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神に愛された殺人鬼

 エレットの所に着いた時、アリアの目は冷や汗が流れるほど冷たかった。

 例えるなら、散歩かと思ったら病院だった時の飼い犬のように。


 それもそうである。アリアの思い描いていた魔導師の住処ではなく、どちらかと言えば魔女が住んでそうなボロ小屋。


 軋む扉を力任せに開け、部屋に入った。

 誰かが入って来たのを感じてエレットは振り向き、ウェンの顔を見ると期待に顔を綻ばせた。


「元魔導師のエレット先生だ」


 とアリアを中に招き入れると、ぺこりと頭を下げた。


「……アリアです。こんにちは」


「……ハァ……ウェン、お前ちょっと来い」


 エレットに手招きされたウェンは怪訝な顔で彼の所へ向かう。


「お前なぁ、儂の好みはグラマーなお姉ちゃんだ。なんだアレは? お前の好みか? 下の毛も生えてなさそうなガキ連れて来てもモチベーション上がらんっつーの」


「うるせぇ、選り好み出来る立場じゃねぇだろ。それにアイツは十六らしいぜ、下の毛くらい生えてるだろ」


「百歩譲っておっぱいはいい、だが尻はどうなんだ? 儂は研究中、屈んだ時に目立つお尻が好きなのだ!」


「知らねぇよんな事! そんなに尻や胸が好きなら自分で稼いで雇え!」


「ぐぬ……まぁ我慢しよう。後十年経てば……まぁ、無きにしも非ず……」


 何様だお前は、とエレットに吐き捨ててアリアの所へ戻った。


「と、言う訳で後はよろしく。俺はやる事がある」


「ちょっっっと待って!!」


 部屋を出ようとするウェンの腕を強引に掴んで、必死の形相のアリアは踏ん張った。


「今の何? あれが有名な魔導師? あんなこと言う人と一緒になんて居なくないよ! 無理だよ! 身の危険を感じる!」


「まぁ無理なのは分かる。だが今はこれしか思いつかないんだ」


「思いつかないなら二人で考えよ! お願いだから見捨てないで……」


 歩みを止めないウェンに引き摺られる形で諦めないアリアには腕を離す気配が無い。


 引き摺る度に立つ埃がその部屋の汚さを物語っている。


「じゃあどうすればいいんだ? お前はどうしたい?」


「えっ……ええっと……」


 ようやく立ち止まったウェンの顔を見上げ、アリアは二人を交互に見る。


「……あなたと一緒なら、ここに来る」


「俺と?」


「……うん、あなたと一緒に来て、あなたとここでお手伝いするなら、それでいい」


 アリアの申し出に顎に手を当てて考える。


「……だめ?」


「……いや、それでいい。俺もここには度々顔を出さなきゃならんかったしな。おいエレット、と言う事だ。しばらくは一人で頑張っててくれ」


「はぁ、仕方ないの……」


 期待を打ち砕かれたエレットは心底残念そうにデスクに戻って行った。


「お前行くとこ無いんだろ。じゃあ暫くは俺の家にいたらいい。まぁ寝て起きるところでしかないけど」


「いいの……?」


 そこまでされるとは思っていたかったらしく、アリアはお礼を言ってウェンに着いて行った。


 会ったばかりの男の家に行くなんて普通ならしないだろうが、それは彼女の警戒心の無さだったり、ある意味で信頼を置いていたりする。


 その後、家に来たアリアたっての願いで、決して綺麗ではないその家は一晩の内に見違えるほど綺麗になった。


 と言うより、ウェンがあまりにも家を疎かにしており、アリアは掃除の行き届いていない彼の自宅に嫌悪感すら感じたのだ。


 彼女の叱咤と意地が合わさって、疲れた体にムチを打ちながら暗くなる頃に家の掃除をするというなんとも奇妙な行動に出た。


 そして翌日。

 ウェンが朝起きるとアリアが残っていた食材を使って朝食を作っていた。

 テーブルに並べられた料理達を見て、ウェンは驚く。


「お前料理なんて出来たんだな。てっきり玉子とか黒焦げにするタイプだと思ってた」


