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「芥川繭子という理由」  作者: 時枝 可奈
70/77

連載第70回。「繭子、最後のインタビュー」 8

2017年、3月。




芥川繭子(M)×伊澄翔太郎(S)×関誠(SM)。

例のお酒を戴きながら。


-- お疲れ様です。差し入れ、頂きました。

S「悪いな、芸のない二人で」

SM「(顔を伏せて笑う)」

-- いえいえ(笑)、何気に翔太郎さんの方からメーカーズマーク頂くのは、私は今回が初めてです。

M「私もそうだよ」

S「差し入れでこれ持ってくるのは俺も初めてだけどな。ただ」

SM「意外性が全くないってね、さっきも二人で」

-- なるほど。肉まんか、このお酒か。

M「いつもだけどさ、肉まんよりお酒より、二人がこうやって来てくれる事が差し入れになってるんだよ」

SM「分かってるよ?」

M「(爆笑)」

-- 病院どうでした?

SM「(指で輪っかを作る。OKのサイン)。…当てようか、誕生日の話してたね?」

M「ふぇ!?」

-- どうして分かったんですか!?

SM「だってこれ置いてたらそれか、昔の練習風景しかないじゃん」

二人の突然の来訪に舞い上がっていたが、テーブルに置かれたバイラル所有のビデオカメラを指さし、誠が話の焦点を繭子に戻してくれたおかげで、ようやく落ち着きを取り戻す事が出来た。

-- 大当たりです。クロウバーでのライブシーンだけを見ていたのですが、当日、誠さんとテツさんもいらっしゃってたんですか?

SM「ライブの後じゃないかな、参加したの。テツさんもいたよ、もちろん」

S「(ライブは)そんなに長い事やってないからな」

М「一時間ぐらいですかね?」

S「かな」

SM「来る時下でワゴンから一杯荷物運び上げてるの見て、軽そうなの適当に持って上がって来たらそこの所(恐らく、スタジオ外の階段付近を指さし)で『やめて!』って、大袈裟な顔されて(笑)」

S「テツ?」

SM「うん。『絶対やめてね』って言われて。なんか深刻な誤解でもされてるのかなって」

-- あはは、でもテツさんの気持ちは分かりますよ。

М「ただ単に翔太郎さんの手前とかじゃなくて?」

SМ「どういう意味? なんで手伝わせてんだとか、言うって?」

M「言わないか」

SM「言わないでしょ」

-- やっぱりでも遠慮はあると思いますよ。テツさんだって大分年上ですけど『マコちゃん』て呼んでいらっしゃいますよね。翔太郎さんの手前というより、翔太郎さんの大事な人という認識はあるでしょうから。

SM「あー、それはあるかもしれないね」

S「(顔を伏せる)」

M「誠さん、こう見えて翔太郎さん以外を呼び捨てにする事ないもんね」

SM「当たり前でしょ! 今でもたまに翔太郎さんって呼んじゃう時あるのに(笑)」

M「ウソ!?」

SM「あるある」

M「そうなんですか? どういう時ですか?」

S「(顔を上げない)」

SM「嫌-やーそー(笑)」

M「こういう話で翔太郎さんが乗って来たらそれはそれでちょっと怖いよね」

S「(俯いたまま笑う)」

-- なるほど、このままだと翔太郎さんが俯きっ放しになるので話題を変えます。あのー、復活版クロウバーで演奏された例の新曲って、音源化する予定はありませんか?

(一同、笑)

M「ほんと、根っからだね」

-- いや、別に編集者として聞いたわけじゃないよ。普通に、また聞きたいでしょ?

M「うん、聞きたいけどね」

-- 竜二さんなんて言ってた? 早口で捲くし立ててるから分からなかったんだけど、来年の今頃なんとかなんとかー、スターナー!みたいな。

M「雑(笑)!」

-- ごめん(笑)。

S「この一曲はもう来年の今日しかやんねえから歌いたい奴はワンコーラスで覚えろ行くぞ、って。曲は『STARLINER』」

-- すみません、ありがとうございます。『STARLINER』、いい響きですね。ドーンハンマーにはない語感な気がします。でも多分そのような事だろうなとは思いましたが、やはりもう聞けないんですね、来年まではね。

M「恐れ多くて要求出来ないけどね、来年だっていつだって。あの曲って、誰が作曲したんですか?」

-- 聞いてなかったんだね(笑)。

S「大成」

M「…へえー」

-- はー、やっぱ凄い曲書く人だなあ。

SM「…え、いいかな。(繭子を指さしながら)翔太郎、この顔はバレてるよ?」

M「うはは!(顔を背ける)」

S「そうか」

-- え、という事は翔太郎さんなんですか?

