135話:エルフ王と密談
人間の集落に対しての話を詰めて、部屋に残るのは僕とスヴァルトとエルフ王だけ。
あ、あと給仕のエルフもいるけど、本当に気配殺していないものとして振る舞ってる。
グライフとユウェルには寝室に退いてもらっていた。
「僕もってことは、魔王石について何かあるの?」
「そのとおりだ」
聞いてみると、エルフ王は頷く。
「言っておくけど森に回すのやめてね。さっきの管理に適した者がいるのなら譲渡も考えるって本気?」
「悪い話ではなかろう? 敵を釣って一気に潰すことも可能となる」
「相手を攪乱するためにも所在不明のほうがいいでしょ」
僕が拒否すると、エルフ王は突然謝罪した。
「すまない、試した」
「試したって何を? 僕が魔王石を欲しがると思ったの?」
「スヴァルトより仔馬だが、妖精王の知識で学んだ知者であると聞いていた」
「うん、まぁ…………知者っていうのは言いすぎだと思うけど」
スヴァルトは僕やアルフについて隠さず告げてるらしい。
「幼くものを知らないだけの恐れ知らずならば能わぬ。ただ、君は違うと判断した。自らの意思を持って与えられた知識を土台に考えているようだ」
エルフ王は僕から視線を逸らすと、寝室のほうを見る。
「だからこそ言おう。譲渡についてはあのグリフォンの名声は利用させてもらうための発言だ」
「何するの? あまり怒らせることをするとやり返されるよ」
驚く様子のスヴァルトも、どうやらエルフ王のこの考えは聞いてないっぽい。
「私が魔王石の譲渡も考えると言ったことをそれとなく喧伝する」
「…………あ、そうか。実際は持ってないけど、グライフほどの相手なら託されてもおかしくないって思わせておいて情報を攪乱する気なんだね?」
「そうだ。少しでも相手の判断を鈍らせられるならこちらの対処にも余裕ができる」
「確かにあのグリフォンは猛勇ですが。これ以上妖精王さまにご迷惑をおかけするのは賛同いたしかねます」
スヴァルトが反対を表明すると、今度はエルフ王が驚いた。
「珍しいな。スヴァルトがそうもはっきり妖精王に傾倒するとは」
「…………道中、フォーレンくんのついでにケンタウロスの賢者から予言を受けました」
あの、汝自身を知れってやつ?
そう言えば僕、誰かと縁を結ぶって言われたけど誰のことだろう?
「初心に帰れと助言を受け、考えたのです。己の心の内を今一度省みた時、何が拙の根幹であるかを」
「スヴァルトって真面目だね」
「全くだ。その程度の内容であれば、心がけ程度に止めておけば良いものを」
僕とエルフ王の茶々にスヴァルトは咳払いをしてみせる。
「従う者にも従う者の矜持があるのです。魔王についた時、拙は自ら選び自ら立つと決めた。だというのに、この五百年は失意に諾々と従うのみだった。それではいけないとかつての己の志を思い出しました」
それでアルフの負担にならないようにエルフ王に意見したの?
言い返されたエルフ王は無礼なんて言わずに微笑んでいた。
「それでいい。ダークエルフを守るよう、五百年前に申し付けたのは私だ。森での暮らしを維持するための選択は間違っていないと私は肯定しよう」
「は…………」
スヴァルトはちょっとほっとしたみたいにエルフ王に頭を下げた。
どうやらエルフ王に異議を唱えるのは、スヴァルトにとって勇気がいることだったみたいだ。
「思えば、この五百年の安寧で私に直言する者はいなくなった」
「そうなの?」
「魔王と争わず守りに徹した私の判断が結果的に正しかったとされて、早計な批判はかつての過ちの二の舞と控えているようなのだ」
一度批判して外れて恥ずかしい思いしたから、反対意見言ってくれなくなったってこと?
なんだかエルフって面倒だなぁ。
「妖精王の代理どのは、我々の在り方を面倒だと思っているようだな」
「うん。上には黙って下と見たら言いたいこと言うなんて、面倒なひとたちに思える」
「すまん。東のエルフには大きな被害は出たがこちらには出ていない。そのために国力に差がついて横柄になっている部分がある。こうなると予想できずに君たちに面会した私も、傲慢だったのだろう」
「いやー、あれは僕が物を知らなかったせいもあるし。その、ごめんなさい」
そんな僕の反応に、スヴァルトとエルフ王は頷き合う。
「一つ、幻象種として知っておいてほしいことがある。そしてどうか、使徒と繋がる者として意見を聞かせてほしい」
なんだか改まったエルフ王が覚悟を決めたように言った。
「エルフの王族に伝わる秘伝に曰く。かつて妖精王が現われる以前に、神は幻象種の栄えた国々に攻撃を仕掛けた。それは天より槍を擲つかのような様子から神の白槍と呼ばれた」
うわぁ、本当にこの世界の神さまってやる気がすごい。
「幻象種に伝わる話で有名なのは、ドワーフの黄金都市と呼ばれた山だ。神は天にあり、天より隠れた地中ならば安全と言われたが、繁栄を極め人間と争っていたその国は神の白槍により山は消え、海に沈んだそうだ」
え、それなんてアトランティス?
