132話:知らない人との再会
「あれ…………君?」
「ひぃ…………」
うん? なんだか臭いが不思議な感じ?
僕が近づくと、赤い瞳の女性は足を後ろに引く。
けれど柱があって逃げられず、なんだか僕が追い詰めたような恰好になった。
気になることがあったから、僕は構わず距離を詰める。
「た、助け…………」
何か言おうとしていた女性は、僕が顔を近づけると口を閉じる。
同時に後ろの柱に角が刺さっちゃった。サークレットで見えなくしてても存在はするんだよね。
肩に落ちる柱の欠片に、女性の目は釘づけだ。
「あ、動かないでね」
危ないから。
「石、抉れ…………ひゅ…………」
顔から血の気をなくした女性は、身を硬くして引き攣るような呼吸を繰り返す。
僕はその間に臭いを確認した。
「うーん?」
夢中になってると背後に足音が迫り、声をかけられた。
「何をしている?」
「あ、スヴァルト?」
知った声に振り返ってから思い出した。
角刺さったままだ。
案の定、僕の動きに合わせて柱は抉れる。
「あ、やっちゃった」
「ひぃ…………!」
悲鳴を上げる女性に目をやって、スヴァルトは僕に状況を確認してきた。
「その女性が君に何かしたか?」
「ううん。この姿だと鼻が鈍るみたいでさ」
僕がスヴァルトと話す間に、女性は柱に背を当てて、滑るように座り込む。
「本能的に乙女じゃないのはわかったけど、なんか臭いが不思議でね」
言いながら振り返ると、不思議な臭いの女性は床を座ったまま後退中だった。
目が合うとこの世の終わりのような顔で止まる。
「それだけでそれほどまでに怯えさせたのか? それは少々やりすぎと言わざるを得ないが」
「あ、前に会ったことある人なんだよ」
「え!?」
僕の言葉に女性のほうがびっくりしていた。
「そうだよね、そっちは気づいてないよね。ビーンセイズ王国でグリフォンの檻を見に来てたでしょ?」
「あ…………ひぃ!」
覚えがあったみたいだけど、そのことがより恐怖を増幅したようで、女性は一目散に逃げて行く。
「えー…………?」
「フォーレンくん、純潔でない女性にとってユニコーンは脅威以外の何者でもない」
「あ、そうか」
僕に殺されると思ったのか。
母馬は乙女も殺していたから、あんまり純潔かどうかで生死を決める実感ないんだけどな。
「悪いことしちゃったな…………」
「まさか亡命先にユニコーンが来るとは思うまい」
「亡命? あの人? どういうことなの」
「聞いた話ではジッテルライヒからの亡命者で、ヴァシリッサと言ったか」
「僕、ビーンセイズのお城であのひと見たよ」
「おかしいな。彼女は迫害にあって国を渡った末にここに行きついたと聞いているが」
「迫害? 珍しい目の色してたけど、あれ?」
「気づかなかったか? いや、経験がなくて見分けがつかないのか」
スヴァルトはヴァシリッサが去った方向を見る。
「彼女はダムピールだ」
「ダムピール?」
「人間と吸血鬼の間に生まれる種族で、まぁ、他の幻象種との間に生まれる者たちと差はないんだが。吸血鬼が自らと区別するためにそう呼んで別種として扱うんだ」
「あ、デミっていう」
「古くはそう呼ばれる」
四百歳のグライフだと今は使わないって言ってたけど、八百歳のスヴァルトだと古くはっていうんだ。
うーん、幻象種って年齢差の区別ができないなぁ。
「ところでどうしたの、スヴァルト? 出歩いていいの?」
僕が聞くとスヴァルトは後ろを指す。
廊下の向こうには見張りらしい兵が四人もいた。
「本当にどうしたの?」
「君がどうやら腹を立てたようだと聞いて、様子を見に行ったが部屋にいなかったから捜したんだ」
あぁ、飛竜討伐お断りしたやつのこと?
