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145話:魔王石のサファイア

 見るからに金属でできたなんだかお高そうな壷を、ヴァシリッサの影が持ち上げる。


「ねぇ、影が物体を持ち上げるってあれは魔法?」

「吸血鬼の能力だな。ダムピールは吸血鬼の能力を一つは受け継いでいる」


 投げられた壷を避けながら、グライフはちょっと惜しそうに壷に薙ぎ倒された金の杯を目で追った。


「く!? グリフォンなのにどうしてこの宝の中で平気でいられるの!」


 悔しそうに叫ぶヴァシリッサの非難に、僕は一つ思いつくことがあった。


「ねぇ、僕のことユニコーンとしておかしいって言うけど、グライフも実はグリフォンとしておか」

「お喋りとは余裕だな、仔馬」


 そう言うとグライフはわざと僕の前に入って死角を作る。

 グライフがいなくなった途端、ヴァシリッサが投げた一メートルはある鉱石の置物が目の前に迫っていた。


「ちょっと! 図星刺されたからって危ないことしないでよ!」


 僕は人化したままでほぼ床に倒れるように身を低くして避けた。

 そのまま離れると見せかけて魔法で加速すると、ヴァシリッサに距離を詰める。

 僕の急接近に焦ったヴァシリッサは、自分の体に影を取り込んで蝙蝠のような羽根を生やした。


「飛んだ。吸血鬼ってやっぱり蝙蝠に変身するの?」

「ふむ、体重を感じさせない動きだ。吸血鬼は変化が得意と聞くが、あれは精神体の部分が多い故だろうな。そこはダムピールでも吸血鬼と同じか」


 そんな風に会話を交えながら、僕たちは宝物庫でヴァシリッサと追いかけっこを繰り広げた。

 グライフが上手く出入り口に近寄らせない動きをするため、ヴァシリッサは逃げ出せないでいる。


「グライフって吸血鬼と戦ったことあるの?」

「つまらん相手だった」

「相手を覚えてて勝ったって明言しないってことは、勝てなかったの?」

「気を逸らすな仔馬!」


 グライフは不機嫌に怒鳴ると、僕にも魔法を放ってきた。

 まさか僕を巻き込むとは思わず、ヴァシリッサはグライフの風に巻かれて床に落ちる。


 結果はいいけど、これって酷くない?


「あれくらいならグライフは立て直せるけど、羽根の形の違い?」

「ふん、あんな仮初の翼でなど自在には飛べん」


 距離を詰める僕たちを睨みながら、膝を突いて身を起こすヴァシリッサ。

 僕たちは出方を窺ってゆっくり歩く。


 ヴァシリッサ、案外芸達者なんだよね。

 次もまだ何かしてくる気配があるから縛り上げるまで気を抜かないほうがいいと思う。


「ここまで来て邪魔はさせない!」


 影で宝物庫の物を掴むと、手当たり次第に投擲を始めた。

 と思ったけど、うわ。魔法の気配がする物品を選んで投げてる。

 下手に触ると何か影響がありそうだ。


「目端が利くな。妖精よりましだが、児戯よ」

「言ってくれるわね!」

「身の丈に合わぬものに手を出す身のほど知らずめが何を思い上がる」


 グライフは魔王石の指輪を見据えて、着実に距離を詰め続ける。

 指輪はエルフ王の物で男性用のサイズだから、ヴァシリッサには大きい。

 まぁ、身の丈に合わないってサイズを言ってるんじゃないんだろうけど。


「エイアーナやビーンセイズでのことを考えると正気保ってるだけすごいんじゃないの?」

「すごいほどではない。サファイアの能力にもよるがな」


 グライフは魔王石に興味がないらしく、その力を知らないようだ。


「が、人間にはすぎた玩具よ」

「私はダムピールだ!」


 ヴァシリッサは激昂したように赤い瞳を光らせると、自らに爪を立てた。

 豊かな胸から血が溢れる。

 そして床に散った血の一滴が魔物へと姿を変えた。


「わ、何あれ? すごいね」

「吸血鬼ならいざ知らず、半端者がするとは命知らずめ」


 グライフの様子からどうも命を削る攻撃らしい。

 僕は角で魔物を切り払い、割と軽い手応えにちょっと肩透かしを食らう。


「”青の中の青、我を守り給え、我を救い給え。大地の青よ、我に害なす一切に戒めを。天の青よ、我が心に平安を。我が敵の揺るぎなきものを遠ざけよ”」


 どうやら時間稼ぎだったらしい。

 ヴァシリッサは古い言葉を喋る。アルフの知識では五百年前の東の公用語だ。

 そして応じるようにサファイアが光った。

 一点に集約した光が、僕とグライフに刺さるように放たれる。

 途端に体に異変が生じた。


「なんか、足が重い? 変な違和感があるよ」

「こちらは体が重くなったようだ。貴様何をした?」

「ふ、ふふふふ! 身のほど知らずだなんて言ってくれる! 私は魔王石さえこうして操れる!」


 ヴァシリッサは自信を取り戻した様子で高らかに指輪を掲げた。

 今喜ぶって成功するかどうか自分でも怪しんでたからでしょ?