「失礼な……というかキッチン使った形跡無いのってどういう事なの? せっかく立派な家に住んでるのに」


「料理なんてしないからな。これでも兵士でね。今はあれだが、昔はもっといい所にいたのさ。この家も勲章貰った時に支給されたモノだ」


「……もしかして凄い人だったりする?」


「見たままの人間だよ」


 並べられた料理を口に運びながらアリアの問いに答えていく。

 つい美味いと零すと、同じく食事をする彼女は照れ気味にお礼を言った。


 食事中、外に繋がる扉が乱暴に叩かれる。

 ウェンは食事を中断して面倒くさそうに頭を掻きながら扉を開けた。


「はいはい、マールさん。なんでしょう?」


 扉を開けるとウェンと同じ兵服を着こなした、澄んだ目をした筋骨隆々の男が汗をかいて立っていた。


 ウェンの周りにいる人間は彼を嫌っているか興味の無いかの二択だ。先輩にあたるマールはその中の後者に入る。


「緊急事態だ。今朝中央から伝達があってな、大事件が発生した。詳しくは屯所で話されるから、早めに出て来てくれ」


 呼吸も切れ切れに口早に説明すると、青い顔したマールは足早に去って行った。


「……どしたの?」


「さぁな、こんな事初めてだ。ニホンへの手掛かりを探してるってのに……」


 タイミングの悪さを痛烈に感じながら、残った料理を胃に詰め込んで準備を整えた。


 穏やかではない雰囲気を感じて、兵士としての仕事を開始する。


 屯所に行くと、ウェン以外の兵士は既に全員揃っており、一番遅れていた彼に敵意に似た眼差しを向ける者も少なくない。


「揃ったな。ではこれより中央から伝達された最重要事項について説明する。これには特別報酬付きらしいので、しっかり聞けよー」


 前に出たこの屯所で一番偉い中年の男性が声を張りつめて言う。


「昨晩死刑囚が一人逃げ出した。名前はクラウン、牢屋から脱出して警護に就いていた四人を殺害し、逃げ出した」


 周りがどよめくのを止め、話を続ける。


「四人は不意打ちではなく戦ってやられた。しかし本来奴は気弱で、それだけの戦闘能力は無い筈だ。理由は分からんがまるで別人になったように強い。……だが一つ気になる事をうわ言のように言っていたそうだ。『俺は神に選ばれた』と……生き残りの兵がそう証言している。帝国内のどこに潜伏しているかは未だ不明である。各自心してかかるように」


 解散がかけられ、各自それぞれの仕事に戻った。

 ウェンは資料室の扉を開け、死刑囚の情報を探した。


「……クラウン、本名不明の孤児。抵抗しない女子供を狙って殺していたのか……八人殺した殺人鬼」


 他にも人相が書いてあるのだが、イマイチピンと来るものはない。

 写真さえあればとウェンは歯痒い思いをしていた。


 特別報酬は惜しいが、この広い帝国内で一人の人間を探し出すなんてとても現実的ではない。

 それも逃亡中の死刑囚であれば身を隠しているだろう。ウェンは最低限の情報だけを頭の片隅に置き、屯所を出た。


 あくまで目的は日本への手掛かりを探す事。

 しかし幸運だったのは退屈なデスクワークを免除されて死刑囚の捜査という名目を渡された事だろう。


「にしても神に選ばれた、ね……神が殺人鬼を選ぶなんて、普段から祈ってる教会の奴等が聞いたら卒倒するぜ」


 ウェンの聞き込みは休む暇なく続いた。

 有力な情報は無いにしろ、昨日よりスムーズに進んでいるのはその死刑囚が影響しているのだろう。


 道行く帝国民達がいつもより少なく、商人も暇そうに欠伸をしているのが見える。


 何の情報も得られず昼が過ぎた。

 帝国民憩いの広場で一人座って空を見上げ、しばしの休憩を取る。


「……考え方が悪かったのかもしれない。この世界を知っている俺だからここらを探しているが、何も知らない人間からは何処に行くだろう……ケイ達がこっちに来て二日目。帝国内に入っているなら食料や水の心配もあるハズ。なのに商人街に出入りしてる形跡は無い……」


