143話:理不尽な戦力
「まずここに戻る前に、怪しい人間の子供を見つけたんだ」
洞窟のナーガの元を去ってから、僕たちはサテュロスに追われた女の子に会った。
「僕を見て怯えたんだよ。それですぐ逃げた」
「なるほど」
短い説明だけでエルフ王は理解してくれた。
けれどブラウウェルや数人のエルフたちはわからない様子だ。
「なんで逃げたと思う、ブラウウェル?」
「そんなのおま、いやあなたがユニコーンだからだろう」
あれ? なんか対応が少し良くなった?
助けられた自覚はあるのかな。
いや僕が敬愛するエルフ王を助けたから、か。
たぶんこのブラウウェル、騙されてたんだろう。
例えばさっきブラウウェルを告発した内容が逆だったら?
中身が入れ替わってた取り巻きのエルフに、エルフ王に危機感を抱かせるため苦いだけだと言われて毒を仕込まされたとしたら。
正直そこまでして森に侵攻したかったのかって呆れるけど、それならこの突っ走っちゃうブラウウェル、騙されそうだと思う。
「それさ、僕がエルフ王の毒を解毒するまで本当に信じてた?」
ブラウウェルは答えずに視線を逸らした。
つまりは信じてなかったんだろう。
「滞在してわかってたけど、ここのひとたちほとんど信じてないんだよね。僕がユニコーンだって」
「俺がグリフォンであることは周知されたというのに、仔馬はいつまでも妖精との相の子と思われていたな」
グライフは意地悪く笑うと、ブラウウェルを見下ろす。
「そこの青二才に妖精を嗾ける姿は多くが見ていたせいだろう。ユニコーンが妖精を操るなど聞いたことがない」
あ、それもエルフと妖精のハーフだと思われてた一因か。
スヴァルトも言ってたけど、人を襲わないからユニコーンじゃないと僕は判断されていた。
では、そんな僕を見て一目散に逃げた子供たちはいったい誰か?
「ユニコーンの姿に戻っても信じてくれないならもういいと思ってて特に訂正したことないんだけど。じゃ、どうしてあの子供たちは僕を恐れたと思う?」
「答えはやはりユニコーンと知っていたから、だろうな」
エルフ王の言葉に、ブラウウェルも気づいたみたいで息を呑む。
「うん。じゃあ誰が僕をユニコーンだとこの国で知ってる?」
ユウェルがブラウウェルを離して答えた。
「この国の外で、ユニコーンとしてのフォーレンさんと関わった人間、ですね?」
「そう。それでこの国にいそうな相手って言ったら」
「流浪の民だな」
流浪の民の身ぐるみはがしてたスヴァルトが、仕事を終えて近づいてくる。
流浪の民が隠し持っていた武器は、綺麗に種類ごとで陳列されていた。
…………全員がそれぞれ違う暗器を装備してたみたい。
針や釘、銅銭みたいなのからクナイみたいなのまである。
全部毒とか縫ってあるっぽいなぁ。
「スヴァルトが言うとおり森でも会ったし、向こうも邪魔するユニコーンの存在くらい情報は持ってるはずでしょ?」
「女子を追っていたサテュロス曰く、俺たちを窺うようだったため捕まえようとしたらしいがな」
まぁ、下心があったのは顔見てわかったし、ヤバいって言ってたし。
それでも窺う者がいたことは本当だから不問にしたけど。
「サテュロスにその人間の子供を追わせたら、集落があったんだ。亡命して来た人間がいるっていうのは聞いてたけど、見た目には流浪の民かどうかわからなかった。だから」
いるのは人間ばかりだけど、恰好はエルフ風だったんだよね。
見た目でわからないならわかるような行動をしてもらおうと考えた。
「ヴァラに集落を襲ってもらったんだ」
「は!?」
エルフ王もびっくりして僕を見つめる。
「あ、もちろん殺さない程度にね」
「いや、それはわかっているが…………。あの洞窟のナーガが、君に従ったのか?」
あのって?
