141話:エルフの裏切り
僕は顔を拭うエルフ王に向き直った。
「スヴァルトが毒を飲ませたって捕まりそうになってるんだ。止めてくれない?」
「何!? 私は無事だ! 全員争いをやめよ!」
エルフ王の命令に、スヴァルトに槍を突きつけていた兵は従う。
スヴァルトもエルフ王が自力で立ち上がる姿に安心した様子で息を吐いていた。
「何故です、陛下! 犯行は明白! 今この場で捕らえるべきです!」
ブラウウェルの主張に、スヴァルトはただ首を横に振る。
スヴァルトを見え据えていたエルフ王は、浅く頷いた。
「スヴァルトではない」
「陛下!?」
エルフ王の断言に、ブラウウェル以外のエルフも驚きを隠せなかった。
ダークエルフの印章が悪いから決めつけるだけで、スヴァルトがやったって証拠ないのに。
僕と同じことを思ったのか、エルフ王は溜め息を零した。
「冷静になれ我が臣よ。眼を曇らせるな。私が口をつけた杯は何処の物だ? 酒は? 保管は? 手配は?」
全てエルフ側で用意した物。スヴァルトに毒を仕込む隙は与えられていない。
与えないよう、エルフたちが取り計らったんだから。
そんなエルフ王のお説教は、濡れたままのちょっと情けない姿。
けれど完全に毒が抜けたとわかる真っ直ぐな立ち姿に、エルフたちは安心したようで冷静になったのが目に見えてわかった。
「何より毒を飲ませる意味がないではないか」
「それは、森のことで陛下を亡き者にしようとしたのです!」
そんな中、ブラウウェルだけがスヴァルト犯行説を主張している。
本当に思い込んだら曲げないのかな?
うーん、頷くエルフがいるってことはやっぱりダークエルフの印象が悪すぎるせい?
「ブラウウェル、意味がないのだ」
「陛下が亡くなれば我々の士気を削げるという、浅はかで誇りのない考えをダークエルフなら抱いたとしてもおかしくはありません」
「そうではない。妖精王の代理がいる場で私に毒を盛ることが無意味だと言っている」
「あ…………」
あ、そう言えばそうだ。
ユニコーンの角は万病薬。どんな毒を盛っても、僕がいる限り意味がない。
「しかし、そのユニコーンが戻ってきているなど誰も知らず」
「私は知っていた」
抵抗するようなブラウウェルに、エルフ王はこともなげに言う。
「あ、だから一回飲むの躊躇ったのに飲んだの?」
上から見ていた時、そんな素振りがあった。
エルフ王は頷くと転がったままの杯を横目に見る。
「呪いの類ではないと見た。毒ならば問題なかろうと思ってな」
そう答えるエルフ王は、言葉にしないけど計画が上手くいけば敵が尻尾を出すと思ったと語っているようだった。
「妖精王の代理どのは昨夜遅くに戻られた。それを私に報せたのはスヴァルトだ」
まぁ、ツェツィーリアの結界の中だしスヴァルトが言わなくてもエルフ王は知ってただろうけど。
真面目なスヴァルトは僕たちが戻ったことを律儀に真夜中であってもエルフ王に伝えに行ったのを僕は見ている。
「少々問題があるので、妖精王の代理のみ参加を許した。いらぬ混乱を避けるためそのことは伏した」
そして毒が盛られた。
つまり僕がいると知ってるスヴァルトが毒を盛るわけがない。
「酒に毒が入れられたのなら、酒に触れた他の者が犯人であろう」
グライフは花瓶の柄を眺めながらやる気なく口を挟んだ。
そんなグライフの適当さとは対照的に、関わっただろうエルフたちが嫌疑を晴らそうと騒ぎ出す。
「ど、毒見は確かに行いました! その後封をして、そのダークエルフが開けるまでは誰も触れておりません!」
「ならばもう一人いるな」
興味を失くした花瓶から無造作に視線を外したグライフは、意地悪く笑ってエルフたちを見回した。
封を切ったスヴァルト。飲んだエルフ王。
ではその間を取り持った、酒に触れる機会があった者は?
