117話:サテュロスは仲間を呼んだ
やって来たのは下半身が山羊の小男たち。
髭に、角に、蹄に、巻き毛と基本的な特徴はあつらえたように一緒だった。
そして荒ぶる羊に跨ってる。羊嫌がってない?
色んな楽器を適当に吹き鳴らしていて騒がしいし、パラリラ鳴らしてるの誰?
羊に乗った山羊の暴走族って…………。
「今度は何あれ?」
「サテュロスだな。森や山に住む、音楽を奏でて踊り狂う習性がある」
「あれも馬鹿だぞ」
「おおーん!?」
悪口を言うグライフに、サテュロスはいきってメンチを切った。
まぁ、人化したままグライフは空を飛んで降りてこないんだけどね。
僕が跳んでも届かない距離に滞空してる。グライフって戦闘態勢に入る時、必ず自分の間合い取るんだよね。あれ、僕に向かって滑空できる位置なんだろうなぁ。
『わー! サテュロスはまずい!』
誰が来たかを知って、アルフが焦る。
途端に僕の中で知識が開いた。
サテュロスは妖精で精神体。
破壊的な臆病者であり、酒と女性と美少年を愛する欲情の化身にして酒乱の妖精らしい。
うん、碌でもないのが来た。
「うほ、美少年!」
僕の目の前まで羊に乗って来たサテュロスがそう叫んだ。
僕は反射的にサテュロスの頬を張る。
羊から転がり落ちたサテュロスは、横座で叩かれた頬を押さえて僕を見上げた。
「こ、今度は性別を間違われてはいないはずだが? フォーレンくん?」
強張った声のスヴァルトに、僕は鳥肌の立った腕を撫でる。
「キモチワルイ」
思ったより平坦な声が出る。
うん、表情も動かないくらい拒否感が行動に出ちゃった。
見下ろしてたら震えるサテュロスがまた叫んだ。
「…………うは、ご褒美です!」
僕は反射的にまた平手打ち見舞う。
そして返す手でもう一発打った。
『待て待て、フォーレン! サテュロスは男の欲と醜さを体現する妖精で!』
「スゴクキモチワルイ」
「わしら的には褒め言葉でっす!」
大興奮のサテュロスに、また平手を見舞うけど、熱のこもった目で見つめられると怖気が走る。
妖精って…………。
『フォーレン! 妖精への評価がすごい勢いで下がってる! そいつら特殊だから!』
「逆に特殊でない妖精とはなんだ?」
グライフが上から聞くと、アルフは黙ってしまった。
そしてサテュロスが追い打ちをかける。
「ぐへへ」
懲りずに寄って来るサテュロスたちを、僕はもう作業のように平手でぶっ飛ばした。
「ダークエルフは襲わんのか?」
「拙はもう少年という年齢ではないからな」
「トッテモキモチワルイ」
狙いは僕だけっていうのが、もう受け入れられない。
そろそろユニコーンの後ろ蹴りを見舞おうかと思いながら、僕は人化したまま平手打ちを続けた。
「くそー、これじゃ埒が明かねぇ。美少年に近づけねぇよ!」
「よし、応援を呼ぶぞ! どんなに強い美少年もいちころだ!」
そう言って、今度はサテュロスが角笛を吹いた。
途端にグライフとスヴァルトが慌て出す。
「おい、サテュロスはまさか!」
「マイナスを呼ぶ気か!?」
アルフの知識によると、マイナスはサテュロスと対を成す女妖精らしい。
女性の卑猥と狂乱を体現する妖精で、ともかく凶悪で加減を知らない存在だ。
それはどうやらサテュロスたちが良く知っているみたいだった。
「ないない、あんなヤバい奴ら」
「俺たちでも手が付けられないから」
「理性がないのが普通の奴らだから」
「踊ってる時はいいんだけどな」
サテュロスからさえないと否定されるマイナス。
そんなことを言ってる間にも、角笛は吹き鳴らされ続けてる。
本当うるさい。これってただの音じゃない。何か魔法的な響きがあってうるさいんだ。
「俺たちの切り札はこれだ!」
サテュロスが意気込んで叫ぶと、唸り声があたりに響く。
隆起の激しい遠くから、何か黒い塊が走って来ていた。
『なぁ、何が来たんだ?』
視覚まで共有できないから、アルフがそわそわしながら聞いてくる。
やろうと思えばできるけど集中が必要なんだって。
「えーと…………熊?」
『熊の魔物?』
「ううん、ただの熊」
「ただし、森にいる熊の二倍は軽くあります」
スヴァルトがアルフへの説明を捕捉してくれる。
っていうか、あの森熊いるんだ。
そして熊ってこれより小さいんだ?
