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129話:エルフ式柔術

他視点入り

「なんなんだあいつら!」

「まぁまぁ、ブラウウェルさま。あまり動かれては御髪が直せませんわ」

「む、すまない。ヴァシリッサ。…………だが、だがな!」


 私が言葉で宥めてみたところで、あまり効果がないほどブラウウェルは荒ぶっていた。

 あいつらというのは、今日入国しっというユニコーンとグリフォンのこと。

 そして怒っているのは髪の毛を爆発させられたことにではなく、エルフ王への非礼に対してだった。


「獣め! 陛下のご威光を理解しない浅学の徒め!」

「落ち着かれてくださいませ。妖精が何処で聞き耳を立てているかわからないのですよ。また被害に遭われるやも」

「ぐぅ…………。妖精王の代理など、認めるものか」


 口では認めると言って難を逃れたものの、ユニコーンが妖精王の代理であると心から認める気はないようだ。


「何がそのようにお心にかかっているのでしょう? 妖精を操ったのですからお認めになっては?」

「妖精は純粋すぎて警戒心がない。あの亜種族のエルフが唆した可能性は大だ」

「エルフ王さまの大妖精が認めたとも聞きますが?」


 私の追及にブラウウェルは黙る。

 すると他のエルフもいるのに室内は静かになった。

 取り巻きが黙り込むのは、中身が違うことによる荒を出さないためだろうけれど、ブラウウェルも馬鹿じゃない。


「…………お前たちはどう思う?」

「どうとは? ブラウウェルさまの仰るとおりです」

「大変な目に遭いましたね。あんな者たちお忘れになりましょう」


 違う。そうじゃない。

 私は頭を抱えそうになる気持ちを抑えて笑みを作った。


「妖精王の代理と言え、エルフ王さまを軽んじるのは許されない非礼ですわね」


 これが正解。

 入れ替わりエルフたちも、私が出した助け舟に気づいて追随し始める。

 頷きながらも、ブラウウェルは微妙な顔だった。


 ここでばれるのは面白くない。

 私は話題を変えることにした。


「ブラウウェルさま、一度妖精について調べ直しては? 何か不思議な術の可能性も。そう、西の賢者さまの目を欺く何かがあるかもしれません」

「! …………そうだな。図書館へ行こう」


 私が髪を直すと、ブラウウェルは準備のため退出する。

 取り巻きも一緒に出て行ったけれど、へまをしないかしら?


「それにしても厄介ね。ユニコーンとグリフォン、こんな組み合わせ他にいない」


 私はビーンセイズ王国にいたという幻想種だと確信していた。

 一緒にいたという妖精繋がりで妖精王のお遣いを引き受けたか。


「魔王石関連? それとも流浪の民?」


 どちらにせよ、ここで邪魔されるのは嫌。それだけは許せない。


「せっかく面白そうなのに。絶望に歪む顔が見たいのに…………」


 私の唯一の生きる楽しみを奪わないでほしい。


 私は間諜などをしているけれど、貴族の端くれとして生まれた。

 けれど使用人のように育ち、ほぼ軟禁状態で暗い幼少期を過ごしてきた。

 その話をブラウウェルに聞かせると、ずいぶんと上から目線で同情してくれたものだ。


「そう、お高く留まっていながら中身のない馬鹿なんて、いい獲物…………」


 そういう奴がいい。私を産んだ女に似ているところがあるほど、絶望に歪む顔が見たくてやる気も出るというものだ。


 私を産んだ女は自分で生んでおいて、自分の子じゃないとのたまわった。

 血が繋がっていないのは書類上での父だけだったのに。吸血鬼の美貌に惑った女は、己の過ちさえ正しく理解できない愚か者だった。


 私は、吸血鬼と人間の血を継ぐダムピール。


「…………気づいたのはいつだったかしら? エルフは思ったより人間臭いし、もしや吸血鬼も余り人間と変わらない?」


 一日一食しか与えられず、幼い頃は常に朦朧としていた。

 反抗する気持ちも萎えていた中、何かの拍子に私は人を操ることができた。

 そうして望んだのは人としての食事。そこが満たされると、次に求めたのは母の暴力から身を護る人手。

 そうする内に、自分の常にない力を自覚していったように思う。


「このニーオストにも吸血鬼がいないのは良かったのか残念だったのか。私を受け入れたということは、ダムピールに偏見はないはず…………。今度、エルフの血を啜ってみようかしら?」


 どんな味がするのだろう?

