10話:痛い目を見せる
「…………な…………に…………?」
一部始終を見ていたグライフが発したのは、そんな言葉だった。
グリフォンの聴覚がどれほどのものかはわからないけど、ドラゴンは骨が折れ、見えないほど遠くへ吹っ飛ばされたことだけは理解しただろう。
蹴ったら蹄からそんな感触したんだ。あんがい蹄って敏感?
ま、今はそんなことどうでもいいか。
「そんな、ことが…………」
どうやら僕がドラゴンをふっ飛ばしたことが信じられないらしく、グライフは茫然としていた。
「えー…………?」
アルフもドラゴンが消えた方向を眺めて動けないようだ。
驚いているのはちょっと離れていてもわかる。
きっと、僕が今苛々継続中なのも、アルフには伝わっている。
「フォーレン、目は赤く…………なってないな…………」
「何…………!?」
アルフの言葉に反応したのはグライフ。
僕は目の色なんてどうでもいい。
今は、アルフを危険にさらす腹立たしい存在を排除するだけだ。
「だから…………君もだ!」
僕は真っ直ぐ走り出した。
驚きで羽ばたくことを疎かにしたグライフは、比較的低い所まで降りて来ていた。
僕は目の前の大きな岩に速度を落とさず飛び乗る。
そして後ろ足で強く岩を蹴った。
「うげ…………! 岩に罅!?」
アルフが何か言ってるけど、今は目の前のグライフに集中!
「しまっ…………!」
そう声を漏らしたグライフは、すでに跳び上がった僕の攻撃範囲内だった。
首を大きく横に引いて、力の限り振る。白い角が宙を一閃した。
予想したよりも手応えが軽い。
「当たらなかった!?」
「ぐぅ…………!」
呻くグライフの声で、杞憂だったことを知る。
グライフの目の下には、顔を真横に走る一本線の傷が走り、肉どころか骨まで裂いていた。
遅れて溢れる血が地面を打つ音が聞こえる。
僕は着地のために足元を見て、程よい岩二つを跳ねるように足場にして、地面へと降りた。
鈍い音に気づいて見れば、痛みに平衡感覚が狂ったグライフが、羽根を岩壁にぶつけてしまったようだ。
途端に羽根をばたつかせて墜落する。
けど、ドラゴンほどままならないわけではなく、ちゃんと四足で地面に降りた。
「うわ…………すごい血が出てる…………」
思わずグライフの傷を見てそんな声を漏らしてしまう。
手応えがなかった割に深い傷らしく、グライフの顔半分は血塗れになってしまっている。
「やりすぎとは思わないけどな?」
「そうかなぁ?」
ひょっこり僕の側に飛んで来たアルフに、正直な心中を伝えた。
「あんまり血が流れるの見ると、母馬殺された時思い出して、すごく嫌」
「あー…………」
「あと、なんか角が汚れたみたいで気分的に嫌」
「あ、グリフォンの毛がついてるぜ」
「えー! 取って、取って!」
なんだろう? すっごい不快感!
アルフにも伝わったのか、すぐに角についていたグライフの体毛を取り除いてくれた。
けど嫌な感じが拭えない。
指があったら拭うんだけど、蹄じゃ無理だし。
仕方なく、僕は近くにある岩に角を擦りつける。
ぽろぽろ欠けて落ちるのは、岩のほうだ。
「ふざけた奴め…………」
「まだ上から目線で言うの?」
痛みに顔を顰めてはいるけど、致命傷ってほどではないグライフ。
僕の一連の行動を見ての言葉なんだろうけど、盛大に血を流していてそれなの?
その尊大な態度で、僕に虚を突かれたっていうのに。
自分と同格くらいのドラゴンが、隙を突かれてふっ飛ばされた。
それに驚いて隙を見せて、グライフも僕の角にやられてる。
どっちも確かに僕より強いし大人なんだろうけど、その優位を確信したせいで慢心という隙になっていた。
「仔馬のくせに…………」
「あのね!」
上からというか、僕を下に見ることをやめないグライフに、ちょっとイラッとした。
勢い声を上げると、グライフは嘴を閉じる。
なんだと言わんばかりに目を眇められて、思ったことをそのまま伝えることにする。
「飛んで僕の上を取れるからって、いい気になりすぎなんだよ。どうせ飛べない僕は、反撃できないとか思い込んでたんでしょ」
「そうだ、そうだー」
なんかアルフが僕の鬣に隠れて合いの手を入れてくる。
まぁ、グライフが反応しない内は好きにさせておこう。
「僕だってね、戦うつもりならやり方ってもんがあるんだよ。それを、仔馬だからとか言って、戦う前から弱いみたいな扱いしてさ」
「そうだ、そうだー」
「僕ユニコーンだって言ったよね? なんで馬と同じように勝てるなんて思うのさ。幻象種って動物と同じなの? 違うでしょ」
「そうだ、そうだー」
なんか、グライフが全く言い返してこないんだけど?
