1話:覚醒は一種の走馬燈
僕は細い木と植物が密集して生えてる中に隠れてた。
地面から植物が生えて、空には雲と太陽があって、変わったところはない。
変わったのは僕だ。
どうやら僕は転生者らしい。
転生前の名前思い出せないレベルだけど。日本人だったのはなんとなく覚えてる。
前世の知識からしてたぶん、僕、馬だ。しかも角生えてるからユニコーンだ。
仔馬の僕が草の中に潜んで、いきなり前世のことを思い出したのには訳がある。
命の危機に瀕して、走馬灯の延長でふわっと思い出しました。仔馬の僕からすれば、母馬に置いて行かれるなんて状況、命の危険を覚えるわけで。
前世の知識だとあれでしょ? 確か走馬灯って、脳が危機的状況を打開するための方法を探して、昔の記憶思い出させるっていう。
今母馬は、僕をこの茂みに隠して一人、敵に向かって歩いて行ってる。
見晴らしのいい場所に一人、村娘風の女の子が、決死の表情で立ってれば、囮だってわかるよ。しかも音からして、女の子を囲む形で武装した人たちがいる。
あの女の子が現れてから、母馬はおかしくなった。酔っ払ったような足取りで女の子に引き寄せられてる。
鳴き声で簡単な意志の疎通はできてたんだけど、「行かないで」って頼んだのに、返ってきたのは「行かなきゃ、あぁ、いい匂い、行かなきゃ」だった。
熱に浮かされてるっていうのかな? 話が通じないし、すごく切迫した感じで、置いて行かれた。
そうして母馬は女の子の下へと辿り着いた。
怯える女の子は、覚悟を決めた顔で膝を突くと、座り込んで母馬に両手を伸ばす。
すると母馬は誘われるままに座り込んで、女の子の膝に頭を預けた。
…………あれ? これってもしかして、平気?
なんか、母馬うっとりしてるし、女の子も自分から膝に誘ったし。
何? ただユニコーンと仲良くしたかっただけ? 種族が違うから警戒して武器装備してただけ?
僕、他の生き物って遠目に見たくらいしかないんだよね。人間見るのも初めてだ。
そう言えば、女の子が着てる服って、前世の知識に照らし合わせると、だいぶ古い時代の服に似てる。エプロンドレスって言うの?
ともすれば野暮ったいんだけど、金髪の女の子がごく自然に着て、膝に真っ白なユニコーン抱えてる姿見ると、なんかファンタジー感がすごいって感じる。
…………なんて気を抜いてたら、変化は一瞬だった。
すぐには起き上がれない姿勢の母馬に、矢が放たれたんだ。狙いを定めて隙を突いた矢は、母馬の首に突き立てられる。
瞬間、母馬は大きく身を撥ねさせて痛みに暴れた。そこを女の子が頭を抑え込むようにして立たせないようにする。
その形相は鬼気迫るものだった。歯を食いしばり、顔が歪むほど頬に力を入れて母馬に覆い被さる女の子。その目は遠い俺からでも、爛々と光っているように見えた。
その間に、隠れていた男たちが次々に現れ、母馬に追撃の矢を放つ。
さらに痛みに暴れた母馬は、血を流しながら立ち上がった。
「――――! ――――!」
女の子が何かを叫ぶ。僕の知らない言語で。
けど、その声に滲む感情は、人間の感覚を知っているからこそ分かる必死さがあった。
あれは…………助けを呼ぶ声じゃない。
そう思った瞬間、母馬は大きく頭を振って女の子を頭上に放り投げた。
元から成獣と、十代前半の女の子では抑え込めるような差じゃなかった。
女の子を振り払った母馬は、跳び上がるようにして立つと、次の瞬間、角を構えて大きく一歩前に出る。
ずぶっと、嫌な音がした。
「か…………は…………。――――、――――、――、――…………」
女の子は母馬の角に胸を貫かれ、何ごとかを懸命に言って、こと切れる。
瞬間、母馬は女の子を角から振り落とした。さっきまで夢見心地で寄り添っていたとは思えないほど、その動きは荒々しく非情。
地面を撥ねる女の子は、土に汚れて血を撒き、二度と、動くことはなかった。
なんだよ、これ? なんだよこれ!?
