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11話:ユニコーン特攻部隊

「ローズ、エイアーナ王は魔王石を手に入れて何をするつもりだったと思う?」


 白馬に跨り行軍しながら、私は轡を並べる副団長へと声をかけた。

 姫騎士団と名乗る私の騎士たちは、見習いから従者に至るまですべてが女性で構成される。団長である私はもちろん、ローズも皮鎧を主にした白銀の鎧を身に纏い、一般的な騎士よりも華奢な剣を帯びてエイアーナ国内を行軍していた。


「エイアーナ王国は東西に長い上に、平地も少ない。地方領主はなかなかいうことを聞かず、国王への集権は捗々しくないと聞くわね。権威の増強のため、北部への侵攻と平地の獲得が狙いと見ていいでしょう。…………何か気になることがあるみたいね、ランシェリス?」

「私もそう考えた。だからこそ、ここから北の平地を領有するビーンセイズ王国が出てくることも織り込み済みだったはずだ。なのにエイアーナのこの反応鈍さはどうだ? 戦支度などまるで整っていなかった」


 私たちはエイアーナの北方に位置するジッテルライヒからやって来た。

 エイアーナの魔王石を狙うらしいビーンセイズは、北隣に位置する国だ。ジッテルライヒから入国する経路は、ビーンセイズを経由する。

 攻め入るつもりなら、通ったエイアーナの北に戦力が集められているはずである。


「国境は落ち着かない雰囲気でしたけど、戦支度の形跡はありませんでしたね」


 私とローズの会話にそう漏らしたのは、私の従者であり、馬の轡を牽くブランカ。

 従者なので鎧は着ておらず、まだ着慣れない従者の外套が重そうだった。


「ブランカ、作戦行動中の私語は慎め」

「は…………! も、申し訳ございません、副団長どの!」

「ブランカ、良く見るといい。今のはローズの冗談だ。目が笑っている」

「は…………! は? そう、なのですか?」


 子供のように一喜一憂する姿は、純朴な精神を物語る。貴族の家に生まれて気を張って生きて来た、私やローズにはないものだ。

 そのため、ローズが反応を面白がる気持ちはわかる。ただ、短い栗色の髪を跳ね上げて辺りを不安げに見回すブランカの表情は、愛らしくも何処か哀れ催す。


「ふふ、ブランカくらいの可愛げが、私の従者にもあればいいのだけれど?」


 そう言って流し目で見るローズの従者は、反応しては負けだと言わんばかりに前だけを見ている。

 すでに構い倒されて早三年。この従者はローズを尊敬はしていても、嗜虐趣味につき合うだけ損をすると学んでしまっていた。

 どう料理してやろうか、とローズが赤い唇に舌を這わせていることは後で忠告しておこう。相手を攻略する楽しみというものを語られたこともあるが、この副団長の趣味についていける気はしない。他は気のいい友人、頼れる副団長なのだが。


「ランシェリスさま、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ、ブランカ? 一応、作戦行動中であるのは本当だ。団長と呼ぶように」

「は! 申し訳ございません! …………その、とても基本的なことをお尋ねしてしまうのですが、戦争に使う以外に、魔王石で何かできることがあるのでしょうか?」


 ブランカは平民だ。魔王石という魔王の残滓があることは知っていても、それが国家の運営にどれほどの影響を与える物かを知らないのだろう。


「戦争以外、つまり敵を滅ぼす以外で使うとなると、一番危惧される危険性は洗脳だ」

「洗脳? …………あ、敵国の要人を洗脳して寝返らせるということでしょうか?」


 一生懸命考えてそれなら、ブランカが魔王石を手にしたとて、脅威とはならないだろう。

 ローズも子供に言い聞かせるように優しげな声を出した。


「ブランカ、魔王石はもっと多くの人間を操ることができるの。何より、敵に使うのではないと言ったでしょう。ランシェリスはもっと恐ろしい用途を想定しているわ」

「待って、ローズ。それでは私が悪魔の謀でもしているようだ。ブランカ、先に言っておくが、私が想定したのは、過去実際に起こった魔王石の悪用事例だ。…………ある領主が偶然手に入れた魔王石を使って、領民全てを洗脳し、自らを神と崇め奉る宗教国家を樹立した例がある」

