13話:世は実利
「ちょっと、待ってよ。なんで襲ってきた次はついてくなんてことになるの!」
「そんなもの、俺を殺さなかったからだ。何故と聞くならこちらこそ、何故あの時止めを刺さなかったかと聞いてやろう」
聞いてやろうって、上から目線は変わらずか。
「あの時お前は本気ではなかったろう、仔馬」
「僕、手加減なんてしてないからね。普通に攻撃したからそうなってるんでしょ?」
なんか本気じゃなかったとか断定されたけど、意義あり!
くっきりはっきり残ってるその顔の傷、僕の本気の証じゃん。
って言い返したら、アルフが俺の耳を突いた。
「フォーレン、お前あの時目の色普通だったろ? ユニコーンが本気で殺しにかかる時は、目が真っ赤になるんだよ」
「仔馬、己の性状も知らんのか?」
「それは、その…………最近母馬殺されたから…………」
グライフは相変わらず襲ってくる気配はない。
けど、適当に逃げ出せるような隙はくれない。
「だが、その岩をも砕ける角の使い方はわかっていたろう。あの蜥蜴への蹴りも狙ってやったことだ。なれば、角でこの胸突くことも容易であったはず」
確かに横に角振るより、跳んだ勢いでぶっ刺すほうが簡単な気はする。
けど、なんか前提条件からおかしいんですけど?
「僕、別に殺すつもりなんてなかったよ?」
僕の答えにグライフは不服そうに嘴を鳴らした。
アルフは僕が争い嫌いって聞いてたせいか、特に反応はなし。
うーん、もしかして顔切りつけた後グライフが大人しかったのって、止め刺されるの待ってた?
え、何それ怖い…………。
「話のわからん奴だな。何故殺さないなどという結論に至った、仔馬」
「だって、殺してどうするの? 僕、肉食わないよ?」
「ぶふ…………! あはははははは!」
「なんで笑うの、アルフ?」
明らかにグライフがアルフに向かってイラッとした視線向けてるけど。
「ははは。フォーレン、お前な? 今目の前のグリフォンに対して、わざわざ殺すほどの脅威でもないって言ってるようなもんだぞ?」
「へ? なんでそうなるの。いや、怖いよ普通に。あの嘴刺されたら絶対痛いでしょ」
「怖い…………? 仔馬、お前はユニコーンではないのか?」
「うん、ユニコーンだよ」
なんて会話してる間、アルフは僕の耳の間を転がって笑い続けてる。
やめて。グライフがまた嘴カチカチ言わせ始めたから。
「えーと、僕ってアルフから見てもユニコーンとしてちょっと他と違うらしいから」
「…………大幅に違うことをまずは自覚しろ」
「えー、命令系?」
「まず馬の分際でグリフォンから逃げ果せた上に、ドラゴンを蹴り飛ばすことがおかしい」
「いや、だからユニコーンだって」
「体は馬であろうが。だいたい、貴様以外のユニコーンは大人しく食われたぞ」
うわ、ユニコーン食べたことあるんだ…………。
まぁ、人間にもやり方によっては殺されるんだし、捕食者いてもおかしくはないか。
「何より、そんな妖精を連れたユニコーンなど、この俺でも見たことがない」
「…………へぇ? 案外長生きなんだ?」
アルフは相変わらず僕の耳の間に身を伏せたまま、グライフに答える。
なんか含みのある言い方に聞こえるなぁ、どっちも。
「生きた年数ならお前に劣る。四百年ほどだ。…………が、山脈の南から海を渡り、西を北上、そこから東へと渡った」
「うぇ、マジか!?」
「どういうこと?」
南から西、北から東って、方角一周してるけど?
僕としては四百才とか、アルフがそれよりも長生きとかのほうがびっくりするんですけど?
と思ったら、簡単な地理情報が脳裏に浮かぶ。
山脈の南とは、どうやら人間ではなく幻象種が主に住む場所のことらしい。
そこから西にある海を渡ると、千年以上昔から人が住む土地なんだとか。
で、北のほうは陸地が繋がっていて、僕たちがいる大陸の東に渡れる。ここはかつていた魔王が開いた土地だそうで、五百年を越える国はないようだ。
って言っても、前世じゃ太平洋の向こうの国なんか、できて三百年も経ってなかったはずだから、歴史はあると思う。
「なんでグリフォンがそんな壮大な冒険に出たわけ?」
アルフが驚いたのは、どうやらグライフの移動距離だった。
たぶん、感覚的には自力で世界一周した奴が目の前にいるってことなのかな?
グライフが考えるように黙ると、アルフは答えを促す。
「襲ってきた相手がいきなりついてくなんて言われて頷けるわけないだろ? しかも相手はグリフォンだ。それなりに事情説明してくれねぇと」
「ふん…………。昔、泉の精に予言をされた」
「あぁ、南にいるな。訪れた者に予言を示す妖精」
「俺は、黄金を得ることはできないが、得られるならば黄金よりも尊きものを得るだろうと。で、あれば、己に相応しきものを得るため行動すべきだろう?」
「あぁ、だからあのドラゴン『宝も得られぬ出来損ない』って言ってたのか」
いつの間にかアルフがグライフとの話を主導してる?
