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15話:妖精の危険性

 大陸の東を魔王が拓いた初期から、人の住まう都市が多いビーンセイズ王国。

 王城で白髯の老王が近年まれに見る上機嫌で、破顔一笑した。


「よくぞ戻った、ブラオン。して、それが?」


 跪き、顔を上げることも許されない私だが、今声をかける老王の目が欲望でぎらついていることは容易に想像できた。

 だからこそ、その浅ましさを内心で嗤いつつ、声には敬意を装う。


「は、確かにエイアーナの国王にも証言をさせて確保いたしました」

「早う、早う見せるのじゃ」

「陛下、恐れながら。これはかの妖精王が長らく封印していた秘宝。エイアーナの魔術師共でも解除不可能な探索の魔法がかけられております」


 事前に聞き及んでいたので、秘宝ごと探索の魔法を封じる専用の箱を用意していたからいいものの。

 せっかく手に入れた秘宝を、いつの間にか妖精が奪還していたなどとは笑えもしない。

 不可視の妖精は厄介だ。だが、対処はある。

 だからこそ欲に目の眩んだ老王の我儘に諾々と従うつもりはない。


「何? わしが手に入れた宝に触れさせぬというのか?」

「陛下、もしかけられているのが探索の魔法だけでなかった場合、これもただの石となりましょう。あなたさまがいてこそ、エイアーナから奪取した甲斐もあるというものです」


 唸る老王は頭では理解しているのだろう。だが、タガが外れ耄碌した自意識が受け入れないと言ったところか。

 なんと面倒な。いや、これだけわかりやすい馬鹿だからこそ、私は今悲願を達成するための階梯に足をかけられたのだ。


「魔術師ブラオン。陛下にお見せすることさえできないというのか?」


 老王のご機嫌伺いが常の大臣が私を責めるように言って来た。

 ここは顔を立ててやるとしようか。今さら機嫌を損ねて計画から外されるわけにもいかない。


「でしたら、箱を開けるのみでどうか。術さえ完成いたしますれば、必ず陛下の御手に」

「良い、早う」


 あれだな、菓子の入った箱を前に、食べるなと親に言い含められる子供だ。

 すぐには食べてはいけないが、せめて見たい、自分の物だと確認したい、ひたすらに欲を満たしたいと浅ましく手を伸ばすような。


 私は大臣に促され、従者の持つ箱を受け取る。

 これは私が魔法をかけて封をしているので、私以外が開けられないようになっている。

 もちろん、どんな鍵でも開けられるなどという、ふざけた妖精がいてはその限りでもないが。少なくとも、この国内の人間ではこの箱を正しく開けることはできない。

 強度もいっぱしの騎士がロングソードを力の限り叩きつけても歪まない代物。

 開けてすぐに閉めれば、老王でさえ触れることは叶わないのだ。


「陛下、長くはお見せできません。妖精がいつどこで見ているのかもわからないのですから」

「えぇい、わかっておるわ! 今さら悲願成就を前に妖精に付け入らせるような愚は侵さぬ! 早うせぬか!」


 そうして怒鳴り散らすから忠告しているのだ。

 まぁ、この城には妖精避けの術が幾重にも張り巡らせてある。

 さっさと見せて、私は私の目的を達成させてもらおう。


 そう自分を慰めながら、魔力を流し魔法を一時解除する。


「どうぞ、ご覧ください」

「おぉ! なんという…………、なんという輝き!」


 その場の光全てを集めてもまだ足りないほどに輝く宝石が姿を現す。

 人の眼球よりもなお大きなダイヤモンド。

 その輝きは見る者全てを魅了し、溢れる力を惜しみなく発する。

 一度見た私でも、その美しさと存在感に胸が震えた。


「ここまででございます。どうか、これ以上は気取られる可能性が」

「あぁ、うぅ…………」


 老王は見苦しく枝のような指を伸ばして、ダイヤが見えなくなったことを惜しむ。

 だから見せるのも嫌だったんだ。

 この老害はひとたまりもなく、魔王石の虜になるとわかっていたから。


「陛下、大望のためにございます。ことが済めば、これは未来永劫あなたさまを飾る栄誉の証となりましょう」

「…………うむ、そうであるな」

「そうでございますとも。陛下が不老不死となられた暁には」


 大臣の取り成しに、老王は白髯をしごく。


「ふふ、そうであるな」


 欲に溺れた老人の望む先など、こんなものだ。長き治世を実現した王であっても。

 小国と見下す隣国が、己にこそ相応しいと妄信する可能性を保持しているとなれば、大義ない戦争さえ押し通す。


 これは私にとっての好機。

 隣国に潜伏する同朋が、我らの悲願を達成する大役を賜ったと聞き嫉妬した。

 だが、魔王石の力に耐えられず死にゆく者ばかりが続出し、同朋は状況を制御できなくなったために、私へと指令が下されたのだ。

 私は失敗しない。するわけにはいかない。


 私こそが、この地に蔓延る偽りの支配者を駆逐し、正しき王を今一度迎える大役を果たすのだ!






 僕とアルフ、そしてグライフの珍道中は、なんだかんだとエイアーナの王都目前まで到達していた。

 ちなみにグライフは怒って飛び立った後、毒草や毒のある木の実を持ってきて色々教えてくれた。そして、アルフは地団太を踏んで悔しがった。

 どうやらそういうのは妖精の得意分野だったらしく、悔しがり方も激しかったな。もちろん、グライフは満足して機嫌を直した。


「うわー…………、すっごく近づきたくない」

「戦場跡を突っ切る奴なんて、賊かさっさと王都に向かいたい一般人だけだろ」


 あ、一般人は通るんだ?