「え、えぇ!? 神を僭称するなんて、そんな恐れ多い!」


 怒りを含んだ声に、私とローズ、ローズの従者までその心根の清さに顔が綻ぶ。

 悲しいかな、私たちが守る人間たちが皆、心清い人ばかりではない。それでも、騎士団として剣を握る以上、清濁に関わらず人々を守るべき立場にある。

 ブランカのような愚直なまでの素直さを、人間が備えているのだと目の当たりにできるのは、己の義務を見失わずにいられる一種の癒しであった。


「人は欲に駆られて悍ましい蛮行にも及ぶ。その欲を満たす可能性を示す魔王石は、人の欲をさらに増幅する呪われた宝石だ。関わらないほうが、きっと幸せに生きられる」

「そうですね。神を名乗るなんて大それた欲を現実にしてしまうなんて」

「…………ブランカは、当分ヘイリンペリアムに足を踏み入れないほうがいいでしょうね」

「ふ、副団長どの。それは私が未熟者だからでしょうか? 使徒さまの神殿に、お参りしたいと思っていたんですが…………。いえ、そうですね。立派な騎士となって、叙勲されるくらいでなくては、聖都には至れませんね!」


 ローズはブランカの勘違いに苦笑するだけで真意を伝えようとはしなかった。


 そう、この純粋な従者にはまだ、ヘイリンペリアムに巣食う豚共の、机の下で蹴り合うような醜い大饗など見せるわけにはいかない。

 あぁ、本当に、ブランカのような人間がヘイリンペリアムを担っていれば、私たち騎士団も神のご意志にのみ従って生きられたかもしれないのに。


 私はローズと同じ思いで、ブランカに苦笑を向けた。






 なんか、崖の上から見える街道を、白い一団が行軍してる。

 うん、軍だ。武装した騎馬に、武器とか積んでそうな馬車、揃いの鎧や外套を纏って大きな旗靡かせている人々。


「アルフ、あれって何?」

「うーわー。いい匂いがするっていうから嫌な予感してたけど…………。フォーレン、あいつら見えなくなるまで絶対動くなよ?」


 僕がいるのは降りてきた山から続く小高い崖の上。その時点で街道からは見えにくいのに、さらにアルフの指示で伏せて様子を見ている。


「この国って、女の人だけの軍があるの?」

「エイアーナの軍じゃないさ。あの旗見えるか? 四つの棘みたいな突起のついた枠の中に紋章あるだろ? あの枠、ヘイリンペリアムっていう教会が運営する国の所属を表すんだ。つまり、あいつらは教会擁する騎士団だぜ」


 騎士団! 前世の感覚で、なんとなくかっこいい響きに聞こえる。

 しかもそれが女の子だけで形成されてるって、ファンタジーだなぁ。


「あ、旗に四方囲まれてる人、あれって指揮官っぽくない? うわ、若い? 若いよね?」


 僕の感覚では二十前後に見えるけど、これは前世の感覚だと思う。だって僕、あまり人間に会ったことがない。

 見た感じ、指揮官っぽい甲冑姿の乙女たちは十代の可能性もある。


「たぶん団長クラスだろうな。身に着けてる物が光って見えないか? あれは魔法のかかった武器や防具だ。聖女の聖遺物で作られた剣があるって聞いたから、きっと破邪の効果があるんだろう」

