127話:やっぱり信じてもらえない
他視点入り
私はゴーゴンのメディサ。
妖精王の住処は今日、大変な賑わいの中にあった。
「だからそれは! 遊びがなければ優美さも生まれない! これは必要なものだ!」
「わからないひとだな! 優美さではなく実用性でものを言ってください!」
「違う違うそこじゃない! 機能美という言葉を知らんのか!」
喧々囂々とはまさにこのこと。
主張の強さと声の大きさが比例してしまって、とても収拾のつかないことになっている。
「ここが騒がしいなんてどれくらいぶりかしらねぇ」
「お姉さま。そんな嬉しそうに言っている場合ではないでしょう?」
長姉のスティナは片頬に手を当てて、楽しそうに意見の怒鳴り合いを柱の陰から見る。
そんなスティナは話し合う者たちの間を走り回るコボルトに指示を出す役目を担っていた。
「持ってきました」
「こっちの清書持って行くね」
葉っぱの走り書きを集めて、内容ごとに分け始めるガウナ。
ラスバブは出来上がった文章を頭の上に持ち上げるとまた走って行く。
皆の走り書きから情報を黙々と整理するのは、次姉エウリアだった。
「時間がないのなら、すでに出来上がっているこの計画通りでいいでしょう!?」
叫ぶエルフはオッドアイの瞳を見開いて迫る。
彼女はスヴァルトの妹のティーナ。
興奮して古い羊皮紙を振る姿は、まるで戦場で首級でも取ったような勇ましさだった。
「そんな腐った計画ふがふが!」
「骨董品には骨董品の良さはありますが、手入れは必要不可欠であると言っています」
罵るノームのアングロスは、髭と訛りで言葉が聞き取りにくい。
通訳する孫のフレーゲルは、意図的に柔らかく言葉を変えているけれど、全く聞き取れないわけではないのでティーナは殺気立つ。
「何でもかんでも引き継ごうという、それが考えなしだと言うんです。長命種の悪い癖ですよ! 時代はすでに移り変わっているんです!」
ティーナに食ってかかる獣人は、リスのルイユだ。
ずれる眼鏡を頻繁に上下させながら熱弁を振るう。
「いいですか? その計画の根本的問題と、今回妖精王さまが意見を募った根本的問題は一緒です。無駄な美観に拘るなんて本末転倒なんですよ!」
「無駄!? 美観も気も回せない程度の認識で何を成したところで、歪み崩れるのは目に見えているでしょう!」
「だから論旨はそうではなくて! 本当に話のわからないひとだな!」
「情趣も理解できないのはそちらでしょう!」
興奮して喧嘩腰になってはいるけれど、ルイユは普段大人しい獣人だ。
ただどちらが本質かと言えば難しい。ルイユは軍上がりの文官という叩き上げの経歴を持つ。
五百年前の戦いを生き抜いたダークエルフであるティーナの覇気にも退かないのは、現場で培った胆力だろう。
「そう言えばルイユのことを珍しく知的でおとなしい森の住人とフォーレンが言っていたわ」
「ぷ…………、ユニコーンの前ではあの凶暴なリスも尻尾を垂れるのね」
私の呟きを聞いたエウリアが笑う。
「獅子という捕食者が王を務める今の獣人の国で、文官として側に侍ってるだけ有能よ、ルイユは」
「大人びているようで、子供らしいところもあるのが可愛いわよね」
私が庇うように言うと、スティナはどう曲解したのか微笑ましげに言う。
きっとスティナの微笑ましい視線は、言い争うティーナたちにも向けられているのだろう。
「お姉さま、この話し合いいつ終わるのでしょう?」
「妖精王さまに聞きなさい」
「今日が終わってもまたやることになるわよ、メディサ」
エウリアの横やりに、私は頷くしかなかった。
今この場には話し合いをまとめる人物がいないのだ。
招集した本人である妖精王さまは見ているだけで、取りまとめるという考えがない。
「あら? 妖精王さまはどうしたのかしら?」
スティナに言われて見れば、何故かお腹を抱えて震えてる。
いや、あれは笑ってるようだ。
「さっきフォーレンと話していたみたいだけど」
「エルフの国に着いたのよね? あのグリフォンさんが何かしたかしら?」
姉たちがそんな推測をする間に、妖精王は堪らず笑い声を上げていた。
「妖精王さま? 如何なさいました?」
「ひひ、あははは…………あ、メディサ? どうした?」
「何をお笑いになっているのかと思いまして」
「それがさ、今フォーレンがエルフ王と話してるんだけど、あははは!」
やはりフォーレンのことだった。
けれどエルフ王と話していて、妖精王さまがこれだけ笑うようなできごとの予想ができない。
「妖精のようなユニコーンだってよ」
「はい?」
妖精のよう? それは悪口として…………いえ、きっとフォーレンの悪意のない純粋さのことでしょう。
えぇ、そうに違いない。でなければエルフ王が年甲斐もなく喧嘩を売ったことになる。
「あのグリフォンなら悪口だと思うでしょうね」
「エウリア、め」
お姉さまに窘められるけれど、それは私も思った。というよりも、ただただ簡単に想像できる反応だったのだが。
いったいフォーレンはそう言われてどう思うのだろう?
