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異世界から見た日本の姿

 魔法も使えない癖にでかい態度で目障りだ。

 そんな圧力をかけられて危険な国外へ出るのはいつも独りだった。


 若い兵士ウェンは帝国周辺の街や村を魔物から守る為、定期的に見回りをしている。

 その帰り道、黒い髪の毛を揺らして青年は幌馬車を走らせていた。


 あてがわれたのはボロい馬車に年老いた馬。

 危険な仕事をたった一人で押し付けられ、不機嫌な様子が見て取れる。

 支給品も最低限であり、彼それは彼の置かれた環境を形容しているようだった。


「……何だ?」


 山道に差し掛かった時、山の奥が妙に騒がしいのに気付いた。

 この辺りは魔物も出るし、盗賊だって少なくはない。ひとたび国を出れば危険など石ころのように転がっている。


 その音は徐々に近付き、目の前に落ちてきた。

 ウェンは思わず馬の轡を引き、剣に手をかけて幌馬車を降りた。


 転がり落ちて来たのは人間の男。

 それも傷だらけで血まみれ、意識だって失っているようだ。


 どう見ても、何かに追われて逃げて来た。


「おいアンタ、大丈夫か?」


 横たわる男を抱き起こすと、生暖かい感覚が手に伝わった。

 流れる鮮血は腕を伝い、肘まで垂れる。


 男の衣服はズタズタに引き裂かれており、そこから赤く染った肉が見える。

 咬創、創傷、その傷は命を脅かすまで達しているのは見て取れる。


「この辺の魔物にやられたか……でも何だ、この服装。見た事無い服だ……」


 作りというか、デザインというか、そもそも素材が違う。

 兵士でもなければ商人でも農民でもない風体をした不思議な男だ。


 まぁそんな事より、とウェンは顔を顰め、男にもう一度声を掛けた。


「おい、生きてるか、起きろ!」


 その声に呼応するように、男は呻き声を上げて目を開いた。


「……う、あぁ……ここは……」


「生きてるか、しっかりしろ。取り敢えずここは危険だ。手当も話も後にしよう」


 肩を貸し、馬車まで運んで荷台に乗せた。

 馬を走らせ、処置をしようと開けた水場を探す。


 幸い馬を走らせればすぐ近くに見付かり、水を汲んで来ては処置を始めようと服を引き裂いた。


「……」


 ウェンは傷跡を見て唇を噛んだ。

 最低限の道具しかない状況で、この傷を治すのは不可能だった。


 いや、仮に傷を治す魔法を使えても、あまりの出血に命は無かっただろう。


「……いい、分かるんだ……もう、長くはないって……」


 どうしようもない手を掴んで、か細い声で口にする男は虚ろな瞳でウェンを見詰めた。


「……何か言い残す事があれば聞こう」


 兵士の彼にとって人の死は日常のように隣にあった。

 こうして言い残しを聞くのも、彼にとっては何度も歩いて来た道のりなのだ。


 そして、今まで聞いた最期の言葉を彼は一度たりとも忘れたことは無かった。


「あぁ……最期に、人に会えて良かった……」


 男は震える手で胸元のポケットから一枚の紙を取り出してウェンに渡した。


 それを開き、中を見る。

 紙の中は彼にとっては目を見開くほど珍しいものだった。


 まるで目に映るものをそのまま移したような精巧な絵。

 そこには仲睦まじい三人家族が写っていた。


「私の、妻と娘だ……はぐれて、しまった……私があいつらに襲われた時は、もう居なかった……」


「待て、あんたはどこの国から来た? これは何だ?」


「それは、写真……私の名前は、石崎……慧。日本から……来た。ハイキングだ、家族とはぐれてしまった……ここは……日本ではない……だろう」


「シャシン……ニホン……? 聞いたことも無い。確かにここはニホンじゃない」


 慧は震える手でペンを取り出し、カチッと押し込んでウェンの持つ写真へ一言書き込んだ。


 何を書いてるかは分からないが、家族に宛てた最期のメッセージだと言うのは分かる。


 それを書くと腕は力を失い、パタリと倒れ込んだ。


「ふふ……まさか、異世界なんて……はは……参ったな……」


「……もう、喋るな」


 慧は首を振った。

 あまりの出血でもはや目も見えていないのに笑みを零す。


「君に……娘のユリと、妻を……頼みたい……! 通りすがりの人間に……こんな事頼むのはおかしな話だが……」


「……あぁ分かった。アンタの妻と娘を探し出す」


「…………あぁ、あり、が……とう…………」


 ウェンの答えを聞いてニコリと笑うと目から光が消えた。

 全身が脱力し、ピクリとも動かなくなった。


 人の死を見て来たのはこれで何度目だろうか。彼はそう考えた。


 ウェンは慧の目を閉じさせて荷台から降ろし、適当な場所を見つけて穴を掘った。

 もちろんロクな道具も無い上、掘り起こされないくらい深く掘るにはかなりの時間を要した。


 しかし、ウェンは慧の為に穴を掘り続けた。

 それは彼が慧を尊敬し、そうしたかったからだ。


「ケイ。アンタが何をしていたかは知らないが、強い人間だと言うことは分かる。最期まで家族を想ったアンタは格好良かった」


 簡易ではあるが墓を作り、そこに慧の遺体を入れて土を被せていく。

 全てが終わる頃には日が沈みかけていた。


「俺は兵士だ。どんな形であれ戦った人間は敬う。こんな粗末な墓で申し訳ないが……」


 名も知らない花を摘み、墓に添えた。


「今はこれだけで我慢してくれ。事が片付いたらまた来るよ。今度はマトモな花を持ってな」


 彼に祈る習慣は無かったが、その時ばかりは目を閉じて祈った。

 少なくとも神は信じていない。だが、家族想いの男が安らかに眠れるよう祈るのは当然の事だと思った。


「妻と娘は俺に任せろ。そしてアンタの死、無駄にはしない」


 彼の目には決意が満ち溢れていた。

 馬車に戻りながら定めた目標の事を考える。


 大人しく待っていた馬をひと撫でし、荷台に上がった。


「異世界、ニホン、シャシン。そんなものがあるとはな……」


 血のついたペンを拾い、拭き取って慧の真似をしてカチカチと押してみる。


 押すと芯が出て文字が描ける。それを何度か試して荷台に置いた。


「……そのニホンにはこんなのが沢山あるワケか。こりゃすげぇ。こんな細かいもんを大量に作る技術があるとすれば、ニホンに行って持って帰って来れれば俺は億万長者だ」


 目標を見据え、地図を開いた。

 ケイの遺したペンで上機嫌に線を引いていく。


「最初の目標はケイの妻と娘。二人に会うのがニホンへの近道だろう。とりあえず情報を集めるには帝国に戻る他ないか……」


 ウェンは馬車を走らせる。ケイの言葉と自らの野望の為に。

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