「へー。すごいなぁ」


 何がすごいって、その光る装備を一番身に着けてる女の子が、輝くような金髪をツインドリルにしてることなんだよね。

 前世の知識で、とても珍しい髪型なのはわかる。

 その隣にいるのは赤毛のストレートロング。シンプルだけどこれはこれで、白銀の鎧と相まってファンタジー感が増すって、僕の中の人間性が騒いだ。


「なんだ? 髪の短い子がいるな?」

「あぁ、あの馬引いてる子? そう言えば、人間って髪切らないの?」


 僕が見たことのある人たちは大抵長く伸ばしていた。

 短かったのは大人の男に数人程度。


「子供は伸ばすし、女は本来切らないぜ。既婚者が結い上げるくらいだ。男は成人すると一回切るけど、整える手間惜しんで伸ばす奴のほうが多いかな?」

「じゃ、あの子だけなんで短いの? 女の子だよね?」

「考えられるのは、貧しさで髪を売ったんじゃないか? 貴族が髪を結って重い宝石飾る時なんかに、買った髪でボリューム盛るらしいから」


 思ったよりも切実な理由っぽい。

 けど、前世の知識じゃ髪型ってファッションだから、長さに理由があるのはやっぱりファンタジーっぽくてちょっと楽しくなってくる。

 そんな僕の呑気な気配がわかったみたいで、アルフは僕の顔の横で渋面になった。


「あれは有名なシェーリエ姫騎士団だ。聖女の名を冠する騎士団で、女しか所属できない」

「一人も男いないの? そんなので戦える? 人間って男女差あるよね」


 魔法を主に使うなら騎士団じゃないだろうし。魔法の剣で補うのかな?

 それとも前世で言うアマゾネスのように女性のほうが強い人間がいるんだろうか?


「もう一つ、姫騎士団に所属する絶対条件がある。フォーレンならわかるだろ?」

「うーん、うん? もしかして、あの全員が乙女!?」

「正解。ちょっと想像してみろよ。あの姫騎士団が、目の前で剣抜くんだぜ?」

「…………勝てる気がしない」


 この距離であのいい匂いすごいし。

 母馬が乙女一人に腰砕けになっていたことを考えると、あの大人数で来られたら、敵対行動されても抗えるかわからない。

 母馬を殺した女の子は素人だったけど、あの姫騎士団は全員がなんらかの軍事訓練を受けているはずだ。


「もしかして、ユニコーンの天敵みたいなもの?」

「ユニコーンに限らず、清らかな存在を傷つけられない奴らはお手上げだな。一種戦闘に特化したとんでもない集団なんだよ。逆に、女しか狙わないような奴らも、ホイホイつられて殲滅させられる」

「ひぇー」


 餌としても武力としても数を揃えた上での殲滅って。


「ま、人間の知恵だな。最小限の被害で本来敵わないはずの敵を討ち果たすんだ」


 アルフ曰く、敵を倒すための工夫であり、工夫が必要なのは弱いからこそなのだとか。


「種としては弱いが、人間ってのは戦いを経ると大きく発展する種族だ」


 姫騎士団の列を見送りながら、アルフは何処か感慨深げに呟く。

 ぶっちゃけ爺臭い。


「魔王も、本当なら人間なんかに倒されるような存在じゃなかったはずなんだよなぁ。それを、人間は知恵と工夫で倒しちまった」

「もしかして、アルフが自分から人間には関わらないって言ってるの、魔王が倒されたせいだったりする?」

「うーん、違うとも言えないな。元から森に棲む妖精は外出ないんだけど。人間に深入りするとヤバいのは感じてるかな」


 うーん、前世人間の僕に関わらせてしまって申し訳ない。


「アルフ、あの姫騎士団、なんでこの国にいるの?」

「…………騎士団は五百年前に、魔王の残党と戦うために創られたんだ。基本的には人間を守るために行動する。その中でも姫騎士団はさっき言ったとおり、乙女に反応する奴らを専門に退治する」

「まさか、ユニコーンっているだけで討伐対象だったり?」

「するだろうな。国内に縄張り作られたら、それだけで誰も近寄れなくなるんだ」


 アルフが言うには、準備万端で罠を張られた母馬の件を考えても、僕が生まれた時点で人間たちには捕捉されていただろう、と。

 ただ、ユニコーンはレアアイテムでもあるので、姫騎士団に討伐要請が出される前に、権力者がこぞって私設の討伐隊を編成するのだとか。


「姫騎士団がユニコーン討伐に赴いた時には、結構な数の人間が犠牲になった後だろうな」

「うーわー。…………僕、あの姫騎士団とはお近づきになりたくない」

「ならないほうが賢明だ」


 遠ざかっていく姫騎士団は、街道を西に進んでいく。

 その姿に、僕は一抹の不安を覚えていた。


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次回:旅は道連れ

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