S「うん」

-- 何で一回ウソ付くんですか。

S「うん」

SM「今日って何時からやってんの?」

-- え? ああ、朝からです。

SM「ずっと!?」

-- すみません、休憩挟みながらですけど、まあ、ずっと。

SM「もう3時回ってるけど?」

-- すみません。

SM「何時までやるの?」

-- 時間は、決めてません。

SM「今で何割?」

-- ええー、…2。

M「ええ!?」

-- ウソ、7割くらいはもう、うん。

M「あ、でも思ったよりか」

-- ごめんね、長いよね、さすがに。お昼に織江さんが昼食を用意して下さったんです。その時点でもう午前中一杯使ってるのに、まだここへ来て終わらないって、相当酷い編集者ですよね。

M「でも覚悟はしてたよ」

S「何をそんなに喋る事があるんだ? またアレか、恋愛小話か」

SM「あははは!」

-- 小話(笑)。

S「好きだもんなあ、その手の話」

-- いや、だから好きじゃないです(笑)。ただ皆さんとお話していて出て来る愛情の小話って、所謂恋愛モノとは全然違うじゃないですか。

S「…俺に聞いてんの?」

SM「まあまあまあ、ね。言わんとしてる事は分かるよ」

-- ですよね? 私もこう見えて音楽雑誌編集者の端くれなものですから、そもそも音楽記事に恋愛要素を織り込むのが苦手なんです。これまで取材対象のそういった部分を全く掘り下げてこなかったですし、自分としては恋愛の話をあえて攻めていくやり方って、実はよく分かってないんですよ。

SM「あー…その話は全然信用できない。ウソくさい」

M「(手を叩いて笑う)」

-- 本当です!逆に今、じゃあ恋愛の話しようぜっていうノリになっても、私の方からどう話題を振って良いか、聞き出して良いのか分からないですもん。

M「ナチュラルボーンキラーってトッキーみたいな人の事言うんだろうね」

S「っは!良いねえ」

SM「それもう私立場ないじゃん(笑)。無意識に色々引っ張り出されてさ、身を削った話を無意味にさらけ出したって事だよね。 私あの後(※)家帰ってめちゃくちゃ恥ずかしかったんだから、思い出して!」

(※ 2月に収録した伊澄のラストインタビューの後、関誠も合流して色々お話をお伺いした時の事を指している)

S「お前のは自爆って言うんだよ」

(一同、笑)

-- ですから、話をお伺いはしますがそのまま記事になんかしませんって(笑)。女性週刊誌じゃないんですから。

SM「まー、そうだけど(笑)」

M「…あ、でも私あの話好きなんですよ、翔太郎さんの」

S「おい!」

SM「これ。これはこの子の常套手段だから」

-- 以前、大成さんも繭子のこのやり口にお困りでした(笑)。

M「ダメですか?」

SM「ダメ」

M「翔太郎さんに聞いてるの」

S「俺の話か?」

M「はい」

SM「俺だけの話か?」

M「いいえ」

S「じゃあマズイだろ。あと誰出てくんだよ」

M「(関誠を指さす)」

SM「わー、ダメ、もうダメ。ダメ(笑)」

-- でももしかしたら既にお二人から聞いてる話かもしれませんよ?

SM「あー。…ちなみに何?」

M「(誠に耳打ちする)」

SM「…え?」

M「(顔を離す)」

SM「それは何の話? 実際には私出て来ないんじゃない?」

M「いや、だからね」

SM「だぁ(繭子を引き寄せて耳打ちさせる)」

S「(首を横に振りながら苦笑。やがて私を見、冗談っぽく睨みを効かす)」

-- (すみません、という顔で会釈)

SM「…え、分かんない。それは誰に聞いたの」

M「翔太郎さん」

S「俺? 俺からお前に言ったって?」

M「聞いたんですけどね、私の方から」

SM「(眉間に皺を寄せて考え込む表情)」

-- あー、写真撮りたいー。

SM「(鼻で笑う)」

M「なんでこれ言って誠さんが分からないの? だから仕事初日の帰りだって」

S「おいおい、頼むから俺らがいなくなった後にしてくれよ。な」

-- わお、了承得ちゃいましたよ(笑)。そのお話はでも、また後でお伺いするとして、もし、翔太郎さんが今日お見えになったら聞いておきたいと思っていた事があるんです。

S「ん?」

М「えーっ」

SМ「(繭子を見やる)」

-- 織江さんが動くとお金が発生するって、どういう意味ですか?

