不幸な出会い
情報収集兼今日の宿を取る為、適当な街に馬車を入れた。
ウェンは泊まる場所の決まりを二つほど決めてある。
一つ目は比較的大きめの街である点、もう一つは治安。場所によっては賊が入り浸っている街だってある。
馬車を預け、最低限の荷物を持って街を歩く。
馬車に置いてあるのは隊の物資や遠征する為の食料など。
兵士の馬車だと分かるものを置いておけば置き引きになる事も無い。
適当な宿を取って部屋に入り、荷物を置いてはベットに倒れ込んだ。
「あー、荒地を馬車で走るのは勘弁したいな……まぁ、無理なんだけど……」
走る度に揺れる車体に遊ばれる体を労り、疲れた体を休めようと目を閉じる。
「……腹減った」
宿と言っても寝るだけの場所。いっちょ前に夕食が出るような場所ではない。
一応金銭の類は支給されていて金に困ることは無いが、無駄遣いは避けている。
仕方ないな、と体を起こした。
鳴る腹は止む気配がなく、とてもじゃないが眠れないだろう。
腹の虫に従って宿を出て、空いている適当な店に入って席に座った。
「見ねぇ顔だな。兵士か。何にする?」
カウンター席の向かいにいる店主と思われる男が注文を聞いてくる。
「適当に安くて早くて美味くて良さげなの見繕ってくれ」
「はっ、ここの飯は全部安くて美味いっての。待ってろ、適当に作ってやる」
店主は注文通り迅速に料理を並べた。
ウェンは味わうより前に空いた腹に突っ込んで行く。
「美味いなこれ。鶏肉?」
「惜しいな、魚だ」
なんてどうでもいい会話をしていると、か高い悲鳴と、食器が割れる音が店内に響いた。
「てめぇ何やってんだオイッ!」
「ひっ、ごめんなさい……」
首をひねって後ろを向いた。
青ざめた顔をした少女が大男二人に怒鳴り散らされているのが見える。
どうやら少女が水をひっくり返し、二人にかかってしまったようだ。
適当に入った店で面倒なものを見てしまった。とウェンは前を向いて食事を続ける。
「あの子は飯食わす代わりに今日働いてもらってんだ。一人で旅してるとかなんとか……」
「聞いてねぇよ。何にせよあの子が悪いんじゃねぇか。アレじゃ酒飲みに来た楽しい気分が台無しだ」
結構酔いは回ってるみたいだがな、と付け足して食事を続ける。
「謝りゃ済むと思ってんのかこのガキ! 服がビショビショじゃねぇか!」
怯える少女に怒鳴り続ける男は落ち着く気配が無く、むしろ怒りはヒートアップしている。
対する少女は涙を流しながら俯いて謝り続けている。
「一時的にとは言え店の人間だろ。助けないのか?」
「……勘弁してくれ。あの二人はこの辺の乱暴者で女でも容赦ないって噂だ。俺は店を壊したくないんだよ」
「……誰でも保身か」
ウェンは小声で喋る店主に皮肉を返す。
「謝るってのに頭が高いんじゃねぇのか? 謝る時は床に這い蹲るもんだクソガキ!」
大声を上げる度に少女の肩はビクリと震える。
小馬鹿にするように笑う二人に怯え、目を瞑って言う通りにしようと足を畳む。
跪こうとした時、その腕を掴んで止める者がいた。
「……おい、ちょっとやり過ぎじゃないのか。そこまでやる必要はねぇだろ。飯食う時くらい静かにしろ」
全く無関係のウェンが助けたのが予想すら出来なかったのか、少女は目を見開いて彼を見ていた。
「なんだお前は、コイツの保護者か? にしては若いな!」
「お前が這い蹲って謝ってくれんのかぁ?」
誰が見ても下品に笑う男達に、ウェンは少女の腕を引っ張って立たせる。
「俺達は水ぶっかけられてんだぜ? せっかく気持ちよーく酔ってたのに台無しだ!」
「そうだ! 折角だから芸でもさせて楽しもうって思ってたのに……おい、こいつ帝国兵だ」
「っ、マジかよ!」
防具に刻まれた竜の紋章を見て二人は気付いて青ざめた。
「だ、だからどうしたってんだ! 兵士と言えど一人だ!」
「なんだ、状況も分からんほど酔ってんのか。じゃあこれでどうだ?」
自分のテーブルにあった、グラスに入った水を二人の顔面に浴びせる。
「酔いは冷めたか? たかが水だろうが。そのうち乾くっつーの。まぁ、これじゃ頭の悪さは変わらねぇか。今消えるなら勘弁してやるよ」
