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無情な作戦

「さて、アイツは何者か話してもらおうか……」


 とある廃墟の、とある一室。

 そこでは右眼に眼帯をしたクラウンが椅子に座った一人の男に話し掛けていた。


 男はウェンに報せを持っていったマール。

 クラウンの手にはナイフが握られており、その穏やかな言葉遣いからは想像出来ないほどの怒りの表情をしている。


「あ、アイツ……?」


「お前んところのあ、い、つ、だよ。目つきの悪いすこーしだけ戦うのが上手いヤツ。知ってる事を全部話せ」


「ウェンの事か……? 話す、話すから命は助けてくれ……」


 椅子に縛られ、首筋にナイフを突きつけられて、兵士は鍛えた身体を恐怖で震わせた。


 そして、自身が知っている事全てを話した。

 彼の戦闘能力、生い立ちや住処まで。


 そして、満足げな表情を浮かべたクラウンはニヤニヤしながらマールに話し掛ける


「俺はアイツを殺したいんだ……選ばれし者のこの俺に傷をつけたあのクソ野郎を……でもな、結構気に入ってはいるんだ。何でか分かるか?」


 マールは歯をカチカチ鳴らしながら首を首を横に振った。


「それはなぁ……強いからさ。お前ら腰抜けとは違う。そう、私と同じ人殺しだからだ。お前の仲間だけど、殺してもいいかな?」


 前に回ってマールの顔を覗き込み、憔悴し切った彼の顔をじっくり観察した。


「い、いい……アイツは嫌われ者で、だから……」


 追い詰められた人間は助かる事しか頭に無かった。

 それを聞いたクラウンは笑顔を更に邪悪なものにして、言う。


「そうかぁ……仲間を売るなんて最低だなお前はっ!! 死ね、死ね死ね死ね!」


「ああぁっ! やめて、やめてくれっ! 嫌だぁっ!」


 狂気に染ったクラウンは抵抗出来ないマールにナイフで刺ていく。

 それは彼が息絶えた後も続き、血の湖が床の木材に吸収しきれなくなっても続いた。


----


「あー、頭いて……」


「あ、目が覚めました」


 酷い頭痛と共にウェンは目を覚ます。

 起きて早々頭を抑えて起き上がり、機嫌悪そうに眉間に皺を寄せて自分を囲む人間達を見た。


 診療室のベッドであれば安眠出来たのだが、屯所の応対室にあるソファに寝かされていた。


 服は血などで汚れたまま、既に乾燥してしまっている。


「……ケリーさん、こちらは?」


 自分を囲む殆どの人間の顔に見覚えが無く、寝ぼけ眼で辺りを見回した。


「ウェン、失礼だぞ! こちらは衛兵の統括をしている中央の……」


 唯一顔を知っている、数える程度しか口をきいた事が無い、責任者のケリーが焦りながら言った。

 それを胸に勲章をつけた初老の男が手で止める。


「よい。さてウェン君。君には色々聞きたい事があってね。ヤツはどうなった?」


「ヤツ……クラウンは逃げた。だが右眼と肩に怪我をしてて充分には動けない筈……それと、アイツは俺を狙ってる。多分そう遠くない所に潜んでいる筈だ」


 言葉遣いに野次が飛ぶが、そんな事は気にも止めず話は続けられる。


「アイツは何者だ? とても人間とは思えない力、狂気……まるで」


「悪魔にでも取り憑かれているようだ。か?」


 立派に蓄えられた髭を触りながら、鋭い眼光を飛ばす。


「私もそう思う。何故ならヤツは牢を素手で曲げて逃げ出したのだからな。まるで人が変わったかのように……だが死者も出ているこの状況で、どうするか考えていたが、一つ作戦を思い付いた」


