131話:懲りない若者
エルフの城で僕たちは大きいけどベッドが二つある部屋に案内された。
二人一部屋なんて普通はしないらしい。
王さまがけち臭いことはしないものだからだそうだ。
ただ今回は僕とグライフが問答無用で同室になってる。理由は、うんわかってる。
全然広いから気にしない。
「フォーレンさんは素直なのか苛烈なのかわからない方ですね」
廊下を挟んだ向かいの部屋を用意されたユウェルが、一緒にくつろぎながら言った。
こっちのほうが応接間付きで広いからね。
「そう? 変に上からだと腹立つでしょ」
「ご主人さまは受け流すのにですか?」
ユウェルは心底不思議そうに僕の判断基準を聞いてくる。
そしたら何故かユウェルはグライフからアイアンクロウを食らった。
「グライフは上からだけどこれは性格だし。それに僕が一度勝ったからか、本気で上を取ろうとはしないよ」
「そうなんですか?」
なんでそこで僕を睨むかな、グライフ。本当のことじゃん。
「僕がその気にならないと襲って来ないし。打ったり爪立てたりはするけどね。それはグリフォン的なじゃれ合いの範囲なんじゃない?」
猫も爪立てるし、と思ったら僕もアイアンクロウをお見舞いされる。
本気で爪立ててないけど、衝撃がすごい。
「今不愉快なことを考えたな?」
「良くわかるね」
「不愉快だ」
「だって、今も角は触らないようにしてるし。グライフなりに許容範囲を考えた上での行動だっていうのはわかってるから」
僕が怒るとわかってるから角には触らない。
けど戦いたいなら僕を怒らせればいい。やらないのはグライフなりの流儀だ。
「エルフはそこのところわからないのがなぁ」
「なんの話だ、仔馬」
「喧嘩の流儀?」
「ほぉ?」
楽しそうにしないでよ。
グライフとはしないって。
「こ、殺しはなしでお願いします!」
「喧嘩なんだからそれはね」
ほっとしたユウェルは、エルフ視点で喧嘩の仕方を考えてくれた。
「えーと、私も喧嘩をしたことないのでなんとも言えませんが。謁見での大臣を相手にした場合、口で言い負かすような対応が必要だったかと」
「今回答えるように言われたから答えたんだけど、それも違ったみたいだし」
「は、はは…………喧嘩は売ってましたけどね」
「違うんだよ。向こうから売られた喧嘩だから僕は買っただけなんだよ?」
僕が売ったんじゃないんだけど、向こうは喧嘩売られた気分なんだろうな。
僕からするとエルフの大臣のほうが先に喧嘩を売って来たように思ったんだけど。
うーん、行き違い。
「む?」
グライフが物音に反応して扉を見る。
足音が迫って来たと思ったら、ノックもなしに扉が開かれた。
「この! 礼儀を知らん駄馬め!」
なんか失礼なこと叫んでブラウウェルがやって来た。
「討伐の命を蹴ったそうだな!?」
ずかずか部屋に入って来て僕を睨む。
「ちょっと待って。ユウェル、グライフを連れ出してくれない?」
「は、え…………?」
「この距離だと殺しちゃうからさ」
「は、はい!」
ついていけてなかったユウェルは、僕の言葉の意味を理解すると慌てて立ち上がった。
グライフつまらなさそうだったのが、突然思いついた顔になって自ら椅子を立つ。
「よし、下僕。以前にいた小物どもの所へ案内しろ」
「以前いた小物? まさか…………!」
「居場所は気配でわかるが道はわからんからな」
「で、でも、いきなり行っては、あちらはご主人さまと顔を合わせたくないかも…………」
「飛ぶぞ」
「ま、待ってください、ご主人さま!」
グライフが何かする気みたいだけど、居場所って、誰かに会いに行くの?
ユウェルみたいな以前からの知り合いが他にもいるのかな?
まぁ、ユウェルの様子からして碌でもなさそうだなぁ。
目の前のブラウウェルも含めて。
「あ、先生…………」
「駄馬って言うくらいだから、僕に用があるんでしょ?」
「そ、そうだ貴様!」
今日のブラウウェルは取り巻きなし。
一人で来たのは勇気か無謀かどっちなのかな?
