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狂気殺し

 微かに聞こえる鼻歌を聞いて、彼女は目が覚めた。


「……ここは」


 意識がハッキリすると自分の置かれている状況が理解出来た。

 部屋の真ん中で椅子に縛りつけられ、周りには火のついた蝋燭が並んでいる。


 アリアは激しい頭痛と共に何があったかを思い出し、背筋が震えた。


「おはよう、目が覚めたんだね。気分はどうかな?」


 鼻歌交じりにナイフを研いでいるクラウンを見つけ、思わず恐怖の声を上げる。


「……あれ? 気絶させる程度だから、そんなに強く殴ったつもりは無かったんだけど……頭が取れちゃっても面白くないからね」


 クラウンはニコニコと笑いながらナイフを振って近寄って来る。


「喋れない? それとも喋りたくない? じゃあこれを刺してみたらどうかな……」


「しゃっ、喋れます!」


 アリアは太股をなぞったナイフを見て、青い顔しながら懇願した。


「ふふ、冗談だよ。君はまだ殺さない……アイツを殺してから、ゆっくり楽しむ……そう、君はデザートだ。言っておくけどここには誰も来ないから、叫び声を上げても無駄だよ」


「あ、あなたは、何が目的で……」


「君、可愛いよね。いくつかな?」


 アリアの話を全く聞かないクラウンは、彼女の頬を撫でながら聞いた。


 逆上させるのはマズいと感じ、アリアは恐怖を押し殺して答える。


「十六です……」


「へぇ、意外。もっと子供だと思ってた。じゃあ何しに帝国へ?」


「魔法を……学びたくて……」


「魔法! いいよねぇ、僕も使ってみたかったよ。アイツの家にいたけど、恋人? ぜーんぜん似てないから兄妹ってのは無いだろうけど!」


「ち、違います……彼には、助けられて……」


「ふーん……ねぇ、僕がどうしてこんな事聞くか気になる?」


 アリアは少し迷った後、会話を長引かせるべきだと判断して首を縦に振った。


「それはね、僕は殺す子の事を忘れたくないから、色々聞くんだ。その子の家族も知らない、その子だけが秘めている秘密を……だってこんな状況じゃないと本当の事なんて喋らないでしょ?」