S「はあ?」

一同、笑。

SM「何それ、初めて聞いた」

M「そんな事言ってないよ(笑)」

-- 違った?

M「翔太郎さん前に言ってたじゃないですか。織江さんが動くと全部仕事になるから笑えるって」

SM「あー(笑)」

-- そうでした。

S「仕事?…ああー、何だよ金って。だからあれだろ、あいつこの業界で割と顔広いらしくてさ、しょっちゅうどこどこの誰々さんと会食ーっつって出かけてくわけ。まあ俺らはそういうの、よく分からない奴と飯食うだけでも嫌だから営業的な動きは全部織江に任せたんだよ。でも放っておいたらその後全部仕事に繋げてくるんだよあいつ」

SM「言い方(笑)!」

S「や、それが多分正解なんだけどさ、あいつ本当そういう所凄いんだよ。なんか、却ってこっちが気を使うくらい仕事取って来るから。タイアップとか、テレビのコーナーで短いフレーズだけ起用したいとか、そういうのは俺らが知らない間に決まってて。なんなら知らない間に終わってたりするからな」

-- 素晴らしいですね! マネージャーの鑑!

S「で竜二がさ、いつか聞いた事あんだよ。お前さ、飯食う相手と仕事の話しかしないのか? 誰と食ってるか知らないけど、相手気を悪くしないのか?って。したらあいつ何て答えたと思う? 『なんて事言うのよ、私食事の席でこちらから仕事の話をした事は一度もないよ。疑うんなら見においで』って」

M「格好良いー」

-- ふわーあ!そういう話だったんですか!

S「何だと思ったんだよ」

-- また何か独特なからかい方したのかなと思って(笑)。

S「なんだそれ」

SM「そういう意味でも織江さんて働きすぎなんだよね。人を惹き付ける事に関しては彼女こそ正真正銘のナチュラルボーンキラーだからね。男も女もまとめて殺す」

-- 言い方!

(一同、笑)

-- あ、もう一つ良いですか?

S「何だよ」

M「うわ(両手で顔を覆う)」

SM「なに、なに(子供みたいな顔で繭子の手をどかそうとする)」

-- 翔太郎さんが繭子を部屋に呼ぶ理由って、何ですか?

SM「(動きが止まる)」

M「知ーらないっ」

-- ええ(笑)。

S「あー。真面目な話か?」

-- もちろん。

S「…まあ」

SM「それはでも、本人の前で話をするのはちょっと嫌かな」

-- え?

M「(驚いた表情)」

SM「いや、本人ていうのはこっちね(伊澄の腕に触れる)。もちろん私はその理由というか思いを聞いた事があるし、この人が繭子を部屋に上げてる事も知ってる。繭子だって、偉そうな言い方だけど私公認だって事を分かってて。要はその、理由の部分だけだよね?」

M「え、うん」

SM「それはだから、この話こそ本人の前でするべきじゃないし、本人の口から言わせる事じゃないと思うから。私の勝手な言い分だけど、翔太郎には言わせない」

S「(苦笑)」

M「そうなんだ、何、何だろ、やだやだ、怖い」

-- ドキドキしてきたね。後悔してる、今。

S「大袈裟だって」

SM「ダメ」

S「ダメなんだってさ」

SM「いや、私は怒ってはないよ。逆に今になってそこ踏み込んで平気かなって思う。どういう話の流れで今この話題になったのか分かんないけど、ダメージ受けるのはそっちだよ?」

S「(目を丸くして誠を見る)」

M「こえー…」

-- 話題、変えましょう(笑)! さっきチラっと、もしかしてそうかなって思ったんですけど、翔太郎さん先程のお電話って恭平さんじゃありませんか?

