130話:代理を疑われる
エルフの王国に来て、本日二回目の謁見です。
うん、今度はちゃんと呼ばれたからお城に来たよ。
「ユウェル、いつもより派手だね。眼鏡もなんかかっこいい鎖がついてる」
付き添いで一緒にお城に来たユウェルは、魔法使いのローブっぽい物を着込んでいた。
肩からストールみたいな布を垂らして、裾は引き摺るほどに長い。
「王城ですから、私だってこれくらい着飾りますよ。いいですか、フォーレンさん。四足の幻象種とは言え、皮一枚あればいいなんて考えではいけませんよ」
「まぁ、毛皮あれば服着てなくても許される感じはあるけど。ねぇ、それで言うと僕たちはこれでいいの?」
僕とグライフが着てるのは、森で着ていた物と同じ妖精お手製の古いデザインの服だ。
「妖精王の下で許される衣服ですから。いっそ古風すぎて文句のつけようがないんですよ。たぶん縫製に金属針も使われてないんじゃないですか?」
「金属の針がどうしたの?」
「妖精の中には金属を嫌う者がいる。あのコボルトは平気なようだが、わざわざ俺に金鎖をつけるか聞いて来たのだ。制作にも金属は使っていまい。そんな手の込んだもの、着てる者なぞエルフにもいないぞ」
グライフが素直に着てると思ったら、実は逸品だったようだ。
エルフでも金属針を使わないと制作に時間と技術が必要になり、さすがに祭祀が目的のエルフでもそこまで手間はかけないんだとか。
そんなことを話しながら通されたのは、まずは控えの間だった。
「それでは事前説明をば始めさせていただきまする」
どうやら前回の反省から素通しはやめたようだ。
エルフの文官が、僕たちに今回何に注意すべきかを説明してくれるらしい。
「膝をつけとは申しません。お願いですから私語は慎んでいただきたく」
すっごい念を押された。…………胃の痛そうな顔で。
僕も気恥ずかしくてよく見てなかったけど、怒った人以外はこんな顔してたのかな?
うん、悪いことしたな。ちょっと忠告に従おう。
「ふん、蒙昧なことを言うからだ」
「とくに妖精王さまの代理でもない付き添いの方は厳に慎んでいただきたく」
グライフを見ながら文官はお腹を押さえる。これはもう疑いようもなく胃が痛いみたい。
ストレスを感じるとエルフも胃が痛くなるらしい。
まぁ、グライフは気にしてないけど。
「フォーレンさん、困ったら私に聞いてくださいね」
「うん、そうする」
「西の賢者よ、お頼み申します」
エルフの懇願に、ユウェルも決意を浮かべた顔で大きく頷いた。
さすがに前回の謁見は失礼すぎたよね。ここはちゃんと話を聞いておこう。
「今回なんで僕たち呼ばれたの? 妖精王からの用件は伝えたし、エルフ王は対策してくれるんでしょう?」
「それは、その…………ですね…………」
途端に歯切れの悪くなった文官に、僕はピンとくる。
「ふーん…………グライフが何言っても知らないよ」
「うぐ…………」
「今の内に文句は言わせておいたほうが後々安心だと思うけど?」
「それは、確かに…………」
「仔馬、俺を馬鹿にしているな?」
「うーん、どっちかっていうと碌なこと言わなそうなエルフに呆れてる」
僕の素直な胸の内に、文官が渋い顔をした。
「フォーレンさん、郷に入っては郷に従えという言葉がありましてね」
「下僕よ、それは郷に入るための身の振り方を説く言葉だ。従わせたいのなら力を示せ」
「グライフの言うことは乱暴だけど、僕はあくまで仲良くするつもりでいるよ。そのための忠告でもあるんだ。でもそれを君たちからひっくり返すなら、従うだけ無駄と言うしかないよね」
「うぐぅ…………」
文官は激しい胃痛に呻き出しちゃった。
うーん、ここで僕たちに言うかどうかでそこまで痛くなるなら、本当に碌でもない用件で呼び出されたんだなぁ。
「驚きました。フォーレンさんもちゃんと気位の高いユニコーンなんですね」
「この程度でユニコーンを知った気になるな。本物はもっとすごいぞ」
「でもグライフに食べられる程度なんでしょう? 気位がすごく高くても食べられちゃうのはなぁ」
「角を振って暴れて自ら落ちて死を選ぶほどだ」
うわー…………。
うん、僕にはできない。
「あ、本能に忠実なユニコーンがもしここにいたらどんな反応するのかな?」
「まずおらん。が、いたと仮定するなら、王の前に移動させようとした時点で殺戮を行うだろうな」
「僕そこまでじゃないよ…………。ということで、僕は比較的おとなしいみたいだからさ、話してくれない?」
遠回しに脅して、僕は文官から用件を聞き出すことに成功した。
そしてエルフ王との二度目の謁見が始まる。
今回はBGMみたいな演出はなく、すでにエルフ王は玉座に座ってた。
偉い人たちも揃ってるし、やっぱり兵の間にスヴァルトが立ってる。
「良く来たな、妖精王の代理どの」
「うん、呼ばれたからね」
「フォーレンさん、しぃ…………」
ユウェルが慌てて僕の裾を引く。
声かけられたのに答えるのも駄目なんだ。
うん、たぶん社交辞令みたいなこと言うのを僕邪魔しちゃったんだね。よし、黙っておこう。
大臣が渋い顔で何か言おうとすると、エルフ王が止めた。
「良い。回りくどい話は四足の幻象種にはなじまぬだろう」
そう言うとエルフ王は前置きなしで本題に入ってくれる。
「そなたの申告した身分に対して疑義が出ている。今回呼んだのは他でもない。皆の疑念を晴らしてもらうためだ」
疑われてもなぁ。証明できないけど、妖精王の代理っていうのは本当のことだし。
僕が疑わしいから流浪の民に対策してくれないってなったら面倒だろうしなぁ。
「ユニコーンとしての力を示してもらいたい」
うん、この辺りは事前に聞いてた。
誰かと戦うの? それとも妖精を操る? って聞いても答えてくれなかったけど。
僕を怪しんでるのは防衛上の問題で、とかエルフの文官は言ってた。
「ここ数日、王都近郊の村より飛竜の目撃情報が上がっている。飛竜の捜索及び討伐令を発することとなった」
飛竜ってあの、グライフと一緒になって僕を襲って来た幻象種?
