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146話:ヴァシリッサの奥の手

「何をしてる仔馬! さっさと足を動かせ!」


 傷は見なかったことにしよう。

 た、確か魔力通せばってフレーゲルが言ってたし、うん、今は逃げるヴァシリッサのほうが重要だよね!


「く、元に戻れない上に高さが出ないままか」


 グライフは人化が解けないことに苛立っているようだ。

 背中の羽根で飛んでみるけど思うようにいかないらしい。

 僕も速さが出ないけど、ユニコーンに戻ったところで室内だと土の上ほどの速度は出ないんだよね。滑るから。


「あ、グライフのほうが早い!?」

「ふははは! 足の長さの違いよ!」


 人化してると体格差で僕のほうが遅くなる。これはちょっと、ううん、だいぶ悔しい。

 魔法で追い風を生み出すと翼で風を掴んだグライフがヴァシリッサに迫る。

 僕の速度上げるために使った魔法なのに!

 まだまだ風の扱いはグライフのほうが上手うわてだった。


「観念しろ、ダムピール!」

「まだ、まだよ!」


 焦りを浮かべながら諦めていないヴァシリッサが何かしようとすると、廊下の向こうから新手が現われた。


「ヴァシリッサ! ほ、本当に…………」

「ブラウウェル!?」


 敵を見るようにヴァシリッサに睨まれ、ブラウウェルは途端に萎んでしまう。

 そんなブラウウェルを後ろにして、エルフ王と兵が前に出た。


「窓の下にも兵を集めてある。観念して縛につけ」


 エルフ王はどうやら兵の配備で遅れたようだ。


「そなたが逃走用に懐柔していた者たちも捕まえた。もはや逃げ場はないぞ」


 あ、そんな手段まで用意してたんだ。

 欲に駆られて無謀な強奪を画策したわけではないらしい。


「…………しょうがないわね」


 さすがに諦めたかと思ったけど、僕たちの位置を目だけで確認したヴァシリッサはまだやる気だった。


「ここで使い捨てるには惜しいけれど、奥の手よ!」


 言った途端、ヴァシリッサの影が立ち昇る。

 固まって背中で翼になるのはもう見たけど、どうやらそれだけではないようだ。


「おいでなさい! 私の下僕!」


 叫んだヴァシリッサが窓から飛ぶ。

 予想していたエルフ王は、グリフォンの飛行兵を配備していて空中にも逃げ場はない。


 瞬間、空気を揺るがす咆哮が聞こえる。


「…………今の声、グリフォンじゃないよね?」

「飛竜だ。城内ではない。街のほうから聞こえたぞ」


 僕はグライフと一緒に窓へ駆け寄る。

 バルコニーに出ると、エルフの王都に赤い飛竜が姿を現していた。


 飛行兵のグリフォンも、突然の飛竜に驚いてヴァシリッサを逃がす。


「市街に飛竜!? ツェツィーリアどうなっている!?」

「わ、わからないわ! 結界は破られてないのにいつの間に侵入したのか…………」


 さっきの言動を思えば、きっとヴァシリッサが引き入れていたんだろう。

 ツェツィーリアの目を掻い潜って現れた赤い飛竜に、王都からは悲鳴が聞こえた。


「飛行兵はすぐさま飛竜討伐に向かえ!」


 エルフ王はヴァシリッサどころではないと判断して命令をくだす。

 城からでも獰猛な飛竜に襲われる市街の狂乱が伝わって来た。


 たぶんヴァシリッサは逃げるために飛竜を嗾けたんだと思う。思うんだけど…………。


「あれって…………。ねぇ、グライフ。あの飛竜ってさ」


 竜というよりも蜥蜴っぽい印象のある姿。そして鮮やかな赤い鱗に僕は見覚えがあった。


「何をやっているんだ、あの蜥蜴…………」


 あ、やっぱりグライフと一緒に僕を襲ったドラゴン? なんでこんな所にいるんだろう。

 僕が首を傾げる間に、グライフが魔法で声を拡張した。


「何をしている、この蜥蜴めがー!」


 声を届ける魔法を真似て、僕も飛竜に声をかける。


「暴れないでこっちに来ーい!」


 僕たちの声を聞き、赤い飛竜は動きを止める。

 エルフを襲うのをやめて城の見える建物の上に止まると、こっちをじっと見ていた。

 なんだか信じられないような顔をしている気がするけど、距離があってわからない。


 そして飛竜は迷った末に僕たちのほうに飛んで来た。

 すっごい猜疑心に溢れた動きで、嫌々だと羽ばたきが物語ってる。

 もしかして角がないからわからないのかな? サークレットは取っておこう。


「し、知り合いなのか? 妖精王の代理どのは」

「以前私とご主人さまを襲った飛竜だと思います、陛下。その後フォーレンさんを襲って蹴り飛ばされたそうです」


 エルフ王にユウェルが眼鏡を摘まんで飛竜を見つめながら教える。


「蹴り飛ばされた? つまりは負けたのか? …………であれば従うのも道理。よし、ツェツィーリア。城の結界を開いて中に入れよ。市街地で暴れられるより城に籠めてしまえ」


 嫌々やってきた飛竜は、爬虫類のような目で人化した僕たちを窺った。


「貴様ら、まさか…………なんだその恰好は?」

「蹄じゃここは歩きにくいでしょ」


 って冗談で言ったら納得したように頷かれる。

 バルコニーに降りる飛竜の腹には、三日月のような模様があった。


「あれ、こんな模様あったっけ? 模様っていうより、痣?」

「仔馬、これは貴様の足跡であろう」


 グライフに指摘されて気づいた僕は、飛竜にじっとりと見られる。

 襲って来ないのはやっぱり負けを認めたからかな?

