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日本を目指す者同士

「それで、そのニホンって所に行く為に今情報収集中だ。信じるか?」


「うん! 凄いねそのニホンってとこ! 私も行ってみたいなぁー」


 道中、アリアに自身の目的をある程度話す。

 信じるなんて思ってなかったが、アリアは目を煌めかせて興奮していた。


 いつの間にかアリアは荷台から飛び出て、ウェンの背中に飛びつかん勢いでのめり出ていた。


「お前……普通こんな突拍子もない話信じるか?」


 仮に異世界の話をしようものなら、普通なら頭のおかしくなった人間だと思われるだろう。


 彼自身も写真やボールペンを見るまでは信じなかっただろう。


 だが、見るにアリアの表情からは嘘が読み取れない。

 騙すのが極端に上手なのか、単純に嘘をつく事が出来ないのかだとすれば、確実に後者だろう。


 そんな彼女を見たウェンはとある事を思いつく。


「お前帝国行ったことあるのか?」


「ううん、無いけど」


「じゃあこれはどうだ? 帝国での挨拶は手を上げて脇を隠さなきゃならないんだ。んで笑顔と大声で」


「そっ、そうなんだ! 知らなかった……」


 小声でふむふむと呟くアリアを見て、ウェンは内心ほくそ笑んだ。

 彼女はどこか抜けており、嘘でも本当でも疑わずにスポンジの如く吸収する。


 話している間にもう帝国の首都まで辿り着いていた。


 アリアに荷台に引っ込むように指示し、ウェンは魔物や敵国から守る為の堅牢な門の前で馬車を止めた。


「よーうウェン。任務ご苦労さん。楽しかったか?」


 検問している門兵に話しかけられ、ウェンは不機嫌そうな顔をする。


「このクソ門兵……お前の顔を見なくていいってだけでマシな仕事だったよ」


「あーそうかい。一応荷台見るぜ、兵士がクスリ持ち込んだって話もあったしな」


 門兵が荷台を開けると、アリアを見て固まった。


「こっ、こんにちは! わたくしアリアと申します!」


 アリアは教えられた通りに手を上げて脇を隠した。

 その顔には恥じらいが感じられ、それを見たウェンは吹き出して轡で顔を隠した。


「……何してんだお前。馬鹿にしてんのか?」


「へぁっ!?」


 馬鹿を見る目をしている門兵を見て、アリアはようやく嘘を教えられた事に気付いた。


 顔を真っ赤にしてウェンを睨む頃には、彼の笑いは止まっていて真面目な顔をしている。


「……誘拐か。お前も来るとこまで来たな」


「ちげぇよ。そいつは孤児だ。魔物にやられた商人がいて、そいつだけ生き残ってたから助けたんだ」


「ふーん、まぁいい。お前は慈善事業はしないと思っていたが……好きに通れ」


「一言多いヤツだな……」


 見るからにやる気のない門兵は部下に指示すると門を開けさせる。


「サラッと嘘つくんだから……最高に恥かいたし」


「嘘も方便、お前の説明は面倒だからな。いいから行くぞ」


「あの人、友達なの?」


「そんなんじゃねぇよ。俺の事が嫌いな奴ってだけだ」


「……嫌われてるんだ」


「そうだな。俺は嫌われ者の帝国兵に嫌われてるんだ。魔法が使えない癖に兵士やってるってな」


 門付近の繋ぎ場に馬車を返すと、ウェンは自分の荷物だけ取って降りた。


「お前とはここでお別れだな。魔導師になるか知らんが、兵士になるより大変だろう。まぁ頑張れ」


「あのっ」


 荷台を降りる途中のアリアに言い捨て、ウェンは立ち去ろうとするが、焦ったアリアに呼び止められた。


「その、ありがとう。私一人じゃ心細かった……ほんとに、ほんとに感謝してる」


「あぁ、お代は今度でいいぜ」


「おっ、お金取るの!?」


「当たり前だ。さっきの奴も言ってたろ。俺は慈善事業はしないってな」


「お、お金なんて……」