なんて思ってたら、アルフがとんでもないことを言い出した。
「よし、いいぜ。条件付きならついて来ても」
「え!?」
「ふん、最初から許可など求めておらん」
「それもどうなの?」
アルフの返答にも驚いたけど、グライフの上から目線のブレなさにも驚かされるなぁ。
なんて思ってたら、アルフの声が頭の中に聞こえる。
(あー、あー、聞こえるか? あいつ耳いいみたいだから、頭に思い浮かべたら話せるようにした)
(ちょっと、アルフ。なんでついて来ていいなんて言ったのさ?)
(よく考えてみろよ、フォーレン。お前は子供で戦った経験が足りないだろ? それにか弱い俺は自衛さえ厳しい。ってなったら、世界回ってこられた実力を持つあのグリフォンはいい戦力になる)
(ねぇ、黄金以上のものって妖精王のダイヤだったりしないよね?)
(いや、ないだろ。世界をかけた魔王との戦いに幻象種はほぼ参加しなかったくらい自己中だから、自分を害する宝になんて興味はないって)
(けど、僕たちに合わせてくれそうになくない?)
(だから条件付けるんだよ。まずは、俺とフォーレンが同格ってことを理解させたいところだな)
そんなところから?
だったらひと言で済むじゃん。
「グライフ」
「なんだ?」
「僕とアルフ友達だから、アルフになんかしたら怒るよ」
「は? …………友達?」
「あれ? グライフもそこで驚くの? ユニコーンって友達作らない種族?」
アルフに聞いてみるけど、頭に伝わる震動から、笑いを堪えているのを感じる。
そして答えの代わりのように、ユニコーンは繁殖期以外に仲間のユニコーンさえ縄張りには近づけないという知識が思い浮かんだ。
「あ、珍しいことなんだ。…………ま、僕みたいな奴もいるってことで。アルフ攻撃しないでよ」
「…………おい、そこの妖精」
「いいじゃん、俺にユニコーンの友達いても。珍しいけど、なしじゃないんだしさー」
何か言いかけたグライフを遮るように、アルフが楽しげに声を上げる。
「条件は俺たちの目的の邪魔になることをしないことと、目的にはできる限り協力すること。もちろん、この条件には俺やフォーレンを害しないことが含まれる」
「目的とはなんだ?」
「それ聞く? お前、黄金よりも尊いものを探す途中の暇潰しなんだろ? だったら、条件に従いたくなくなれば別の所に旅立てばいいだけなんだ。後のお楽しみでもいいだろ」
「詭弁をさも正統のように語るものだな」
鼻で笑うようなグライフだけど、不機嫌ではないみたい。
どっちかっていうと、興味を引かれてる感じ。
グライフの魂胆が良くわからないなぁ。
(アルフ、聞こえる? グライフって、結局なんで僕たちについてきたいなんて言ったの?)
(俺たち、じゃなくてフォーレンが目当てだな)
グリフォンの性として黄金を守りたいけど、それができない。だからグライフは世界一周なんて冒険に出た。
けど、こうしてうろついていることから目的のものは見つからなかったのだろうと。
正直、グライフは次にどうやって探せばいいのかわからないのではないかと、アルフは言う。
(世界を回っても見たことのないフォーレンから、何か手がかり得られないかって考えてるかもな)
(僕、何も知らないよ?)
(もしくは、本当に純粋な暇潰しだろ)
(そんなぁ)
(負けは認めてるみたいだし、いきなりばくりとは来ないと思うぜ? 俺も世界を回ったことはないから、知りたいこと聞いてみたらどうだ?)
アルフって本当に適当なところがあるよね。
けど、確かに襲われる気はしないしな。
「不服があるなら聞くだけはしてやろう、仔馬」
「僕ってもの知らないからさ、聞いたことには答えるって条件追加していい?」
「ほう? 試しに何が聞きたいか言ってみろ」
「え、じゃあ…………海ってどんな感じ? 波は激しい? 色はやっぱり青なの?」
「…………ものを知らんのではないのか? 明らかに知っていて聞いているではないか」
あ、そうか。
異世界の海ってどんなだろうって、そのまま聞いちゃった。
「ものを知らないから、俺が知識与えたんだよ。知識では知ってても、本物は見たことないんだ」
アルフがそうフォローしてくれる。
「なら、この国の海でも見に行けばいいだろう」
「え、ここって海あるの?」
「…………なんともバランスの悪い。おい、妖精。いきなり何も知らない仔馬に知識だけ大量に与えてどうする。阿呆か」
「アホじゃない! 知らないより知ってるほうがいいだろー!」
「無闇に知っているせいで、警戒心や危機意識が緩いではないか。そう言ったものは失敗から学ぶべきであって、実感の伴わない知識だけでは身につかん」
…………あれ、もしかしてグライフって、すっごいまともなひと?
「フォーレン、なんか俺に失礼なこと考えてるだろ」
「ううん、アルフのことじゃないよ。グライフは、ちゃんとした大人なんだなぁって」
「ふん、存外分別はあるようだな、仔馬!」
「それ、遠回しに俺がちゃんとしてないって言ってるんだぞ、フォーレン!」
いや、だって、ねぇ?
アルフの軽さ、嫌いじゃないけど、そこは大人としてどうなの? って思うところはある訳で。
「まぁ、良かろう。条件とやらに暇な限りはつき合ってやろう」
こうして僕とアルフの旅に、グライフが加わることになった。
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