 それでも視線には言葉にしない不満と文句が詰まっているようだった。


「えーと、なんでヴァシリッサに従ってるの? 暴れるなら止めるけど」

「…………お前のせいだろうが」

「なんで?」

「はぁー!?」


 素直に聞いたら怒られた。いや、不満が爆発して切れられた。


「蹴り倒されて骨は折れるわ内臓傷めるわで動けないところを! あのダムピールに見つかって隷属させられているんだ! そうでなければこの俺があんな半端者に従うものか!」


 情けな…………おっと。


「情けないな蜥蜴」


 あ、グライフは言っちゃうんだ。


「仔馬につき従うお前には言われたくないぞ! 傲慢の化身が聞いて呆れるわ!」

「なんだと! この物知らずに俺がついて行ってやってるのだ!」

「二人ともここで喧嘩しないで。それで、隷属ってどういうこと?」


 僕が間に入ると二人とも黙るけど、睨み合うことはやめずに飛竜が答えた。


「名をつけられ、魂に紐づけされたならば命令に従わねばならん。今はお前たちの足止めという名目でここに留まっているのだ」


 僕がどうにかできそうだってことで、エルフ王は飛行兵にヴァシリッサを追わせた。

 この飛竜は逃亡の時間稼ぎを命じられたそうだけど、僕たちが動かないよう話に乗るのでも命令の範囲内と解釈されるらしい。


「なんだか不服そうだけど、その隷属って解けないの?」

「最初の命令であのダムピールを害する行動は禁じられていた。今なら距離と時があれば隷属から抜け出すことも可能だ」

「戻ってこられたらまた命令が効くんだ?」

「不本意ながらお前の側ならその限りではない」

「仔馬、貴様はこれを打ち負かしている。生殺与奪の権を握っているのだ。名という存在を規定する鎖よりも確かに命を握られているも同然だ」


 よくわからないけど、僕のほうがヴァシリッサより発言権が強いらしい。


「じゃ、僕の命令聞いて。ここで働いて壊した街の弁償してね」

「フォーレンさん、それはちょっと…………」

「駄目? グリフォンが就職できるなら大丈夫かと思ったけど」


 僕を止めたユウェルは、困った顔でエルフ王を代弁する。

 そして何故かグライフが得意げに飛竜を煽った。


「グリフォンは力を示すために重いものを牽くことに抵抗はない。だが貧弱な蜥蜴ではな」

「黙れ! 高慢ちき!」

「別に牽かなくても魔法使いが跨れば? 馬みたいに」


 思ったことを言ったらみんなに呆れられる。うん、常識はずれなことを言ったみたいだ。

 けれどエルフ王は思いついた様子で頷く。


「では、人員の交換という形でこの飛竜を引き受けよう。不測の事態があれば妖精王の代理どのの下へ行くよう命令しておけばいい」


 ヴァシリッサが来たら僕の所に来る。そしたら暴れないという寸法のようだ。


「わかった。じゃ、それでいい?」

「なんだ妖精王の代理とは? お前はユニコーンだろう? ユニコーン、だよな?」

「本当に気づいておらんのか。この仔馬の背に乗っていた妖精が妖精王だったのだ」

「あの小さいのか? 妖精王とはあんなチビなのか?」


 なんか混乱する飛竜にグライフが僕の身の上を説明し始めた。実は仲良しなのかな?


「そう言えば名前はなんていうの?」

「あのダムピールの呪縛から逃れるには名を捨てねばならん。だから名乗る名はない」

「蜥蜴で良かろう」

「黙れ! 黄金も得られぬグリフォンの落伍者が!」

「じゃ、赤いのさんさ、ヴァシリッサ来たら僕のいる暗踞の森に来てね」

「あ…………」


 なんか飛竜が光った? シュティフィーやロミーが生まれ変わった時に似てる気が。


「く、くははは!? やりおったな、仔馬!」

「え、何? 僕今度は何しちゃったの?」

「お前が俺に今! 名前を付けたんだろうが!」

「え、なんて?」

赤いのロベロ!」


 あ、それ名づけ認定なの?


「単純な名だな! 貴様に似合いではないか、なぁ、蜥蜴!」

「お前なんて黄金のグライフだろうが!」

「えーと、エルフ王。名前ついちゃったみたいだけど大丈夫? 預かってくれる?」

「もちろん。魔王石のサファイアを守ってくれた者の頼みだ。恐れる者はいるだろうが反対意見はでないだろう」


 あ、それ…………守ったっていうか、うん。

 僕は握ってるサファイアをそっとエルフ王に差し出した。


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