ヘラヘラとグラスを置くウェンを見る二人の目は殺意の眼差しに変わっていた。
怒りで顔を真っ赤に染めて、顔の水を拭った。
「こ、の、野郎ッ!」
「ぶっ殺すッ!」
遂に手を出さんとする二人、店主はその光景を見てあたふた慌てている。
しかし、狭い店内で二人の男が同時に向かう事は不可能であり、怒りで曇った攻撃は単調だった。
大きく振り上げられた拳はいとも簡単に見切られる。
後出ししたウェンの拳は相手の力を利用するように顎の先端にクリーンヒットした。
テコの原理で脳を揺らされ、大男は無残に床へ倒れた。
「う、嘘だろ……」
「お前らみたいな馬鹿なんて相手にし慣れてんだよ。今のびてるそいつと消えるってなら許してやる」
ウェンの目は最後の一人を見ていた。
忠告を無視して、もう一人の男は食事中に使っていたナイフを手にし、構えて突進してきていた。
鋭利な刃物を凶器として使われ、自分が襲われていないにも関わらず少女は恐怖心から目を閉ざした。
「そんなもんじゃ、俺は殺せねぇよ」
腹狙いを完全に読み、避けて男の手首を掴み、関節をきめてナイフを落とさせる。
ギリギリと軋む音が鈍く響く中、激痛に耐える男は蚊の鳴く声で言った。
「ま、参った。許してくれ……」
無言無表情のウェンはその言葉に耳を傾けること無く、そのまま腕を折った。
言葉にならない言葉を吐き出しながら床に這い蹲る男を見て、腰の剣に手をかける。
「……俺の経験則だと、声がでかいヤツは弱い。お前らみたいにな」
「お前ら二人! もう、お代はいいから帰ってくれ……」
絞り出すような声の店主は冷や汗をかいており、息も切れている。
ウェンは剣にかけた手を降ろし、怯える少女を見た。
「……あぁ悪かったな。お前、ちょっと付き合ってもらうぜ」
少女の手を強引に取って、逃げ出すように店を飛び出た。
暗い街に騒ぐ酔っぱらいに対し、まるで通夜のような表情をしている二人の周りはまるで別世界のようだ。
奴らや仲間が追いかけて来たりするのを防ぐべく、ウェンは少女を取った宿の一室に押し込んだ。
「あの、ありがとうございます……どうお礼したらいいか……」
「礼なんていい。俺は火の粉を振り払っただけだ。飯は静かに食いたいんでな。それよりお前、名前は?」
「アリア。アリアです。私、魔導師になる為に旅をしてて、それで、それで……」
相当怖い思いをしたのだろう、アリアはブルブルと震えながら落ち着かない様子で口を紡ぐ。
「俺はウェン。言っておくが別に助けた訳じゃない。が、とりあえず一晩この部屋で過ごすといい。奴等が俺達を探してるかもしれないからな」
彼は剣をベットに立て掛けて横になった。
アリアは部屋の隅で壁にもたれて座り、何を考えているのか静かに床を見つめている。
「お前、旅してるって言ってたな。なのにあの程度の事で躓くってどういう事なんだ?」
「……旅は始めたばかりなんです。魔導師になりたくて」
「絶望的に向いてないから家に帰れ。見たところまだ十ちょっとの歳だろ? それなら家で勉強でもしてた方が将来の為になる」
ウェンの言葉にアリアはムッとして言い返す。
「向いてないから目指すのもダメですか? それに私はもう十六!」
「そうは言ってない。だが違う方法もあるって話。今のお前がしてるのは努力じゃなくて徒労だ。努力は正しい方向にするから努力なんだよ。あと十六には見えねぇよ、チビ童顔」
「だ、だからって、そんな言い方……」
落胆するアリアを尻目に、ベットに備え付けられてある毛布を持って立ち上がる。
「……少なくとも度胸は足らないみたいだな……無意味に死ぬ事はねぇよ」
「そうかもしれませんけど……そういうあなたはいくつなんですか?」
「十八」
「そんなに変わらないじゃないですか!」
「あぁうるせぇ、いいからもう寝ろ!」
ウェンはわめくアリアの頭から被せるように毛布を投げる。何も無くなったベットに横たわり、彼女に背を向けて目を瞑った。
「……ありがとう」
アリアのか細い声を聞き、ウェンは深い眠りについた。