「我らがエルフ王に無礼を働くとはどういう了見だ!?」
「先に無礼なこと言ったのはエルフ王とその臣下だよ」
「討伐令は貴様の身元のためにするのだという理屈もわからないのか!?」
「僕を疑うのは妖精王、ひいてはツェツィーリアを疑うことになるってことがわかってないんだね」
「違う! お前の資質の問題だ!」
「あくまで僕個人の問題だと言うなら、力を見せる場を用意しろと言ったんだよ。どうして妖精王の代理を名乗る僕がエルフ王の命令に従うと思うの?」
「ここは陛下の治める地だというのに、なんと傲慢な!」
いや、傲慢じゃないから。それとも対等をこの国では傲慢というの? まさかね。
何故自分だけが条件を出せると信じられるのか。その前提を自分に問い直してほしい。
だってそれは対等だと思ってないからだ。
そして従えと怒るならそれは、僕を対等に扱う気がないからだ。
「ブラウウェル。僕個人の資質の問題だと言うなら、それは妖精王の代理に対していうことかな?」
「お前など認めん! 妖精王の代理を詐称する不届き者め!」
「だから認めないならそれでいいって」
「いいわけあるか! ここは無法地帯ではないのだ、国に従え!」
「不敬罪があるか、ユウェルに聞いとくんだったなぁ」
「先生を気安く呼ぶな!」
僕がユウェルの名前を出した途端、ブラウウェルはいっそうヒートアップしてしまった。
「お前たちといると先生が恥をかくんだ!」
「ユウェルが自分でついて来たから一緒にいるんだよ」
「先生のお優しさに付け入ったのか! これだから四足の幻象種は弁えのない獣に似ているんだ!」
「付け入るも何も、ユウェルは元からグライフの下僕だよ」
「先生をげ、下僕などと呼ぶな! 人道に反する! 恥を知れ!」
「人道だとか、獣と見下す相手に何言ってるの?」
「知性と理性によっておのずと生まれる共感と友愛の思いはないのか!? 下僕に落とされた先生が可哀想だと思わないのか!」
もう、うるさいなぁ。
先生、先生って鳴き声かな?
「そんなにユウェルが気になるなら、自分で言って助ければ?」
「き、気になるとか!? そ、そんなことでは、ない…………、ないぞ!」
真っ赤にして何言ってるの?
っていうかこの反応って。
「あぁ、ユウェルのこと先生としてじゃなくて女性として好きなんだね」
「なー!?」
「あれ? でも歳の差幾つ? 八百くらいって言ってたし、エルフって歳の差関係ないの?」
「な、な、な…………!」
「何? また言ってる意味通じてない? だから、エルフの恋愛感情に年齢って」
「恋愛感情!?」
声を裏返らせたブラウウェルは、ちょっと病気を疑うほど真っ赤になっていた。
え、大丈夫?
「あー! 違う違う! 私は先生を尊敬していて、あー!」
「え、ちょっと!?」
悶え叫んで…………逃げた。
僕は思わずブラウウェルを追う。
「待ってよ! ねぇ!」
地の利は向こうにあるせいで、距離が縮まらない。
僕の目を避けるように角を曲がって逃げるから追いつけないどころか見失ってしまった。
「あれ、どっちに…………?」
「まぁ、どうなさって、え? ブラウウェルさま!?」
誰かの驚きの声が聞こえた。
僕は声のした方向に走る。
そして角を曲がった途端、そこにいた女性にぶつかりそうなってしまった。
「おっと!?」
「え…………!?」
振り返る女性は黒い髪に赤い瞳、真っ白な肌の…………非処女。
「う…………」
僕は本能的に嫌悪を覚える臭いに鼻を覆う。
わーごめん! すごい失礼なことしちゃった。
一人慌てる僕を見る女性は、何かに気づいて見る間に顔面蒼白になる。
「ひぃ…………!?」
あー、うん。
これは僕がユニコーンだと知ってる反応だ。
臭いに引いた手前責められないけど。
やっちゃったなぁ…………。
と思ったら、何故か目の前の女性に記憶が刺激される。
初めて会ったと思ったけど、もしかして前にあったことあるの?
僕は顔を引き攣らせる赤い瞳の女性をじっと見上げた。
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