S「怖っ!お前何なんだよさっきから!」

-- あはは! 実は私の方にも先程電話があったんです。

M「そうなの? 私がトイレ行ってる時?」

-- はい。

SM「私も今ゾワっとした。ファン心理ここに極まれりとかそういうオカルトかと思った」

S「な」

-- な、じゃありませんよ(笑)。恭平さんの方からわざわざお電話いただいて、ショウちゃんとマコちゃんが来てくれたんだよーうって。

S「そんな軽いノリの人じゃねえよ(笑)」

-- でも、とても嬉しそうでしたよ。

S「今日誠の検査が入ってなかったら、もうちょっと長居するつもりだったんだけどな。こいつ忘れてやんの」

SM「向こう(京都)でさ、慌てて病院に電話入れて、いつでした?って確認取ったら『明日の朝ですねー』って。慌てて新幹線のチケット取って。今日の件だってごめんって断ったの、そのすぐ後だからね」

-- あはは、そうですね。でも、うん、良かったです。そうやって忘れてしまえる程順調なんですね、お体。

SM「おかげさまで、ありがとう」

S「何か言ってたか?」

-- いえ、具体的な話は本人に聞く方が面白いからって。

S「別に面白い話なんてしてないぞ。酒飲んでただけだし」

SM「おじさん強いもんねー。いっつも、今日は負けない、朝まで飲むんだって張り切ってね。竜二さんと翔太郎前にすると、それっばかり」

S「あの人ずるいんだよ。昔から泣き上戸でな、そっからがまた異常に強いんだよ。しかも面倒臭い泣き方じゃなくてぐっと堪える男泣きだからこっちまでウルっと来てさ。俺まで変に(酔いが)回るんだよ、あの状態に入られると」

-- 気が付いたら寝てしまってたと仰ってましたよ。

S「でも2時ぐらいまでは恭平さんも起きて飲んでたぞ」

SM「ウソォ!?」

M「何時からなの?」

SM「夕ご飯頂いてからだから、7時半とか?」

M「ふわー!」

-- 普通じゃないですね、どんな体してるんですか。

SM「昨日も泣いてらした?」

S「ふふ、うん。織江の事をねー、あんまりねー、凄い奴だって、褒めないでやって欲しいんだよねーって」

M「あはは」

SM「似てるわぁ(笑)」

-- それは、どういう?

S「いや、俺もよく分かってないけど。多分だけど、俺ら無意識にあっこの親に会うと背筋が伸びるんだよな。子供の時から知ってるから別に怖いとかじゃないけど、心から尊敬できるというか。それは何だろうな、人柄だけを見て言ってるんじゃなくてな。俺達だから分かる織江やノイの凄さとか、あいつらへの感謝の後ろに立ってんのがあの人達だって、そう思ってるからなんだろうな」

SM「うん、そうだね」

S「だから会って一発目は絶対共通して皆、『織江さんにはいつもお世話になってます』って言うもんな」

SM「必ず言ってるよね。もう何十年の付き合いなんだよって、私達は傍で見てて思うんだけど。でも翔太郎だけじゃなくて竜二さんも大成さんも、他の皆も絶対言うしね」

S「うん。そういう部分も含めてだと思うけどな。アメリカ連れてく事とか、織江の手助けなくして俺達の過去も未来もありえなかったっていう話をすると、そんなに褒めないでやってねーって。…お前涙腺どうなってんだよっ(笑)」

M「っは! 翔太郎さんの話に集中してて全然気づかなかった!(笑)」

-- すみません。

S「きっと、そうやってあいつの尽力を称えたり有難がったりするとさ、そういうのが回り回って織江本人の耳に入った時に、きっとあいつはさらにアクセル踏み込む奴だから、あんまり頑張り過ぎないようにって。そこを心配してんじゃないかな」

SM「なるほど。ああー、そうだよねえ」

S「だからずるいんだよ。普段そんな喋らないくせに酒入った途端『責任を感じやすいタイプでねー。だけどあいつは真面目かもしれないけど、いたって平凡な娘だからー』って泣きながら言うからさ。このペースはまずいぞ!って」

