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嫌われ者を嫌わない者

「おい冗談だよな、こんな所で研究なんで出来るのか?」


 エレットに連れて来られたのは今にも幽霊が出そうなボロボロの家屋。

 栄えた街の中心部ではなく、貧困街に近いその場所でエレットは過ごしていた。

 

 マトモな家具も無いその一室で、ウェンは興奮するエレットに悪態をついた。


 散りばめられた資料を拾い上げてみると、その中に借金の督促状だったり、中には不幸の手紙まがいの資料ではない物も存在した。


 顔を顰めてそれを放り捨てる。


「出来るに決まっとろうが。しかし必要な物が二つある!」


 エレットはウェンの眼前に二本の指を見せる。


「まず一つは金じゃ。研究には付き物だからの」


「まぁそうだろうな……生憎だが金は俺もない。それは互いになんとかしよう。もう一つは?」


「この空間を見て分からんか?」


 ウェンは汚い部屋を見て考えるが、必要な物が多過ぎてひとつに絞れない。


「あー、家政婦か?」


 お世辞にも人間の住む空間と言えない部屋を見て、冗談交じりに返してみる。


「おお、惜しい!」


「は?」


「こんな狭い空間に男二人……虫酸が走るわ! 儂が城の魔導師だった頃は助手として三人ほど女の魔導師をはべらせて……うおぉなんじゃ!」


 ウェンは剣を抜いてエレットに突きつけた。

 いきなり喉元に剣を近付けられて、エレットは後ずさりして尻もちをついた。


「悪いな、短気なもので。お前がふざけた事抜かすからちょっと喉の調子を見てやろうかと思ったんだ」


「話を最後まで聞け! いいか、研究というのは気力も時間も非常に使うもんだ! それを助手に補ってもらうのだ! 一人より二人で調べた方が分かる事も多い! 決してやましい意味ではない!」


「まぁ筋は通ってるな……だが残念ながら魔法が使える知り合いなんて俺には……」


 ウェンは途中で止め、顎に手を当てて考える。

 頭に浮かんだのは先程まで一緒にいた少女。


「……いる。一人だけ」


「おお、やるのぉ! さっそく連れて来てくれ! 儂は儂でやる事があるんでな!」


「お、おい。まだ連れて来るとは……」


 エレットは強引にウェンを部屋から押し出して外に出そうとする。

 その勢いに押されてろくに抵抗出来ずに外に出されてしまった。


 確かに助手は必要かもしれない、と観念して歩き出す。

 しかし、広い帝国の中で一人の少女を探し出すなんて至難の業である。


 ウェンは考えた後、取り敢えず屯所に戻ろうと結論付けた。


----


 屯所ではウェンが探している少女、アリアが落ち込んだ顔をして椅子に座っていた。


「お嬢ちゃん、ウェンの奴はちょっと出歩いてるらしい。少し待っててくれれば戻ると思うから」


「……は、はい。ありがとうございます」


 外に出ようとする身体が大きい兵士に声をかけられ、アリアはビクリと肩を震わせて萎縮した。


 屯所の中には二人ほどの兵士が談笑している。

 そして、その二人の話のネタはアリアに向けられようとしていた。


「ねぇ君、もしかしてアイツの彼女?」


「いやねぇだろー、あんなのに付き合うなんてねぇって!」


「だよなぁ。何でアイツ兵士なんて出来るんだろうなぁ。コネとか言われてるけど、俺なら無理だぜ」


「ちょっと剣が上手いだけだろ。剣なんて魔法の前じゃ意味無いって!」


 笑う二人の話を聞いてアリアは眉間に皺を寄せた。

 苛立っているのは自分じゃない。自分を助けてくれた人を目の前で貶されているのに、何も言い返せない自分にだった。


 服の裾を思い切り握って俯いた。

 そして、感情は口から漏れた。


「……そんなんじゃない」


 アリアは自分の言葉に思わずハッとした。

 顔を上げてみると、兵士二人は笑うのを止めて、彼女の顔をじっと見ていた。


 それに驚き、一瞬言葉が出なくなった。

 二人の顔は怖くて見れないが、恐怖をぐっと押さえ込んでアリアは口を開いた。


「……あっ、あの人は優しくて、強い人です。私も、助けてもらいました。だから、その……馬鹿にしないで下さい!」


 言い切った後、アリアの背中には冷や汗が一筋垂れた。


 言ってしまった。と思った時には既に遅く、一人の兵士が目の前に立っていた。


「……お前もその口かぁ……アイツを英雄視する奴がたまーにいるんだよなぁ。んじゃアイツの事を教えてやるよ」


 兵士はアリアの横に座り、彼女を睨んだ。

 凄まれたアリアは自分の体を抱いて再び俯く。


「奴は昔、この国の中央にいたんだ。中央と言えば兵士の中でもエリートよ。ここみたいな端っこじゃなくてな。何であいつがそんな所にいたのかは分からんが……そこで奴は何の理由かは知らんが上官をぶん殴っちまったって訳だ。こんな風にな!」