 ロクでもない作戦だろうな、と予感してウェンは窓の外を見た。


「これより君は戦闘準備後、人気の無い場所を選んで行動しろ。君を兵たちに見張らせ、ヤツが出て来た時に全員で叩く。手負いならば容易だろう」


「畏まりました上官殿。後の事は私にお任せ下さい」


 ウェンの返事など聞く暇もなく、ケリーは即答した。

 何にせよ拒否権は存在していないのだが。


 どう聞いても体のいい身代わり作戦である。

 帝国民の安全と確実性を考えるのなら最善手でもある。

 しかし、そこに血は通っていなかった。


 頼んだぞ、と足早に退室する。

 ウェンは背筋をピンと立たせるケリーの姿を見ようともせず、未だ痛む身体を労る。


「だ、そうだ。お前は折れた剣の代わりを用意次第作戦につけ。いつまた事件が起きるか分からんからな。早くしろよ」


 その言葉を最後に、部屋に残されたのはウェンだけになった。


 誰一人としてウェンの身体を心配する者はいなかった。

 それは恐らく誰もが彼を疎ましく思っているからで、力を認めようともしていない。


 試しにと立ち上がってみるが、視界は少し揺れている。

 しかし全快とは言えない迄も身体は動く。


 目減りした屯所の人間達は忙しなく動いていて、その中でも血塗れのウェンは酷く目立っていた。


 それは自宅に帰るまでの道のりでも同じく、帝国の住民達は薄汚れたウェンをまるで汚い野良犬を見るような目で見ている。


 自宅の扉を開けると、待ってましたと言わんばかりにアリアが部屋から飛び出す。


「おかええぇっ!?」


 アリアはウェンの姿を見ると血相を変え、オロオロと戸惑いながら近寄る。


「そっ、そそそれ、だっ、大丈夫なのっ?」


「血は俺のじゃねぇよ。剣が折れちまったから、取ったら直ぐに行く」


「ダメだよ! 怪我してるし……ちゃんと手当しなきゃ……」


「大丈夫だっての。この程度なら……」


「ダメ!!」


 いつもの泣き虫からは想像出来ないほどの大声を出し、ついついウェンは黙ってしまう。


 結局強引に引っ張られて、居間の椅子に座らされてしまう。


 上半身の服を脱ぎ、背中を向けるとアリアは顔を赤くして俯いてしまった。

 どうやら男の身体はあまり見た事が無いらしく、備え付けの包帯を手に持って固まっている。


「……出来ないなら無理してやる必要は」


「で、出来るよ! 慣れてないだけで……」


 正気を取り戻したアリアはウェンの背中を見て再び固まる。

 それは恥じらいではなく、刻まれた様々な傷を見て絶句したのだ。


 それは今回の負傷ではなく、積み重なった戦いの歴史でもあった。


 優しく傷だらけの背中を撫で、唇を噛み締めた。


「……じゃあ始めるけど、痛かったら手を上げてくださいねー!」


「はいはい」


 彼女の空元気に適当に返し、ウェンは伝わる掌の温もりを感じていた。

 

 --人の優しさに触れたのは、いつぶりだろう。


「お、終わった……けど」


「ヘッタクソだな。すげぇゴワゴワするし。料理が上手いから器用なのかと思ったらそうでも無いのか」


「うう、それとこれとは別……」


 分厚く巻かれた包帯の上に服を着て、多少の違和感を感じつつ新しい剣を腰に据えた。


「……ありがとよ」


 同じ場所にいるだけで危険が伴う。

 ウェンは照れ隠しもあり足早に家を去ろうとするが、感謝の言葉を聞いたアリアはニンマリして詰め寄る。


「えー、なんて言ったか分かんない! もう一回言って?」


 その鼻先にデコピンを直撃させると、悶絶するアリアを放置して出口の戸を開ける。


「もう言わねぇよ」


「ふ、ふぐっ……この仕打ち……」


「ああそれと、俺は暫くこの家には帰らない。お前はここから出るな。誰か来ても俺以外なら扉を開けるな。いいな?」


「分かったけど、なんで?」


「いいから言う通りにしろ。外には化け物がいる」


 そう言い残すと扉を閉める。


「……何ソレ?」


 アリアの疑問符は誰にも届かず、彼女の中で謎のまま残り続けた。

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