 縛られた上で目の前で刃物をちらつかせながらであれば、どんな人間も言う事を聞く、というのがクラウンの考え方らしい。


「まぁ女の子とかだけなんだけどね。今日殺した兵士とかはどうでもいいや。僕はレディを大切にするからさ」


 クラウンはアリアの髪を撫で、手を触り、恐怖に染まる彼女の目をじっと見た。


「……彼の事が好きだろう?」


 アリアは虚をつかれた顔をして、目を逸らした。

 それを見て全てを察し、クラウンはにやりと笑う。


「実は呼んであるんだ。君を助けに来るように誘導してある。良かったね、好きな人が助けに来るなんて、おとぎ話みたいだよ?」


「……なんで、そんな事を」


「なんでって? それは目の前でアイツを殺して、君に絶望を味わってもらう為だよ」


「……あの人は死なない」


「死ぬよ、僕が殺すから。そして君は絶望するんだ。助けてくれるはずだった人に助けられず、暗い暗い牢獄で絶望した……僕と同じようにね」


 クラウンの目が冷たく光った。

 アリアはその目を見ると、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。


「……絶望の淵に立った者が、神の寵愛を受ける……君はまぁ、無理だろうけど」


「な、何の話を……」


「あーっ! 今凄い良い事思いついた!」


 クラウンは立ち上がり、不気味に笑った後アリアを見下してナイフを向ける。


「君を死なない程度ズタズタにして、アイツに見せるってのはどうだろう!? 君の絶望とアイツの絶望を両方見れる最高の選択肢だと思わないか!?」


 興奮し紅潮した顔で、叫ぶクラウンは誰にも止められなかった。


「目と耳は無くても大丈夫だよね……じゃあ鼻と唇も要らない……腕は死んじゃうかもだから指くらいならいいかな?」


「い、いや……!」


 言葉と共にナイフを這わせ、泣きじゃくるアリアを見て更に興奮する。


「今後の事もあるし、落としても死なない場所を見極めるのは重要だよね……! じゃあ予定よりちょっと早いけど……」


 研がれたナイフが白い肌を突き刺そうと眼前に迫る。

 興奮した吐息の主はそれを止める筈も無く、人を玩具としか思っていないかのように躊躇は無かった。


 彼にとって人間に刃物を入れるのは、魚を捌くかのように日常的な事だと言うのが理解出来た。


 目をくりぬこうと、アリアの顔を強引に固定してナイフを近付ける。


「……いや……た、たすけて」


 悲痛な叫びに呼応するように、クラウンの側頭部目掛けて外からナイフが飛んで来る。


 それにクラウンは反応し、手で頭を庇うもナイフは手の甲に突き刺さる。


「……来てたのか……出て来い!」


 楽しみを邪魔されて怒りを露わにし、手の甲から乱暴にナイフを引き抜いた。


 既に痛みなど気にしていないように、滴る血に毛ほどの興味も向けず、クラウンはナイフが飛んだ窓を睨んだ。


 ウェンは小屋に繋がる扉を蹴り開け、椅子に縛られるアリアと怒るクラウンを見た。


「あー、お楽しみのところ済まなかったな。でもデザートを先に食うのはマナー違反だろ?」


「……いつからいた?」


「結構前から。お前ちょこまか動くから的が絞りづらかったんだよ。カッコイイ眼帯しちゃって……誰にやられたんだ?」


「ずっと見てたなら助けてよぉぉぉ……」


 アリアの心中は複雑だったが、今は助かった安堵の方が大きい。全身の力が抜けて頬が緩む。


「聞いてたなら話が早い。お前を殺して、絶望を与えて殺してやる」


 クラウンはナイフを両手に構え、ウェンに突進する。

 狂気に支配された異常者は怒りに任せて攻撃を繰り出す。


「只の人間であるお前は俺の攻撃を喰らえば終わりだ!」


「……喰らえば、な」


 ウェンはナイフ攻撃をいとも簡単に避け、剣を軽く振るった。


 それは防御させるのが目的の攻撃で、クラウンは両手のナイフでそれを受け止めた。


 攻撃が軽い、と違和感を抱く頃には遅く、兵士達を何人も殺した殺人鬼の身体は遅れて来た蹴りによって宙を舞っていた。


 窓を突き破って外に放り出されたクラウンは転がると、腹部を抑えながら立ち上がった。


「前は、本気じゃなかったのか……!」


「あの時は狭くて剣が振りづらかったからな……今回は広くて避けやすいし。お前の力も知ってる。まだ楽に戦えるぜ」


 アリアに目を向け、怪我がないことを確認する。


「あの、私……また助けられて……」


「お前はここにいろ。全部終わったら迎えに来る」


 ウェンは外で動揺するクラウンの前に立ちはだかった。


「……何故だ。お前以外の兵士はいとも簡単に倒れた……お前だけだ。お前は何者だ?」


「何者かって? 俺は魔法も使えない落ちこぼれ兵士。アイツらは俺と違って魔法も使える普通の兵士……」


「落ちこぼれだと……?」


「俺は魔法なんて上等なもの使えねぇからな。魔法を使える奴らに対抗するには、持ってるモノを最大限磨くしか無かった……その結果がこれだ」


 それを聞いたクラウンは高笑いをして天を仰いだ。


「なんだ、なんのカラクリも無かったのか! お前も俺と同じく神の力を得たのかと思ってたぜ!」


「ンなもんねぇよ。俺は神なんて信じてねぇからな」


「とある日俺は夢を見た……処刑前日にな。その夢の中で神を名乗るヤツは俺に力を与えた……人殺しの才能を与えてくれたのさ! お前が努力なら、俺は天才だ!!」


 両腕を掲げ、木々に響く大声を出す。


「はっ。力を得て、結局やってるのは女子供いじめか。お前は何も変わっていないのさ。そりゃそうだ。与えられた力なんて、何の信念も決意も宿っていない。まだ気付かないのか? お前は与えられたんじゃない、奪われたのさ。才能を伸ばす事を。挫折も達成も無い、狂気だけが残った空っぽの殺人鬼……それがお前だ」


