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144話:イミテーション

他視点入り

 城の中を焦る気持ちを宥めながら足早に進む。

 けれど向かう先に他人の気配を感じて私は仕方なく足を緩めた。


「おや、ヴァシリッサ。向こうが騒がしいようだが?」

「例のグリフォンが暴れているのです。わたくしも恐ろしく、逃げてまいりました」


 現れたのは顔見知りのエルフ。

 私は怯えるふりをして先を急いだ。


「まったく…………! あのグリフォンと西の賢者が戻っていたなんて。いいところだったのに!」


 私は苛立ちを吐き捨ててひたすら城の奥へと向かった。

 グリフォンが姿を見せた時、逃げなければと勘が告げたのだ。

 きっとこの勘に間違いはない。けれどどうして彼らが城に戻っているのか。


「何をしてるのかしら、流浪の民は…………!」


 流浪の民が見張りをしており、動きがあれば報せる手はずだったのに。


 流浪の民が入れ替わったエルフも何も知らない様子だった。

 状況の変化に戦闘態勢を取った彼らを、私は見捨てて逃げて来ている。

 敵わない相手に戦闘態勢を取るなど自殺行為だ。それに最初から見捨てるつもりだったから別段問題はない。

 けれどブラウウェルは惜しいことをした。


「見たかった。…………あぁ、絶望の顔を見たかった」


 本当に惜しい。

 けれどここで動かなければならないと内なる声が叫んでいる。


 今城の奥に有力者とその周辺はいない。

 エルフ王とダークエルフの正式な謁見であるため、兵士も広間周辺に集められている。

 つまり、奥が手薄になる今この時以上の好機はないのだ。


「もし! 広間で騒ぎが起きました。人手を募っております。わたくしは奥の方にもお声かけをいたしますので、どうかお早く!」

「なんだと? わかった。すぐに向かおう」


 私は理由つけて周辺から残るエルフを遠ざける。

 こうできるよう今日まで準備したのだ。

 ここで動かずいつ動くのか。


「この宝物庫のために、ね」


 私は一人では動かせないような大きな扉の前まで辿り着くと、苛立ちを忘れ笑みが零れる。

 鍵も複雑で五つもある宝物庫の扉。

 これも用意するために色々な手を使ってエルフたちを篭絡したものだ。


「そして全て取得済み。通るべき道も、ね」


 私は五つの鍵を開ける。

 そして開いた大きな扉ではなく、同時にひっそりと開錠した隠し扉へと手をかけた。

 大きな扉は開けることに少しでも時間をかける罠だ。

 そう宝物庫を管理するエルフに取り入って聞き出した。


「最初から私一人でも可能なように準備はしていたのよ」


 流浪の民の作戦を聞いてから、エルフ王の暗殺とサファイアの奪取によってどう恩恵を受けるかを考えていた。

 私の任務は流浪の民との繋ぎ。エルフ王の命などどうでもいい。


 ただ流浪の民の策を利用すれば、サファイアを横取りできると考えたからここまで付き合ったのだ。


「どう繋ぎを取るかは私の裁量ですもの」


 サファイアを盗って交渉材料にしてもいい。

 あの族長が悔しがる顔も見たいと思ってしまった故の独断だ。

 尊大で自信家の鼻っ柱を折りたかった。それが私の喜びだから。


 逃走手段も三つ用意してる。抜かりはない。

 これが間諜としての私のやり方だ。怨まれることなど今さら恐れはしない。


「…………これは」


 エルフの宝物庫に侵入して、思わず感嘆の息が漏れた。

 当たりは金銀財宝の山であるのみならず、飾る棚も一級品が揃っている。

 美意識の高いエルフらしい壮麗な陳列に目が奪われた。


 私は今までに色んな貴族王族と関わった。けれどこれほどの財を揃えた者はいない。

 いっそ呆れるほどの財貨は、長命種だからこそなせる業か。


「…………そしてあれが、本物の魔王石」


 私は玉座のように高くなった場所に飾られた金細工の棚に目を向ける。

 分厚いけれど歪みのない硝子の向こうに、青く深く輝くサファイアが鎮座していた。


 指輪の形は大広間でエルフ王が身につけていた物と全く同じ。

 けれどエルフ王がつけていたのは魔王石ではない普通の宝石であり、偽物。

 これは流浪の民から情報がなければ騙されていただろう。

 彼らがどうやって偽物の情報を手に入れたのかは知らない。きっと碌でもない方法だろうから知ろうとも思わなかった。


「エルフ王の魔力にしか反応しない魔術的な鍵。だったら、エルフ王の魔力を採集してしまえばいい」


 入れ替わりエルフを作った流浪の民の目的は、エルフ王に近づくためだった。