四足時点で成人男性ほどの体高があるんだけど、僕前世では熊見たことないのかな?
「どうだ!」
「どうって言われても…………」
「うん? 怖くないのか?」
「だって、ただの熊だよね?」
サテュロスが驚かない僕に驚いていると、グライフも上空から降りてくる。
まぁ、相手は大きいだけの熊だからね。
「良いではないか。食いでがある」
「狩人として熊なら拙の領分だ」
「もう面倒だからこの斜面から蹴り落としていい?」
僕たちの反応に、巨熊は雰囲気で怯む。
「何やってるんだ!」
「やれやれ!」
サテュロスとケンタウロスは野次を飛ばして巨熊を嗾けようとする。
うん、完全にただの獣。大きいだけの熊。
だからこそ、どうやらわかるようだ。
こっちのヤバさが。
一声大きく鳴いた巨熊は、突然お尻を向けて逃げる。
あ、尻尾丸くない。
熊の尻尾って、三角だ。
「逃がさん!」
「ちょっとグライフ」
「フォーレンくん、あれを晩餐にしようか」
「二人が食べるっていうならいいけど」
弓を構えるスヴァルトに、草食の僕は一歩引く。グライフは本性に戻って喜々として追って行った。
スヴァルトは周りを見回して弓を降ろした。その視線の先ではサテュロスが必死に叫んでいる。
「逃げろー! 逃げてくれー!」
「熊五郎! 生きるんだ!」
「あー! 捕まった!?」
熊五郎というらしい巨熊は、グライフに背を掴まれ宙に持ち上げられる。
けど、グライフは熊を落としてしまう。
珍しい。
「ぐぅ、重い!」
「馬一頭簡単に持ち上げるグライフが重いって、そうとうだね」
「明らかに馬より重そうだからな」
そんなことを話している間に、熊五郎は僕たちから見えない丘の陰へと逃げていった。
「まぁ、馬もどきもいるならいいか」
「ぎゃー!」
グライフは狙いをケンタウロスに変えて飛んでくる。
僕が倒してほとんど動けないからこっちは逃げられもしない。
「グライフって実は雑食なの?」
「肉食だ」
「なんでもいいよ。さすがに僕の前でそれは食べないでね」
「む…………」
人間でも馬でも、気分が悪くなりそうだった。
そんな話してる間に、スヴァルトが頬を腫らしたサテュロスに語りかける。
「あの少年はユニコーンだ。グリフォンの顔の傷をつけた相手。お前たちが敵うわけもない」
「げ!? グリフォンに傷を!?」
なんでケンタウロスにドン引きされなきゃいけないの?
君たちのほうから襲って来たよね?
「サテュロス、お前たちは妖精の端くれなら胸の飾りで気づけ」
「あ! あの気配は!?」
スヴァルトに言われてようやく気づいたサテュロスの驚きの声に、僕は思わず呟いてしまう。
「アルフって…………本当に…………」
『あ、あいつら注意散漫なだけだい!』
これ以上言うとアルフがへそを曲げそうだったから、僕はただ口を閉じた。
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