういう状況?」

「おかしいですね。ここは獣人の国から随分と離れています」

「ノームの住処とも違う方向なのにどうしたのかしら?」

「それより問題は、どうして人間と獣人が一緒にいるかということではないの?」


 エウリアがそう言った途端、ケルベロスがブルブルと顔を振った。


「クサイ、ニオウ、イヤ」

「あ、本当だ。何か臭って来た」

「風上に行くのよ。腐敗臭に近いのよ」


 僕たち四足の生き物にはわかるけど、ゴーゴンたちはわからないようだ。


「ちょっと様子見てこようか。メディサたちは先に戻ってて」

「いえ、フォーレンを待ちます。異変があるようなら私たちの下へ」


 メディサがそう言ってくれると心強い。

 僕は降りないクローテリアを乗せたまま、臭いのほうへと向かう。


「あたしにも聞こえたのよ。ちょっと止まるのよ。人数を確認してやるなのよ」


 争う音を聞いたクローテリアは、一度僕の背中から飛び降りて地面にお腹をつける。


「靴を履いた足音が四つなのよ。これは女を含む人間たちなのよ。それと…………爪で走る音、だけど四足じゃないのよ。これが獣人なのよ。十五はいるのよ」

「どういう状況だろう?」


 僕の背中に飛んで戻って来たクローテリアは、尻尾で方向を示した。


「人間たちを獣人が追ってるのよ。戦争してるなら密偵でも見つけて追いかけてるに決まってるのよ」

「そっか。ともかくこの臭いどうにかしてもらったほうがいいね。ケルベロスがあの反応なら、この近くに寝床を持ってるはずの人狼も起き出してきちゃうよ」


 それは正直面倒だ。

 僕はクローテリアの指示に従って、人間たちが走ってくるだろう方向へと先回りした。


「くそ! 小賢しい真似を!」

「うげぇ…………! げぼ!?」

「おい、大丈夫か!?」

「鼻の利く者は下げろ! だが奴らを逃がすな!」


 遠吠え混じりに聞こえてくる怒鳴り声は、きっと獣人のものだ。

 そして激しい呼吸音で必死に逃げてる足音が人間たちだろう。

 そっか、鼻の利く獣人にとってはこの嫌な臭いって毒にも等しいんだ。


 そんなことを考えながら、僕は折り重なって高くなった木の根の上に跳び乗った。

 意図せず背中に月を背負う形で、下を見る。

 走る人間たちは突然現れた僕の影に驚いて、手に持った得物を構えた。


「…………ひ…………!?」


 引き攣った声、見開いた目、歪んだ口、震える体。

 顔色なんてわからなくても、その人間たちが僕の姿に絶望したことはわかった。

 中にはもう地面に膝を突いて諦めてしまってる人までいる。

 ちょっと大げさすぎない?


 …………と思ったけど、月光にきらりと光る腰の金羊毛に、僕は見覚えがある。


「あぁ、あの時の冒険者」


 ユニコーンの言葉で言ってもわからない金羊毛たちは、僕の嘶きに震えあがってしまった。


毎日更新

次回:獣人三将軍

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