危ない生き物討伐ってそれ、厄介ごとの押しつけじゃないの?
なんて思ってたら、エルフ王に代わって偉そうなエルフが前に進み出た。
今気づいたけど、エルフ王と胃痛の文官以外のエルフって全体的に偉そうな態度だなぁ。
「妖精王の代理を名乗るのなら飛竜如きに後れを取ることもなしと我らの意見は一致した。ついてはそなたに飛竜討伐の命を受領」
「そんな、ユニコーンですよ!?」
なんか勝手に話を進めるエルフに、ユウェルが反論した。
あれ、なんで? 喋っていいの? ひとまず最後まで話聞こうって言ったのユウェルなのに。
「そちらは妖精を操ったという情報を得ている。ならば上空の相手でも遅れは取るまいよ」
「そんな、飛竜と言えばグリフォンに並ぶ…………あ」
突然ユウェルは黙った。
そして眼鏡越しにグライフを見上げる。
実際はその顔の傷を見ているみたいで、気づいたグライフに睨まれ、ユウェルは顔を逸らしてそれ以上喋らなくなってしまった。
「もちろんグリフォンの帯同は許す」
ユウェルの反応を何か勘違いしたみたいで、偉そうなエルフは得意げに許可を出す。
そしてそのまま飛竜討伐について説明された。
場所とか目撃情報とか。
僕はただ黙って聞くだけ。グライフもたまに僕を見る以外は黙ったままだった。
「討伐の暁には栄誉ある竜殺しの名と」
いっそ感心するぐらい喋り続けるエルフに、文官が耳うちをする。
「あぁ、返答をせよ」
「答えていいの?」
僕が確認すると、偉そうなエルフは確かに頷いた。
「じゃ、お断り」
「は…………? い、今なんと?」
「別に認めてもらう必要はないから、飛竜討伐なんてお断りだって言ってるんだよ」
「何を!? 臆病風に吹かれ、妖精王の代理を名乗る矜持もないか!」
「勘違いしないでよ。流浪の民に襲われるのは君たちで、僕はそれを止めたいだけだ。だったら、君たちが襲われるのを待つだけでいいでしょう?」
「な、なんということを…………!」
僕の一方的な言い分にエルフは怒る。
それ、今話をされてた僕も同じ思いだってわからないかなぁ?
「別に飛竜がいたら倒してもいいよ。森のお土産にできるし。ねぇ、グライフ」
「あぁ、魔女とノームが欲しがっていたか」
「あとコボルトたち。だから、退治してほしいなら」
僕は笑顔で足元を指す。
「今すぐ連れてきてよ。そしたら倒してあげる」
あえて上からものを言うと、エルフは呆気にとられてしまった。
普通に考えてね、なんでこっちから行くのさ。
やだよ、エルフだって相手にしたくないから僕に振ってるんだろうし。
「ふん、言うようになったではないか仔馬」
「さすがにね、獣と見下すだけの相手に従う気はない。獣のように他人の機微も計れないようなひとたちにはね」
僕の言葉にユウェルは蒼白になって震える。
偉そうに言ってたエルフを越えて、命令を出したエルフ王を罵るようなものだしね。
さて、どんな反応をするのかな?
「あ、ユウェルも森に来る? 学者さんなら怪物や悪魔から話聞くのもいいと思うよ」
「そうさな。この仔馬は怪物や悪魔に気に入られている。なんの代償もなく問答ができるかもしれぬぞ」
僕らと一緒に追い出される前提で誘うと、玉座の上でエルフ王が溜め息を吐いた。
「西の賢者は我らに有用な知者である。連れ出されては困る」
「そう…………。それで、話はそれだけ?」
「…………今宵、宿泊を願う。妖精王の代理をもてなしもしないのは名折れであるからな」
「うん、わかった」
素直に言ってくれるならならこっちだって意地は張らないよ。
まぁ、体面が大事な大人には難しいことだろうけどね。
今回僕が学んだことは、グライフみたいに偉そうな態度を取るのも一つの手だとわかったことだった。
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