M「あははは!あー、私も会いたいなあ」

S「繭子の事も心配してたぞ」

M「はい、ちゃんとご挨拶に行きます」

SM「じゃあー、そろそろ行く…めっちゃ泣いてる(笑)」

-- 織江さん。

SM「名前呼んだ(笑)」

S「お前もいちいちイジんな。また根掘り葉掘りやられんぞ」

SM「もう掘られる所ないんじゃないかなー」

S「お前は、まだまだある」

SM「…っは(笑)」

M「もう行っちゃうの?」

SM「え? 行くよ。差し入れに来ただけなのにまーた喋り過ぎたよ」

M「一杯も飲んでないのに(笑)」

SM「私はやめてるし、翔太郎も車だからね。ゆっくりやってよ」

M「ありがとう。すみません、気を使っていただいて」

S「適当に飲め。残ったら回収に来るから」

M「絶対残します(笑)」

-- すみません、ありがとうございました。

S「あいよ(立ち上がる)」

SM「(座ったまま)ごめん。先行ってて、すぐに行くから」

S「…」

SM「ごめんなさい」


伊澄は呆れたように笑って首を振ると、何も言わずにスタジオを出て行った。


SM「待たせるわけにはいかないから、短めに言うね」

-- えっ、はい。

SM「どうして翔太郎が繭子を部屋に誘うのか」

M「…」

-- はい。

SM「(スタジオ入り口を振り返り、やがて向き直る)」

M「(不安そうな顔)」

SM「もう、結構前の話になるんだけど。別に俺じゃなくたって構わないんだけどなって、言ってたよ。『あいつはきっと、寂しい時や精神的に参った時に誰かを頼ろうとしないだろうし、そういう発想がないと思う。友達がいないってのはウソじゃないと思うし、織江や誠と話をすることで解消できる程のストレスならいいけど、俺達の中で生きてるあいつはきっと普通の女の子とは違った種類の疲労を感じてる気がするんだ。だからそういう部分で例え誰かに頼りたいと思ったとしても、織江の事を考えて大成には行かない。憧れが強すぎて竜二には絶対に行けない』って。だから翔太郎は、自分から声を掛けるようにしようと思ったんだって。誤解されたって構わないし、あいつが嫌ならそれも構わないけど、繭子は馬鹿じゃないからって、あの人笑ってた。よく覚えてるのがさ、『なあ、誠。俺達は一人では生きてこれなかったよな。だから繭子にも自分の居場所は一つじゃないって、頼って良い人間がここにもいるぞって事を分かってて欲しいんだ。あいつも早くに親元を離れて絶対に心細いはずだから。自分で選んだ道なんだからっていう理由で、俺はそれを見ない振りは出来ない』って言ってたの。私、翔太郎がそういう人だって知ってるから全然嫌じゃなかった、それは本当に今でもそう。私自身、そういうあの人が側にいたからここまでこれたんだって分かってるから。私が、何も言えずにただ頷いて見せるとさ、超格好良い笑顔で言うのよ。『お前とはそうやって生きて来たもんな。だから俺はこれからもそうやって生きて行くよ。お前なら分かるだろ? 繭子にも、教えてやろうなあ』って。…じゃあ、頑張ってね」



しばらくは繭子も時枝も言葉を発する事が出来ず、伊澄と誠の去ったスタジオ内は怖いくらいに静まり返った。繭子は後に、この時考えていた事を私に打ち明けてくれた。



『私がこの10年で声を掛けられた数えきれない回数だけ、その時間だけ、自分は翔太郎さんに見守られてたんだなって思い知った。誰よりも長く練習に付き合ってくれた人だもんね。体調含め、精神的な疲労や、孤独、不安。それら自分が抱えてた、でも人として当たり前の、成長に必要だったストレスは全部、見えない端っこの部分をあの人は黙って一緒に抱えてくれてたっていう事なんだよね。翔太郎さんの言った言葉の通りでさ、私、過剰というか、…あまり上手に(物事を)処理をしない人間なんだと思う。色んな事全部抱えて、日にち薬みたいに時間の経過で消えて行くか、より強固な形になる事で結果を確認するか、みたいなややこしい乗り越え方しか出来なくて。そういうの、他人に理解されてるなんて考えた事一度もなかったなぁ。翔太郎さんからも、分かりやすい言葉なんてなかったし。だけど文字通り、黙って支えてくれてたんだよね。そしてそれを私は無自覚なまま喜んでた。私は本当に馬鹿で、とことん甘かった。彼らにとっての幸福の条件でありたいなんて、とてもじゃないけど口にして良い願望じゃなかったよ。まあでもやっぱり、私はやっぱり、皆があってこその私だなって、そこは改めてそう思った。心にね、また一つ大きな火が灯ったよ』。