「だ、黙れぇぇぇぇぇッ!」


 ウェンに向けられた殺意は鋭く、全てが必殺の一撃となって襲いかかった。


 風を切り裂くナイフの連撃を躱しつつ、反撃を加える。

 だがその身体能力に対し致命傷を与えられず、薄皮一枚を傷つけるのみに留まる。


 片目しかない状況で、且つ怒りに任せた煩雑な攻撃が当たるはずもなく、クラウンの身体には生々しい傷が増えていく。


「どうした? お前は天才じゃなかったのか? 俺は分かってるぞ。とどのつまりお前は自分より弱い奴じゃないとダメなのさ。女子供を狙っていたのも自分が弱いと分かっていたからだ」


「う、うるさい!」


 木を背にしたウェンに向かってナイフを突き立てようとし、避けられて幹に刺さる。

 抜けなくなったナイフを捨て、残り一本のナイフを構えて動かなくなった。


「終わりだな。諦めてさっさと……」


「黙れぇ!」


 クラウンは残ったナイフをウェンに向けて投げるが、それは剣で弾き飛ばされる。


 しかしそれは布石であり、武器のなくなった殺人鬼は背中を向けて逃げ出す。


「しまった。そっちは……!」


 アリアのいる小屋に向かうクラウンを追いかけるが、時既に遅し。


 小屋の入口に差し掛かる時には人質を盾にしたクラウンが出て来ていた。


「おい動くなよ、コイツの可愛い顔が台無しになるぞー」


「この……古臭い真似しやがって……」


 アリアの顔には小屋にあったナイフを突きつけられ、河に架かっている橋まで彼女を引き摺った。


 この河は見た目よりかなり深く、街の子供が溺れたという記録もあるくらいだ。

 そんな場所にアリアを立たせ、手を離せば河に落ちてしまうだろう所で止まった。


「武器を下ろせ……いや、下ろさなくていいか」


 勝ち誇り、ニヤつくクラウンの考えている事は誰にも分からなかった。


「お前、コイツを五体満足で助けたければ、その剣で自殺しろ」


「だめ!」


 叫ぶアリアの顔面をナイフの柄で殴る。


「さぁ早くしろ! コイツがどうなっても……」


「……いや、しねぇよ? 俺が死んだらそいつも死ぬだろ。ならする意味はねぇな」


 笑みすら浮かべているウェンだったが、頭の中ではどうすれば助けられるか考えを巡らせていた。


 剣を当てるにはどう考えても一足では足りず、それならナイフの方がずっと早い。


 飛び道具でもあればいいのだが、その場合だとアリアに当たる可能性がある。


 魔法が使えないウェンには、この状況を打破できる術は無かった。


 そんな中、アリアは一つ息を吐いたかと思うと、先程までの恐怖に染った目から立ち戻り、ウェンを見た。


「……ごめんね、何回も助けてくれて」


「あー?」


「おい、何考えて……」


 その顔を見て何かを察したウェンは、手を彼女の方へ向けた。


「でも嬉しかった……ちょっと怖かったけど、皆があなたを良く思わなくても、私はあなたの事優しい人だって分かってる」


 アリアは最後ににこりと微笑んで、


「最期かもしれないから……ありがとう」


 覚悟を決めたアリアの体当たりは、クラウンの身体のバランスを崩しつつ、彼女自身の身体を河に放り出した。


 彼女が水に落ちる音と共にウェンは突進する。

 バランスを崩していたクラウンの反応は遅れ、ナイフを構える頃にはウェンの剣が先に当たっていた。


「ぐううっ!?」


「悪いがとっとと死んでもらう!」


 ウェンは抵抗するクラウンの斬撃を浴びて血を流しながら、ナイフを持つ腕を切りつける。


 そしてひるんだクラウンの胸元に向けて血塗られた剣を突き刺し、身体の中で動かした。


 胸元に突き刺さった剣を引き抜かれてクラウンは跪き、傷口を抑えて石橋の上に倒れ込んだ。


 致命傷になったのを確認すると、ウェンは河に飛び込んだ。

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