妖精王さまは大変ご満悦で遠くエルフの国の声を聞いていた。
エルフ王は咳払いをして気まずそうに言い直した。
「訂正しよう。純真無垢なユニコーン」
うん、訂正された。
悪意はなかったみたいだ。
「妖精王の忠告感謝する。すぐに流浪の民を捜索させよう」
「陛下、寄る辺のない人間など恐るるに足りません」
「全くです。そんなことに労力を割く必要など」
どうやら他のエルフは流浪の民を甘く見てるようだ。
「向こうは魔法兵器を持ち出してるよ。エルフは対処できる手段を持ってるの?」
「何? どの型だ」
知ってるらしく、大臣っぽいエルフが詳細を求めて来た。
さすが長生きのエルフだね。
「いくつか型がいたけど…………なんて言ったっけ、グライフ」
「歩兵、騎兵、魔術師、砦、あとは隠し玉で将軍型だったな」
「将軍!? そんな物まで!?」
やっぱり将軍型が一番強い相手なのかな? エルフたちは早口に隣同士で話し合い始める。
そう言えばアルフの魔法も効かないし、硬かったし。見るからに細身のエルフでは、将軍型は対処が難しいのかもしれない。
「あれはそこまでの難敵であったか、仔馬?」
「うーん、小器用ではあったけど基本的な仕組みは全部同じだから。核になってる円盤壊せば一発だよ」
グライフに答えると、エルフたちが鼻白んだ目で僕を見た。
「子供が知ったように言うものだ。魔法兵器とやり合ってそんなこと言うわけがない」
「それができないから、そうか、我々を焦らせるためのでまかせだな?」
円盤壊すこと、エルフはできないんだ?
そう言えばランシェリスも剣や魔法使って歩兵に手いっぱいだった。
生半可な武器じゃ、装甲に穴を開けられないみたいだ。
今さらだけど、僕の角すごいな。
とか思ってたらスヴァルトが何か合図を送ってる。相手はエルフ王だ。
みんな、僕のほうを見ていて二人のやり取りに気づいてない。
「妖精王の代理に問おう。将軍型を倒したのか?」
「うん、角なら刺さったから。えーと、あ、そこの柱を壊すのと同じくらいの硬さかな」
ちょうど広間の柱がそれっぽかったから言ったら、エルフの王さまに引かれた。
「な、なるほど…………ユニコーンの角は岩を削るのだったな」
なんか言ってたエルフたちも黙ってる。
目が見えない角を捜すようにうろついていた。
大丈夫だよ。僕は短気じゃないから悪口言われたくらいじゃ刺さないから。
「面倒だったのは悪魔かな。アシュトル呼び出してたよ」
「七十二柱の悪魔か!」
「あれもこの仔馬には通じなかったがな」
「アシュトルは僕との相性のせいだよ。グライフも術にかからなきゃ、余裕だったでしょ」
って話を振ったらグライフは不機嫌そうに僕を睨み下ろした。
そう言えば森のアシュトルとは引き分けてたんだっけ。いや、でもアシュトル呼び出された時本調子じゃないって言ってたし。
ブラオンに召喚された状態ならやっぱり余裕じゃない?
「悪魔か。それは真偽の別を置いておいても対策をしなければならないはずだ。七十二柱には盗みに特化した悪魔がいたな?」
「は。他にも壁抜けや鍵開けに特化した悪魔の記録もございます」
「ではすぐに文献を当たって悪魔の名を刻んだ結界を生成せよ。将軍型投入を念頭に、攻城兵器の整備も進めておけ」
どうやらエルフ王は僕の話を信じて手を打つようだ。
っていうか、あの将軍型って攻城兵器で壊すものなの?
「それで、妖精王の代理よ。滞在場所は決めているか?」
「今日着いたばかりだから何も決めてないよ」
「では、この城に部屋を用意しよう」
エルフ王の申し出に、僕は片手を上げて止めた。
「あ、いいです」
正直に言ったら、エルフ王に返事しようとしていたエルフに睨まれる。
そんな反応だから、滞在場所としてはちょっとって思うんだけどなぁ。
そんな謁見が、僕のエルフの国での初日だった。
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