 初めて血を啜った時のことはよく覚えてる。あれは私を産んだ女の愛人。


 虐待から逃れるための盾として操っていたけれど、向こうが見返りを求めたことから肉体関係を持った。そして何かの拍子の首筋に牙を立てたのだ。

 閨ごとがあの頃の自衛手段だった。今となっては手管の一つにすぎなくなっているけれど。


「愛人を取られた時のあの顔…………ふふ、いい気味」


 愛人が疎んじる娘に取られて私を産んだ女は発狂した。

 その絶望に歪む顔に昂ぶったからこそ、今の私がいる。


 以来、嗜虐趣味を目覚めさせた私は、名目上の父も篭絡し、弄んで死に追いやった。

 あの父も高慢だった。愛さなかった娘がどうして尽すと思ったのだろう。

 その後は適当な耄碌爺に輿入れし、その息子夫婦を壊して財産を奪った。


 一通り人間相手に遊び回って、私の本質を理解した上司に目をつけられたのは幸運だと思っておこう。


「…………グリフォンなら飛竜退治でもしていればいいのです」

「我が国に相応しくない獣なれば、外の脅威に一役買っても…………」


 戻って来たブラウウェルに、取り巻きがそんなことを言っていた。どうやら上手くやってるようだ。


 瞬間、私は閃いた。

 そうか、脅威であっても使えばいいのだ。


「確かに、獣は獣と戯れていればいいのだ! 我々の文化的生活を脅かす存在など排除すべきだ!」

「…………ブラウウェルさま、でしたら」


 私は己が賢いと思い込んでいるブラウウェルに、そっと毒を吹き込んだ。






 結局エルフの国ではユウェルの家を宿代わりにさせてもらいながら、僕は今、押さえ込まれている。

 人化した状態でユウェルによって床に押さえられたそこに、ノックもせずやって来たのは悪魔のコーニッシュだった。


「…………何してるの? あ、お邪魔だった?」


 何かを察したように言いながらも、コーニッシュはずかずかと入って来る。


「けど、食の機会を逃せないのさ。いつまでも寝てないで座って座って」

「何を勘違いしてるか知らないけど、技かけてもらっただけだから」

「寝技でしょう?」

「違わないけど、ユウェルの強さを見てただけだから。邪推しないでよ」


 僕の話を聞いているのかいないのか、コーニッシュは持って来た籠を片手に台所へ消える。

 そして皿やグラスを出してテーブルセッティングを手早く行った。

 こんなことが日常化してすでに数日。

 家で勝手をされてもユウェルはニコニコで席に着く。


「グライフがユウェルなかなかって言うからどんなものかと思って試してたんだよ」

「グリフォンが?」

「あ、聞いてたんだ」

「下僕は戦い方を知っている。俺には通じなかったがな」


 グライフの肯定に、ユウェルは恥ずかしそうな顔で説明した。


「実は、父が護身術を教えてまして。エルフ式柔術は免許皆伝してます」


 ユウェルには故郷から一人旅を許可された理由があったってことだ。

 人型の相手なら遅れは取らないはずだったのに、不運なのは空から襲ってくるグライフに出会ってしまったことだろう。


「それでグライフがそこまで言うならって、そのエルフ式柔術を体験してたんだ」


 体術の心得なんてない僕は、投げられるし引き倒されるし、手も足も出なかった。

 ユウェルはとても自然な動きで技をかけ、抵抗すると逆に体を傷めるような固め方をしてくる。


「それはいいから、今日の料理はこれ。この家、竈もないなんてどうかしてるよ」


 やっぱり話聞く気ないの?

 ここのところのコーニッシュの日課は、新作料理を披露すること。

 僕を見ると創作意欲が湧くんだって。

 今日はこの家にオーブンがないから、店で作って持って来たみたい。


「これは…………器と一体になったパン?」


 あ、なんだっけ。これ知ってる。前世にもあった料理で…………ココットだ!

 スープの入った深皿を覆うパンは小麦粉で白くなっていた


「ユニコーンをイメージしたんだ」


 言ってコーニッシュはパンにナイフを入れる。

 瞬間、香ばしいパンとは別の匂いが辺りに広がった。


 これ、カレーだ!


「白いのがフォーレンさんですか? けどこの刺激的な匂いのスープは?」

「ふむ、肉が全く入っておらんが味はしっかりしている」


 グライフも満足する味。だけどこれ、カレーっぽい匂いのするカレー味じゃないスープだ。

 決して不味くはないけど、頭が混乱するなぁ。


 僕たちの反応を見て、コーニッシュは人差し指を立てて言った。


「丸くて無害そうなのに、一刺しでインパクト」

「えー、なにそれ?」

「「あぁ…………」」


 僕が異議を唱えようとしたら、グライフとユウェルに納得された。


「エルフ王との謁見をモチーフにした。料理名は…………『王の名は』にしようかな」

「やめて!」


 本当にやめて。

 なんだか僕の人間の部分がすごい抵抗してるから、やめて。


毎日更新

次回:代理を疑われる

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