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107話:魔王石のジェイド

「気が狂ってるのよ」


 スヴァルトが魔王石を持っているとわかった途端、クローテリアが暴言を吐いた。


「わからなくもないのう」


 暴言、だと思ったんだけど、巨人の老師が同意する。


「なんで? 別に魔王石で何かしてるわけでもないのに」

「魔王石なのよ!?」


 騒ぐクローテリアに、暴言を吐かれたスヴァルトが理解を示した。


「本来、触れている者は狂うんだ。拙も厳重に封印するからこそ持てている」


 そう言って、スヴァルトは腹から巾着のような袋を取り出す。


「この紐はドワーフが技術の粋を集めて作った魔法の紐だ。老師でも千切ることはできない。そしてこの袋は燃えず、濡れず、破けず、かつて使徒がもたらしたと言われる布でできてる上に、縫い目もない」

「ただの袋に見えるのよ」

「そう見えるように封じてある。さらに中には十二の生物の被毛、皮革から創られた封印の魔法が施されている」


 本当に厳重に封印されているらしい魔王石の入った袋を持って、スヴァルトは僕を見る。


「何故わかった?」

「触ったことあるから気配で。えっとね、アルフとダイヤを取り返す時に…………」


 疑うような真剣さで聞かれ、僕はブラオンからダイヤを引き剥がした時のことを説明した。


「素手で触ったのか!? …………あ、すまん」


 巨人の大声に僕らは耳を痛める。三人揃ってちょっと動けないほどに。


「…………うぅ。それで、君はなんともなかったというのか?」

「そこはアルフもグライフも調べたから、たぶんなんともないよ」


 僕の答えにスヴァルトが茫然とする。


「そんなところまでずれてるのよ?」

「ずれてるとかじゃないと思うけど。ほら、アルフだって身につけてるじゃん」


 クローテリアに答えると、大小揃って首を振られる。


「それは妖精王だから可能であってだな」

「えーと、スヴァルトちょっと待って。アルフに聞いてみる」


 僕は精神の繋がりで呼びかけ、状況を説明した。


(え…………? それでなんでわかるんだよ、フォーレン? スヴァルトがジェイド持ってるの、森の中でも秘密なんだけど?)

(僕、ジェイド持ってるまでは聞いてない)

(あ…………)


 あ、通話切られた。


「…………クローテリア」

「なんなのよ?」

「なんか森の中でもスヴァルトが持ってること秘密らしいから言わないでね」

「暴露したユニコーンが言うことじゃないのよ」

「アルフよりましだよ」

「何か口を滑らせたか、あの方は…………」


 スヴァルトにもすぐわかるって、アルフの日頃の行いだよね。


「宝石の種類だ、け…………わかったら、アルフの知識でだいたいのことはわかっちゃうな、僕」

「妖精は鏡だのう。それだけこのユニコーンの子が隠しごとのない素直ということだろう」

「一年も生きてないから隠しごとも何もないからねぇ」

「え!?」

「仔馬も仔馬なのよ! あたしのほうがお姉さんなのよ!」


 今さらスヴァルトとクローテリアに驚かれた。


「もう年齢どうでも良くない? それより、それ持ってていいの?」


 僕がジェイドの入った袋を指すとスヴァルトは黙る。

 そんな様子に巨人は、僕の頭からクローテリアを摘まみ上げた。


「なのよー!?」

「落ち着け、小さき者。スヴァルト、話してみるといい。穢れなき者がなんと言うか」


 巨人の老師の言葉に、スヴァルトは目で促してその場を離れる。

 ついて行くと、背中を向けたまま話を切り出された。


「ダークエルフについてはどれほどを知っている?」

「悪評を自分たちで流したとか? その辺りはアルフに聞いたよ」

「…………実は我々はダークエルフではない」

「あ、そうなの?」


 懐から入れ物を出して見せてくるスヴァルト。

 中身は肌の色と同じ練り物だった。


「もしかしてこれ、肌に塗ってるの?」

「そうだ。噂の信憑性と、森の中で見つかりにくいようにな」

「もしかしてその髪も?」

「あぁ、これも色を薄くする薬でこの色にしている」


 実はダークエルフの村で湯を使うのは、髪を脱色するためらしい。


「本物のダークエルフはほぼ伝説だ。闇に落ちたエルフをそう呼ぶが、実物を見た者はどれだけいるかもしれない」

「どうしてそこまでしてダークエルフのふりをしたの? 人間が君たちを追ったの?」

「それを話すには、基本的なエルフの情勢を教えよう。まずエルフの本流は西だ。東の者たちは軽んじられていた」


 東で魔王が覇を立てても、西のエルフ本国からの助けはなく。

 当時若かったスヴァルトは、西のエルフを見限って魔王軍に入ったそうだ。


「功を立て、独自の部隊が持てるようになって、拙は故郷の者たちを魔王軍に誘った」

「あの村にいたダークエルフたち?」

「そうだ」


 不遇のエルフたちが一旗揚げた。それ自体は責められるべきではないと思う。


(新興勢力の魔王の下だからできたことだな)