 突然オロオロし始めるアリアを見ていると不思議と頬が緩む。


 ウェンも彼女が金を持っているなんて微塵も思っていない。

 ただ、少しの間とはいえ自分に好意的にしてくれた人物へ、少しばかり意地悪してみただけ。


「……出世払いだ。魔導師になったら俺の所へ持って来い」


「……う、うん!」


 立ち去るウェンに手を振るアリア。

 帝国の喧騒の中、石畳の上を早足で歩き続ける。


「……感謝されたのなんて何年ぶりだろうな」


 珍しく受けた人の好意を噛み締め、日本への手がかりを探しに行く。


----


「変わった格好の女二人? 知らねぇなぁ」


「そうか……見掛けたらまた頼む」


 外来の商人達が集う、通称商人街に足を踏み入れたが、手がかりは一つも出て来なかった。


 例外なく商人達には煙たがられる。

 それは検閲と称して商品を強奪したりする悪徳帝国兵の所為だろう。


 ヒソヒソと周りから良くない言葉が聞こえるが、聞こえぬ振りをして黙りを決め込む。


 スリに合わないように最新の注意を払いながら人混みを掻き分ける。


「ふざけんなよこのクソジジイが!」


「勝手に商品食いやがって! 金も持ってねぇ癖によ!」


 商人街に響いた怒号に、騒がしかった辺りに静寂が訪れる。


 その声の主を囲むように人混みが分かれている。

 その中心には二人の男がボロボロの服を着た老人を踏んだり蹴ったり、好き放題にいたぶっている。


 老人は頭を抱えて砂埃にまみれ、男達の怒りが収まるのを待っている。


「ケンカか……しょうがない、ちょっと仕事するか……」


 ウェンは野次馬の間を器用に通り抜け、一番先頭まで躍り出た。


「おい何してる。やり過ぎると死ぬぞー」


「あ、帝国兵さん。こいつをどうにかしてくれ!」


 怒りの形相のままで訴えかける指先には、蹲った老人が一人、呻き声を上げて横たわっている。


「盗人だ! ウチの果物を盗ったんだよ!」


「あー、そりゃ大変。後は任せてもらう」


 野次馬達と怒りが収まらない男二人を散らせ、ウェンは老人に駆け寄った。


 子供だろうが老人だろうが盗みは珍しくない。

 この広い国の全ての人間が自由に飲み食い出来る訳では無い。


 帝国に蔓延る大きな問題の一つ、敗者はどこまでも地に落ちてしまう。それが浮き彫りになったと言える。


「おい大丈夫か? 悪いがちょっと来てもらう。盗みは良くねぇからな」


「うっ、ううぅ……」


 老人の肩を担いで引っ張り上げる。

 ウェンにとってこんな事は日常茶飯事であり、今まで諦める者、暴れる者も対処してきた。


「間違ってない、間違ってないんだ……」


「どう考えても盗みは間違えてるっつーの。取り敢えず近くの駐屯所に……」


「私の理論は間違ってない……異世界は、もう一つの世界はあるんだ……」


 ブツブツと朦朧とする意識の中で呟き続ける老人の言葉を耳にして、ウェンは目を見開く。


「間違って、ない……んだ……」


 うわ言のように繰り返す言葉を最後に、プツリと意識の糸が切れた。


 リンチの代償か単なる空腹か、何にせよ老人は気を失い、ぐったりと項垂れている。


「ようやく俺にもツキが回って来たか……!」


 悪人のような笑みを浮かべるウェンは駐屯所に行く途中で行き場所を変える。


 人気のない路地裏に連れ込み、壁にもたれさせて汲んだ水を顔にぶっかけた。


「……う……ここは……?」


「よう、目が覚めたか。怪我はないか?」


 未だ意識が定かではない老人の前で、適当な木箱に座るウェンは彼を見回した。


 整えられていない白い髭にボサボサの髪の毛。浮浪者のようなボロボロの服。


「……怪我はなさそうだな。アンタ名前は?」


「人にモノを尋ねる時はまず自分から言え。そもそも儂を誰だか知らんのか?」