 胸の内で突っ込みを入れると、アルフの知識が開く。


「グライフ、魔王石のサファイアは持ち主を危害から守るんだって。あと、他人に制約を課すことができるとか」

「つまりこの重さが制約か。面倒な」

「揺るぎなきものを遠ざけよって言ってたんだけど」


 僕が古い言葉を聞き取ったことにヴァシリッサは驚く。


「こちらの長所に制約をかけたわけか。小狡い真似を」

「そういうことは私を捕まえてから言うがいい!」


 ヴァシリッサはまた血の魔物を嗾け逃げる。

 追おうとしたんだけど、思うように足が動かない。グライフも調子が出ないようだ。

 倒せなくはないけど時間がかかる。

 その隙に、ヴァシリッサはグライフの守る入り口に向かって走り抜けた。


「グライフ!」

「ぬ!?」

「遅い!」


 爪長くしたヴァシリッサは、手近な金属カップをグライフに投げた。

 反射的にグライフは足止めて金属カップを受け止めてしまう。


 僕も走るけど人並みの早さしか出ない。

 体型に子供と大人の差があるから、早いのはヴァシリッサだった。


「グライフこれ使って!」

「ほう?」


 近くにあった金鎖を渡すと、グライフは金属カップを先端につけて器用に投げうつ。


「”青の中の青よ”!」


 ヴァシリッサが気づいて唱えると、金鎖は見えない壁に当たったかのように跳ね返った。

 どうやらサファイアの守りが発動しているようだ。


 呪文からして精神攻撃も通じないのかな?

 けど物理を警戒してるとなると。


「グライフ数で押そう!」

「ふむ、どうやら物を投げる力に制限はないようだ」


 グライフも気づいて、宝物庫の物をヴァシリッサに向けて投げつける。


「なんて勿体ないことを!」


 さっき自分もやってたのに、ヴァシリッサが悲鳴染みた声を上げた。

 そんな背中に乱れ飛ぶ金銀財宝。

 中には宝石もあるけど、投げればただの石で当たると痛いだけだ。


「グリフォンのくせに! この宝物庫の価値がわからないの!? 耄碌してるの!?」

「えぇい、黙れ! 己の手に入らぬ宝に執着するほど愚かではないわ!」


 グライフは苛ついた様子で身の丈ほどの壷を両手に抱え上げた。

 ヴァシリッサは危険を感じた様子で、足を止めサファイアを構えて守りの体勢に入る。


 僕は隙を逃さず、金の棒を投げた。


「えい」


 投げた金の棒がヴァシリッサの手に当たる。

 …………あれ棒じゃなくて杖か。


「あ!?」

「あ、やった」


 狙ったわけじゃないけど、緩いサファイアの指輪がヴァシリッサの手から抜ける。

 しかも僕のほうに飛んできた。


(あ! アルフ、魔王石のサファイア触るよ!)

(は!? え、何、なんで!?)


 急いで報せを送ると、大慌ての声が返る。

 そしてアルフの反応とサファイアをキャッチするのは同時だった。


 一瞬目の前が暗くなる。

 幾つかの明かりの点る白い部屋が見えた。

 壁に間接照明が増えてる。と思ったら僕は現実に立ち返っていた。


「あ、早い」


 思わず呟くと、アルフからの文句が頭の中に響く。


(フォーレン! 言えとは言ったけどこんないきなり!)

(ごめん、今忙しいから後でね!)


 僕は連絡を切って走り出した。

 ヴァシリッサは今の一瞬で宝物庫の外へ逃げ出してしまっている。


 サファイアを諦めて逃亡を優先する見切りの早さがすごい。

 魔王石の助けがないと勝ちめはないとわかってるからこそだろう。


「追うぞ、仔馬。貴様それを使って制約を解けんのか」

「使い方わからないよ。って、あ…………」


 ヴァシリッサを追ってグライフと宝物庫の外へ出ながら、僕は手の中を確かめる。

 青く戻ったサファイア。そこには白く傷が走っていた。


「また魔王石に傷つけちゃった…………」


 エルフ王になんて謝ろう? うわー、やっちゃったー。


毎日更新

次回:ヴァシリッサの奥の手

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