「ブラウウェルだね」
僕が言うとみんなの視線がブラウウェルに集まる。
「ち、違う!」
そこでようやく呼ばれた医者が駆けつけ、酒を注いだ杯を回収する。
医者は床に零れた酒を指にとって舐め、すぐさまハンカチに吐いた。
「酒の味しかいたしませぬ。陛下、どのような異変がございましたか?」
「苦みを感じた。その後、上手く息ができず体の自由が効かなくなった」
医者が言うには酒は普通。
なのにエルフ王は苦いと言う。
…………あ、ミステリーのトリックにあったなこういうの。
「杯に毒が塗ってあるんじゃない?」
僕の指摘に医者が杯の縁に指を滑らせ舐める。
また吐くという行動までは一緒だけど、今度は顔が険しくなっていた。
「確かに苦みを感じます。この味は周辺で採れる毒草ではないでしょうか。呼吸を困難にする、致死性の毒かと」
医者の見分で毒は杯に塗られたことがわかった。
そしてブラウウェルは確実に杯を触っている。
「違う! 毒なんて、そんな!」
蒼白になって否定する姿に嘘があるとは思えない。
後ろに退くブラウウェルに、見たことのあるエルフたちが近づいた。
どうやらブラウウェルの取り巻きたちのようだ。
「ブラウウェルがやりました」
「な…………!? 何を言っているんだ!」
突然の告発に、ブラウウェルのみならずエルフ王も目を見開く。
何も言えない間に、他の取り巻きもブラウウェルの罪を告白し始めた。
「ブラウウェルは功名心に逸り、森の侵攻に執心していました」
「エルフ王を翻意させるために今回の毒殺を思いついたのです」
「もちろんやりすぎだと止めました。ですがまさかここまでやるなんて」
「私たちは苦いだけの薬と偽られたのです。本物の毒だったなど知りません」
取り巻きたちはブラウウェルを責めるように見る。
「何を言ってるんだ! 何を言ってるんだ!?」
ブラウウェルは本当に訳が分からない様子で取り巻きたちを見ていた。
「もしエルフ王が体調を崩してもいいと言っているのを聞きました」
「ダークエルフのせいにして士気を高めるために役に立つと」
「そこから森を奪還するための戦争を起こすのだと意気軒高で」
「功名心に焦ったための暴挙であり、一切の義はブラウウェルにありません」
立て板に水ってこういう時に使うんだろう。
すらすらと罪を告発する取り巻きに、ブラウウェルはもはや愕然としていた。
「お前たち…………」
「口車に乗った自分が恥ずかしい」
「どうか思い上がったブラウウェルに罰を」
「本当に毒を盛るなんて反逆だ」
「万死に値する大罪だ」
返るのは蔑みの目。ブラウウェルは泣きそうになっているのが見えた。
「ま、待って、待ってください!」
突然ユウェルがブラウウェルの前に立ってエルフ王に声を上げる。
「関わった可能性はあります。けれど陛下を敬愛する思いは本物なんです。己の気持ちを偽れる子じゃない。何かあるはずです! どうか尚早な断罪はおやめください!」
ユウェルは本心からブラウウェルを庇うようだ。
そんなユウェルを眺めて、グライフは僕を見る。
「どう思う、仔馬?」
「確かに自分の気持ちには素直だよね。だから僕に突っかかるし、隠すの下手だからユウェルへあからさまだし。指摘したら逃げるしかできなかったから、エルフ王を殺すような計画隠しきれるかって疑問はあるよ」
僕が答えるとブラウウェルは蒼白から真っ赤になって俯いた。
「え、私ですか?」
ユウェルは僕が言った内容が良くわからなかったみたいで疑問符を浮かべる。
「慕われてるってことだよ、ユウェル」
「そう言えば誑かしたなどと言っていたな」
グライフがこんな偉い人が集まる場所でブラウウェルの妄言を暴露する。
ブラウウェルは大恥じだけど、取り巻きの言葉に剣呑だったエルフたちの視線に迷いが生まれた。
僕たちよりずっとブラウウェルが嘘をつけない性格だとわかってるからだろう。
そこに妖精がやってきて僕に耳うちをする。
ここにいるのは幻象種だけだから、みんな妖精の姿は見えていた。
「あ、もう終わった?」
僕が答えるとさらに悪魔が姿を現す。
「コーニッシュ。あれ、料理しに帰ったんじゃなかったの?」
「我が友に素材の味を教えたくてやって来た。さぁ、味わえ!」
緊迫した空気とか格式のある大広間とか全く気にせず、コーニッシュは僕の口に茹でもやしを突っ込んだ。
あ、もやしの味が濃い。もやしってこんなに味あったんだ。
「ところで、魂が別人のそこのエルフはなんだ?」
「ぶふ…………!?」
もやしを吹き出しそうになる僕を気にせず、コーニッシュは取り巻きエルフを指して言った。
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