僕が頷くと、グライフが洞窟での出来事を教えた。
「腹の中でサテュロスの群れが歌い踊れば、嫌にもなる。それをもう一度するぞと脅せば一度きりと言質を取って協力するも吝かではなかったと言うだけよ」
「あぁ…………」
「あの角笛を、ナーガに使うとは…………」
スヴァルトも頭痛を抑えるように額を覆う。
まぁ、ヴァラ相手に正面から使ってもあんまり意味ないけどね。
さっさと出て行けって言ってもらうつもりで使ったんだけど、思ったよりヴァラには苦痛だったらしい。
なんか蛇の聴覚は耳じゃなくて体全体を使うらしくて、僕が思うよりもずっと酷い騒音だったって文句を言われた。
「洞窟には妖精のトロールもいたから手伝ってもらって、スライムも手のひらサイズになってたから集落に投げ込んで」
僕はこっちに戻る前にやったことを列挙する。
エルフたちはドン引きしてしまった。
一応お城のほうで敵が動いてると思って急いで帰って来たんだけど。
だから僕は流浪の民らしい抵抗が集落からあったことを確認しただけ。
その後どうなったかまでは知らなかった。
「その後の結果を、この妖精が報告に来てくれたんだ。逃げるそぶりはあったけど、集落まで入り込んだら途端に反撃して来たって。それでも押したら集落放棄して今度は本当に逃げたらしいよ」
「ただの人間が、ナーガとトロールとスライムを相手にだぞ」
グライフは楽しげに言って、引け腰のエルフたちを眺める。
そう並べられるとちょっと理不尽な戦力に聞こえるなぁ。
僕が嗾けたんだけど。
「あの集落に武装は許されていない。周辺の魔物についてはエルフの騎士団に討伐要請を出すよう決まっている。防御のための壁の高さも規定がある。反撃できるはずは、ないのだが」
エルフ王はちゃんと移民対策はしていたと言う。
それと同時に、騎士団へなんの連絡もないことを確認に行かせた。
「けど、魔法を放つし剣を持って襲って来たそうだよ」
妖精が頷くと、エルフたちは考え込む。
移民の反乱対策が徹底していなかった可能性を考えているのかもしれない。
「ただナーガに剣は効かないし、トロールに魔法は効かない。スライムはどっちも効かない。なのに抵抗してたのは、逃げる時間を稼ぐためじゃないかっていうのがヴァラの予測だって」
「逃げる…………備えもなく移民が一体何処へ?」
「それはサテュロスたちが追ってるけど、迷いなく一方向に逃げて行ったらしいよ」
「他にも仲間がいる可能性があるな」
スヴァルトが懸念を口にすると、ブラウウェルが辛抱できずに横入りしてきた。
「それで、エルフが七人というのは!?」
「あぁ、それね。なんだか置いて行かれた人間がいるんだって」
妖精曰く、弱ってる上に縛られて隠されていたそうだ。
きちんと世話もされてなかったらしく、ちょっとひどい状態らしい。
「中には口もきけないほど弱ってる者もいるらしいよ。けどヴァラを見て、エルフ王に助けを求めるよう言ったひとがいたんだって」
「私に、か」
「うん、自分はエルフで、人間の体に封じられてしまったって」
みんなの目はエルフの体に入ってる流浪の民に向く。
「入れ替えかぁ。魂が彷徨ってるより生存率は上がるけど、戻すのは場合によっては殺さなきゃいけないかもね。そうなるとどっち道魂に傷がつく」
コーニッシュはちょっと感心したように言った。
エルフ王は僕に頷くと、エルフたちに命じる。
「すぐに救出隊の選抜と医療者の手配を」
「は!」
「それなら、この妖精に案内してもらって」
僕は返事をしたエルフに妖精を渡す。
「さて…………」
僕は改めて大広間を見渡した。
逃げていた文官も新たな兵を連れて戻り、怪我人の手当ても始まる。
「うん、いない」
「何がだ?」
グライフはグリフォン姿でちょっと楽しそうに耳を動かした。
「ヴァシリッサっていう亡命した人。たぶん、あの人が流浪の民と繋がってるんだと思うよ」
「ヴァシリッサさんが!?」
「ユウェル、知ってるの?」
「ブラウウェルくんが保護していて…………」
なるほど、そういう繋がりなんだ。
ブラウウェルもさすがに否定しない。
というか、ブラウウェルって周り全部固められてた感がすごいな。
これっていざとなったらブラウウェルに全ての罪を押しつけて逃げる算段だったってこと?
「確かにブラウウェルの屋敷でならその友人たちを篭絡も可能か」
エルフ王も渋い顔で大広間を見回した。
「仔馬、何故その者だと考えた?」
「だって、ビーンセイズ王国にいたんだもん。檻に入ったグライフ見物してたよ」
「檻!? ご主人さまがですか!」
「黙れ、下僕」
グライフの威嚇にエルフたちも目を逸らす。
「ヴァシリッサって、ジッテルライヒからここに亡命したらしいよ」
「ビーンセイズのほうが近いのにか、仔馬?」
「そう。だからビーンセイズから逃げたのにジッテルライヒからこっちに来る理由があるはず。で、今回やらかしたブラウウェルの近くにいた。そしてヴァシリッサは僕をユニコーンと信じて疑ってなかった。香水で匂いを誤魔化そうとするくらいにね」
乙女を偽る香水まで用意してたなら、相当警戒してたに違いない。
「それを用意するには妖精王の代理どのの力量を知らねばならないか。…………捜せ」
「行先はわかってるよ。ツェツィーリアについてもらったけど必要なかった」
捜索を命じるエルフ王に、僕はまだ臭いを辿れる距離にいることを告げた。
「ヴァシリッサは今も城の中にいるよ」
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