母馬が人間を殺した。
けれど、人間も母馬を殺そうと襲いかかってる。
気づけば、真っ白だった母馬の体は、血で赤く斑になっていた。
それは、人間の返り血と、母馬本人が流した血によって。
動きが鈍ったところで、人間が放った縄が母馬の足を捕らえる。
縄をかけた人間は地面に引き摺り倒されたけど、次々に他の人間が縄を掴んで母馬を止める。すると、首や他の足に縄が放たれた。
そうして動きを止められた母馬は、最後まで猛々しく嘶いていた。
素早く一人が刃の厚いナイフを持って駆け寄ってきた。
恐怖に竦んで声も上げられない僕は、ただ、目を硬く閉じて、塞げない耳で母馬の首にナイフが突き立てられる音を聞いていた。
そして、母馬は、解体されました。
ちょっと、精神ダメージが酷い。頭というか、体は平気なんだけど…………。
いっそ、母馬の倒れた血溜りとか見ても、人間がするような生理的嫌悪はない。
危機感は湧くけど、吐いたりとか泣いたりなんてないんだ。
けど、気分的にはすごく泣きたい。前世の感覚に引き摺られてるだけってわかるんだけど。
解体された母馬は、運びやすい大きさにされて持っていかれた。
その中でも角は大事そうに柔らかな布に包まれて、なんだか偉そうな人が抱いて持って行くのを見ている。
正直、死んだ人たちを棺に入れるよりも丁寧だった。
最初から棺を用意してたってことは、死ぬ前提だったんだろうなぁ。
特に、少女はその小柄な体に合わせた棺が用意されていた。
あの子は、命を懸けて母馬を誘き寄せ、足止めする役割だったんだろう。
前世の知識に照らしたら、僕にもわかる。どうして母馬が殺されたのかが。
きっと、ユニコーンの角は、レアアイテムなんだ。それこそ、命を懸けても惜しくないほどの。
自分がユニコーンな時点で、なんかゲーム的な言い方するのは抵抗あるけど。
そんな世界に今、僕は仔馬の姿で一人蹲るしかない。
「いや、ここは逃げたほうがいい。人間たちだって足早に去って行ったんだし」
僕は声に出して自分を鼓舞すると、一度頭を振って前足を立てた。
やっぱり、体に震えなんかはなく、いつもどおりに動ける。
この体は恐怖で動けなくなることはないということを、一つ発見した。
ともかく、今回のことで、大きな犠牲を払って学んだことがある。
僕は、人間から狩られる側の生き物だということ。
身を守るすべを考えなきゃ、僕は早晩、母馬と同じ運命を辿るだろう。
…………いや、もっと無様かもしれない。
あんな風に、抵抗する自信がないんだ。
母馬が僕を隠したのは、罠だってわかってたから。わかってて、抗えなかった何かがある。人間に出会ったら、僕は即座に終了かもしれない。
「なんか…………虚しい。変に人間の感覚を思い出してしまうくらいなら、前世は知らなくて良かったんじゃないかな?」
母馬を見る限り、ユニコーンは群れを作る動物じゃない。父馬なんて見たことがないし、同じユニコーンも辺りにはいない。
つまり僕は、この先人間に狩られることを警戒しながら、一人で生きて行かなきゃいけないんだ。母馬のように仔馬を育てることなんてないだろうし。
ユニコーンは孤独を感じない生き物なのかな? 少なくとも、今の僕はそういう感情を知ってしまっている。
僕は昨日母馬と一緒に水を飲んだ辺りまで戻ることにした。
水面を覗き込むと、やはりそこにはユニコーンの姿が写り込む。
全体白いけど、鬣が金色だ。目は黒っぽいことしかわかんない。
きりっとしていた母馬のようになると思えば、将来有望かもしれない。
僕、生き延びられるのかな?
母馬に助けられた命だ。そう簡単に無駄にはしたくない。
せっかく前世を思い出すなんていう奇跡が起きたなら、それを活かして生きる道を見つけたいよね。
これが最初で最後の奇跡かもしれないんだから。
ふと、耳が何か聞き慣れない音を拾った。虫の羽音に近いけど、何か違和感がある。
そう思った瞬間、子供の声が水辺に響いた。
「うわ、ユニコーンじゃん!」
慌てて振り返っても、人の姿はない。
そう、人はいない。いたのは…………。
「…………妖精!?」
見た目は子供、背中には蝶の翅。けど、全体は五十センチくらいしかない。
そんな男の子がゆらゆら浮いている。
「え、何々? お前まだ仔馬だろ? 親どうしたんだよ」
「うわ」とか言っていたくせに、突然現れた妖精は僕にそんなことを聞いて来た。
いや、周り見回してるし、もしかして親ユニコーンに襲われることを警戒してる?
8の字を描いて飛ぶ妖精は、揚羽蝶のような翅をしている。
金色の髪に蜂蜜色の瞳。ちょっと吊り気味の目をしているけど、前世の知識で、キッズモデルって浮かぶくらい整った顔立ちをしてた。
ただ服が布一枚を巻き付けたみたいなのを着てる。しかも、膝上丈。
あー、あれだ! 古代ローマとかの服に似てる!
確かムキムキのおじさんも、あの時代はミニだって、前世の知識が訴えてる。
「なんか失礼なこと考えてないか、お前?」
うわ、鋭い。え、もしかして心読めるとかないよね?
「ふふん、読めないことはない! って言っても、なんとなくわかる程度なんだけどな。お前、声出せないの?」
ひらひら8の字を描きながら、妖精は腕を組んで得意げだった。
…………あれ? おかしくない? さっきの人間たちの言葉はわからなかったのに、この妖精が何を言っているのかわかる。
「うん? そうか、仔馬だからわからないのか。俺、妖精。実体のない精神体だから、本来見えないし声も聞こえない。けど、ユニコーンみたいな幻象種は、半精神体だから見えるし聞こえる。わかる?」
「へー」
つまり、僕の馬語も通じるらしい。
なんだろう、幻象種って? 精神体って幽霊みたいなものかな?
ユニコーンって、半分幽霊なの?
何はともあれ、どうやらこの妖精、案外気さくなひとのようだった。
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