え、聞いてる?
「と、ともかく、今回のことはどう考えてもそっちが高慢すぎたつけだよ。僕なんか追っかけても、抵抗するだけで得る物なんてないんだから」
「そうだ、そうだー」
「…………ちょっとアルフ黙ってくれる?」
「うん」
アルフも自分でうざいことは自覚していたようで、大人しく僕の背中に座った。
「えっと、なんだっけ? まぁ、ともかく今回の負けでちょっと学んでよ。…………今はその顔の傷、治すのが先決でしょ。帰る場所があるならまずは、その怪我の治療に専念して」
「…………うむ」
あ、返事した。
「なるほど、わかった」
「うん?」
「顔を洗って出直すとしよう」
「え?」
グライフは大きく翼を広げると、一打ちで宙に浮く。
顎の下から血を滴らせながらも、見る間に高度を上げた。
見上げるほど高く飛ぶと、グライフは断崖の向こうの空へと飛び去って行く。
「…………帰った?」
「そうだと思おうぜ?」
「ふへー…………。なんか、すごく疲れた」
「おう、だいぶヤバい状況だったしな。気疲れしたんだろ」
「いや、なんか滅茶苦茶走ったし、跳んだし」
「それくらいならユニコーンは平気だと思うぜ?」
「そうなの?」
「怒り狂ったユニコーンは、丸一日暴れ続けて、正気に戻れば走って帰るくらいの体力あるかならな」
「えー? それって怒って変なテンションになってるだけでしょ?」
「ま、ともかく何処か隠れられる所まで移動しようぜ。あの二匹以外も周辺に危ない奴いるかもしれないし」
「あんなのそう何匹もいてほしくないんだけど?」
けど、この岩場で僕の白い体は目立つ。
アルフに促されるまま、山を下りて麓に広がる林に身を隠した。
低木の中に伏して休憩すると、地面に顎をつけた僕の目の前にアルフが立つ。
「さっきのあれさ」
「あれって?」
「ドラゴン蹴り飛ばして、グリフォン切り払ったあれ」
「なんか、そういうと倒したみたいに聞こえるけど、どっちも生きてるでしょ?」
「生きてても、あれだけの痛手負えば、倒したも同然だろ」
人間の感覚として考えると、何が勝ちで、何が負けかはわからない。
経験は少なくともユニコーンとしての勘なのか、なんとなく一撃を入れた時点でグライフに戦う気がなくなったのはわかっていた。
きっと、ドラゴンも次会った時には、僕を襲おうなんて気持ちはなくなっていると思う。
「まあ、よほど僕が弱ってない限りは、ね」
獣的な嗅覚のなせる業か、ちょっとした確信があった。
どっちも徹底的に僕を殺そうと思えば負傷した状態でもできたけど、そういうものじゃない。
グライフたちは僕を甘く見て遊ぶような感覚があったことは否定しないけど、僕を獲物として狙ったのは食べて生きるためだ。
生きるために戦うつもりが、命を懸けなければ殺せないようでは、獲物たりえない。
だからきっと、僕はもうあの二匹に襲われることはない、と思うんだけど。
グライフの別れ際の言葉が気になるなぁ。
「フォーレンさ…………」
「うん?」
アルフがもじもじしながら言葉を探すように聞いて来た。
「争い合うのって、嫌い?」
「好きな奴っているの?」
「たぶん、あのグライフとドラゴンはどっちも力を誇示するの好きだぜ?」
確かに。
ひいては、争って力を示すのも好き、と。
「そういうことなら、僕は争い嫌いだな。痛い思いするのも、させるのも嫌だ」
「ユニコーンらしからぬ発言だなぁ」
「へー」
「けど…………、フォーレンはそれでいいと思うぜ」
アルフは僕の鼻先に手を伸ばして撫で始めた。
「あの時、争いが嫌いなフォーレンがやる気になったのって、俺が攻撃されたからだろ? …………ありがとな」
「あ、そうか…………。なんか咄嗟に避けてやるもんかって思ったの、アルフの仇取るためか」
「おいおい、無意識かよ。明らかにお前、目つき変わってたぜ?」
え、そんなに顕著だった?
わー、やっぱり僕って暴れん坊のユニコーンなんだ。
ちょっとやりすぎないように自重しなきゃ。
けど、友達狙うような奴いたら、これからはさっさと排除だな。うん。
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