125話:エルフ王
エルフの城は街と同じく白く、そして顎を上げないと尖塔の先が見えないほど大きかった。
高い壁の向こうにさらに高い尖塔が並んでいる威容は、これぞファンタジーって感じだ。
正面の大きな門は閉ざされていて、両端には一人ずつ門番いる。
これがゲームならなんの前置きもなく喋りかけても情報くれそうだけど。
「見学ならあちらに回れ」
観光と思われた。
その上、事務的というか面倒そうな雰囲気で追い払われる。
うん、現実ってこんなものだよね。
「エルフ王に会うにはどうしたらいいですか?」
「陳情は決まった日にちと時間がある」
エルフ王は民から直接陳情を聞くらしい。
そんなことしてるんだ。ブラウウェルが仕えているにしては案外まともそうだと思ってしまった。
「受け付けはあっちだ」
事務的に盥回しされてる。
指された先には正面の門とは別の小さい門があって、そっちにも別の門番が立っていた。
「あぁ、あっちは役所だよ」
「知ってるの、コーニッシュ」
「店開く時に行っただけさ」
悪魔って手続きするんだ。
いや、エルフの国では悪魔も手続きが必要なんだ?
そんなことを思いながら、僕はコーニッシュの淡々とした説明を聞く。
「陳情は一年に一回。選考あり。今からじゃ来年の陳情にも間に合わないね」
「えー?」
それじゃ遅いよ。
主眼は観光だけど、流浪の民のこと忠告に来たのに。
…………そう言えば、この国ってそれらしい人いないなぁ。
まず人間がいないから、流浪の民っぽい人もいない。
ほとんどがエルフで、少数いる幻象種も僕たちみたいに人化してる者はさらに少ない。
「さきの若造を連れてくれば早かったか」
「グライフ、たぶんそれまた人質に取ったエルフを解放しろって囲まれるよ」
「解放、囲む、ふむ…………」
コーニッシュが何か呟く。
真剣な顔して考え込むようなこと? まぁ、元が暇潰しだし悪魔の割に大人しいし放っておこう。
「手続きする場所があるならそこで聞こう」
僕は儀礼的に門番に礼を言って背を向けた。
僕たちが背を向けた途端、正面の門が内側から開く。
大きさに比例して盛大に軋む門の音に振り返ると、門番も驚いた顔をして誰が出てくるかを見ていた。
正面の門が開くこと自体珍しいのか、通行人も足を止める。
開く門からは風と花びらが溢れるように出て来た。
「そこの方、お待ちになって」
そう言って出てきたのは、白い髪の妖精。
若葉のような色の瞳は、確実に僕を見ていた。
「おっきい…………」
綺麗な女性の姿をしてるけど、その身長は悪魔のペオル並み。
見上げて思わずそのまんまの感想が漏れてしまった僕を、さっきまで面倒そうに相手していた門番が怒った。
「こら! 陛下の契約者である大妖精さまになんてことを!」
「まぁ、私に恥をかかせないでちょうだい」
怒る門番に大きな妖精のほうが慌てる。
そしてお姫さまのような動きで僕の前に膝を折った。
「大妖精さまが、膝を突いた…………!?」
門番のみならず辺りのエルフが仰天する。
たぶんこの大妖精さまって、アルフのことわかってやってるよね。
じゃ、普通に対応していいか。
「そんなにかしこまらないでいいよ」
「いいえ、妖精王の加護厚き方。あなたのことは聞いています。私はシルフィードのツェツィーリア。妖精王の代理人、フォーレン。どうか、エルフの王に妖精王さまからの忠告を伝えてください」
「うん、そういうお遣いだし。入っていいの?」
「もちろん、案内するわ」
ちょうど良く案内人になってくれたツェツィーリアに続いて、僕たちは城へ正面から入る。
通りすぎる時、門番は冷や汗垂らしてかしこまっちゃった。
やっぱり見てわかる人なんてそうそういないよね。今度からはちゃんと名乗ろう。
そんなこと考えて入ったお城の中は、広いし天井が高かった。
「何を考えている、仔馬」
「ここならグライフ飛べるなぁって」
「飛んだらたぶん誰かに怒られるわよ。私がそうだから」
うん、妖精。
シルフィードはシルフと同じ風の妖精らしいから、ニーナとネーナの仲間だ。
そこまで騒がしくないけど素直な感じは、森のシルフ二人を足して二で割ったような印象かな。
お城の廊下を進んでいくと、向こうから文官っぽいローブを来たエルフが列で現れた。
「大妖精さま、そちらが?」
「そうよ。ちょうど門の所にいたから連れて来たわ」
「お手数をおかけいたします。それでは我々が代わりましてお連れしましょう」
新しく案内に現れた文官と一緒に、僕たちは広間へと案内された。
えっと、いきなり?