「ずっと誠さんがそうだと思ってた」

-- …そっか。

「今でもそうだと思ってる。私としては、織江さんと誠さんが精神安定剤で、甘えたい時に甘えさせてくれる大好きなお姉ちゃんで」

-- うん。

「でも今思えばそれって、私がずっと大人になってからの認識なんだろうね」

-- うん。

「…私、ちょっと覚えてないぐらいの回数、翔太郎さんの部屋に行ってる。ギター弾いてもらって、ご飯食べて、レコーディングして遊んで、お酒飲んで作曲してるの横で見て、歌わせてもらって、バンドの話をたくさんして、一人だけ仮眠取らせてもらったり」

-- うん。

「私…、音楽を通して…、翔太郎さんを通して…」

-- うん。

「…あはは、もう、言葉にならないな。凄いなぁ、あの人」

-- 私も、繭子からさっき話を聞いて、翔太郎さんの事だからちゃんと理由があるんだろうなって、同じように思ってたけど、いざ聞いてみたら想像の遥か上だった(笑)。理由としてはさ、割と分かりやすくて筋の通った誠実なものだと思うんだけど。でも、…普通は出来ない事だよね。性別と年齢の違いを考えた時に、表現の仕方とか、接し方とか、時間とか、何だろう、もう、聞いていて本当に震えが止まらなくなったよ。

「うん。…でも私は、すっごい嬉しい」

-- そうだね。うん、そうだね。私、考え過ぎかな。翔太郎さんもそうだけど、それと同じぐらい誠さんの凄さや優しさに、畏怖の念というか、恐れおののくというか。

「はい?(笑)」

-- 先月、今日の繭子程じゃないけど割と長く誠さんともお話が出来て。その時も思ったんだけど、相当頭が良くて相当翔太郎さん思いだからさ。

「そうだよ?」

-- 『STARLINER』を作曲したのが大成さんだって一度ウソ付いた時に、翔太郎さんの返事を待たずに話題を変えた事とか、繭子を部屋に呼ぶ理由だって翔太郎さん本人の口からは言わせない事にも思いやりを感じた。だってね、翔太郎さんが自分でそれを言ってしまったら、もう部屋には呼べなくなるよね? だけど誠さんの立場だったら普通、それを遮る真似はしなくていい筈だし、翔太郎さんがいなくなった後に適当なウソだって付けた。

「あはは、うん、そうだね」

-- 考え過ぎかな?

「ううん。誠さんはそういう人だと思うよ」

-- だよね。凄い二人だなあと思って。

「さっき私が好きだって言った話なんだけどね」

-- うん。

「誠さんてもともとモデルをやりたかったわけじゃないんだって」

-- え!?

「もともとはね、高校出てすぐスタイリストを目指して、モデル事務所に応募したんだって。でもスタイリストにはちゃんとそういう会社があるんだけど、当時誠さんはそれを知らずに、聞いた事のあるモデル事務所に片っ端からアポを取って面接受けたんだって」

-- うんうん。

「なんでスタイリスト?って聞いたら、バイラルに入ってドーンハンマー専属のスタイリストをやりたかったんだって。でも見よう見真似で始めて、不格好なスタイリングで彼らに迷惑かける訳にはいかないから勉強したいって。音楽的な事に興味ないくせに、そういう所が誠さんらしいでしょ?」

-- うん(笑)。

「そしたら面接受けてくれたモデル事務所の部長さんだかに、会社は学校ではない、勉強するために入りたいなんて理由で通せるようは門を掲げてはいない。だから、あなたはモデルをやって表の世界に行きなさいって言われたんだって」

-- へー!スカウトだ、凄い!

「でも、嫌ですって返事したって」

-- あははは!豪傑!

「普通そこまで正論言われて、嫌ですは言えないよねえ。でも、うん、嫌ですって答えて。そういう事に興味ないんですっ言ったんだって、モデル事務所の偉いさんに向かって(笑)。でも向こうが上手だったのはね、その部長さん、誠さんの気持ちをちゃんと見抜いていて。誰かの為にその道を目指すと言うなら、あなた自身が同じ表の世界に立って物事を対等に見れる人間にならなきゃダメだって。その為の勉強は自分でやるべきだし、絶対にモデルの経験はあなたにとって糧になる、そしてそれは必ずあなたの大切な人達へ還元されるって」

-- それがプラチナムの今の社長さん?

