12話:旅は道連れ
姫騎士団というファンタジーでありながら、ユニコーンの僕にとっては天敵と同義の存在を見てから三日。
僕は沢の縁を歩きながら自分の姿を眺めていた。
「あー、あー?」
口を開いて鳴き声を出す。
馬の声と変わらないけど、わかる者が聞けば、意味のない発声だとわかると思う。
「ぁあ、あぁー」
次に出した声は、細くて震えるし、僕は鳴いてない。
口は開けたけど、出た声は馬の声帯から発された音ではなく、風魔法を使って発した人間の声だった。
「うん、風の魔法は案外使いこなしてるじゃねぇか」
「声出せるようになっただけで、これ、喋るの難しいよ?」
前世の感覚で例えると、リコーダーでお喋りしようとしているくらい難しい。
「狙ったとおりの状態を魔法で再現できてるなら、後は慣れと微調整だよ」
「先の長い話だなぁ。…………肝心な魔法は、もっと先は長いみたいだけど」
僕の鼻先に座り込んだアルフは、腕を組んで唸る。
「難易度は確実に人化の術のほうが難しいんだよ。けど、幻象種ならそこまで難儀するとは思わなかったんだけどなぁ。やっぱり子供すぎて魔力を操るところからじゃなきゃ駄目だったかな?」
「そこはアルフと精神繋がってるからどうにかなるって話だったでしょ?」
「うーん、そうなんだけど。なーんかフォーレンの精神、幻象種っぽくないんだよなぁ」
う、もしかして魔法が上手くいかないの、僕のせい?
「子供の内に俺の知識移しちまったせいで、幻象種として不具合が起こってる可能性も、あるかもしれない」
アルフがすごく申し訳なさそうにそう言った。
「え、ううん! アルフの知識すごく役立ってるし! あの時、アルフと契約しなかったら、僕きっとあの後出会った偽装乙女トラップに引っかかってたし。アルフとの出会いで何かあっても、後悔はないよ」
「フォーレン…………」
困ったように笑うアルフは、気持ちを切り替えるように大きく蝶の羽を動かして飛んだ。
「あのな、フォーレンの助けになるように知識を与えたし、代わりに俺は見返りを貰ってるそれが契約だ。けど、そのせいでフォーレンが損なわれるのは、契約の範囲外で想定してなかった俺の失点なの」
「気にしないって。グライフに襲われた時も、逃げずに助けてくれたでしょ。それにアルフに影響されてるなら、別に悪いことなんてないよ。アルフはいい奴じゃないか」
ふらっと僕の背中に回ったアルフは、何故か鬣の中に身を隠した。
「もうやだー。フォーレンができた子すぎて、惚れそう」
「えーやだー。惚れられるなら可愛い子がいい」
「なんだとー、俺のこの姿の何処が可愛くないって?」
「え、性別」
「うわ、即答かよ」
馬鹿なやり取りをしている内に、アルフは鬣から出て来た。
「こういう時って、可愛い女の子が一緒にいると嬉しくなるものじゃないの?」
「なぁ、本当に俺の知識で変に学ぶのやめない? いたいけな子供に悪いこと教えてる気がしてしょうがないんだけど」
気にしなくていいのになぁ。
たぶん、前世の記憶のせいだし。
サブカルの氾濫した日本で育った感覚だから、アルフが罪悪感覚える必要なんてないよ。
「…………アルフは可愛い女の子が一緒だったらいいって思わないの?」
「思う」
「アルフだって即答じゃん」
僕がアルフに毒されているというか、実は結構前世の僕の感覚がアルフと合うだけなんだと思うんだよなぁ。
「人間って色んな髪の色いるみたいだけど、アルフは何色がいいの?」
「え? 髪かぁ。薄い色がいいなぁ。フォーレンの鬣の色くらいの金髪とか?」
「やっぱり肌は白いほうが良かったりする?」
「するする。あ、でも肌の色より触り心地のほうが重要だな」
ノリでアルフの好みを聞き出したところ、金髪碧眼の細身の色白美少女がいいという、なんとも面白みのない答えになった。
「ま、なんて言ってもちんちくりんのアルフじゃそんな子、相手にしてもらえないだろうけどね」
「なんだとこらー!」
落ちをつけると、思いの外アルフが怒った。
「誰がちんちくりんだ! この姿は仮の姿! 本当の俺はもっと立派で、ずっとかっこいいんだぞ!」
「へー、ほー、ふーん。そんな立派でかっこいい妖精が、どうして罰を受けたんだっけ?」
「う…………それは…………」
もしかしたら、仮の姿だというアルフの小ささは、罰の一種なのかもしれない。
そう考えると、小さな子供の姿の割に偉そうな言動もある。以前出会ったバンシーのカウィーナは、アルフに対して目上扱いしていたし本当に偉かったのかな。
ただ本当に立派な妖精だったとして、やらかし方が酷いことには変わらない。
その上、結果として妖精王のダイヤを盗まれるきっかけを作っているんだ。
罰としては相応な気もする。
「それに、アルフって性格とかが軽いんだよね」
「ぐ…………、反省は、してるんだぜ? けど、妖精の性っていうか、楽しいこと好きな性格は変えられないっていうか」
「あ、誰かに指摘されたことあったんだ? 妖精王とか?」
だいぶ的外れだったのか、アルフは腹を抱えて笑った。