「悪いが浮浪者の顔と名前は覚え切れないもんでね。名前はウェン。そんで俺は兵士でこれは尋問だ、盗人」


「かぁー、これだから最近の若いのは! 儂はエレット。知る人ぞ知る超有名魔導師じゃ」


「魔導師? 俺の知ってる魔導師はでけぇお城で魔法の本を読み漁ってる金持ちのイメージだったが……少なくとも、果物盗ってボコボコにされてるってのは無ぇな」


 ウェンが正直な感想を言うと、エレットは悔しそうな顔をして空を見た。


「……魔導師、だったのだ。つい三日前までは」


「あー、クビ?」


「違うわ! ……と言いたいが、あながち間違いじゃない。私は魔法を研究していたのだが、結果を出せずに資金援助が打ち切りになったのだ。生活費やそれこそ人生を賭けた取り組み、もう少しのところで達成出来たのじゃが……水の泡じゃ……」


「まぁアンタの人生なんてどうでもいいんだ。何の魔法を研究してたんだ?」


「おお聞きたいか! 中々見込みのある青年だの! 儂が研究していたのは今いるこの世界とは別に世界があるのではないかと言う仮説じゃ! 具体的にはこれは魔法力の持つ作用を成形し、適切な形と質量にして空間に撃つ事で……」


「あー、いい! うるさい! 理論や考えなんて聞いても分からん。取り敢えず異世界があって、そこに行けるって訳だろ? アンタの言う事が正しければ」


「儂は常に正しい! しかし分からず屋の上層部は儂の研究をボケ防止の暇潰しなどと例えおった! 確かに新しい事かもしれんが、魔法の進歩の為には必要な事なのだ! あいつら今に見ておれよ……!」


 鼻息荒く語るエレットを止めようとしても止められず、目の前の老人はその後も聞いてもいない事を垂れ流し続ける。


「分かった分かった! 俺がアンタを牢にぶち込まないのはそれに興味があるからだ」


「ふん、儂の研究を若造が理解出来るのかね」


「研究はどうでもいい。お勉強なんて生まれてこの方殆どした事ねぇからな、難し過ぎて理解しようとは思ってない。知りたいのは異世界の事さ」


「……お前、儂の理論を信じるのか?」


「当たり前だ。何せ俺は異世界の人間に会ってるからな。そいつにこれを託された」


 ウェンは胸ポケットから写真を取り出し、エレットの眼前に突きつけた。


 それを見たエレットはみるみるうちに顔色を変え、玩具を見つけた子供のような笑顔で写真を掴んだ。


「お前っ、こっ、これは何だ……!? 絵か……? 誰に渡された……!?」


「これはシャシン。風景を紙に移せる異世界の技術らしい。あいにくそのシャシンの持ち主はもう亡くなってるが……だがその妻と子供がこの国にいる可能性がかなり高い」


 エレットの手の力が入り過ぎて写真をにシワが出来てるのを懸念し、ウェンは彼の手から写真を取り上げた。


 興奮した赤い顔で拳を握りしめ、空を見詰めるエレット。

 その顔は自身の理論が間違っていなかったと言う喜びと、自分を見捨てた上層部への修練が宿っていた。


「この技術はニホンと言う国で流通してるらしい。そこでアンタに頼みがある」


「お前さんが手掛かりを見付けて、儂がニホンとやらに行く方法を探す……じゃろ?」


「あぁ、話しが早いな。とは言えあまり広める訳には行かない。先を越されたら台無しになる。今はこの国に来た親子を探すのが先決だ」


「当たり前だ! 研究意欲が湧き出てくるわ! 儂は家に戻って研究を続ける。お前も着いて来い!」


 年甲斐にもなく大興奮したエレットは先程までの息絶える寸前とは打って変わって元気に走り去って行く。


 ウェンが静止させようとしたが、それを聞こえなかったのか振り切って人混みに消えて行った。


「……クソジジイ。話くらい聞けよ」


 誰もいなくなった路地裏で、ウェンの行き場を失った舌打ち混じりの独り言が溶けて行った。

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