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勘違いと失敗

 その後ウェンの家に一人残るアリアは、適当な本を読み漁りながら彼の帰りを待っていた。


「……ううーん、魔法の本があればいいんだけど」


 あるのは格闘術や剣術、野草の本であり、彼女の求めているであろう本はそこには無かった。


 それでも、少しでも役に立てればとアリアは本を読み進めた。


「助けられっぱなしだから、次は助けてあげたいなぁ……」


 ぶっきらぼうな彼の口から出た感謝の言葉がまだ耳について離れない。

 それを思い出す度に彼女の頬は緩む。


 不意に聞こえた扉を叩く音。

 それは力ずくで叩き壊してしまいそうな程強く乱暴で、気の小さいアリアはそれを聞いて跳ね上がった。


 こそりと部屋から顔だけを出し、扉を見てみる。


「俺以外、開けるな……だよね」


 彼のただ事ではなさそうな雰囲気と折れてしまった剣の原因を考え、冷や汗が頬を伝う。


 ばくんばくんと音を立てる心臓を押さえながら唾を飲み込んだ。

 一瞬の静寂で諦めたかと思いきや、扉を叩いていたであろう腕は軽い音と共に木製の扉を貫通して鍵に手を伸ばす。


「ひっ……!」


 違う。あの人じゃない。

 それが確信に変わった時は遅く、アリアは腰を抜かしていた。


「おじゃましマース……」


 手配中の連続殺人鬼クラウンの姿がそこにあった。

 負傷した目を雑な包帯で隠し、片手にはナイフを持っている。


 アリアの姿を見てニヤリと笑い、ゆっくりと近付いて来る。


「こんにちはぁー、恋人がいたとは意外だね! 丁度いいと言えば丁度いいけど! あ、これ手土産です」


 腰を抜かすアリアを見下し、ポケットから二つの手を床に投げた。

 人間から切り離されたであろうそれは血や泥で汚れており、傷口は抉れている。


「これがホントの『手』土産! なんちゃって! どう? 面白かった?」


「っ……!!」


 涙を流しながら口に手を当てて、込み上げてくる吐き気を堪える。


「うーん、気分が優れないのかな? あっもしかしてあの日? ゴメンね気が利かなくて……それと、ゴメンついでに一緒に来て欲しいなぁー」


 その目を見た瞬間、アリアは死を直観して脱兎のごとく逃げ出した。

 出来るだけ遠くの部屋に入り、鍵をかけて窓を開けた。


 外に出ようとした瞬間、ひとつの考えが脳裏を過る。


「……だめ、出た所で私じゃ追いつかれる」


 アリアは考えた末に一つの賭けに出る。

 これは命を賭けた、なんとも分の悪い賭けだった。


 窓を開け、自分は他の場所に隠れておく。

 こうすれば外に逃げたと錯覚して追い掛けるかもしれない。

 クローゼットの中に隠れ、息を潜めてやり過ごす。


 隠れた後、扉はあっという間に蹴破られてしまい、部屋には殺人鬼が舌舐めずりをして入る。


「はぁぁぁ……窓あったのか。逃げられちゃあ面倒だなぁ……」


 木材一つ隔てて隠れるアリアは、恐怖に目を瞑りながら祈っていた。

 心臓の音が外に聞こえるんじゃないかと思うほど高鳴り、呼吸も苦しくなり、汗も尋常じゃないほどかく。


 息を吸うのも怖くて、身震い一つまともに出来やしない。

 クローゼットの薄い木の板ひとつがまるで境界線のようになり、何とも拙い命綱のように感じる。


「もういいや、奴を殺しに行こう……」


 殺人鬼が入り、出るまではものの一分足らずであったが、アリアにとっては数時間にも感じていただろう。


 足音が消えるのを確認して、溜まりに溜まった涙のダムが決壊した。


 飲み込んだ恐怖と忘れていた呼吸が一気に口から漏れた。


「……良かった」


「なーにが?」


 かちゃり、と無情の音がしてクローゼットの戸が開かれた。

 目を見開いたアリアの視線の先には、優しく笑うクラウンの顔があった。


「僕はね、君くらいの子はたーくさん殺して来たんだ。普通に殺したり、ゆっくり殺したり、追い掛けて殺したり……だからこの程度なら簡単に見破れるんだよねぇ」


 震えるアリアは声も出なかった。


「窓の外、たくさん草が生えてたよ。踏み鳴らされた形跡が無かったから今回は簡単だったかなぁ。あぁ……何回殺しても……その顔は最高だ」


----


 開けた場所、先程のような路地裏、木々が立ち並ぶ場所、様々な所に立ち入ったが気配一つ感じない。


 指示に従い、囮となって街を歩く事二時間。