 兵士はアリアに寸止めのパンチを繰り出した。

 それに驚いたアリアは腰を抜かして椅子から落ちてしまう。


「馬鹿だろ? 黙って耐えてりゃ身分不相応の場所に行けたかもしれないってのにな。そこでこんな所に飛ばされたってワケだ。あぁそれと、アイツと会ったのどこだ?」


「そ、外の……小さな、街で……」


「この国の兵士のアイツは何で奴は外のちっせぇ街にいたんだろうなぁ?」


「おいおいそれ教えるのは酷じゃねぇか?」


 もう一人がヘラヘラと笑いながら話を止めるが、どうやら言葉だけらしい。


「アイツはやらかした罰として度々遠征させられてんだよ。他の魔法が使えない奴らと一緒にな。魔法が使えない兵士は使い捨てだ。魔物が出る危険地帯にはもってこいってワケさ。死んでも損害が少ないからな!」


「なーんかアイツは毎回生き残っちまうみたいだけどな。他のクズ共を盾に使ってるのかね!」


 地べたに這うアリアを見下しながら笑う二人は、手を差し伸べる事もしなかった。


 彼女の悔しさは計り知れなかった。

 歯を食いしばり、爪の跡がつく程に拳を握りしめて、恐怖を押し殺して立ち上がった。


「……たっ、確かに、あの人はちょっと怖いかも知れません……でも、でも、そんな事言うのは酷い!」


 ここでやめておけ、と直感が警笛を鳴らすが、アリアは止まらなかった。


「あなた達は本当は怖いんじゃないですか!? 怖くて勝てないからそんな事言うんです! それにあの人言ってましたよ、声のでかい人は弱いって!」


 乗りに乗ってしまい、言いたい事全てを何も考えずに口にしてしまった。

 彼女の脳内にはスッキリした爽快感と、これからどうしようという後悔が襲った。


「おっ、お前っ!!」


 兵士二人の怒りは最高潮に達し、挟むようにしてアリアを囲んだ。


「これは傷ついたなぁ。お前兵士にそんなこと言うなんて……牢にぶち込まれても文句言えねぇな」


 ひっ、とうわずった声を上げた時にはアリアの細い腕は掴まれていた。

 あまりの力に「痛い」と懇願する時には屯所の奥にある牢に引き摺られて連れて行かれそうになる。


「文句言うに決まってんだろ。その程度で牢にぶち込まれちゃ」


「ぐっ!?」


 タイミング良く入って来たウェンは、アリアを掴む兵士の腕を鞘で叩き手を離させる。

 アリアは再び床に転がるが、兵士も腕を抑えて跪いた。


「てめぇ、ウェン……!」


「じゃあお前らが俺に言ってたのは何だ? ん? 俺も傷付いたから、お前らを牢にぶち込んでやろうか?」


「……あ、あれは事実だろうが!」


「事実なら良いのか? じゃあコイツが言ったのも事実だろ。お前らが俺を怖がってるって事をな」


 ウェンはアリアに手を差し伸べて立たせた。

 一人は剣に手をかけて顔を赤くして怒り、もう一人は腕を抑えながら立ち上がってウェンを睨む。


「誰がてめぇなんかを怖がるか!」


「んじゃあ試してみるか。二人一緒でいい、今俺にかかって来てみろ」


「うっ……」


 二人の顔は一瞬にして青ざめた。


「……ほらな、コイツは正しい。そんで俺も正しい。声のでかい奴は弱い」


 固まった二人を振り返ること無く、ウェンはアリアを引っ張って外に出た。


 歩幅の小さいアリアは引っ張られて歩く度に足がふらついている。

 自身の状況が二転三転してしまっているため、混乱してしまっている頭を落ち着かせると、ウェンの服の裾を掴んだ。


「ちょ、ちょっと待って!」


 目を回しながら引き止めると、驚くほど簡単に止まるウェンの動き。

 それを予想できずに鼻から体に突っ込むと、痛みで顔を抑えて座り込んだ。


「忙しいなお前は……」


「う、うぐ、痛い……けど、嬉しい痛み……」


「えっ……」


 アリアの発言に引いたウェンは手を離して距離を取った。


「ま、また助けられちゃった。ありがとう……」


「必要だったからな。でもまさか痛いのが好きだとは思わなかったが……あ、さっきのもわざと痛めつけられようとしてた?」


「そんな訳ないよ!」


 往来で大声を出して周りの視線を一転に集める。


「お前、魔導院に行ったんじゃなかったのか? 何であそこにいた?」


「それは……」


 アリアはもじもじと言いづらそうに悩んでいる。

 が、意を決して口を開く。


「その、募集、締め切ってた……それで、頼りになる人ここにいなくて、それで……」


「……お前馬鹿だな」


「はい、馬鹿です……これからどうしようかと……」


「でも結果オーライだ。実はとある魔導師が助手を募集しててな、次の募集までそこで働きながら勉強といかないか?」


「ほ、ホント!?」


「あぁ、実績のある有名な人のところで勉強できるぞ」


 ウェンが思ってもないことを口にすると、アリアは想像以上に喜ぶ。


 二人はそれぞれ違う想像をしながら、エレットの所へ歩いて行った。

 その時アリアはまだ知らなかった。自分がとんでもない思い違いをしている事に。

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