奥に玉座あるし、左右に厳めしい顔のエルフが並んでるし、たぶん偉い人たちだよね?
壁際には兵士、いや騎士かな? が並んでた。
うん、ファンタジー感が増す気がする。
「そこに立ってて」
「うん」
僕たちに広間の途中で止まるよう言って、ツェツィーリアは玉座へと飛んで行った。
あ、壁際にスヴァルトがいる…………左右をがっちり兵に固められて。
玉座は無人。玉座の前に大臣っぽい人が進み出ると、広間に響く声で告げた。
「陛下のおなり!」
瞬間、何処からか入場曲が演奏される。
これ、ファンタジーっていうかゲームみたいだ。
実際やられると演出過多だけど、出て来たエルフは過多な演出に見合う威厳があった。
そしてやっぱり若い。三十くらいかな?
(アルフ、エルフ王に会ったらするべきことって何?)
(あ? なんて?)
どうやら僕のほうに意識を向けてなかったようで、アルフが聞き漏らす。
繋いだ精神から気もそぞろな雰囲気が伝わった。
(エルフの王さまに対して失礼にならないように気を付けること)
(えー、自己紹介をちゃんとしとけばいいんじゃないか?)
他に気になることがあるらしく投げやりな返答をされた。
了解するとすぐ切れる。
何か作業中だったのかな?
僕がアルフとやり取りしている間に、エルフ王が座る。
同時に曲が止んで、曲と共に跪いていたエルフたちが立ち上がった。
棒立ちだった僕はエルフ王と目が合って、ちょっと焦る。
「初めまして。僕はユニコーンのフォーレン」
まず自己紹介っと思って言ったら、途端に周囲が異常なほどざわついた。
「…………あれ?」
「ぶふ…………!」
噴き出すグライフを振り返って、僕は嫌な予感に問い質す。
「ユニコーンって言うのまずかった?」
「違うぞ、仔馬。王より先に口を開いたからだ」
「え、駄目だった?」
「先に口を開くのは偉いほうさ」
どうやら悪魔のコーニッシュでも知ってる礼儀だったようだ。
うん、僕は全然知らなかったよ。
「いきなり名乗りを上げるのは戦場で首を取る時だぞ」
「え!? そんなつもりないよ!」
グライフがすごく面白がってるし、大変なことしちゃったみたいだ。
エルフ王も僕の突然の無礼に考え込んでる。
周りのエルフは渋い顔で僕に冷たい視線を送っていた。
「えーと、ごめんなさい。それでエルフ王の名前は?」
「はぁ!?」
友好的にやろうと思って話しを振ると、もう切れぎみの声が浴びせられた。
驚いて左右に並んだエルフたちを見ると、その向こうでスヴァルトが顔を覆ってる。
「僕、相当まずいことした?」
「くく、は、ははは! 名を聞くのは王のすべきことだな。つまり貴様は今、明らかにエルフ王より上の立場だとこの場で宣言したに等しい。やるではないか」
うわー…………!?
褒めないで、面白がらないでグライフ! もっと早く止めて!
「君、考えなし?」
「アルフに何すべきって聞いたら、自己紹介しとけって…………言われて…………」
「妖精王の入れ知恵か。妖精の悪戯に簡単に引っかかるんだね」
「コーニッシュ、アルフはそこまで考えてないと思うよ。だいぶ適当に答えられたし」
「それで実行するのだから考えなしではあるな」
前は幻象種の誇りだなんだって言ってたグライフに笑われる。
まぁ、怒って突かれるよりずっといい。
ずっといいんだけど、周りのエルフが殺気立ってるんだよね。
この空気、どうしよう…………?
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