 金が無いのは当たり前なので、捕まるのを覚悟で盗みをやるしか無い。

 騒動を起こせば兵士であるウェンの耳にも入るのだが、その形跡すら無い。


「……帝国には来ていないのか……?」


 たらればの考えが頭の中を巡り続ける。

 自分の歩いた道のりが間違っていたのではと苦悩し、考えが纏まらなくなる。


 もしかしたら慧と同じように魔物にやられてしまっているのでは、と最悪の考えまでしてしまっていた。


「……いや、間違ってはいないハズだ」


 ブンブンと顔を振り、気を取り直して再び捜索を開始する。


 ふと普段立ち入らない住民街に入り、気まぐれに歩いていると、人混みを発見した。


 殺人鬼騒動があって人は家に入ってしまっていると考えていたので、人混みが妙に見立つ。


「なぁ、これは何があったんだ?」


「あっ兵士さん。路地の奥から妙な音がして、何があったのかと集まったんだ」


「音? どんな音だ?」


「ドン、だとかゴン、だとか……喧嘩かな? とにかく怖くて誰も近寄ってなくてね、見て来てくれないか?」


 野次馬を掻き分けて路地裏に入ると、昼間にも関わらず暗く、不気味な雰囲気が醸し出される。


 もう何の音も聞こえていないが、確かに何かがありそうな予感がしていた。


 路地の角に差し掛かると、ウェンは嗅ぎ慣れてしまった鼻につく匂いを感じ取る。


「……血の匂いか」


 剣を抜き、角から先を覗く。

 あったのは死体。それもウェンより先に出ていた兵士達の死体が三人分。


 その中には昨日アリアに詰め寄った二人の死体も確認出来た。


 三人と分かったのは頭が三つあったからであり、身体は殆どがまともに繋がってすらいない。

 その凄惨さから、転がっている彼らは確実に息絶えていた。


 既に誰の気配も感じず、三つの死体を確認しに行く。

 バラバラになっているので刃物かと思いきや、手足や頭の傷口を見ると凄まじい力で引きちぎられたような跡がある。


「……魔物でも入ったか?」


 人間業じゃない。

 取り敢えず応援を呼んで、ここに人が入らないように、等とこれからの事を考えていると、背中にぞくりとした感覚が襲った。


 思わず飛び退き、ぎらりと光る鉄の塊を避けた。


「……へぇ、今のを避けるんだ」


 振るったナイフをゆっくりと手元に戻し、目線だけを動かしてウェンを見た。

 その一連の流れだけで彼が何者か理解した。


「……お前は脱走した死刑囚だな。流石女子供を狙う不意打ちの達人。気配消すのも一流ってワケだ」


 殺人鬼と言うには意外にも小柄だが、所々に痛めつけられた跡がある。

 しかし、この死刑囚がどんな手を使ってこんな殺害方法をしたのかは不明のままである。


 見たところ武器は手に持ったナイフのみ。

 だがそれ以上に目の前の男の持つ雰囲気が、まるで猛獣のもののように鋭い。


 そしてこの余裕から、ウェンは何かを隠していると確信した。


「兵士ってのは意外弱いな……ちょっと小突いただけでアレだ。でも……お前は少し楽しめそうだ」


「何を隠しているかはお前を殺してからじっくり確認しよう。だが、まずは同僚を殺した罪を償ってもらう」


 単調に振られたナイフを剣で受けようと構える。

 金属音特有の高い音が鳴ると、ウェンはその衝撃に耐え切れず吹っ飛ばされた。


「ぐっ……!?」


 振り回されたナイフを受けただけで身体ごと壁に叩き付けられるなんて、彼の経験上存在しなかった。


 まるで大型の魔物に体当たりされたような、規格外のダメージが彼を襲った。

 激痛に耐え、剣を杖にしてよろよろと立ち上がると、軽い脳震盪を起こしているのか足元が揺れる。


「……そのほっせぇ身体のどこにそんな力あんだ?」


「ハハハッ! 私は神に選ばれた人間! お前ら凡人とは持っているモノが違うんだよ! ……だが、一撃を耐えたのは褒めてやろう」


「はっ、何様だお前……」