(アルフ、盗み聞きが堂々とし過ぎ)

(ここら辺は知識にないだろ? 長命すぎると入れ替わりもないから若い奴らは行き場がなくなるんだ。あの頃の東のエルフは西の本国からあぶれた者たちだったんだよ)


 なるほど。歴史背景的に、エルフ本国は頼れない関係にあった、と。


「我々は、功を上げるごとに怨みも買った」

「まぁ、負けたほうからすればね。西のエルフとは最初から思うところのある関係性なんでしょ」

「そうだ、見下していた相手に負けてはな。だからこそ勝ち続けなければいけなかった」

「それは無理じゃない?」


 前世の歴史からもわかるし、実際勝ち続けることはできなかった。

 魔王は、種族を越えた決死の抵抗で負けた。


「国にも帰れず、我々は森に落ち延びた。受け入れてくださったことには感謝している。エルフの国からの引き渡し要請もアルベリヒさまははねつけてくださった」

「それでなんで、エルフが、えーと、南のニーオストが持ってるはずの魔王石をスヴァルトが持ってるの?」


 知識によると、東と南どっちのエルフの国にも二つずつ魔王石がわけられたらしい。

 で、ジェイドは南のニーオストが封じるはずの魔王石だ。


「ニーオストのエルフ王も当時は若かった。我々の行動に理解を示した」

「アルフが、新たな可能性を模索してるのが森の南にあるニーオストってエルフの国だって言ってるよ?」

「そのとおり。西の国はそれこそ妖精女王以前に歴史を求めることができる。そこからわかれたエルフの国がニーオストだ」


 自然発生が幻象種だったはず。

 なるほど。神に作られた妖精より由来は古いのか。


「ニーオストのエルフ王は我々のせいで東の族の分裂を招いたと謗られることもある。だから、国を守るために保護を拒絶したことに文句はない」


 言いながらスヴァルトは苦しそうに下を見ていた。


「拙一人ならば、自業自得だ。だが、仲間は拙が誘って引き込んだ」

「それが君の自己卑下の元?」

「拙は生き残るために殺し続けた。卑しい生きざまだ」


 森に逃げ込むまでの死闘。けれど逃げ込んだ後もアルフ就任まで森で防衛を余儀なくされたとスヴァルトは語る。


(俺がここに来るまで、ずっと仲間を守るために戦い続けてたぜ)

(そこに誇りはないの? どうして自分を卑しいなんて)

(誇れるような戦い方じゃなかったからな)


 戦えない仲間を抱えてスヴァルトが行った抵抗は、罠に毒殺、偽計に虚報。

 時には無関係な者を巻き込むような汚い手でも、なんでもやったそうだ。

 だからこそ、スヴァルトは自分のやり方を肯定できない。


「そこまでやった君だから、エルフ王は信用したの?」

「驚いた。アルベリヒさまにも言ってないのに。エルフ王と同じことを言うとは」

「アルフも、森の住人も、みんな君を信頼してるよ。苦しんでも確実な道を選ぶ覚悟があるなら、いっそ任せられるってものでしょう」

「…………そうだ。陛下もそう言って、拙などにジェイドを」


 スヴァルトはきっと、手に負えず魔王石をドラゴンに押しつけたドワーフの轍は踏まない。

 力の悪用もこれだけ真面目ならしないし、できる性格なら悩んでないんだろう。


「ねぇ、もたないってどういうこと?」

「魔王石の力に呑まれないよう無理をした。呑まれることはないだろうが、精神が擦り切れて拙は近く死ぬかもしれない」


 自分の死を語っているはずなのに、満足そうにスヴァルトは告げた。


(ねぇ、アルフ。これって一種の自殺だったりする?)

(うーん、否定はしない)


 僕はにっこり笑ってスヴァルトを見る。


「僕、目の前で死ぬひとは止めなきゃ気が済まないんだ」

「は?」

「そのジェイド、僕に預けない?」

「何を言ってるんだ!?」

「ずっと持ってて危ないなら、僕と半分にしよう」

「は? え?」


 信じられないというか、理解できないみたいにスヴァルトは狼狽えた。

 瞬間、こらえきれないように笑い声が地面から聞こえる。

 その笑い声は伸びあがるように上へと移動していた。

 まるで地面から生えたような不自然さで。


「ふ、くっくっ、ふあははは! 全く、何をしているかと思えば、これは面白い!」


 暗い森の陰から現われたのは、一体の悪魔。

 牙を剥き出すように笑った顔は、首を動かさなければ見えないほどの高さにあった。


毎日更新

次回:悪魔は女性不審

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