 入れ替わりエルフからエルフ王の魔力を盗った魔法道具は私が回収済みだ。


 私は魔力を溶かした特殊な水溶液を鍵にかける。

 暫し何も起きないかに思えた時、不意に鍵の開く音が静かな宝物庫に響いた。


「あぁ…………」


 溢れる魔王石の力に目が眩む。まるで質量を持って押し寄せるようだ。

 鍵を開けて封を開けば、それだけで本物とわかる力の本流を感じた。

 ビーンセイズ王国の国王も一目でダイヤに魅了されたと聞く。納得の力と魅力が今私の手の届く場所にあった。


「ふ、ふふ…………」


 高鳴る鼓動にらしくなく震える手でサファイアを取る。

 指を通せば恐れるもののない安心感が全身を包んだ。

 傷つけられることのない万能感が酔ったような心地良い高揚を呼ぶ。


 あぁ、これが魔王石。今ならなんでもできそうな気分だった。






 宝物庫でサファイアの指輪をつけるヴァシリッサの目が、正気を失くしたように見えた。

 追いついた時には宝物庫の中に入り込まれていたから、気づかれないようにここまで距離を詰めている。


 あ、サファイアが色を変えた?

 深い青色が褪せていくように薄らぐと、紫を帯び、くすんでいくようだ。


「あら…………? 色が」


 ヴァシリッサも気づいて嫌そうに眉を顰める。

 僕はその間も小さくなって物陰を移動していた。


 アルフの知識によると、魔王石のサファイアは持ち主の心によって色を変えるらしい。

 邪な者が持つとくすむってあるから、きっとヴァシリッサはそういうことなんだろう。


「それが貴様の色ということか、小賢しいダムピール」


 振り返るヴァシリッサは、グライフの姿に目を瞠る。


「何故グリフォンがここに!?」

「貴様の浅知恵を気づかぬと思うてか」


 ちょっとグライフ、ヴァシリッサのことなんて興味ないから気にしてなかったよね?

 僕が近づく時間稼ぎだからいいけど。、恥ずかしげもなくよく言ったね。


「安っぽい浅黄色に、灰色染みた紫が偏っているとはなんとも。サファイアと呼べるか怪しい色よ」


 答えないヴァシリッサだけど、表情は不快そうだ。

 ただ不快感よりもグライフという格上相手への警戒が濃い。


 エルフ王は以前から魔王石を狙う者を警戒して偽物をつけていたそうだ。

 それでも大きなサファイアはそれだけで価値があるし、エルフ独自の魔法で強化してある。

 魔王石を見たことがなければ騙されるくらい、魔力に満ちた偽物イミテーションなんだって。


「今さら何故偽物と知っていたかなど問わぬ」


 一歩近づくグライフに、ヴァシリッサは無闇に動かない。


 宝物庫の出入り口は一つだけ。

 サファイアが直されていた棚は宝物庫の奥にあり、現状ヴァシリッサに逃げ場はない。


「貴様に聞く時間はいくらでもある」


 僕は気づかれないよう、魔王石が直されていた棚の後ろに回った。


 そしてヴァシリッサの死角から魔法を放つ。

 すると予測していた動きで避けられた。


「甘く見られたものね」

「ふむ気づいていたか」

「なんでだろう? そこまで強そうに見えないのに予想外だね」


 僕は人化してヴァシリッサをグライフと挟む形で立つ。

 ユニコーン姿だと殺しかねないんだけど、魔法も当てられないとなるとどうやって捕まえよう?

 流浪の民のこと聞かなきゃいけないんだけど。


「生命力あふれるグリフォンの陰に隠れもせず、そんな輝かしい魂を持つ存在を見逃すはずがないでしょう。けれど、だからこそ闇は私の味方なのよ!」


 ヴァシリッサの足元の影が伸びる。

 手のようなギザギザした影がなんなのかわからず僕はともかく避けた。

 すると背後にあった壷が押されたように揺れて割れる。


「影なのに実体がある? それってダムピールの力なの?」


 聞いてみたけどヴァシリッサは答えてくれない。

 影を爪で引き裂いたグライフは、手応えが微妙なようでちょっと首を傾げた。


「吸血鬼は西のほうに住む。そちらでは動物に変身する、霧に変わる、空を飛ぶ、魅了するといった能力を聞いたな」

「ダムピールは?」

「吸血鬼はダムピールを許容せん。故に西にダムピールはほとんどいないぞ」

「お喋りだなんて余裕、いつまで続くかしら!?」


 ちょっと苛立った声でヴァシリッサが影を操る。

 影はやはり物質に影響できるようで、重そうな金属の壷を持ち上げた。


毎日更新

次回:魔王石のサファイア

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