「与えられた妖精王の知識に、この記述はあるだろうか?」
「ないね。妖精王が現われる前の話なんでしょ? あ、神の白槍はないけど黄金都市の伝説は少しだけある。技術力の高さで数々の宝を生み出した程度だけど」
まぁ、実はアルフから隠されてる情報があるんだけどね。
それは神について。
関係ない情報の端に記載があるから、アルフは神について詳しいんだと思う。けれど僕に与えた情報に神の項目はない。
「妖精女王は当時今と違い観測者だったそうだ。誰に味方することもなかった。だが、妖精王が現われると人間に魔法を与えて助力するようになったらしい」
「人間の後に妖精なんだね。やっぱりアルフの知識にその辺りの記述はないよ。…………神は何がしたいのかな? 人間を偏愛していたなら人間を繁栄させたいんだよね? だったら怪物や悪魔を生み出す必要なくない?」
「フォーレンくん、困難があってこそ文明は発展するものだ」
スヴァルトはちょっと皮肉めいた笑みを浮かべる。
「答えられることなくて申し訳ないけど、結局その話をしてどうしたかったの?」
「…………神の狂気を喧伝したところで滅びるだけだという話も伝承されていてな。多くの者に知られるほど神に滅ぼされる可能性が高くなるという。故に神の悪行は秘伝とされる。間接的に神と通じる君の反応を見たかった」
えー? グライフをだしにするのもそうだけど、このエルフ王実はいい性格してない?
「もう一ついいだろうか?」
「何? 僕に聞いても神のみぞ知る、くらいしか答えられないけど」
「質問ではない。本当に魔王石の害がないことを見せてほしいのだ。長年苦しめられてきた手前、にわかに信じがたい。それに、見れば己を戒める枷とできる」
「エルフ王も真面目なのは同じなんだね。いいよ。スヴァルト、ジェイド借りていい?」
「逆にその気軽さがとても不安だ、フォーレンくん」
「たまに妖精のような、おっと失礼…………」
エルフ王がまた妖精に例えようとする。もしかして、軽率とでも言いたかったのかな?
スヴァルトはジェイドを入れた袋を取り出して、厳重な封印を解く。
出てきたのは卵大の翡翠だった。
「つるっとしてるね。ダイヤとはまた違う感じがする」
僕の感想にスヴァルトは顔を顰める。たぶん、魔王石を素手で持ってることが辛いんだ。
「ペオルの助力を受けておいて良かったかもしれないな」
「それは良かった。それじゃ借ります」
僕はジェイドを受け取った。瞬間、視界が暗転する。
予想どおり白いワンルームの心象風景が現われた。
アルフに繋がってたはずの黒い通路を振り返り、僕はなんとなくまた手を伸ばす。
「…………フォーレン!」
突然響いたアルフの声に、僕はいつの間にか閉じていた目を開く。
え、なんかうるさい?
「なんの音?」
「フォーレンくん大丈夫か?」
聞きながらスヴァルトが僕の胸を指す。
(アルフの護符か。どうしたの?)
(どうしたじゃねぇよ! いきなり精神の繋がり千切れそうになったんだよ!)
(あ、ごめん。魔王石触ってた)
(精神干渉受けて俺との繋がりに横入りしてきてるんだ。魔王石なんてそうほいほい触るもんじゃないんだからな。次触ることあったら事前に言ってくれよ!)
ってアルフに怒られた。
そう伝えたら、エルフ二人に謝られる。
「すまない、考えが足りなかった。なんの干渉もないと思い込んでいた」
「ダイヤの時もそうなったのに僕も忘れてたし」
「危険にさらしたことを詫びさせてもらう。…………しかし本当に変化がないんだな」
エルフ王は僕の目をじっと見つめて言った。
「なんか幸せな気分で、何でも好きにできそうな気はしてくるけど。ソワソワして落ち着かないほうが強いね」
「それがジェダイトの力だ。万能感と可能にする力を与え、暴走させる」
「持ち主に周囲の幸福を吸い取らせるとも言われる物で、スヴァルトでなければ誘惑に負けていることだろう」
「そうか、これは周り不幸にするんだね」
スヴァルトにジェダイトを返すと、また厳重に封印して袋にしまった。
「幸せになるならみんなでなりたいよね」
「良い言葉だな」
なんかこんな当たり前のことで褒められると、子供扱いされてるのがわかって恥ずかしいなぁ。
「だが、それは魔王も同じ思いでいた。結果生まれたのが魔王石であるのだから、理想に引き摺られないよう自戒せねばならん」
「そうなんだ。そう言えば魔王って他種族同士の共存とか教育とか色々やってたらしいね」
敵対したはずのエルフ王からも理想だったと評価がされるなら、魔王の何が悪くて倒されたのか僕には考えもつかないことだった。
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