 身の安全のために最短距離を駆け抜ける的なことかな?


 目の前には荒れた大地。大勢の人間が踏み荒らしたせいで、まともに植物が生えてない。

 見える地面が黒ずんでるのがちらほら視界に入るけど、理由は考えないでおこう。

 恐れたような死体の山はないけど、討ち捨てられた武装品の残骸は散見できた。


「森の縁を行くのが良かろう。すぐに王都には入らぬということだったな?」

「あ、そうだ。お前魔法ってどれくらい使える? ちょっとフォーレンに教え」


 アルフが言いかけた時、グライフが唸りを上げた。

 もちろんアルフ相手にじゃない。僕の耳にも、遅れて人間たちの足音が聞こえた。


「何あれ? 僕が今まで見たことのある人間の中で、ダントツ人相悪いよ?」

「そりゃ、戦場跡で打ち捨てられたゴミを漁って生活の足しにしなきゃいけないような奴らだからな」

「ありていに言えば、盗賊紛いの落伍者であろう」


 垢じみた服に、穴の開いた靴。怯えを押し込めるように下卑た笑みを浮かべる口元に歯は不揃いだ。


「へ、へへへ。こりゃ、すげぇや」

「ユ、ユニコーンだよな?」

「あの角さえありゃ、お、俺たちも」

「あぁ、生活が変わるぜ!」


 狙いは僕なの? アルフ見えてないにしても、グライフを狙う理由ってないわけ?


「おいおい、焦るな。あのグリフォンがユニコーン食っちまってからだ」


 あ、そういうこと。

 僕は思わずグライフを見た。


「別に食ってもいいが?」

「食べないで。僕ってそんなに美味しそうなの?」

「ふむ、そこも自覚なしか? いや、これは食物の違いか。仔馬、貴様はグリフォンから見れば、良い獲物だ」


 若く健康で、白く見つけやすいというのが、良い獲物だそうだ。


「美しい獲物ならなおのこと、己が得たいと思うものよ。特にその腰回りは食いちぎりがいがありそうだ」

「待って、そんな説明いらいないから。何が楽しくて食料としての美点を聞かされなきゃいけないの?」

「聞いたのは貴様だろうが、仔馬」


 そこまで詳しくは聞いてない!

 思わずグライフから距離を取ると、僕たちに気づかれてないと思ってる盗賊崩れがやきもきし始める。


「なんですぐに食いつかないんだ、あのグリフォン!」

「おいおい、逃げられるぞ? 逃げられちまうぞ?」

「なぁ、グリフォンってユニコーンの角までは食べないよな?」

「ドラゴンの食い残しから、ユニコーンの角拾ったって奴がいたらしいぜ」

「もし角に食いつくなら、みすみすお宝奪われるわけにはいかねぇ」


 お宝とか、そんな欲望にぎらついた目で見ないでよ。


「…………よし、殺すか」

「ちょっと、グライフ!?」

「フォーレン、ここはお前が怒るところだぜ?」

「アルフも殺すことに賛成なの? 穢れがどうのって言ってなかった?」

「うーん、あいつら生きて感情垂れ流してるほうが害かな?」


 妖精ってもっと平和主義な生き物だと思ってたけど、そうでもないみたいだ。

 いや、今までのアルフの言動から、なんか妙にドライなところはあったけど。


「僕、血を見るのやだ…………」


 って言ったら、いきなりグライフに首を突かれた。本気じゃないけど地味に痛い。


「腑抜けたことを抜かすな! 仔馬、まさか俺に止めを刺さなかったのは血が恐ろしかったとでも言うつもりか!」

「いや、だから止めなんて刺すつもりなかったって言ったじゃん!」

「えーい! 一度奴らを適当に刺して来い。そうすれば少しは危機感を覚えるだろう!」

「やだよ! グライフを怪我させた時も、角に感触残って嫌だったのに!」

「細かいことを気にしすぎだ! 逃げる以外の選択肢を思い浮かべないその軟弱さを恥じろ、仔馬!」

「なんか思ったけど、グライフってだいぶ爺臭いよね! 考え方が凝り固まってる!」

「貴様、いい度胸だ!」


 本気で噛もうと嘴を開いたので、さすがに距離を取る。

 これ、口調がアルフより爺臭いって思ってたの、言わないほうがいいよね。


「うわー! ちょっと聞いてよ。無闇に殺すより、あの人たちからこの辺の最新情報聞き出したほうがいいと思うんだよ!」

「あぁ、なるほど」


 グライフの怒りを笑って見ていたアルフは、人間たちに向かって飛ぶと、何やら鱗粉をかけるように頭上を回る。

 見る間に、人間たちはヤバい感じに目の焦点が怪しくなった。


「じゃあ、ちょっと俺の質問に答えてくれ」

「あい…………」


 アルフが風の魔法で声を発すると、盗賊崩れは口からだらしなく涎を流して答え始める。

 妖精って、本当は怖い生き物なのかもしれないと、ちょっとだけ危機意識が芽生えるのを感じた。


毎日更新

次回:魔王石のダイヤモンド

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