「中央未来の編集長さん」

-- 『ROYAL』の!? すっごいな!良い出会いだったんだねえ。

「ねえ。それでさ、ここからなんだけど、私が好きな話って」

-- そうなの!?

「今のとこ翔太郎さん出て来てないじゃん」

-- 確かに。

「私前に聞いた事があって。翔太郎さんが思い出す時、一番強く心に描ける誠さんの姿ってどういう感じなんですか?って」

-- ほほう。興味深いね。でもそれ返事くれた?

「え? うん」

-- やっぱ繭子は特別だな。

「はあ? そんなんじゃないけどね。でも、うん、私が酔ってたせいかもしれないね。大真面目な顔で聞くと絶対はぐらかす人だし。でね、私としては出会った頃の誠さんの姿が出て来るんだろうなって思ってたのね」

-- 私もそう思った。

「でも違って。…誠さんが、モデル事務所に籍を置いて初めて仕事を貰った日は、翔太郎さんの部屋から出勤して行ったんだって。早起きして、普段より気合入れてメイクして。色々不幸が重なって辛い時期だったけど、晴れがましい日でもあるから、翔太郎さんも冗談言わずに黙ってその様子を後ろから眺めてたって」

-- ああ、もうそれだけで泣きそうだ!

「あはは。…朝ね、いつにも増して緊張した顔でメイクしてる誠さんを鏡越しにこっそりと見て、翔太郎さん、自分も頑張らなきゃいけないって思ったんだって」

-- (号泣)

「笑顔で行ってきますを言う誠さんに手を振って、翔太郎さんはその後スタジオで一日練習。それこそ夜までミッチリやって。これ今話してるの翔太郎さんの記憶だからね。私はそれを聞いて想像するだけだったんだけど、物凄く細かいトコまで覚えてる人だから」

-- (何度も頷き返すも、言葉が出ない)

「その夜は、雨が降ってたんだって。当時翔太郎さんが住んでた部屋は駅まで歩いて10分もない場所だったから、今みたいに車じゃなくてずっと電車移動だったんだけど、その日も当然スタジオの帰りには電車を利用してて。駅に降り立ったら急に雨脚が強まってらしくて。部屋は近いんだけど別に急いで帰る理由もないから、一人でホームに座って煙草吸ってたんだって。その内ひと気がなくなって、だんだん雨脚も弱くなってきたからそろそろ帰るかなーっていうタイミングで、最終電車がホームに入って来たの。何人かの乗客が下りて、電車が走り去った後に、反対側のホームに立ってる誠さんを見つけたって。…聞いてる?」

-- (頷く)

「…誠さんは自分と反対側のホームに翔太郎さんが座ってるなんて知らないし、夜だし雨も降ってるから全然気づかなかったんだって。翔太郎さんさ、朝、自分の部屋から仕事に向かって、夜、最終電車で帰って来た誠さんの疲れ切った横顔を見た瞬間に、目が離せなくなったって言ってた」

-- …。

「疲れてるはずだよね。もともと目指していたわけじゃないモデルという大変な仕事、勝手の分からない初日、朝出てって最終電車で帰って来たんだもの。疲れ切ってて当然だよ」

-- うん。

「翔太郎さんが言うにはさ。絶対にあいつは気付くからそれまでじっと見ててやろうって、そう思って見詰めてたんだって。そしたら不意にニコって笑って、誠さんがこっちを向いたって。気付いてたのかーって、翔太郎さんが驚いてたらさ、誠さんが右手を挙げて、『ただいま』って。声は聞こえなかったけど、そう言った彼女に返事しようと口を開いた途端、涙が溢れそうになって、慌てて下を向いたって。当時、アキラさんは闘病中で、ずっと3人での練習が続いてた。誰もがそれぞれ、ちょっとずつおかしくなってる時代だった。今そこに見えてる誠さんの笑顔も心からの物じゃない事は分かってる。だけど、心が折れそうだった日々の中で見た誠さんの笑顔は、燃えている命のようだったって、翔太郎さんは教えてくれた。それはきっと良い意味で、きっと良い言葉なんだと思う。その時見た誠さんの笑顔が翔太郎さんの中では一番強く残ってるんだって考えると、絶対にそう。…私も、誠さんが高校生の時から知ってるでしょ。あの人がどういう人か知ってるでしょ。だから私、この話大好きなんだ」





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