 太陽は沈み、外出禁止令で少なくなった人々も自らの家に帰って行く。


 常に油断せずに気を張りつめて歩いている所為で、ウェンも見張りの兵士達にも疲弊が見て取れる。


「おいどういう事だ。全然出て来ないじゃないか。こっちも暇じゃないんだぞ」


 兵士の一人が痺れを切らせてウェンに喰いかかる。


「知らねぇよ、文句があるなら死刑囚の野郎に言え」


「チッ……にしても、お前本当に狙われてるのか? 評価欲しさに嘘をついてるんじゃないだろうな?」


「何でそんな事しなきゃならねぇんだ……? そんだけ喋れるならまだ大丈夫だろ? さっさと戻れよ」


「おい、口の利き方に気を付けろよ。お前程度今ここで分からせてやっても……」


 一触即発の空気が流れる中、兵士二人の元に走る一人の男がいた。

 手を振りながら走るその男に二人は目を向ける。


「へ、兵士さん! 泥棒だ、泥棒!」


 泥棒? と二人が声を揃えて言うと、息を切らせた男は走って来た方向を指さした。


「あっちで家が荒らされてたんだ。もう酷い有様でさ……」


「こんな時に泥棒か……他の兵を呼ぶか」


 面倒そうにため息をつく兵士を他所に、ウェンはその方向を張り詰めた表情で見る。


 男が様々になにかを口にするが、彼の耳には何一つ入っていなかった。


 顎に手を当てて考える。

 確かに殺人鬼は自身を狙っているだろうが、人を殺していたのは路地裏という人目につかない場所だった。


 資料にあったクラウンの手口は目立たない場所での奇襲攻撃だった。


 そして、どう考えても警戒されている街中で襲いかかって来るだろうか。


 自分の力を過信している様子はあったが、油断している様子は無かった。


「……何で俺は、アイツは俺を襲いに来ると思ってたんだ……?」


 嫌な予感が頭を過ぎる時には身体は走り出していた。

 それに気付いた兵士達は少し遅れて後ろから追い掛ける。


「はっ……はっ……なんで、追いつけない……」

「装備あんのに、信じられん……!」


 ウェンの足について来れない三人はみるみるうちに小さくなっていくが、彼はそんな事気にも止めずに家へ向かう。


 着いた自宅の扉は吹っ飛ばされ、荒々しく踏みつけられた床には足跡が残っていた。


 惨状を目にして立ち止まる周りの野次馬をかき分けて家に近付く。


「くそっ、遅かった……」


 歯軋りをし、剣を抜いてゆっくり家に入る。

 壁に耳を当てて音を聞くが、人の気配は感じない。


 家に入って一番奥の部屋の扉が同じく壊れているのを見つけ、駆け寄った。


 恐る恐る中を確認するがもぬけの殻であり、あったのは開けられたクローゼットと中から吹き飛ばされた窓、それに……


 壁に突き刺さっている、両断された手だった。


「あのサイコ野郎が……」


 ナイフを画鋲のようにして固定されている手を見ると、何か文字が書いてある。


 壁から外し、それを確認する。

 とりあえず女の、アリアの手ではない。それを見て一時は胸をなで下ろしたが、そんな事実は気休めにすらならない。


「……ここから南西、河のほとりの家で待つ。一人で来い……か」


 ウェンは拳を作って壁を叩いた。

 その顔には焦りと自分への不甲斐なさもあるが、その殆どは敵に対する膨大な怒りだった。


「やってくれるぜ……あの野郎……!」


 アリアは、唯一自分に笑顔を振りまいてくれる泣き虫の少女は、快楽殺人鬼の手に落ちてしまった。


 家から出るな。そう言ってしまったのは自分自身だった。

 後悔ばかりがウェンの身に降りかかる。


「こんな事してる場合じゃねぇ……急がないと……!」


 踵を返して部屋を出る時には、息を切らした兵士達が追いついていた。


「ぜぇ、ぜぇ、何があった……?」


「どうやら入れ違いだったみたいだ。俺はまた探しに行く。絶対に着いて来るなよ!」


 ウェンはそれだけ言うと走った。

 その物言いにまた講義の声が聞こえるが、走る彼の耳には全く入っていなかった。


 指定された場所はこの街から外れており、夜になれば月明かり以外の光はない。


「くそ、くそっ……あの時殺していれば……」


 ウェンの後悔は誰にも届かず、その苦しみは誰にも理解出来なかった。

 急ぐ彼に出来る事は、アリアの無事を祈るだけだった。

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