「フラフラじゃないかぁー。大人しく寝てた方が楽に死ねるぞォ」


 邪悪に笑うクラウンがナイフを振り翳す。

 真正面から立ち向かったら先程の二の舞になる。

 ウェンはナイフを避け、一度距離を取った。


「お逃げなさるんですかぁ? なっさけねぇなぁ!!」


「この情緒不安定野郎……」


 猪突猛進に向かって来るクラウンに向けて、足元にあった死体の腕を蹴り上げる。


 それは狙い通りクラウンの眼前に飛び、血眼の殺人鬼はそれをナイフで弾き飛ばした。


「なってねぇぜ、素人が」


 思い通り目くらましに引っかかったクラウンの心臓に向けて、一直線に件を突き立てる。


 しかし咄嗟の回避で心臓には刺さらず、逸れた剣は相手の左肩に突き刺さった。


 狙いが逸れてしまったが、腕一本を使えなくしようとウェンはそのまま力を込めた。


 が、先程の攻撃でヒビが入っていたのか、剣は力を込めた直後真ん中から折れ、破片が辺りに散らばった。


「がっ、ぐぅぅぅぅ!」


 しかし、それでも剣は肩に刺さっており、ナイフを落としたクラウンは激痛に顔を歪ませて傷口を抑える。


「どうだ? 刺すのは好きでも刺されるのは慣れてねぇみたいだな」


 折れた剣の代わりに転がっていた血塗れの剣を取り、再び構える。


「この……調子に乗んじゃねぇぇぇぇぇっ!!」


 激昂したクラウンは傷口の剣を引き抜き、素手のままウェンに突撃する。

 繰り出された拳をまるで未来が見えているかのようにひらりとひらりと避け続ける。


 そして、壁際で避けた時拳は壁に当たり、その威力からもう一つの腕も使い物にならなくなると予想した。


 が、その予想は嘲笑うかのように外れた。

 壁は轟音を立てて砕け散り、拳は何事も無かったかのように無事であった。


「ウソだろ……」


 一瞬唖然としたウェンだったが、すぐさま我に返って隙だらけのクラウンの首元めがけて剣を振るう。


 攻撃が一瞬ではあるが遅れた所為でまたも逸れるが、怒りに染った目を片方斬り裂いた。


「うぎゃぁぁっ! 熱い、目が、熱いィィィ!」


 片目を抑えてのたうち回るクラウンにトドメを刺そうと剣を振り上げる。

 しかし避けられ、最後の一撃が中々入らない。

 ウェンもダメージと揺れた脳で視界が定まっていないようだ。


「はぁ、くそ……さっさと諦めりゃいいのによ」


「たかだか雑魚兵士程度にやられるワケねぇだろうが! お前は絶対ぶっ殺してやる!」


 神に選ばれたと言っても体は普通の人間らしく、夥しい出血で目の焦点が定まっていない。


 あと一押し。とウェンはぐらつく視界の中で手に力を込めた。


「いたぞ!」

「あれが手配中のクラウンだな!」


 突如路地裏を囲むように兵士が詰め寄せた。

 どうやら外にいた野次馬がウェンが帰って来ない事を理由に他の兵士を呼んだらしい。


「お前は囲まれている! 大人しくしろ!」


 兵士の大群に囲まれて流石に状況を考えたのか、殺人鬼はそれ以上攻撃の意図を取らなかった。


「ぐぅぅ……この選ばれてない雑魚共が……! お前の顔、覚えたぞ。この借りは必ず返す……俺がお前を殺してやる……!」


 怒りに体を震わせるクラウンはウェンにひとしきり殺意を送ると、背後と前方の兵士に目を配った。


 そして空を見たと思うと、人間とは思えない跳躍力で飛び上がり、壁を蹴ってどこかへ消えて行った。


「な、なんて奴だ……」

「あれ、人間か……?」


 クラウンの跳んだ場所を冷や汗混じりに見る兵士達だが、その視線の下でウェンは壁を背に座り込んだ。


 頭中には特別報酬取り損ねただとか、変な奴に目を付けられただとか、少しズレた事を考えていたが、


「……あぁ、疲れた。クソ」


 それ以上もう何も考えられず、そう言い残してウェンは意識を手放した。

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