そうか、妖精の性なら妖精王も反省が苦手なひとなのかもしれない。
「森に棲むおっかない人魚とか、世話してくれる怪物の子とか。あと、悪魔にも懲りろって睨まれたことあるなぁ」
「えー? 聞きたいこと色々あるけど、うん、アルフって交友関係広いんだね」
頭の中で、人魚は幻象種、怪物は幻象種よりも精神体に近い知的生命だと知識が出てくる。まだまだこの世界には不思議な存在が多くいるようだ。
「俺さ、美醜で好悪とかは動かないけど、やっぱり妖精的に綺麗なものって好きなんだよ」
「綺麗なもの? 見た目がってこと?」
「いや、心の綺麗さでもいいし、声の綺麗さでもいい。綺麗な刺繍が刺せるでもいいし、綺麗な絵が描けるでもいい」
「へー」
「だからフォーレンは俺の好みにはドンピシャ」
「え、僕って綺麗なの?」
「逆に、ユニコーンで綺麗じゃない奴いないからな」
「へー」
「あ、でもやっぱり一緒にいるなら美少女がいい」
「そこに戻るの? いや、僕も美少女がいいとは思うけど」
僕の答えに、またアルフは考え込んでしまった。
よく考えてみれば、神に真似て作られたという人間と妖精が同じような容姿で美しさを好むのは理解できることなんだろう。
けど、僕はユニコーンで、人間的な顔の美醜に関心があること自体珍しいのかもしれない。だからアルフは、精神に影響を与えたかもしれないと悩んでる。
ユニコーンって、乙女なら容姿関係なく腰砕けになるのかな?
なんてどうでもいいことを考えながら、僕は沢に映る自分の姿を見る。
真っ白な体に金色の鬣。額から伸びる真っ直ぐな角。
アルフに聞いたところ僕の瞳は深く黒っぽい青、紺色らしい。
ユニコーンとしての自分を客観視はできない。
鏡なんてないから、こうして水辺に映るぼんやりした影を見るだけだ。
同じように、前世の自分の顔もぼんやりとした水面の陰みたいにしか思い出せない。
人化の術を使う時には、変身する姿をはっきり思い浮かべなくてはいけないそうだ。
前世の姿を思い浮かべればいいかなんて思ったけど、全然思い浮かばないんだよね。
そこはアルフに頼ることになったんだけど、そのアルフが僕の精神について色々悩んでいるのが今だ。
「王都に着いてもすぐには入らないから、ちょっと腰を落ち着けて人化の術試すか」
「いいの? ダイヤ呪われてて危ないんでしょ。王都に着いたらすぐにでも回収したほうがいいんじゃない?」
「それがさ、ちょっと気になることになってて…………。俺、ダイヤがある方向わかるようになってるんだけど、この間から感じなくなってんだよな」
「え? ダイヤなくなったの?」
「壊されたってことなら、違う。考えられるのは誰かが封印したかもってくらいだぜ」
さすがにエイアーナ側でも手に負えなくなって封印したかも? ということらしい。
普通の宝石と違って、砕き割って破壊するなんてことはできないそうだ。
もし封印されているなら、様子を窺ってからのほうがいいとアルフは言う。
「王都で情報集めるなら、俺一人よりフォーレンいてくれたほうが」
僕とアルフはほぼ同時に羽ばたきを聞いた。
頭上を過った重い羽根の音は、鳥にしては大きすぎる。
っていうか、何日か前に嫌ってほど聞いた音だ。
「…………グライフ」
木々の途切れた沢の上空から、僕たちの前に降り立つグリフォン。
グリフォンの見分けなんかつかないんだけど、グライフだけはたぶん別。
だって、真新しい傷が顔を真一文字に切り裂いているから。
あれ、絶対僕が角でやっちゃったやつだよね。
見た目痛そうで直視したくないけど、今はグライフから逃げなきゃいけないから目を逸らせない。
と、思ったんだけど、どうもグライフの様子がおかしい。
アルフも僕の耳の間の鬣に隠れて、動かない。
「アルフ、あれってグライフだよね?」
「あれだけ目立つ傷あるならそうだろ?」
「なんか静かじゃない?」
「静かだな。煩いくらいに上飛び回ってたのに」
僕たちの声が聞こえていないわけではないらしく、目が半眼になって呆れてる。
猛禽だからかな。すごく耳いいね。僕たち声潜めてるのに聞こえてる。
「えーと、なんの用? また僕を食べに来たとかじゃないみたいだけど?」
思い切って声をかけてみる。
雰囲気からしてリベンジではないと思うんだけど、そうなると余計になんでまた来たのかがわからない。
「…………仔馬よ、お前は己が何を連れているかわかっているのか?」
「何をって、アルフのこと?」
「ほう、アルフというのか…………」
うん? 聞いておいてアルフ知らない風?
よくわからないけど、アルフは僕の鬣に隠れたまま、グライフを警戒してる。
「ふむ、それもおいおい知れること。…………用などはない。ただ俺はお前たちについて行くと決めた。さぁ、向かう場所があるなら進め!」
「「はぁ!?」」
「俺を退屈させるなよ!」
何故かグライフは偉そうに、一方的な宣言を放って笑った。
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