「あからさまに試すようなことをして腹を立てるのもわかるが」
「いや、うーんと、なんて言ったら伝わるかな? まずエルフの偉い人がさ、できないだろって言葉に出さなくても言ってたんだよ。だからこれは喧嘩を売られてると思ったんだけど」
「いや、そういう意図では…………。あの時の発言は、君をユニコーンだと信じていないからだったのだが」
「え?」
そこから?
僕目の前で人化解いたよね?
「実はあのグリフォンと仲が良すぎると疑義が上がっている」
「そこで疑うの?」
「君が傷を残したことも伝えたが、何分仔馬で信じられないとの意見が多くてな」
「だからってグライフと飛竜退治はないでしょ」
「それと、街で娘が襲われないのもおかしいということで」
「へ? どういうこと?」
「いや、エルフは長命。その、乙女でない者ばかりなのでな」
エルフの国では普通のユニコーンなら悪臭で暴れるらしい。
平気そうにしてる僕は、人化を解くふりをしてユニコーンに化けたのではないかと思われたそうだ。
「…………別にわからないわけではないのだな」
スヴァルト的には、臭い自体がわからないと思ってたみたいだ。
「アルフの影響で本能を刺激されてないだけで、わかりはするし不快感もあるよ。でも襲うほどじゃないってだけ」
「理性的だな」
「逆にユニコーンってどれだけって思うんだけど」
僕の返答にスヴァルトは笑う。
咳払いですぐ引っ込めるけど、ここではそういうキャラなの?
「確認だが、飛竜を倒すことはできるか?」
「できると思うよ。グライフより強くなければ」
「念のため伝えておくが、あのグリフォンは上から数えたほうが早い。経験値が違う」
「だろうとは思うけど、僕を相手にするには経験が邪魔なんじゃないかな」
仔馬でユニコーンと舐めた結果があの顔の傷だ。
ようは相性だよね。
なんて話してたら、何かが僕らの近くの窓から廊下に突っ込んで来た。
エルフの城の綺麗な窓ガラスが悲鳴染みた音を立てて砕け散る。
「何? あれ、グリフォンとエルフ?」
「飛空兵だ。何かと戦っているのか?」
グリフォンと組んで飛行戦を行う兵らしい。
僕とスヴァルトは突っ込んで来たグリフォンとエルフの下へと駆け寄った。
「あんの…………、無頼漢め!」
「ねぇ、大丈夫?」
呻きながら悪態をつくグリフォンは元気そうだ。
問題はグリフォンの下敷きになってるエルフかな。
僕とスヴァルトは、立ち上がろうとするグリフォンの下から意識のないエルフを引っ張り出す。
「ん? なんだお前は?」
「僕? 僕は一応ユニコーンなんだけど」
「はぁ? 何を馬鹿な」
「って、グライフじゃん!」
窓の外で飛空兵と戦う相手を見て僕は声を上げた。
怪我はないみたいだし、窓から突っ込んで来たグリフォンは置いておこう。
「こらー! 暴れちゃ駄目って言ったじゃないか!」
「む、仔馬か」
「ユウェルはどうしたの!?」
僕の声に気づいてグライフがこっちに来る。どう見てもユウェルがいない。
突き破られた窓から入るグライフは、猛禽の顔で首を捻った。
「はて? いつからいなかったか」
「可哀想だよ。グライフ、捜しに行こう」
「面倒だ。下僕が主人に捜させるなど」
「グライフが置いて来たんでしょ。ほら、行くよ」
僕が強く言うと、グライフは面倒そうにしながらグリフォン姿でついてくる。
「あ、スヴァルト。他に用事あった?」
「そうだな、今夜部屋に行っても?」
「いいよ。グライフもいるけどね」
「それは、君がいればまぁ…………」
「言いたいことがあるなら言えば良い、ダークエルフ」
「沈黙を守ってくれれば同席も吝かではない」
「あぁ、グライフ茶々入れてくるもんね」
「ふん」
不服を表すために羽根で打たれたけど、本当のことでしょ。
「ともかく今はユウェル捜しするから。またね、スヴァルト」
「あぁ」
僕はグライフにどう移動したかを案内してもらいながらその場を離れる。
「…………嘘か幻か? あれが従っている、だと?」
飛空兵のグリフォンが何か言っているのが背中に聞こえた。
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